健斗は自転車を漕いでいた
呆れと苛々が入り混ざっているような感情を抱いていた
麗奈には本当に困ったものだ……
「何やってんだよ……あいつ」
健斗は少し急ぎめで学校へと向かっていた
健斗はそのことを何となく想像していた。麗奈のあの様子を見れば、最初から予期出来たはずだ
なのに……
健斗は学校が見えると、スピードをまた上げる。校門から学校に入り、いつもなら自転車置き場に向かうところを、そのまま真っ直ぐ昇降口へと向かう
そこで自転車を止めて、ため息をつきながら校舎内に入った
「は?」
健斗は驚いた。驚いたというより、呆れ返ったのだ
思わず聞き返してしまった
そんな健斗に北村がもう一度繰り返して言ってきた
「だからね、麗奈ちゃん……パート別の練習のときに急に倒れちゃったの。熱も結構あってね、37℃8分。今保健室にいるんだけど、先生も夏風邪だろうって」
北村にそう言われて、深くため息をついていた
それと同時に麗奈が咳込んでいた様子を思い出した
麗奈は少し熱っぽいと健斗も感じていたわけだから、もしかしたら熱が上がるかもしれないとは思っていたのだが……
まさか、部活中に上がるとは……いや、予期はしていたのだが……
それでも少しびっくりしていた
それと同時に呆れていたのだ
「それでね、えっと……麗奈ちゃんって、訳合って山中くんの家に居候……してるんだよね?だから、一応家には連絡したんだけど」
「繋がらなかった?」
北村はゆっくりと「うん」っと答えた
当然だ。この時間帯、仕事の休みな母さんでも出かけている
どこへ?って、買い物や近所のおばちゃんたちとお茶しに行ったりだ
そう、麗奈が健斗の家に居候しているということは、麗奈が仲のいい友達には教えてるみたいで……多分北村もその一人なんだろうと思った
けどそこから、徐々にそのことは広まっていって、最早隠し事ではなくなっていた
健斗からしたらどうだっていい
麗奈を口封じを命じたのは、あくまでしばらくの間だけだ
麗奈はこの町にすっかり馴染めるほどの時間を過ごしたし、今更そんなこと……気にする理由はなかった
ただ……たまに男子からの目線が痛いときがある
勘弁して欲しい
まぁ、そんなことよりも……健斗は困っていた
「だからさ、山中くん今から迎えに来てくれないかな」
やはりこうなったわけだ。しかしこれもまた仕方ない。麗奈の家族で唯一連絡がついたのが、健斗であるわけなんだから
しかし……なぁ……
「ダメ?山中くん、今バイトなんだよね」
「そう、なんだよな」
北村がため息を吐いた
「どうすればいいかな?」
健斗は少し黙り込む。麗奈が熱を出した以上、一人で帰れというわけにはいかない
ヒロにお願いしようかと一瞬考えがよぎったのだが、連絡がつくかどうか分からないし、何よりいい迷惑だ
早川と佐藤も、その他の人も同様に
ここは家族である健斗がどうにかしないとならない
今、この状態で充分に北村や先生、その他の部員にも迷惑をかけている
健斗はゆっくりとため息を吐いた
「分かった。……店長に事情を話して、迎えに行くよ」
そういうわけで健斗は今学校にいる。店長に事情を話すと、店長はすぐに「行ってこい」と命じてきた
申し訳ない
麗奈を家に連れて帰ったらまた戻ってくると言ったのだが、それも店長が拒否をした
母さんが家にいないのなら、風邪を引いた麗奈を一人にしておくわけにはいかないだろう
店のことはいいから、麗奈のそばにいてやれということだった
店長の心遣いには深く感謝をしていた
健斗はゆっくりと保健室へと向かう。そして保健室に着き、その前に経つと、保健室から微かに話し声が聞こえた
女の人二人の声と……男の声?
