次の日となった。今日は金曜日、そして夏休み前最後の登校日となった
健斗はお茶と共に、ご飯と味噌汁という朝の定番のメニューを食べていた
夏休み前というのに、健斗の生活は何も変わっていなかった
ゆっくりと朝食をとる健斗に、母さんが台所から顔を出してしかめっ面を見せた
「早く食べちゃいなさいよー。片づかないでしょー?それに麗奈ちゃん、もうとっくに外で待ってるわよ」
「分かってるよ」
健斗が渋々そう言い、一気に味噌汁を飲み干した
「行ってきますっ」
立ち上がり、傍に置いておいたスクールバッグを手に持ち、健斗は玄関へと向かう
「ちょっと、お弁当お弁当」
焦りながら健斗を追いかけてくる母さん。健斗は玄関でお弁当を受け取ると、それをスクールバッグの中に無造作に詰めて、靴を履いた
「ったくもう〜……夏休み前なんだから、もうちょっとシャキッとしなさい」
母さんにまたそう文句を言われて、健斗も怪訝そうな表情を浮かべた
「うるさいなぁ〜。別に夏休み前だからって特別ってわけじゃないんだから。行ってきます」
そう言い捨てると、健斗はゆっくりと戸を開けて、家を出て行った
そんな健斗を見送りながら、母さんは呆れ返るように深くため息をついた
健斗が家を出ると、外にはすでに健斗の自転車が用意されていた
そしてその横には麗奈の姿が。いつもと同じような様子で健斗を待っていた
健斗が来るのに気がつくと、麗奈は怪訝そうに言ってきた
「もォ〜、健斗くん遅いよ〜」
そう言ってくる麗奈に健斗は少々焦りながら言った
「ワリィワリィ」
「夏休み前最後の学校なのに。遅刻したら健斗くんのせいだからね」
麗奈にそう言われて、健斗は軽くため息をついた。もちろん、嫌そうなため息である
何故、みんな夏休み前最後の学校と、特別な言い方をするのだろうか
健斗にはよく分からなかった
健斗にとっては別に夏休み前最後の学校だろうが、そんなものはどうだっていい
ただいつものように、普通に過ごすだけだ……普通に
なのにわざわざそんな風に言ってくる麗奈と母さんに、健斗は少なからず嫌悪感を抱いていた
「おら、早く乗れ」
健斗が自転車に跨ると、麗奈にそう言った。麗奈は何の躊躇いもなく、そしていつものように素直に自転車の後ろの椅子に乗る
麗奈がちゃんと乗ったことを確認した健斗はため息をつきながら、学校へと向かいだした
「アハハッ♪速い速〜い♪」
楽しそうに麗奈は自転車の後ろに乗って、ルンルン気分でいた
本当に楽しそうだ。足を振り上げたり、今日も暑く、そして天気のいい青空を眺めていた
空が好き、というのは、どうやら本当のようだ
健斗は遅刻してしまいそうなので、いつもより少し速めに自転車を漕いでいた
「アハハハハ♪う〜ん……風が気持ちいいィ〜♪」
「おい、あんまり動くなよ。バランスが取りにくくなるだろ」
「はいは〜い♪」
麗奈は嬉しそうにそう言う
こいつが軽い返事をするときは、いつも決まって逆のことが起きるのだ
健斗はそう思いながら深くため息をついていた
今、ため息をついたのは呑気な麗奈に対してでもあったが、やはり複雑な心境を抱えていたというのもあった
というのは、昨日の麗奈の行動を見て、さらに健斗を悩ますことになっていたからだ
昨日温泉に行ったとき、麗奈のあの大胆な行動
人前なのに、何故あのような行動を取ってくるのだろうか
しかも、健斗は麗奈の気持ちを知っているというのに……
一体、どういうつもりなんだ?
最近、麗奈のことを分かっていた健斗……しかし、また麗奈の考えていることが分からなくなってしまった
本当に、どういうつもりなんだろう
こいつは、麗奈は健斗の気持ちを知っている。健斗は早川が好きだ。その気持ちは今も、そして……これから先も変わることはないと思う
そのことは麗奈も重々承知しているはずだ。それに、こいつは俺の恋を応援してくれるんじゃなかったのか?
なのに……どうして……
分からないことばかりだ
しかも……何故俺みたいなやつを……好きになったりするんだろうか?
もしかして……また田舎者だと思ってバカにしやがってるのか?
