健斗は、独占された屋上で、ぼけーっとしていた。ここ最近、色んなことがあり過ぎて、健斗は疲れていた
嬉しいこともあれば
思い出したくないことだってある
本当に色々あり過ぎだ
ここ最近は……
健斗は深くため息をつきながら、さっきのことを思い出していた
早川と何だか自然に話せるようになってて、すごく楽しかった
しかも、早川もいっしょにいて楽しかったと言ってくれた
けど……一つ気にかかることが当然あった
早川に、好きな人がいるかどうかを訊かれてしまった
どうして、突然あんなことを聞いてきたんだろう
何か目的があって聞いてきたのか、それとも……ただたんに何も考えず訊いてきたのか
健斗に言わせれば、何も考えず……というのは恐らくない
それにしては戸惑いを見せていた。何も考えず、ただ気になっただけ――という程度なら、普通あそこまで訊くのを躊躇うだろうか?
何か目的、というよりも理由あって訊いてきたのだ
けど、何の理由で?
そこが分かれば苦労はしない
きっと、他人の目から見ればその理由が薄々感じ取れるのかもしれない
……ヒロが言ってたっけ
女の子が好きな子を訊いてくる
即ちそれは、気があること……
健斗はそれを聞いたとき、なるほどと納得した
現に、健斗に告白してくださった女の子たちも、みんな……まず好きな人はいるかどうか、執拗に訊いてきた
じゃあ……早川は?
……そんなこと……あるわけねぇよ
健斗は心の中で静かにそう呟く
早川が……早川が俺に気があるだなんて、そんな都合の良いことなんかあるわけ……
でも、何だろう
この妙に感じる期待感は……
もしかしたら、という気持ちが芽生えてくる
それが嬉しいのか、嬉しいに決まっている
健斗はまた恥ずかしくなって、ため息をつきながら、俯いて顔を隠した
若干口元で笑みを浮かべながら……
……はぁ……
何だよ
どうしてため息なんかついているんだ?
とんでもなく嬉しくて幸せな気持ちと裏腹に、妙な気持ちが隠れている
このモヤモヤした気持ち……
その原因は、健斗自身ちゃんと分かっていた
そのモヤモヤした気持ちに気がつくと、思い浮かぶのは、麗奈の顔だった
どうすりゃいいんだろ
健斗が気にしているのは、当然麗奈が健斗のことが好きだということ、もし麗奈がそのことでここ最近、上機嫌が続いているのなら、健斗にとっては憂鬱でしかない
わかるだろ
何故憂鬱なのか
今回のことで健斗ははっきりと分かったことがある
やっぱり健斗は、早川が好きなんだということ
早川だけが好きなのだ
二年間ずっと思いを寄せていた
早川が好きなのだ
麗奈だって当然そのことを知っているはずだ
なのに……何故?