健斗は軽くドアをノックしてから、保健室のドアを開けた
「失礼しまーす……」
健斗が顔を覗かせると、先生の机には保健室の先生が、そしてソファーの上に北村円と……一人の男子生徒が座っていた
健斗が入ってきたのと同時に、北村円が笑顔になって健斗に話しかけてきた
「山中くん♪早かったね」
立ち上がって話しかけてきた北村円に、健斗は苦笑して答えた
「あ……うん。うちの店長、人いいからさ。すぐ分かってくれて、んで俺急いできた」
「そう。よかった」
「あぁ。悪かったな、迷惑かけて。先生も、本当にすみませんでした。あと……」
健斗は未だソファーに座っている男子生徒に目を向けた
名前は……中学がいっしょだったから、知っていた
「見空も、ゴメンな」
見空はゆっくりと微笑んだ
なるほど……確かに噂になる美少年だ
見空鷹。中学の頃から、真面目で綺麗な顔立ちをした、美少年という呼ばわりに相応しい男の子だ
さらっとした真っ直ぐな黒い髪に、綺麗な顔立ち、真っ直ぐした瞳、そして優しく真面目な見空鷹は、中学の頃から女子にかなり人気のあるやつだ
健斗とはあまり会話をしたことはない。クラスはいっしょになったことはあるが、それでも健斗はヒロや翔などの、サッカー部のやつらとグループを作ってて、見空鷹は全然関わりなんてなかった
ただ、
「美少年」という名高い呼ばわりをされていることを知っていた
しかし、中には見空鷹が苦手だったやつだって、男女関係なくいた。つまり――彼は「お高い」存在なのだろう
嫌いというのはない
きっとそれは誰もいない
ただ……こいつ、ヒロがすごく苦手だって言ってたのを覚えている
そんな風に考えていると、北村が話し始めた
「私といっしょにね、フルートの練習をしてたんだけど……何か部活が始まったくらいから具合が悪そうだったの」
そう言うと、健斗はゆっくりと頷いた
「それでね、しばらくしたら妙に息が荒かったから、大丈夫って声かけたら、倒れちゃって……」
「だから、僕と北村さんで大森さんをここまで連れてきたってわけ」
健斗はまたゆっくりと頷いた
「そっか。本当にワリィ……迷惑かけて」
健斗がそう言うと、北村と見空は同時に首を振って、微笑みながら見空が言ってきた
「そんなことないよ。同じ部員仲間として当然のことしたわけだから」
そう言われて、健斗もゆっくりと微笑み返した
「さっきも電話した通り」
保健室の先生が一歩健斗に近づいてきた
少し年増の、細身のベテラン先生だ。サッカー部の副顧問をやってるらしい
「熱は結構高くてね。夏風邪だと思うの。でも結構咳き込んでるし、一応肺炎の可能性も考えて、病院に連れて行くのをお勧めします」
「あ……はい。すみませんでした」
「朝から、調子は悪いみたいだった?」
先生にそう訊かれて、健斗は苦笑して答えた
「朝はどうかは知らないけど……家を出る前から少し咳き込んでて、熱っぽい様子はあったんですけど……」
「風邪を引いた原因となるような、思いあたる節はある?」
「思い当たる節……」
健斗は少し考えてから、すぐに思いついた
「えっと……多分」
言うのが少し恥ずかしい
「……昨日……麗奈が川遊びに行きたいって、だから多分……それかな?」
健斗がそう言うと、北村が微かに笑ったのを健斗は聞き逃さなかった
先生はちょっと呆れるようにため息をついた
「多分、それね」
それしか考えることが出来なかった
実際に麗奈が調子を悪くしたのは今日からだ。昨日は何ともなかったはずだ
川遊びが原因だろう……
それにしても……川遊びをして風邪を引くとか……健斗は軽くため息をついた
健斗はゆっくりと麗奈が寝ているベッドへと赴いた
麗奈は……眠っていた
目を閉じて、寝息を立てて静かに眠っている
顔が少し赤い
汗も出ていた
「よく眠ってるでしょ?」
「あぁ」
健斗はゆっくりと頷いた。確かによく眠っている
少し起こすのが癪になるくらい、よく眠っていた
「……麗奈ちゃん、麗奈ちゃん」
北村がゆっくりと揺さぶって麗奈を起こそうとする
麗奈はふと目を開けて、目の前の焦点を合わす
「……円ちゃん……」
麗奈の声は嗄れていた。そう喋ると、咳をする
北村はにっこりと微笑んで、麗奈に優しく言った
「麗奈ちゃん、山中くんが来てくれたよ」
「え……」
麗奈はゆっくりとその横を見た。健斗と麗奈は目が合って、少し麗奈の表情は驚きに変わっていく
「……健斗くん?」
「……よっ」
麗奈は不思議そうな顔を浮かべていた
「……どう、したの?バイトは?」
麗奈にそう言われて健斗は軽くため息をついた
「どうしたのじゃねぇよ。お前がぶっ倒れたって聞いたから、急いで来たんだよ」
「そう……なんだ……」
麗奈の惚けた声に健斗は呆れるようにため息をついた
「お前、昨日の川遊びが、風邪の原因なんじゃない?」