「……なぁに?」
麗奈は健斗が視線を送っていたことに気がついたらしく、にっこりと微笑みながらそう訊いてきた
健斗はそう言われると、急に恥ずかしくなって、プイッと顔を背けた
「べ、別に何でもねぇよ」
何を考えていたのか、だなんて……恥ずかしくって言えたもんじゃない
「何よォ〜?何か言いたいことでもあるの?」
その通りだ
訊きたいことなんて、いっぱいある
そんなこと言えるわけがないのだが……
「え、えっと……その……」
健斗は少し慌てながら、他の理由を考えようとした
「は、早く俺にアイス奢れよな。勝負に勝ったんだから」
とっさに思いついた理由。実は昨日の卓球の勝負、健斗が勝利した
結構危ない試合だったのだ。麗奈は口だけではなく、マジで卓球が上手かった
しかし男が女に負けられるはずがないと、健斗は妙な意地を張って何とか五セットやって、三セットを奪取したのだ
健斗がそう言うと、麗奈が頬を膨らませながら言ってきた
「え〜?」
そんな反応を見せてくる麗奈に、健斗は怪訝そうな表情をした
「え〜?じゃねぇよ。お前が言い出したことじゃん」
「そうだけど……あれ、絶対アウトだったもんっ」
そう言いながら拗ねるように顔を背ける麗奈に、健斗が半ば呆れながら怪訝そうに言った
「まだそのこと言ってんのお前?あれはどー見ても、入ってただろーが」
「違うよっ!絶対当たってなかったもん!一番近い私が見たんだよ?なのに健斗くんったらさ、強引に文句言ってくるからさ……」
「いーや。あれは絶対入ってたね。微妙に台に当たってました。それに、お前だって結局は認めたじゃん」
「認めてないよっ!健斗くんが勝手に事を進めただけでしょっ!」
「はぁっ?あのあと試合を続けたんだから、それが認めたってことになんの。分かった?」
「だ、だからそれは健斗くんがぁ〜……」
「問答無用。とにかくアイス三個、俺のもんだから。何にしよっかなぁ〜……クッキー&バニラクリームとー……ストロベリーだろー?あとは〜……」
「う〜……このカツアゲ星人っ!そんなんだから結衣ちゃんにも振り向いてもらえないのよっ!」
カチン……
「んだと〜?そうやって約束守んねー女は最低なんだぜっ?彼氏とのデートをすっぽぬかしたりするタイプだな」
「そんなことないもんっ!」
……またどうでもいいことで、言い争いを始めてしまった健斗と麗奈……
本当にどうでもいいことなのに……
けど、こんな風にいつものように言い争いをしていると、何だかさっきまでのモヤモヤが忘れられていくような気がして、健斗にとっては若干居心地がよかったりした
健斗は学校についても、苛々が収まらなかった。原因は全て麗奈にあった
「……ど、どした?」
明らかに怒りのオーラを体全体に漂わせている健斗に、ヒロが苦笑しながら訊ねた
健斗はそんなことを聞いてくるヒロに横目で睨みつけるように答えた
「何でもねぇよっ」
明らかに機嫌が悪い健斗。全てはあいつが原因だ
朝から苛々させやがる、あいつが原因だ
ずっと、このモヤモヤさせる気持ち。あいつが原因だ
あいつが全ての原因だ
そう考えれば考えるほど、健斗はさらに麗奈に腹が立ってきた
くっそ〜……あの脳天気ネコ型娘がぁ……
「あ、明らかに機嫌悪いじゃん……」
ヒロも明らかに機嫌が悪い健斗にそれ以上何も言えなかった
そんな健斗を、早川が遠くから見ていた。そして現在、席が隣に座っている麗奈にこしょこしょと話しかけた
「健斗くん……機嫌悪いみたいだけど……何かあった?」
早川がそう訊くと、麗奈がプイッと顔を背けながら答えた
「知らないっ!あんな人っ!」
麗奈の反応を見て、早川は少し可笑しな感情を持った
なるほど……また喧嘩したのだ……この2人は……
「麗奈ちゃんも機嫌悪い……」
早川が苦笑しながらそう呟くと、そこに佐藤が話に割り込んできた
「どしたの?ケンカでもした?健斗と」
佐藤がそう訊いてみるけど、麗奈は不機嫌を全面に表してフンッと顔をさらに背ける
そんな反応を見て、早川と佐藤は顔を見合わせて困ったように肩をすくめた
「何、またケンカしたのか?麗奈ちゃんと」
ヒロに図星をつかれて、健斗はさらに不機嫌になった。ヒロはいつもこういうときは鋭いから、腹が立つ
「……あいつが悪いんだよ」
健斗はそう言い捨てると、麗奈と同じように顔を背けて鼻で強く息を吐いた
そんな健斗を見て、ヒロは深くため息をついた