そんなこと、いくら考えてみても答えなんて見つからない
そして、健斗の中で一つの不安があった
もしかしたら、このことで……今まで築いてきた麗奈との関係が……全て崩れていくのではないか
今みたいに、家族でいることは……出来ないかもしれない
そのことをずっと考えてきた
そして、そのことを考えると、今こうして早川に対してこんな想いを抱く自分に、忌々しさを感じるくらいだった
……そんなことを考えていると……
後ろから突然屋上の扉が開くのが聞こえて、健斗は咄嗟に後ろを振り向いた
すると、そこには麗奈がいて、健斗を見て、呆れたような顔を浮かべていた
「あーっ!やっぱりここにいた」
麗奈がいることに気がついた健斗は、胸の高鳴りを感じていることに気がついた
そんな健斗の気持ちには全く気がついてないようで、麗奈はむっとした表情のまんま、健斗に近づいてきた
「もーっ!捜したんだよ?教室で待っててくれるって言ったから、教室に行ったんだけどいないし……先帰っちゃったのかなって思ったけど、自転車もあるし、ケータイは繋がらないし」
健斗はそう言われて、咄嗟にポケットからケータイを取り出した
するといつの間にか四時半になっていて、確かに麗奈から10分前に電話がかかっていかことに気がついた
「わ、ワリィ」
健斗が素直に謝ると、麗奈は強くため息をついた
しかし次の瞬間、麗奈の表情は喜ばしいものに変わった
「わぁー♪綺麗♪」
麗奈は柵に手をかけて、目の前に見える茜色の空に、沈みかけている橙色に光る夕日を見て、感嘆するようにそう言ってきた
確かに麗奈の言う通り、見とれる美しさだった
そして麗奈のそんな表情に、心なしかまたドキッとしてしまう
「へぇー……夕方に見る屋上の景色も綺麗だねー」
麗奈は本当に感動しているみたいで、目の前の美しい景色を見ながらそう言った
健斗も麗奈に促されるように、目の前の景色を見た
確かに……とても綺麗だ
橙色というのは、どうしてこんなに人を物悲しい気持ちにさせるんだろうか
しかし今の健斗にとって、そういう気持ちが心地よいものに思えた
「ねーねー、聞いて?最近ね、やっとフルート吹けるようになったんだよ?」
「ふーん……よかったな」
健斗がそういうと、麗奈は大きく頷いた
「吹けるようになったら、何だか簡単。一気に面白くなったんだよ」
「へぇー……」
「……健斗くん」
ふと呼ばれて健斗は麗奈を見た。麗奈は健斗を見て、不思議そうな表情を浮かべていた
「どうかした?」
「え?」
「何だか……スッゴくぼーっとしてるから……」
ヒロと同じようなことを言われて、健斗は図星をつかれたようにギクッとした
「な、何もねぇよっ」
「……あ、もしかして……」
麗奈がにやけたので、その不敵な笑みに健斗はまたギクッとした
「……結衣ちゃんと、何かあったんだ?」
「なっ……!」
麗奈のむかつくほどの鋭いところに、健斗は戸惑いを感じた
「やっぱりぃ〜?健斗くんって、顔に出やすいだもん♪」
そんな風に気楽に笑っている麗奈に健斗は嫌悪感を抱いた
「ば……バカッ!別に何もねーよっ!」
健斗がそう言って顔をそらす。しかし麗奈は疑い深く、執拗に健斗に言ってきた
「え〜?嘘だぁ〜?何か進展あったの〜?」
そんな風に言ってくる麗奈……
一体どういうつもりなんだろう
俺のことが好きなら、こんな風に訊いてくるか?
やっぱり……ただ俺のことをからかっただけなんじゃないか
バカみたいだな俺……
一人で焦ったり、気にしてたりして……
健斗は深くため息をついた
「何もねぇって……いいから、早く帰るぞ」
健斗がうんざりしたように言って、歩き出そうとする
やっぱりからかってただけだということに、確信を持てた健斗は苛ついていた
麗奈に対してもそうだったけど、バカみたいに一人で悩んでいる自分に対しては、もっと苛ついていた
しかし……それは違うのかもしれない
「……ねぇ」
麗奈に呼び止められた健斗は足を止めて、ゆっくりと振り向く
「何?」
健斗が聞き返す。そのとき、気がついた
麗奈の身に纏う雰囲気が変わっていたことに
麗奈は薄く微笑んで、健斗を見つめていた
「健斗くんってさ、結衣ちゃんのどんなところが好きなの?」
「はっ!?」
また突然そういうことを訊かれて、健斗は戸惑いを隠しきれずにいた
「な、何だよ急に……」
健斗が戸惑いながらそう言うと、麗奈は可笑しそうに笑いながら言ってきた
「別に?ただ、気になっただけ」
麗奈にそう言われて、健斗はまた頭の中で混乱し始めた
何で……突然そんなことを訊いてくるんだろう
俺は早川の……どんなところが好きか……それは……
誰に対しても態度を変えず、優しくて……そんで……
「し……知らねーよっ!そんなもんっ!お前だって、そー言ってたじゃねぇかよ」
健斗は、麗奈の服や日常必需品を買いに行ったときのことを思い出していた
あのときも麗奈は言ってきた
早川のどんなとこが好きなのかって……
そして、答えることの出来なかった健斗に諭してきた
人は好きな人の好きなとこも分からないのに、好きになるって
「ふ〜ん……」
麗奈がそう言うと、麗奈は少し考えるような仕草を見せた
「……私はねー……私も、よく分からないんだけどね」
「え……?」
健斗は胸を高鳴らせた
私は……?
