そしてそれからしばらく歩くと、ようやく見慣れた商店街付近まで辿り着いた
滴る汗をため息と共に拭う。やはりここまで歩くと、相当時間がかかってしまう
喉は痛いほどにカラカラで、息をするのも嫌になる
この喉を潤したい
それは多分ゴンタもいっしょだったのだろう。ピンク色の長い舌を出して、短い呼吸を繰り返している
健斗の家の近くの川なら、水を飲んでも平気だろう
だが、ここまで来てしまっては何が入っているか分からない
まぁ、相変わらず綺麗な川だが……
しかし、家に帰るまで我慢をしよう。ここでお金とか使ってらんないし……
商店街の中を歩いていく。いつもながら、賑やかな風景である。今日も色々な人が行き交っている
そして並んでいる店もきっと繁盛しているだろう
「おう、健坊」
「ちわっす。今日も繁盛してる?」
「あったりめーよ」
そして健斗は歩いている中、商店街の顔馴染みのおじさんやおばさんたちに声をかけられていた
魚屋のおっちゃんが健斗を見つけると話しかけてきた
健斗も、声をかけられる度に笑顔で返していった
「あら、健ちゃん。今日はゴンタといっしょなの?」
「うん。ゴンタの散歩ついでで買い物に来たから」
「あらそう。だったら、ほら。買って行きなさいよー。今日もまた新鮮なのが入ったのよ?」
「うーん……今日は野菜買いに来たから。また今度来るね」
健斗がそう言うと、おばさんは残念そうな表情をした
「そう……残念ねぇ……じゃあまた来てね」
「うん。じゃあまた」
健斗はそう言葉を交わして、再び商店街の中を歩いていく。あの魚屋のおっちゃんとおばちゃんは、健斗が小さい頃からの顔馴染みだから、よく知っているし、よく話す
けどあのご夫婦2人だけではない。この商店街、神乃崎には健斗と顔馴染みの人が多くいる
もちろんゴンタだってそうだ
この町のおばちゃんやおっちゃん。子供や学生など……健斗は結構知っているし、あちらも健斗のことを知っている
Ryuで働き始めてからは尚更のことだった
ゴンタに至っては、びっくりすることに、健斗や父さんがいなくたって独りでお散歩に行ってしまうことだってある
それも神乃崎は、車道に出ない限りは車の通りが、ほかの町に比べて少ないから、事故に合う心配はない
しかも猫のように独りで散歩をする犬なんて珍しいわけであって、尚更皆に顔が広がるわけである
「あ、ゴンタだっ!」
「ゴンタだっ!」
「ゴンタだっ」
三人組の男の子が健斗たちの元に駆け寄ってきた。健斗はこの子たちの顔は知らなかったが、ゴンタは知っているようだった
三人の男の子に頭を撫でられて、ゴンタは嬉しそうに尻尾を大きく振っていた
「ゴンタ、今度いっしょに野球やろーよ」
「日曜日、空けといてねー」
「絶対だよ?」
そんな男の子たちにゴンタはワンッと男の子たちに吠え返した
それを聞いて男の子たちは満足気に笑って、ゴンタに手を振りながら商店街の中を走って行った
そんなやり取りを傍らで眺めていた健斗は感心するようにゴンタに言った
「へー……お前、顔広いんだな」
そんなことを言う健斗を見て、ゴンタはまるで笑っているかのように明るく吠えた
それからしばらく歩くと、目的地であったお馴染みの八百屋へと着いた
種類も豊富で、畑で取れた新鮮な野菜をこうして並べて揃えている
家の畑にも野菜を作っているのだが、こちらの畑の土地面積は家の比ではない
そりゃ当然だ。こちらは商売でやっているのだから……
家のように少しでも家計の節約ということでの自作ではないのだ
健斗の顔を見ると、すぐに八百屋のおばちゃんが飛んできた
「け〜んちゃ〜ん。いらっしゃい」
「ちわっす」
いつもと変わらない、小皺を寄せた笑顔を見せて――その微笑みは、不思議と心が暖まるような感覚を覚えさせた
「あら、今日は珍しくゴンタといっしょなんだね」
「うん、まぁね。ゴンタの散歩ついでなんだ」
「へぇ。ゴンタ、元気にしてたかい?」
おばちゃんは優しい微笑みをゴンタに向けて、ゴンタの頭を撫で下ろした
ゴンタもご機嫌そうだ。尻尾をさっきから常に降り続けている
「どう?店の方は、繁盛してる?」
「おかげさまで。今日はどうしたの?」
おばちゃんにそう言われて健斗はゆっくりと頷いた
「んあぁ。えっと……レタスとほうれん草を買いに来たんだ」
「レタスとほうれん草……ね。ちょっと待っててね」
おばちゃんは健斗に言われるまま、お手頃の値段であるレタスとほうれん草を手にとって、一個ずつ袋に詰めていく
「そういえば麗奈ちゃんは元気してる?すっかりこの町にも慣れてきたでしょ」
おばちゃんが何気なく訊いてきた。その言葉により、ふと麗奈がこの町に最初にやってきた頃のことを思い出した
確か麗奈が爆弾発言をしやがって、商店街のみんなにエラい誤解を招いたんだっけ?
