それからしばらくして、時刻は昼過ぎとなっていた。今日はバイトも休みで、特にやることもないので、健斗はというと……
縁側で扇風機に当たりながら眠っていた
最初は冷たいお茶に、家にあった和菓子を食べて寛いでいた
風鈴の涼しい音色に、辺りに鳴り響く蝉時雨を聞いていた
ふと、少年時代を思い出した
昔は翔やヒロといっしょに近くの林に行って蝉取りに行ってたこともあったっけ
そんなことを思い出しながら、健斗は音楽を聞いて、縁側で寛いでいると……
いつの間にか眠気が襲い、そのまま寝てしまったのだ
気持ち良さそうに眠っている健斗を見たゴンタは、甘えた鳴き声で鳴きながら健斗の傍に近づいてきた
そして尻尾を大きく振って、健斗の頬をゆっくりと舐める
その感触に気づいた健斗はピクリと反応したが、起きようとはしなかった
しかしゴンタはもう一度健斗の頬を舐めた。二、三回舐めたところで健斗は軽く唸ると、ゆっくりと目を開いた
目の前の焦点が合わない……
「……何だよゴンタ……」
健斗は寝ぼけながら髪をかきあげた。大きくため息をついて、ゴンタの頭を撫でてやる。ゴンタはゆっくりと健斗の手を舐めると、また健斗に甘える仕草を見せた
「……散歩か?」
健斗はゆっくりとため息をついて、近くにある時計を見上げた
確かにこの時間帯はゴンタが散歩をしたがる時間帯だ
健斗は大きくため息をついた
煩わしさを噛み締めて、ゆっくりと腰を上げる。思わず零れるため息……その横ではゴンタが尻尾を大きく振って待っている
「分かったから。ちょっと待ってろ」
健斗はゴンタを宥めると、大きく欠伸を掻きながら二階へと続く階段へと向かう
自分の部屋から着替えを持ってくるつもりだ
寝ていた間、体中から染み出したこの汗が嫌だった
シャワーでも浴びて、さっぱりしたいのだ
まぁ……外に出ればまたすぐに汗を掻くのだろうけど……それでも今の汗くらいはさっぱりしときたいから
それからしばらくして、健斗はシャワーを浴びて、着替えを済まし、髪を拭きながら鏡の前に立っていた
ドライヤーで髪を乾かす。その際にこの前髪の癖っ毛を気にしていた
健斗は自分のこの前髪の癖っ毛が気にかかって仕方がなかった
何だか……気持ち悪くって……変に見えるのだ
しかし、ヒロや麗奈は前髪を気にしている健斗を見て、おかしそうな表情を浮かべていたことを思い出した
別に変じゃない
普通だって
確かに、ヒロにだって癖っ毛は存在する。ヒロも前髪全体が癖っ毛だから、髪を短くして、ワックスでかきあげてるらしい
麗奈もだ。あの綺麗で長い栗色の髪にも、癖っ毛は存在する
脳天ら辺にぴょんっと跳ねている髪……そこが癖っ毛なんだろうけど……
逆にそっちの方がいい
可愛い
そうか……癖っ毛というのは気にするほど変じゃなく、逆にプラスになるものなのか
そう思ったとしても、コンプレックスというのは自分の中で感じてしまうものだ
そんなことを感じながら、櫛で解かしていると、母さんが洗面所に入ってきて、ふと不思議そうな表情を浮かべてきた
「あら、どこか行くの?」
母さんにそう訊かれて、健斗は鏡を見たまま頷いて答えた
「うん。ゴンタに散歩をせがまれた」
健斗はそう言うとゆっくりと欠伸を掻いた。そんな健斗に母さんは小さくため息を吐いた
「じゃあ、ちょうどいいから。ゴンタといっしょにお使い行って来てちょうだい」
健斗は鏡から母さんの方へと目を向けた
「お使い?何を?」
「商店街の八百屋さんで、レタスとほうれん草買って来て欲しいのよ」
別に嫌ではなかった。多少の煩わしさを感じたが、別にゴンタの散歩のついでなら別にいい。健斗は了承した
「お母さん、その間に麗奈ちゃんを病院に連れて行くから」
今日はお馴染みの内科医院が午後診療だけらしい。だから今の時間帯が一番いいという
健斗が帰ってくるときには、麗奈も病院から帰ってきてるだろう
何の問題はない
