健斗は麦藁帽子に、タンクトップ、半ズボン姿で、釣具を手に持って、家の前で立っていた
まだ麗奈の我が儘に納得出来ていなく、健斗は深くため息をついてばかりだった
何で俺まで……
行くなら一人で行けばいい
わざわざ健斗まで巻き込むことはないだろうに……それとも、何か他に理由でもあるのだろうか
それにしても……遅いなァ……
健斗が準備出来てから、二十分くらいは経っている。一体何をしているのか……
ただ水着に着替えてくれば済むはずなのに
水着……か……
いや、別に麗奈の水着姿に興味があるというわけではない
うん、もちろんそれは違う
ただ、健斗も男だ
女の子の水着姿というのを聞いたら、どうしても男の性というものが反応してしまい、少しドキドキしてしまう
何だか……妙な感じだ
何考えてるんだ……俺は
そんな風に思っていると、ようやく麗奈が家の中から出てくるのが見えた
薄いTシャツに、青い短パンを履いた姿で、それは水着姿ではなかった
そんな麗奈を不思議に思って、健斗は見ていた
「お待たせっ!」
麗奈が小走りで健斗に近づいてくる。お洒落なビーチサンダルをパタパタ鳴らしながら……
健斗はため息を軽く吐き出してから、顔を歪ませた
「おせェーよ」
健斗が怪訝にそう言うと、麗奈が軽く笑いながら言ってきた
「ゴメン。ちょっと準備に手間取っちゃって」
準備……って、何をしていたんだろうか?
「あれ?何で健斗くん、釣具なんて持ってるの?」
麗奈にそう訊ねられて、健斗は当然と言わんばかりに答えた
「釣りするからに決まってんだろ?」
「へェー……健斗くんも釣りするんだ」
「一応……趣味だし。それよりも、さっさと行こうぜ?」
これから健斗たちが向かうのは、すぐ目の前の川だ。けど、目の前と言ってもそこで遊ぶわけではない
今から向かおうとしているのは、その川を跨ぐ橋……名前を「清川橋」
以前麗奈に、この川の名前は何だと訊かれたことがあったが、もしかしたら「清川」という名前なのかもしれない
清川橋は小さな橋で、それは十数メートル程度の橋だ
健斗も昔はよく、その橋の辺りで泳いだり、釣りをしたりしたものだった
健斗の家から、歩いてすぐのところにある
清川橋というのは正式の名前なのだが、実はこの辺では、ある伝説の橋にもなっていて、別の名称では「光り橋」とも言われている
もっとも、これはこの辺の子供たちがつけた愛称みたいなものだ
健斗がつけたわけではない
しかし健斗が幼いころから、すでにその名称は通っていた
どうして「光り橋」というのか、聞いたところによると、夏の夜、その橋の周りが光るからという
その光の正体は、何百匹の蛍によるものだ
ただ、運がよければ見れるだけで、必ず見れるというわけではないらしい……
何とも不思議な話だ
そして、伝説によると……その橋の上で「光り橋」を見て、その上で告白をすると、両思いになれるとか
誰がそんな如何にもありそうな勝手ばかりの伝説を立ち上げたのか……健斗は知らない
「へェー?素敵ね♪」
健斗からその話を聞いた麗奈は目を輝かせてそう言った
健斗には良く分からない感情だった
くだらない……そうだろ?
「私も見たいなァ。“光り橋”」
「でも、相当運がよくねーと見れないんだぜ?蛍が光ってる時間って、結構短いらしいからさ」
「ふぅ〜ん……蛍かァ……いいなぁ。見てみたいなァ」
そんな風に言うと、健斗は可笑しそうに笑った
「お前、意外とロマンチストなんだな」
健斗がそう言うと、麗奈はちょっぴり照れながら、恥ずかしそうに言った
「べ、別にそういうわけじゃないよ。ただ見てみたいだけェ」
「あそゥ」
健斗がそう投げやりにすると、麗奈が急に笑って言ってきた
「何だかその話、真夜中の東京タワー伝説にも似てるね」
「真夜中の東京タワー……伝説?」
健斗がそう聞き返した。あの有名な東京タワーなら、健斗は無論知っている
しかし、その伝説とは何なんだろう?
「何それ」
健斗が聞くと、麗奈が説明のための言葉を考えながら言った
「真夜中の東京タワーの明かりが消える瞬間をいっしょに見たカップルは、ずーっと幸せになれるんだよ」
それを聞いた健斗は声を立てて、嘲笑するように言った
「くっだらねェ」
くっだらねェ……
健斗がそう言うと、麗奈が口を尖らせて言ってきた
「くだらなくなんかないよっ。東京じゃ、スッゴい有名な話なのよ。素敵でしょ?」
「ふゥ〜ん……」
健斗から言わせれば、くだらないと言いたい
健斗は現実的な人間だ
宗教とか、目に見えない力とか、そういうものにはとらわれない
あまり信じようとはしない
信仰というのにとらわれ過ぎるのはよくないと思う
縁起がいいから……とか
神様がどうのこうの……健斗に言わせれば、そのどれもが信頼出来るものではない
麗奈が言う、東京タワーの都市伝説や、清川橋の「光り橋」も同じようなことが言えると思う
どちらも何の根拠もない、人々の信仰からなるただの噂話だ
大方、誰かが話題を作りたくって、そのようなたわいない作り話を作ったんだと思う
だから、
「くだらない」と言うのだ
しかし、だからと言って、その全てを否定するわけではない
信仰というのは、日本人の特徴でもある
昔から八百万の神などを初め、多くの見えないものに信仰してきた
そしてその見えないものを信ずることを愛すものがいれば、楽しむものもいたり、またはそれを非難するものだっている
健斗は決して非難するわけではない
ただ、「くだらない」とだけは言っておきたい
……これは非難と言えるのかもしれないが
「健斗くんって、何だかそういうの嫌いそうだよね」
麗奈が可笑しそうにそう言ってきた
なるほど、麗奈の目から見ると、それが健斗らしいのだ
「別に嫌いってわけじゃねェけど……あまり信じたくないだけ」
「私はそういうの好きだし、信じたいけどなァ」
「何で?」
健斗が訊くと、麗奈はにっこりと笑って言ってきた
「だって、そういうのって素敵でしょ?」
…………
やっぱり、麗奈はロマンチストだ
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