健斗とヒロは橋の上で、釣りを再開していた。麗奈はというと、また川に入って川遊びをしていた
川の冷たさが気持ちいいのだろうか?笑いながら、川の水に触れている
どうやら、健斗が教えた石の囲いを作って魚を追いやる方法が思ったよりも楽しく、健斗たちの釣りを邪魔しないように、少し離れたところで獲物を追いかけていた
麗奈に獲物という言い方は似合わない
そうだな、何と例えよう……?
遊び道具と例えるのがいいだろうか。
全ては麗奈にとっては遊び道具なのだ。今追いかけられている魚も、川も、そして健斗も……
嫌な意味で捉えては、麗奈は嫌な女になる
しかしここでの遊び道具というのは、少し違った意味になるのだ
どうやら麗奈は一度興味の持ったものは、とことん面白く感じることが出来るみたいで、それが便利なのか、不便なのかは健斗には分からない
ただ、今のように川遊びという一つの遊び道具を見つけ出せた麗奈にとっては、面白く、有意義な時間を過ごせているのだろうと、健斗は考えていた
本当に……変なやつだ……
「変わってるよな」
隣で静かに釣りをしていたヒロが、呟くようにそう言ってみせた
目を向けると、ヒロは面白可笑しそうに笑みを浮かべていた
「麗奈ちゃん。この歳になって、川遊びであんなにはしゃいでる子なんていねぇよ」
「貶してるの?」
「褒めてる。そこが麗奈ちゃんの良いとこだって。何て言うかさ……純粋だよな」
ヒロの言いたいことはよく分かっているつもりだった
確かにその通り
麗奈の純粋さは、稀だと思う
妙に子供っぽいとこがあって、たまに何を考えているのか分からなくなるときがある
それを貶せることは出来ない
むしろ褒めるべきところだ
人は成長していくにつれ、昔誰もが持ち合わせていた心を失っていく
純粋……
社会の厳しさ、上下関係、常識、将来への希望、絶望……
それらを学んでいったときに失う純心
それは遂には酷く濁り、異臭を放つ
しかし麗奈は違う
子供のころの純粋さが残っている
健斗はときに、それを羨ましいと感じているときがある
麗奈が羨ましい……
それは悔しい気持ちも生まれるが、どうしてだろうか?
妙に嬉しかったりする
ヒロが麗奈に惹かれている理由はそこなのかもしれない
「さっきな」
「うん?」
健斗はにやけて見せた。可笑しそうに、からかうように言ってみた
「お前が森田麻衣子に振られたときのことを思い出してた」
ヒロは妙に納得するようにため息をついて頷いた
「またその話かよ」
「忘れらんないね。お前を貶すには一番良いネタだし」
「性格悪いぞお前」
「そりゃどうも」
森田麻衣子は、もうこの町には多分いないと思う
森田麻衣子は神乃高には行かず、この町から三駅離れた町の高校に通っているからだ
偏差値も高く、毎年有名な大学を出している進学校
神乃高と違って、気品があり、優雅な環境らしい
森田麻衣子にはうってつけの高校だ
「実はさ」
「何?」
ヒロがにやけて、ふと笑って見せた
「今でも時々……本当に時々だけど、森田さんと連絡取り合ってるんだ」
「はァッ?」
驚愕の事実に健斗は思わず竿を落としそうになる。最初は何かの冗談かと思ったのだが、ヒロの可笑しそうに笑う反応を見ると、そうではないらしい
「何で?もしかして……付き合ってんの?」
健斗がそう訊くと、ヒロはまた可笑しそうに笑った
「まさか。ただの友達だって。連絡って言っても、ただちょこっとメールするくらい。それに今俺は……」
ヒロはふと麗奈を見て、ほんのりと頬を赤らめた
「麗奈ちゃんがいるし♪」
「……なァ、お前さ」
健斗はふと気になって、ヒロに訊ねて見た
「麗奈と森田さん、どっちの方が好き?」
「は?」
健斗の問いかけの意味が分からないヒロは思わず聞き返した
「だから、今は麗奈ちゃんが好きなんだって」
「分かってるよ。じゃなくって、森田さんが好きだったときと、今麗奈が好きな気持ちとではどっちの方が強いかってこと」
「何でそんなこと聞くんだよ」
妥当だ。健斗は何で急にそんなことを訊いたのか