健斗は玄関へと行き、買い物袋と母さんからもらったお金を手に持った。靴を履いて、外へと出る
外の熱気が本当にすごい……今まで家の中の、主にクーラーの冷気に触れていたから……
そのギャップがキツいのだ
健斗は庭に行き、尻尾を大きく振って待っていたゴンタの首輪にリードを繋いでやる
ゴンタは嬉しそうに尻尾を振って、元気良く吠えていた
「ワリィけど、商店街の方まで行くからな」
健斗はそう言いながらゴンタの頭を撫でる。ゴンタの頭を撫で下ろす際に、健斗は真上の麗奈の部屋を見上げる
ゴンタも麗奈の部屋を見上げた
そして健斗を見て、高い声で鳴いた
「大丈夫だよ。ただの夏風邪だから」
健斗はそう言ってゴンタに笑いかける。そして、ゆっくりとため息を吐くと、ゴンタを連れて、商店街へと向かった
照りつける日が痛い。ずっと暑い日が続いていると、寒い日を思い出す
そんなものだ
暑い日は、寒いのを恋しがり、寒い日には、暑い日を恋しがる
ちょうどいいのは暖かな春の陽気と、過ごしやすい涼しい秋の日……
あと1ヶ月ちょっともしたらすぐ秋に入る
夏とは儚い季節だ
故に、頭の中に最も残るような季節である
今の夏を楽しむとしよう
せっかくの高校生活初めての夏なんだから……
健斗はなるべく川沿いでゴンタと散歩を楽しんでいた
川の傍を歩いていると、流水の音が心地よく感じられた
ゴンタもまた同じ気持ちだっただろう
だから暑いことには変わりはなかったが、気は楽だった
「川、綺麗だなぁ〜」
健斗は歩きながらゴンタにそう言う。ゴンタから返事が帰ってくるはずもないので、若干独り言みたいにも聞こえるが……
健斗はゴンタに話しているのだ
「そういや麗奈と昨日川遊びに行ったんだぜ?麗奈のやつ、釣りがめちゃめちゃ下手くそでさ」
健斗は昨日のことを思い返しながら、笑ってゴンタに言う
「んで、仕方ないから……手掴みで捕まえる方法を教えてやったら、あいつ、はしゃぎまくった末転びやがってさ。俺まで巻き添え食らった」
するとゴンタはゆっくりと振り返って、健斗をじっと見つめた
健斗はまた可笑しそうに笑った
「ん〜……多分な。それが原因であいつ風邪引いたんだよ。バカみてぇだろ?」
ふとそんなことを言いながら、健斗は少し思ったことがある
健斗は……今年の夏を楽しんでいる
それを確信したのだ
確信という言い方は少し可笑しい
ただたんに、ふと気がついたと言うべきであろうか
夏祭りに行ったり、川遊びに行ったり……大変で呆れるようなことばかりだった
もちろん、その主な原因は麗奈にある
しかしその反面、楽しいと感じている自分がいる
早川にも話した。あの夏祭りの日に……
今のように“楽しい”と思えたのは……本当に久しぶりのことだった
今の暮らしが楽しいと思える
そう思うことは二度とない
それでいいとすら思っていた
けど、今……日々を楽しんでいることに、健斗は喜びを感じていた
生きていることに、希望を持っているのだ
肩の荷がおろされたとき、こんなに楽になれるなんて……
そんな思いを抱いていた
今のように暮らして行けるのは……みんなが健斗を支えてくれたからだ
麗奈やヒロや早川や佐藤に……母さん、父さん、ゴンタ、店長に……商店街のみんな
みんなが支えてくれたからこそ、こうして生きていけている
楽しいと、また感じるようになった
それに……翔にも支えられている
翔だって、今この広く青い空から健斗を見下ろしているのだ
きっと今だって、笑って健斗のことを見てるんだろう
健斗は空を見上げた
青い空の中を白い雲が流れる、いい天気だ
「……いい天気だな……」
誰かに呟いたわけではない。ただ自分の中で、そう言ってしまっただけだ
独り言なんて滅多にしない健斗は
今を楽しんでいる自分に気がついたとき
そのくらい気分が良かったのだ
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。