温泉から上がって、健斗の顔は赤上していた。頭からは湯気が立ち上る。無論、温泉に入ってたためだ
濡れた髪をタオルでシャカシャカと拭く。ボサボサになっているだろーが、まぁそんなこと気にしなくてもいい
と言いつつ、手で自分の髪を直していく。健斗は男湯、女湯と別れている入り口の目の前にある長椅子に腰掛けて、ふぅっと深いため息をついた
少し浸かりすぎたか……頭がぼーっとする。のぼせてしまったのか……天然深層水というだけ、お肌がツルツルになったような気がする
もちろん、気分だけ
健斗は一人でため息をつきながら、またさっきのことを思い浮かべていた
父さんの思い出話はためになることが多いから好きだ
父さんも健斗と同じような体験をしてきたんだろうなぁ……何せもう四十五年きてるんだから……
健斗はふとさっきの話を聞いて、考えたことがある
麗奈が……今、今もし東京に帰ることになったら、俺はどう思うのだろーか
寂しがる?麗奈がいなくなって、麗奈の大切さに気付くことになるのだろうか?
それはどうして?
麗奈が家族だから
友達だから
かけがえのない存在だから?
それとも……本当は心の奥底では……麗奈を求めてるから?
麗奈が……好きだから?
「……んなことねーよ」
健斗は一人呟いて、軽く嘲笑いをした。麗奈が東京に帰ったら、そりゃ万々歳さ
麗奈と出会って、普段の日々が疲れるよーに感じているんだから
麗奈が東京に帰ったとしても、生活が変わることはない。毎朝学校に行って、早川のことを思い続けて、いつか絶対に告白する
そして早川ともし……仮定の話だ。極めて低い確率で、付き合えたとしたら……それが健斗のハッピーエンド
一番の幸せなのだ
そう考えると健斗は妙に嬉しくなった
そうだよ。麗奈が東京に帰ったって、今の生活が変わることはない
そして早川に対する想いも変わることはない
これは確かなことだ。
それに、別に一生会えなくなるわけではない。会いたいときには、東京に遊びに行ったりして……
……
……
何で……また麗奈に会おうという考えが生まれるんだ……?
「あれ?健斗くん」
ふと名前を呼ばれて健斗は顔を上げた。すると、女湯から蒸気した麗奈がタオルで長い髪をゆっくりと撫でるように拭きながら出てきた
健斗を見て、不思議そうな表情を浮かべている
「一人?お父さんは?」
「あ……あぁ……まだ入ってる」
「そっか。お母さんも同じ。もうしばらくは入ってたいみたいだよ」
「そっか。うん……」
健斗が少々戸惑いながら苦笑した。麗奈はため息をつきながら、健斗の隣に座る
「ふい〜っ♪いいお湯だったなぁ」
健斗は何も言わず、麗奈が隣に座っているのを肩見狭い思いをして見ていた。けど、心地よい
いい香りがする……間違いなく麗奈の髪のにおいだろう?確か麗奈が使ってるシャンプーはエッセンシャルだ。それの匂いがする
いい匂いだ……優しい香り……何だか胸がときめく
さらに顔が赤くなっている麗奈……健斗と同じ、温泉に浸かったせいだろう
それが……何だか色っぽく見えて仕方がなかった。お風呂に入って、疲れが抜けて、体の力が抜けているような状態
脱力感がある麗奈に色っぽさを感じる……
寝巻き用薄いTシャツ……その上からでも分かる……膨らみのある豊かな胸……多分ノーブラ状態……
健斗はそう考えているる、自分が恥ずかしくなってそのことを考えるのをやめた
何変な気を起こしているんだ俺は……ヒロのが移ったか?