肉屋のおばちゃんやおっちゃんなんか、結婚したって大きな勘違いまでしたからな
当然、今ではそんな誤解、とうの昔に解いてるけど……
でも未だにたまに、商店街の連中に茶化されたりするときがある
健斗はそんなことを思い出して、ふと笑った
今では笑い話になってしまうような内容だ
「麗奈、今ちょっと風邪引いちゃっててさ」
健斗がそう言うと、おばちゃんは意外そうな顔をして健斗に言ってきた
「あら……夏風邪?」
「んー……多分ね」
「ちょっと大丈夫なの?熱とかはあるの?」
「うん。咳き込みも激しいし、熱も38℃前後だし。もしかしたら肺炎の可能性も無くはないから、今病院に行ってる」
「あらま〜……大変ね〜」
そんな風に間延びした声で言いながら、おばちゃんはクスッと可笑しそうに笑った
「あんなに元気な子でも、風邪引いちゃうのね」
「そうみたい」
健斗も可笑しさが込み上げて笑ってしまった
麗奈に風邪なんか似合わない
「……あっ、じゃあちょっと待ってて」
おばちゃんは何か閃いたかのように、店の奥へと入っていった。それから間もなく、おばちゃんは何かを持って来て、袋といっしょに渡してきた
「はい。これオマケで付けとくね」
そう言って、ほうれん草やレタスと共に渡してきたのは、4、5個の夏みかんだった
「え、いいの?」
健斗が苦笑して申し訳なさそうに言うと、おばちゃんは大らかに笑っていた
「いいのよ。家の姉がね、いっぱい送ってきたからね。家じゃ、そんなに食べきれないし。おすそ分けみたいなものよ」
それに――とおばちゃんは続けて言った
「それに、風邪引いたときは水分とビタミンCをたくさん取らなきゃ。夏みかんはビタミンCがたっぷり入ってるから。麗奈ちゃんにいっぱい食べさせてね」
おばちゃんの心遣いに、健斗はふと笑うことしかできなかった
「あぁ。ありがとう、おばちゃん」
健斗はそれらをしっかりと左手に持つと、汗ばんだ右手でリードを握りしめた
「じゃあ。本当にありがとう」
「いいえ。麗奈ちゃん、お大事にね」
健斗はそう言われて、笑いながら手を振って、八百屋から立ち去っていく
歩きながら、貰った夏みかんを見つめる。改めて、分かった
ここは暖かい人がいっぱいいる……優しさに満ち溢れた、いい場所である
親睦も深く、笑顔と喜びに満ち溢れた神乃崎商店街……
健斗はこの商店街以外に、他の商店街をあまり知らないが、健斗が思うに、日本一いい商店街だろう
そのくらい思えた
そんなことを考えている健斗はゆっくりと笑った
そろそろ麗奈も病院から帰ってきてるだろうか
早く帰って、おばちゃんに貰った夏みかん食べさせてやるか
「よし、帰るか」
ゴンタにそう言うと、ゴンタは健斗を見て、吠え返してきた
それと共に、健斗は再び歩き出そうとする
が……そのときだった
「健斗くん?」
ふと、呼びかけられて、歩きだそうとしていた足を止める
聞き覚えのある、甘い声
優しく、落ち着いた雰囲気のある声に耳を傾けた
心臓が急に高鳴るのを感じた
学校が夏休みに入ってから、久しく会う
健斗はゆっくりと振り向いた
そこには……見間違えようのない、健斗の胸を高鳴らせる優しい微笑みがあった
可愛らしいその容姿は、まるで健斗の胸の高鳴りを便乗させるよう
そこにいたのは、ゆっくりと歩いている……
「早川?」
健斗が少し驚きの声を上げると、早川はまたゆっくりと健斗に微笑んでいた
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