「そういえば、明日麗奈ちゃんの誕生日だろ?」
仕事中、店長が突然そう言ってきた。健斗が客が使ったテーブルを濡れ布巾で丁寧に拭いているときに言ってきたのだ。健斗は最初何のことだか、よく分からず店長の方を見ると「へぇ?」と情けない声を上げてしまった
「だから、明日誕生日だろ?麗奈ちゃん」
「あ……そうっすけど。あれ?店長何で知ってんすか」
「知ってるも何も。前麗奈ちゃんがそう言ってたよ。もうすぐ誕生日だって。明日なんだろ?」
健斗は言われるまま、小さく頷いてから納得いかない顔をした。店長は知ってた。麗奈が以前店長に言ってたって……健斗なんか今朝知ったばかりなのに……どうしてあいつは健斗に教えてくれなかったんだろう
「そりゃお前、好きな人に言うのも恥ずかしかったんじゃないか?」
店長は健斗の疑問を可笑しそうに笑ってそう答えてくれた。恥ずかしい……って、そんなに意識するようなものじゃないのに
「俺が困るんすよ……色々と」
「困る?何を」
「そりゃ……誕生日……プレゼントとか」
健斗がブツリと呟くようにそう言うと、店長は肩を揺らして可笑しそうに笑った
「なるほどね。女の子に贈り物をするのは初めてか」
「そうっすけど……何で笑うんすか」
「誕生日プレゼントに悩むなんて、初々しいなって思ってさ」
健斗はそう言われて、ムスッとした。確かに女の子にプレゼントをするのは初めての経験であって悩むことである。が、それを初々しいと言われるのは心外だった
店長はご結婚なされて奥さんもいる。その奥さんにはいつも誕生日でどんなものをあげているんだろう。聴いてみたかったが、流石に失礼なことだろうと思い、聞かないでおいた
こんなとき健斗はもっと中学のときに、女子と何かしらで関わっとくべきだった。何でも未経験の健斗にとっては少々手厳しい問題なのだ、これは
「店長ならどんなプレゼントします?」
「う〜ん……そうだなァ〜……」
店長はポットに焚いたコーヒーをカップに注ぎながら考えた
「今時の若い子の好みはよう分からんからな〜。まァ、気持ちの籠もってるなら何でもいいんじゃない?」
参考になる答えではないみたいだ……健斗は少々がっかりした
そんなときだった。健斗のポケットに入れておいた携帯が震えた。健斗はそれに気がつくと、携帯を取り出した。画面を開く
着信 真中比呂
ヒロからの電話だ。健斗はそこではっと気がついた。今朝にした電話に気づいたようである
「すみません。ちょっと電話なんで」
「おう」
健斗はそう断っておくと、店の外に出た。健斗はバイト中にも電話に出れるようにしといている。理由は様々だが、一番の理由は緊急のことを考えてだった
以前麗奈が熱を出して倒れたという緊急の電話だったりしたら大変なので、なるべく電話に出れるようにしているのだ
というのが口実だが……店長はそのことに気にしてはいない
ただ健斗自身があまり良くないかもしれないとは感じているだけだ。社会人になって勤務中に電話に出るなんて普通は出来ないことだから……
そんなことを考えつつも、健斗はすぐに通話ボタンを押した
「もしもし?ヒロ?」
「おう。あ、もしかしてバイト中?」
「そうだよ」
「やっぱり。かけ直そっか?」
「いや、大丈夫。つーか今朝電話したの見たんだろ?部活終わったんだ」
「まァね。いや、でも俺も今日お前に用あってさ」
「用?」
健斗が声を高くして尋ねると、ヒロはあぁと言ってきた
「明日さ、誕生日じゃん?麗奈ちゃんの」
健斗は聞こえない程度に小さくため息を吐いた。ヒロも知っていたのか
「明日さ、俺と佐藤で誕生日祝いに行くから」
そういうことだったのか……というか、いつそのことが決まっていたんだろうか?恐らく健斗には言っていない。二人の独自の判断でそう決めたに違いない。まったく……迷惑な話だ
「あっそう……ま、いいけどさ。麗奈も喜ぶと思うし」
「やっぱりィ〜?こういうのって俺がいないと盛り上がんないじゃん?何かさ、何つーの?ムードメーカーの俺としてはさ、やっぱりこういうのさ、こう……こうっ!」
「はいはい。言いたいことは分かったから」
勝手に熱くなるのはいいが、健斗はバイト中である。あまり長電話は出来ないのだ
「あ、早川は?」
健斗は先ほど出た名前に早川の名前がなかったことに気がついた。健斗がそう言うとヒロは我に返るなり言ってきた
「早川?佐藤が誘うとか言ってたけど……お前からも一応誘っとけば?」
健斗はヒロにそう言われると苦笑した
「ところでさ、俺一つ気になることあんだけど」
ヒロがそう言ってきたので、健斗は不思議そうに耳を傾けた
「何?」
「あのさ……誕生日プレゼント何がいいと思う?」
健斗は思わず携帯電話を落としてしまいそうになるほどがっくしした。ヒロからそのようなことを聞かれるのは初めてだった。健斗は滑り落ちそうになった携帯電話を握りしめる
「それさ、今朝俺が聞こうと思ってたんだけど」
「え?何?そうなのっ?」
ヒロの笑い声が電話の奥から聞こえる。健斗は呆れるようにため息がついた
「で、何がいいと思う?」
健斗はヒロにそう聞かれても答えようとはしなかった。というより答えられなかったのだ。健斗だってヒロに聞こうと思っていたのだ。少なくとも健斗よりは女性経験の多いヒロならどんなプレゼントをすればいいか知ってると思ったのに……
いや、好きな女の子の手前であれば同じか……
「さァな。心の籠もったものなら何でもいいんじゃない?じゃあな」
結局店長請け売りの言葉をつかい、健斗は電話を即座に切った。きっと向こうは意味不明と叫びたくなっているに違いない
健斗は小さくため息を吐いてから、再び中に戻った
健斗が再び戻ると、店長が可笑しそうに笑いながら健斗に言ってきた
「どうだ?友達から何かいいアドバイスはもらえたか?」
友達から電話が来たことを分かっているということは……会話を少し聞かれたか……そんなに大声では話してなかったのに
「俺と同じみたいっす」
「そっか……なァ、今思いついたんだけどな」
「はい?」
店長がそんなことを言ってきたので、仕事に戻ろうとした健斗は再び足を止めて店長を見た
「もしよかったら、明日はここで誕生日会をしないか?」
「えっ?」
店長から思いも寄らぬ提案を受けた。まさかのRyuで誕生日会を催すとは……
「えっ……いいんすか?」
「あァ。だって明日は日曜だろ?明日は午前に店を閉めるし、その夜特別に店を開けて……うん。どうだ?ここならキッチンだってあるから、すぐにそこで料理を作れるぞ?どうせならパーッとやりたいだろ」
この店の定休日は月曜日と日曜日だった。だが、この夏に入って定休日が珍しく変わった。水曜日に一度、それと日曜日の定休日は午前中だけというものになった
「でもいいんすか?麗奈のためにキッチン使わせてもらって……店だって」
「構わないよ。私だって、麗奈ちゃんの誕生日くらい祝いたいし……私に出来るのは場所の提供と料理くらいだが……何か不具合でもあるか?」
店長の提案はとてもありがたい。麗奈に話したら喜ぶだろう。けど……今朝話したとおり、普通の誕生日会をやろうっていう話で……店を使っての誕生日会は普通なのか……健斗には分からなかった
「じゃあ、今日母さんに聞いてみます」
そう答えた
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