と、そのときだった
「……ふぅ……」
麗奈が息を吐くと、突然体の力を抜き、健斗に全身を預けるようにして寄りかかってきた
健斗はびっくりしたと同時に、ものすごい恥ずかしさを感じた
「ば……おい、やめろよ。離れろって」
健斗がそう言っても、麗奈はまったく気にせずに言った
「……ちょっとのぼせちゃったみたい……こうしてると楽なんだもん」
そう言う麗奈に健斗は困り果てていた
いくら楽だからって……
「の、のぼせたなら……休憩所行こうぜ。そこなら水もあるし、寝れるから」
「ん〜……私今動きたくないもん」
「い、いいから離れろよ」
「ん〜……嫌」
嫌って……健斗は周りを見渡した。当然ながら、ここは温泉の入り口の目の前だ。行き交う人が、チラッと見てくる
他人からしたら、ただカップルがいちゃついてるにしか見えないだろう
「……お前恥ずかしくねーの?」
健斗がそう訊くと、麗奈が健斗を上目遣いで言ってきた
「何が?」
やばい……この状況……本気でヤバい
麗奈が上目遣いで見てくる。その瞬間、目が合って健斗は目を逸らすことが出来なかった
可愛い……マジ可愛い……
ヤバいだろこれ……このままじゃ……
顔と顔の接近度がハンパない
シャンプーの香りが健斗の理性を奪う。まるで今だけはフェロモンだ
麗奈のピンク色のツルンとした唇を見る……
「健斗くん……心臓の音スゴいよ……?」
麗奈にそう言われた。当然だよ。今めちゃくちゃドキドキしてるんだから……
健斗はそのとき気づいた。今麗奈の頬が赤いのはのぼせてるからだと思っていたが、違う
麗奈も恥ずかしいから頬が赤いのだ……胸を触ることはできないが……こちらもまた、心音の速度が相当早くなっているんだと、健斗は確信した
「…………」
「…………」
2人は見つめ合ったまま、動くことが出来なかった……お互いに何を意識しているのかは知らないが……顔と顔が近い以上、どうしてもあれが思い浮かんでしまう
健斗はふと我に返った。ダメだ……こんなところで……そんなことなんかできない……
健斗は不意に立ち上がった。そしてそのまま自動販売機へと向かう。麗奈は不意に立ち上がられて、少し戸惑っていたようだった。自動販売機の前に立っている健斗を見つめる
「……や、やっぱり風呂上がりは牛乳だよなぁ〜……」
そう言って、ポケットの中に入れていた五百円玉を入れて、瓶の牛乳を二個買う
「……ほら」
牛乳一本、麗奈に渡すと麗奈は戸惑いながら静かに受け取った
「あり……がと」
健斗は牛乳瓶の蓋を開けて、一気に飲み干した。麗奈はまったく手をつけようとせず、ただ視線が下に言っている
「……プハーッ!……生きてるって感じだなぁ」
健斗がそう言うと、麗奈がしばらく健斗を見つめたあと可笑しそうにクスッと笑ってきた
「何それ?変なの」
「お前もやってみ。生きてる実感するから」
麗奈はクスッと笑いながらも牛乳瓶の蓋を開けて、健斗と同じように一気に飲み干した
「ふい〜っ!これだなぁ〜」
「なっ?生きてるっ感じだろ?」
「どーだろ?」
麗奈はクスクス笑うと、立ち上がって空き瓶を回収ボックスの中に入れた
健斗も同じように立ち上がって回収ボックスの中に入れる
「……さっき健斗くんさ……」
「え?」
麗奈はそう言いかけてから、急に恥ずかしくなったのか口をつぐんだ
「ううん。何でもない」
「そ、そっか……」
そう。それでいい。何も聞かないで欲しかった
今自分でも本当にバカなことを考えてしまったから、それがバレるのがすごく嫌だった
「ねぇ、休憩所行かない?」
麗奈に微笑みながらそう言われて、健斗は怪訝そうな表情を浮かべて言い返した
「俺行こうぜって言ったじゃんか」
「もう動きたい気分なのっ。いいから行こうよ〜」
「わ、分かったから……手離せよ」
健斗は麗奈に連れて行かれるような形で下の階の休憩所へと向かった。階段を下りてるとき麗奈が笑いながら健斗に言ってきた
「ねぇねぇ、あとでさ卓球やろー卓球」
「え〜?」
健斗が嫌そうな表情を浮かべると麗奈が頬を膨らませてきた
「何よ。いいじゃんっ?ね、やろー」
「う〜ん……最近腰が痛くて」
「おじいちゃんじゃあるまいし……ちょっとは運動した方いいよ?じゃないとぶよぶよになっても知らないからね」
「してるだろ充分っ!」
お前を学校に送り迎えするときどんだけカロリー消費してると思ってんだよ、と健斗は呟いた
「もう〜……そんなんじゃいつまで経っても結衣ちゃんのハートを掴むことはできないよ」
「余計なお世話。それにお前との卓球が関係あるかっつーの」
「む〜っ」
麗奈がむっとした表情になって、健斗から顔をそむけた。健斗はそんな様子を見て、可笑しそうに笑った
「じゃあ〜……卓球代払ってくれんなら、やってあげてもいいぜ?」
「はぁ〜っ?女の子に普通そんなことさせる〜?」
「知るか……そんなもん。別にいいよ。じゃあ、俺は父さんと将棋でも指すかな」
「う〜っ……分かったよ……払えばいいんでしょっ?払えばっ!その代わり……」
麗奈はそう言ってから健斗に指差してきた。健斗は若干とまどいながら麗奈を見る
麗奈はにやけると、ゆっくりと呟くように言ってきた
「……負けた方は商店街にあるアイス三個奢る」
「ほほぉ……どの種類でも……か?」
「当然」
「いいだろう……受けて立とうじゃんか。言っとくけど、俺小学生のとき……“卓球台の統治者”と呼ばれてた男だぜ?」
「ふふん……私なんか中一のとき、卓球大会で準優勝した女の子だからね」
どうして何かしら対決になると、健斗と麗奈はこうなるのだろうか?
まぁ、それが健斗と麗奈らしいのだと言えば、それまでなのだが……
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