第7話のあらすじ
麗奈に告白されたことに戸惑いを感じながらも、健斗と麗奈はいつも通り、何も変わらない生活を過ごしていた。しかし、やはり健斗にとっては複雑な想いを抱くばかりだった
そんなある日のことだった。何と、麗奈が夏風邪を引いてしまった
長引く夏風邪、しばらく山中家では麗奈の看病に徹していた
すると山中家の元に一本の電話がかかってくる
それはニューヨークに滞在しているはずの、麗奈のお父さんからだった
その内容とは、一旦東京に戻ってこいという話……
そんなことを言われた麗奈は、お父さんに言われた通り東京に戻ろうとするのだが、本当は東京なんかに帰りたくない
麗奈がこの家に、この町にやってくることになった本当の事情
そして、東京で麗奈は過去に何が起こったのか
そして健斗は……
※このお話はかなりの長編となりますので、ご了承ください
健斗は複雑な想いを抱えていた。複雑だ
本当に複雑だ
「ちゃんと鍵閉めたか?」
父さんが母さんにそう訊ねる。母さんは当たり前だと言わんばかりに、すぐに頷いた
健斗と麗奈は父さんを間に挟んで、母さんが来るのを待っていた。それにしても、本当に暑い。母さんが来ると、父さんは笑いながら言った
「よし。じゃあ行くか」
これからどこに行くのかというと、一言で言うと……銭湯だ。正確にはスーパー銭湯
何故銭湯に行くのかというと、理由は簡単。今日家の水道管の検査が、業者の人にチェックしてもらっているからだ。母さんが水の出が悪いことに気がついたのが原因だ。検査してもらった結果、水道管に罅が入っていた
修復には1日かかるため、今日は家族で以前からお馴染みのスーパー銭湯に行くということになったのだ
健斗にとって銭湯とか温泉の類は申し分ない。それどころか心が浮き踊るほど、楽しみだった
久しぶりに行く銭湯に心を踊らせていた
では、健斗の心を複雑にしてるのは何なのだろうか
「歩いて行くってことは、ここから近いんですか」
と、麗奈が自分の着替えやバスタオルなどを持って聞いてきた
それには父さんがすぐ答えた
「あぁ。歩きで十分程度かなぁ?いい所だよ。種類も豊富だし、天然の海洋深層水の風呂だからな」
「私温泉大好き〜♪楽しみだなぁ」
「あたしも楽しみだわ」
と母さんが嬉しそうにそういってきた
「ずっと温泉とか銭湯とか、1人で入ってたから。娘といっしょに入ることができるなんて嬉しい♪」
「アハハ〜♪健斗くんが女の子だったら良かったのにね〜」
と麗奈が健斗を見てきてそう言ってきた。健斗はそれを聞いてむっとした表情で言い返した
「俺は男で良かったんだよ」
「でも健斗くんが女の子になったら、きっとすごく可愛いと思うよ?」
「余計なお世話」
「アハハ〜♪健子ちゃんだぁ〜♪」
麗奈が笑いながらそう言うと、母さんが可笑しそうに笑いながら言ってきた
「そういえば健斗がまだお腹の中にいるころね、健斗は最初女の子で生まれてくる予定だったの」
「えっ?そうなんですかっ!」
「母さん。その話も3度目。それに……麗奈に余計なこと話すなよ」
健斗がむすっとした雰囲気で母さんにそう言うと、母さんはまた可笑しそうに笑いながら言った
「あら、別にいいじゃない。でね、先生から女の子だって聞いてたからね、本当は『理香子』って言う名前にするつもりだったのよ〜♪」
母さんがそれを話すと同時に麗奈が吹き出して大笑いしてきた
「アッハハハハハ♪り、理香子……健斗くんが理香子〜♪アッハハハハハ♪」
麗奈につられて母さんも父さんも、大笑いしてきた。健斗はその様がたまらなく嫌で、怒鳴るように言った
「うっせぇっ!笑うんじゃね〜っ!」
「アハハ♪理香子ちゃん、落ち着いて?」
麗奈にからかうようにそう言われて、健斗はプツンと堪忍袋の緒が切れるような音がした
「にゃっろ〜!」
「アッハハハハハ♪」
健斗が麗奈を追いかけようとすると、麗奈もすぐに笑いながら健斗から逃げていった
健斗はそれを見た瞬時、追いかける気を無くして代わり母さんを責めた