事実、森田さんと麗奈の美麗は同じくらいだ……いや、麗奈の方が若干上か
もちろん客観的に見て
そんなヒロは2人を好きになった。じゃあ、どっちの方が好きなんだ
そんな疑問が頭の中に浮かんだのだ
理由なんて別にない
ただ気になっただけ
「麗奈ちゃんかな」
ヒロは即答だった。もっと考えてくるかと思ったのだが、あまりにも早かったので、健斗は拍子抜けした
少しがっかりだ
「麗奈の方が可愛いから?」
健斗がその答えに不満を持って聞き返してみる
「それもあるけど……それだけじゃない」
「どういう意味?」
健斗はさらに問い詰めてみた
「麗奈ちゃんってさ、さっきも言った通り、変わってるじゃん?でもその変わってるとこが、何だか他の人よりもスゲー魅力を感じて……何て言えばいいんだろうなこういうの」
ヒロは照れ臭そうに笑った。なるほど、と健斗は少しだけ納得した
しかし解せない。麗奈の惹かれるとこがそこだとは言え、それだけで森田麻衣子を越すと言うのだろうか
森田麻衣子だって、麗奈とは違う良いとこを持っていた。それなら……そんな簡単に麗奈の方が好きと言えるのか?
「別に。今してる恋を大切にしたいだけ」
ヒロは麗奈を眺めながら、そう呟いた
さり気なくカッコいいこと言いやがったな、こいつ……
するとヒロは健斗を見て、にやけてきた
そしてからかうように言ってきた
「俺はいいけど、お前はどうなんだよ?早川と結構いい感じになってんじゃない?」
ヒロにそう言われた瞬間、体中の血液が沸騰するような感覚を覚えた
思い出したのは、一週間前の早川とのやり取りだった
そう、いつ思い出しても、喜びが絶えることのない……やり取りだ
「え……?マジ?何か進展あったの」
そんな健斗の反応を見て、ヒロが驚くと同時ににやけて健斗に訊いてきた
「いや……その……」
「何だよー?もったいつけてないで、早く教えろよ」
健斗は頬を赤くして、ヒロから目をそらす
「……は、早川に……訊かれた」
「……何を?」
「……好きな……人」
「嘘っ?」
ヒロはさらに驚きを見せてきた。そんなヒロの反応を見ると、何だか嬉しくなった
健斗はそのことを、詳しく話してみた
まずそこまで行き着いた経緯、早川の様子、そのときの様子を全部……
「早川がなァー……」
ヒロは少し驚きを隠せないような状態だった。そんなヒロの反応を見ると、健斗の抱いていた期待感が高まる
「早川は……どういうつもりで訊いてきたと思う?」
健斗がそう訊ねると、ヒロは少し考えるように答えた
「そうだなァ〜……“ただ気になったから”……だけだったら、あまりにも急だよなァ」
その通りだ
あの日、健斗と早川は恋愛の話には触れていなかった……いや、一応触れていたことはある
ヒロと佐藤がどうのこうのとか……麗奈の話とか……
でも、それにしても唐突過ぎだ
それにあの表情、あの様子……
訳なしで聞いてきたとはとても思えない
何か訳ありで……でも、それって……?
「早川、お前に気があんのかもな」
ヒロの言葉に健斗の心臓は大きく高鳴る。聞きたい言葉を聞けた……
自分で思うのではなく、他人の口から……その言葉をはっきり聞きたかった
「……何でそう思う?」
健斗が聞いてみる。するとヒロは可笑しそうに笑ってきた
「だって、いきなり……しかも頬を赤くしながらとか……」
健斗は全身の血が沸騰するような思いになり、目を伏せた
「それに、ありえなくはないだろ?」
ヒロがそう言うと、健斗はゆっくりとヒロを見た。ヒロは嬉しそうな表情を浮かべていた
それは、ついに健斗の想いが実るかもしれないという、友達の幸せを喜んでいる表情だということに、健斗は気がついた
「早川とお前って、高校に入ってからめっちゃめちゃ仲良くなったじゃん?松本事件とか、七夕祭とかさ……早川だってお前に助けてもらったりして……だから、少しは気があるってことなんじゃない?」
ヒロの言うことは健斗の考えていたことと、ぴったり一致した
やはりそう考えてもいいのだろうか……?