健斗がそう聞いてみると、麗奈は少し考えていた
「ん〜……そう言えば、そんな気もする……」
健斗はそれを聞いてさらに呆れた。呆れるどころか、憤りさえ感じていた
「……ったく、川遊びして風邪引く馬鹿なんかみたことねぇよ、バカ」
「…………」
「それに、だから言ったじゃねーかよ。無理するなって……大人しく家で寝てればよかったんだよ」
「だって……」
麗奈は少し悲しそうな表情を浮かべた
「だって……やっと吹けるようになったから……もっと頑張りたかったから……」
そう言われて、健斗は口を噤んだ
麗奈の気持ちは何となく分かる
健斗も同じ気持ちを抱いたことがあった
健斗もサッカーで、自分のプレーが徐々に磨かれいくことに、喜びを感じた
だからもっと頑張ろうと思ったし、多少具合が悪いとしても、無理をしたくなった
その努力が、健斗をU‐15まで行けるほどの実力を担わせた
でも……
「そんなの、お前の勝手な理由だろ。そんな理由で、無理して……それでお前――」
「そんなことないだろ」
健斗がそう言いかけている途中に、その後ろで見ていた見空が口を出してきたため、健斗は口をまた閉じた
見空は少し鋭い目つきで健斗を見ていた
「そんな言い方はないだろ?大森さんだって、わざと風邪を引いたわけじゃないんだぞ」
「え……」
「それに大森さんは努力をしたいから……今日だって頑張って、部活に来たんじゃないか。君に、それを責める筋合いはないよ」
健斗は見空にそう言われて黙り込んだ
確かに、その通りだ
見空の言うことは強ち合っている
けど健斗が憤りを感じているところはそういうとこではないのだ
何だよ……こいつは……
口を出して、麗奈を庇ってくる見空に……健斗は嫌悪感を抱いた
「大森さんも、気にすることないよ。風邪なんか、誰でも引くんだから。早く治して、元気になってね」
見空にそう優しく言われて、麗奈はにっこりと微笑んだ
「ありがとう……鷹くん……」
鷹は麗奈に言われて、微笑みながらゆっくりと頷いた
健斗はそんな二人の様子を見て、何も言い返す気にはならなかった
ただ二人の間に流れる空気に戸惑いを感じていた
何だか、妙に悔しい気持ちと胸が痛むような感情を抱いていた
苛々しているんだと、自分でも気がつけた
「じゃあー……山中くんも来てくれたことだし、ウチらは部活に戻ろっか」
北村がそう言い出すと、見空はゆっくりと頷いた
そんな二人に麗奈は起き上がって、感謝の意を込めた微笑みを送る
「円ちゃんも……鷹くんも、ありがとう」
「ううん。早く元気になってね。山中くんも、麗奈ちゃんのことよろしくね」
北村にそう言われて、健斗はゆっくりと笑った
「あぁ……マジサンキューな」
「うん♪じゃあ、二人ともまたね」
北村がそう言うと、見空と共に麗奈や健斗から離れていく
しかし鷹は、保健室を出る際にもう一度だけ麗奈たちを見た
そして、少し寂しげな表情を浮かべる
色んな思いを抱えて、鷹は保健室を後にした
二人だけになった健斗と麗奈は、出て行く二人を見送った
しばらく沈黙が続く
「……仲、良いんだな」
「え……?」
麗奈が聞き返すと、健斗は無愛想な表情のまま言った
「見空と。あんな風にお前を庇うほど、仲良いんだなってこと」
「あー……うん♪鷹くんって……ケホッ、スッゴく優しいんだよ」
「ふゥーん……」
そんな健斗の様子を見て、麗奈が不思議そうに首を傾げた。それから、何かに気がつくと急にニヤけてきた
「もしかして健斗くん……嫉妬してる?」
「はぁ?」
麗奈にそんなことを言われると、かなり恥ずかしい気持ちになった。そう捉えてしまわれるとは想わなかった
「だ、誰が嫉妬なんかするかよ……別に、お前と見空が付き合おうと、俺には関係ねぇし」
健斗はそう言って麗奈から目をそらす。何でこんなに恥ずかしいんだろう
別に……嫉妬なんか……
「ふぅーん……でも大丈夫だよ」
「……何が?」
健斗が聞き返すと、麗奈は頬を赤らめて、健斗ににっこりと微笑んでいた
「……私が好きなのは、健斗くんだから……」
胸がドキッと高鳴った。自分の頬が少し赤らめているのが分かる
「……本当は来てくれて……スッゴく嬉しいんだよ?ありがとう♪」
麗奈にそう言われて、麗奈の優しい笑顔を見て健斗も優しい気持ちになった
何だろうこの気持ち……不思議な感覚だ
健斗はわざと強がって、麗奈から目をそらす
「……うっせぇよ……バァカ」
そう言うけど本当は違った
何だろう……嬉しい?
スッゴく暖かった
自分でも分からない、どう表現すればいいのか分からない
ただ1つ言えることは……
悪くない……心地よい気分だ
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