「……ったく、またかよ。本当によくケンカするよなぁ、お前らって」
「だから……あいつが悪いんだって。あいつ、理不尽なことばっかし言うから」
理不尽なこと、とは、もちろんこのモヤモヤした気持ちにも直結していた
「例えば?」
ヒロがさりげなくケンカした理由を訊いてきた。健斗は何も考えることなく、その理由を洗いざらい話し始めた
もちろん。麗奈に告白されたことによるモヤモヤした気持ちは隠して、昨日家族でみゅうらゆに行ったこと、そしてそこで麗奈と卓球をして勝負したこと、さらにその理不尽な麗奈のことを全て話した
怒りを込めて、ヒロに愚痴を零すように全て話した
しかしヒロの反応は冷ややかだった
「……どっちでもいいじゃん……そんなこと……」
ごもっともだった。しかし健斗にとっては、あまりにも腹が立って仕方のないことだった
「もうあいつとは口利いてやんねーっ!」
「もう健斗くんとは口利かないっ!」
麗奈も同じようなことを、早川と佐藤に話していた
ケンカの理由を聞いた早川と佐藤は、あまりにもどうでもいいことに、若干呆れ返っていた
「ま、まぁまぁ。そりゃ健斗くんも強引なとこがあったかもしれないけど……一応どっちも悪いってことで――」
「私悪くないもんっ!健斗くんが悪いんだもんっ!」
早川が宥めようとしたけれど、麗奈はまったくそんなことを聞こうとはせず、怒りで我を忘れているような感じだった
そんな麗奈に何を言っても、こりゃしばらくはダメだと、早川も佐藤も感じていた
「まぁ、夏休み前最後の学校なんだし。楽しくやって行こうぜ?なっ?」
ヒロは健斗を落ち着かせるためにそのことを言ったのだろうが、健斗にはまったくの逆効果だった
夏休み前最後の学校なんだから……だからどうしたっ!?
夏休み前最後の学校だから、何か特別なことでもあるんですかっ!?
ただ掃除やって、集会開いて終わるだけじゃないんですかっ!?
違うんですかっ!?
「いや……まぁ……」
健斗がそう言い返すと、ヒロは何とも言えないようで、困ったような表情を浮かべていた
健斗は息を吐いて、また不機嫌そうに違う方向を見た
と、するとだった
「ブフッ……アッハハハハハ♪」
ヒロが突然声を立てて笑ってきて、健斗はそんなヒロを不思議そうに見た
「……何で笑ってんだよ」
健斗がそう訊くと、ヒロは笑いながら答えた
「アハハ、だってよ。何か、妙に懐かしいなってさ」
「……何が?」
健斗が聞き返すと、ヒロが笑いながらすぐに答えた
「前、翔とケンカしてたときも、こんな感じだったよなーって。そう考えると何だか可笑しくって」
ヒロにそう言われて、健斗は思わず笑っちゃいそうで、こらえた
そのとおりだった
翔とケンカしたときも、健斗はこんな感覚だったということを思い出していた
小さなことから、どうでもいいことに発展して行き、よくこんな風にケンカしたっけ
そのたびに、もう二度と口なんか利かないとも言ってたような気がする
今、その言葉を麗奈に向けている
まるで翔とのやり取りを思い出すかのように、空白だった時間が戻っていくように……
そうだ
麗奈とはそういう関係でいたいのだ
今日みたいにくだらないことでケンカして、くだらないことで笑い合って、家族として、1人の親友として、そういう関係でいたかった
だから、麗奈と付き合いたいとか、好きになるとか、そんな風に思うことは、やはり出来ない
今の関係がいいのだ
今の関係が、一番居心地のいい関係なのだ
なのにだ……何故、麗奈はあんなことを言ってきたんだろうか
今の関係がぶち壊れてしまうかもしれないのに
どうして……
健斗の気持ちを知りながら、一体どういうつもりなんだろう
考えれば考えるほど、胸がぽっかり空いていくような気がした
やはりまたいつものようにからかってるだけか
今はそうであって欲しかった
田舎者だと思ってバカにしただけであって欲しかった
「あぁ……あれ?冗談だよォ。健斗くんも騙されやすいなぁ〜」
そう言って欲しい
その想いだけが巡り続けた
今のままでいいのだ
今のままで
そう考えながら、健斗はチラリと麗奈を見た
とするとだった
思わぬ偶然で、目がはっきりとあってしまった
健斗は慌てて目をそらして不機嫌そうな様子をみせつけた
そしてもう一度チラリと見てみると……それは麗奈も同じようなことをしていた
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