健斗はさらに恥ずかしくなり、顔を赤くし、その様子をヒロに見られたくなくって、下を俯いた
「そんなわけ……ねぇよ」
やっと出た言葉がそれだった
「早川は……」
早川は……翔のことを忘れることが出来るまで、恋をしないと……健斗の目の前で断言した
じゃあ……もしヒロや健斗が思うように、健斗に気があるということならば、早川はもう……翔のことを忘れることができたのか?
それは早川が一歩前に進めたことを意味する
それは健斗にとってもすごく嬉しい
しかし健斗はそれに……少し切ない気持ちを抱いていた
「何でそんなにマイナス思考かなァ」
ヒロは呆れかえるように健斗にそう言ってきた。健斗は何も言い返せるわけがなかった
そんな健斗を見て、ゆっくりとため息をつく
「そんなに気になるなら……直接聞いてみろよ」
ヒロにそう言われて、健斗はヒロを見た
「早川に。あれはどういうつもりで聞いてきたのかって。有耶無耶にはしたくないだろ?」
ヒロの言う通りだ
このことを有耶無耶にはしたくなかった
はっきり聞く必要がある。早川に、あれはどういうつもりで聞いてきたのかって
メールや電話、何だっていい……
この期待感を、もし……もし確定することが出来るなら……
健斗は目の前を向いて、強い目で……すなわち強い決意を固めた
ゆっくり、独りでに頷いて見せた
「……あのさ……」
そんな健斗を見ていたヒロが、呟くように言い出した
健斗はそんなヒロを見る。ヒロは何を言いたいのか、少し躊躇っていた
「あのさ、お前さ」
「うん?」
ヒロはゆっくりと、息を吐いてみる
「……お前さ……麗奈ちゃんのことは……どう思ってる?」
「……は?」
意味が分からなかった。ヒロの問いかけに、その意味が分からなかった
麗奈のことをどう思ってる?
どういうことだ?
「……何?……どう思ってるって?」
健斗が戸惑いながら訊いてみる。ヒロは、真っ直ぐな目をして健斗を見ていた
こういうときのヒロの目は、真剣だということを意味していた
「……お前、麗奈ちゃんのこと……ただの家族だって思ってるんだろ」
ヒロにそう言われて、健斗はゆっくりと頷いてみせる
「……麗奈ちゃんのこと……好きか?」
ヒロのその問いかけに、健斗は心臓をときめかせた
麗奈のこと……麗奈は今、俺のことを家族以上として見ている
健斗のことが好きだって……
俺は……俺は……麗奈のこと……
「……好きだよ……」
健斗はヒロから目を離して、そう呟くように言った
「……でも……そういう意味じゃなくって……家族として、友達として……」
そういう意味で好きだ
麗奈のことは……
それしか……そういう風にしか、今は見ることが出来なかった
例え麗奈が健斗のことをどんなに好きでいてくれても……俺は麗奈のことを、恋愛として見ることは出来ない
ヒロは黙り込んでいた
そんな健斗を見て、ゆっくりと笑った
「そっか」
そんな風に言うヒロに、健斗は睨みつけるように言った
「何で」
「何が?」
健斗はなるべく声量を抑えた
「だから……何でそういうこと……急に聞いてくんだよ」
ヒロはそう言われて、可笑しそうに笑った
「別に深い意味はないよ。ただお前が麗奈ちゃんのこと、好きだったら、俺もそれなりに態度を変えようと思ってさ」
「ライバル意識?」
「そんなとこ」
「バァカ」
健斗は少し安心した。どうやらヒロはあまり深い意味で聞いてきたわけではなさそうだった
健斗は軽くため息をついてみる
そして川遊びをしている麗奈に目をやる
そのときに思い浮かべる、あの日の麗奈の言葉……
健斗はまた、今度は無意識にため息を吐いていた
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