麗奈は健斗ににっこりと微笑んできた
頬を赤く染めて……
「私はやっぱり……不器用で、口は悪いし、意地っ張り、かなり自己チューだし、愛想無いし……けど……本当は強くて、カッコいいとこもあって、誰にもない、優しい気持ちを持ってるとこが好き」
「……れい……な……」
それはだれのことを言っているんだ……
健斗は胸の高鳴りがより一層ひどくなった
麗奈はゆっくりと、笑っていた
「あのとき言ったこと……ウソじゃないよ?」
「え……」
心地よく静かな夏風が、麗奈の長く綺麗な髪をふわっと揺らす
麗奈の美麗を、より一層を深めていた
「私……今でも健斗くんのこと……好きだよ」
静かにそう言ってくる麗奈に、健斗は心を奪われるかのように、麗奈を見つめていた
二度目の告白……今度ははっきりと……より丁寧に……聞こえる
「ずっと……ずーっと……健斗くんのことが好きだった……」
ずっと……?
そのことが何を意味しているのか、健斗には分からなかった
いや、分かろうとしなかったのだ
健斗はその麗奈の素直な気持ちを……頬を赤く染めて、優しく微笑む麗奈の顔を、直視出来なかった
何て言い返せばいいのか分からない
「……わけ……分かんねぇよ……」
ようやく言い出せた言葉は、それだった
「お前……知ってるだろ?……俺が好きなのは……」
健斗は緊張と動揺で溜まった唾を飲み込んだ
「……早川……」
「……知ってるよ」
麗奈はそう答えた
知ってる
麗奈がそのことを知っていることを、健斗は知ってる
だったら……
「だったら……何でだよ?」
健斗がそう訊くと、麗奈はしばらく考えるように、茜色の空を見上げた
「だって」
また健斗を見て、にっこりと笑ってくる
「だって仕方ないじゃない。やっぱり……私、健斗くんが好きなんだもん♪」
「仕方ないって……俺とお前は――」
「だからっ……」
健斗の言葉を遮るかのように、続けて言う
静かな風が、美しい夕焼けが……健斗に……妙な感覚を覚えさせるようで
その瞬間だけ……その瞬間だけ
健斗は何かに気がついた
「だから私……頑張るから。いつか健斗くんが、私のことを好きになってもらえるように……頑張るからね」
「あっ……」
健斗はドキッと……麗奈に対して妙な感情を抱いている自分に気がついた
甘く、切なく、そして妙に懐かしいと思えるこの気持ち……
健斗は顔を赤上させて、麗奈に強がりを見せる
「……アホッ!だ……誰がお前みたいのを……好きになんかなるかっ!勝手にしろっ!」
健斗はそう言い捨てる
麗奈に本当の気持ちを悟られたくなくって、強がって見せた
「あそゥ……じゃあ、勝手にするね♪」
クスクス笑いながら、麗奈はそう言った
本当は……すごくドキドキしていた
麗奈に対して、妙な感情を抱いていた
悔しいけれど……自分でもはっきりと分かっていた
「健斗くんが私のこと好きになったら、アイス三個は私に奢ってねー?」
「な、何でそういう話になるんだよっ!つーか、手ェ掴むなっ!」
悔しいけれど……このときのこいつを……
本当に……可愛いって、思ってしまったんだ……
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