「ほらっ!だから余計なこと言うなって言ったんだよっ!あいつバカにしてくるから……」
健斗がそう言うと、父さんが可笑しそうに笑いながら健斗を宥めてきた
「まぁまぁ。そんなに怒るな理香子」
父さんがそう言うと母さんはまた吹き出して笑った。健斗は悔しさでもう半分涙目だった
「……もう俺帰る。帰らせていただきます……」
と言って健斗が家の方向へ向かおうとすると、それを父さんが苦笑しながら止めてきた
「わ……わかったわかった!父さんが悪かった!」
一見、いつもの山中家の家族の風景のようだが、健斗が複雑だと語っているのはこれが原因だ
いや、決して健斗の生まれてくる前の名前が理香子だったということではない。それはもう、随分前から聞いた話だし、今回で3度目だし
そりゃ……初めて聞いたときは衝撃だったのだが
健斗が複雑だと言っているのは、もちろん麗奈に対してだった
健斗は悔しがりながらも……あの七夕祭の夜のことを思い出していた
「え……」
健斗は何も言えなかった。麗奈の口から出たあまりにも衝撃的な言葉にかなりの動揺の色を隠せなかった
健斗は頭の中を整理していた
麗奈から聞かされていた。麗奈に好きな人が出来たこと……そして今麗奈は……自分のことを好きだと言っている
ということは……麗奈の好きな人は健斗だったということになる
……まさか……何かの冗談だろう。今更何動揺してる?これまで幾度か言われて、冗談だとバカにされてきたことじゃないか
また数秒たてば、意地悪く「なんてね」って言って、冗談でしたというオチになるに決まっている
しかしその予想は起こり得ないものだった
麗奈は顔を赤くしたまま、俯きっ放しだったからだ……何も言わず、ただ俯いている
健斗は何を言えばいいのか分からなかった。戸惑うことしか出来なかった
もう一度、麗奈を見る。すると麗奈は真っ直ぐな瞳で健斗を見つめていた。真っ直ぐで……真剣で……けれども照れていた
健斗と麗奈はしばらく見つめ合っていた。そのとき、自分の鼓動が高鳴っていることに気がついたのだ
この、妙な胸の高鳴りの正体に気づいてはいなかったが、確かに自分は今、麗奈にときめいている
どうやら……冗談ではないらしい
健斗はそう考えると、この事実をリアルに受け止めることが出来た。一気に顔が赤面し、下を俯いてしまった
「……あ〜……あのさ――」
「お〜い、健斗〜麗奈ちゃ〜ん」
健斗が何かを言おうとしたそのときだった。突然後ろから、誰かが呼ぶ声がしたので、健斗は後ろを振り向いた
大勢の人が行き交う中、そこにはヒロが手を振りながら健斗たちを呼んでいた
「何突っ立ってんだよ〜?花火始まってるぜ〜?」
ヒロの言葉により、リアルに感じていた麗奈の告白がまた薄れてきた。すると麗奈が健斗に微笑んできた
「……行こっか?」
その微笑みに、健斗はまた妙なときめきを感じてしまった
それからというもの……特に何も変わったことがないことに、健斗は複雑な想いを抱えているのだ
麗奈のこと妙に意識してしまう自分……しかし肝心の麗奈の方は……何も変わっていない
健斗に陽気に話しかけてきたり、普段と変わらない明るさ……それが健斗の戸惑いの原因になっていた
麗奈を意識していた健斗も麗奈の普段と変わりがない姿に、段々意識することなく、また特に何かを考えるようなことはなくなっていた
もしかしたら、あれはまた冗談だったのかもしれないという考えが次第に芽生えてくるほどだった
とにかく……あの麗奈の告白が何だったのかは、未だに謎である
聞こうと思えばいくらでも聞ける。けれど、聞ける勇気が健斗にはなかった
むしろ、あれが健斗と麗奈の仲を壊すことになるのであれば……いっそのこと永久に闇の中に葬られている方がいいだろう
というわけであった
「ねー理香子ちゃーん」
「じゃかしいっ!やめろよそれっ!」
本当に……普段と変わらない関係だった
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