表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

サプリメント

作者: 久我山

夜の仕事で日々ストレスや不摂生と戦う「私」

独身彼なしの大学2年生の女(休学中)が

最近ハマってるジム通いで身体を鍛えようとしていたりする

っていう、ごく平凡でありふれた一日のお話

 ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇


 最近、私はジムにハマっている。

 ただ痩せるためためじゃない、美しい身体作りのための週三回のジム通いだ。

 どうして身体作りなんてしてるかというと、私が夜の仕事をしていて見た目に気を使わなきゃいけないことと、お酒でカロリーオーバーをしがちなことが主な原因だ。

 ストレス解消になるボクササイズや、全身の動きを意識したスイムは休みの日にたま~に気が向いたらやる程度だった。でも最近はサボらずに週三回、決まった時間にジムへ行く。


 お気に入りのトレーナーができたというのも大きい。

 四十台だというのに若々しく逞しい胸板。渋めのマスクによく通る低い声。そんなルックスしておいてマンガ大好き――ゲームも好きらしく私のハマってるパズドリでフレンドになってもらって一緒に攻略してたりする――というギャップ。

 ジムのオーナーの弟さんでトレーナーの統括もしているらしいのだが、トレーナーとして指導にも当たってくれる実践派で怠けそうな私を優しく厳しく叱咤してくれるのだ。

 おかげで気兼ねなく話せる間柄になった。残念なことにゲイだけど……


 今はウェイトトレーニングの中でも背筋を鍛えるデッドリフト――簡単に言ってしまえば床に置いたバーベルをゆっくりと持ち上げるだけ――というのにハマっている。

 見た目の地味さに比べて名前がすごい。だって“デッド”だよ、“デッド”。背中や腕が筋肉痛でバキバキになって死にそうになるの。でもそれが『効いてる』って実感させてくれる。

 今日も10レップ3セットほど持ち上げて筋肉が悲鳴を上げ始めたのを感じ満足顔で休憩に入る。目標は自分の体重をスイスイ上げられるようになること。まだまだ道は険しい。


「あとは軽くランでもして仕上げようかしら」


 ランのあとはご褒美だ。といってもスイーツ(笑)なんかじゃない。身体へのご褒美にプロテインを飲む。

 これがまた案外おいしいの。

 ダイエット目的なら大豆からできてるソイプロテインのほうがいいんだけど、牛乳からできてるホエイってやつのほうがおいしいのが多いみたい。カロリーもそれなりにあるから運動量と相談しなくちゃいけないけど……

 身体作りが目的だし、せっかく飲むならおいしいほうがいいし!ってことで私はホエイプロテインを運動後のご褒美にしているのだ。


 というわけで一心不乱に汗をかく。


 今日は何の味にしようかしら。ストロベリーにバナナにバニラにココア。まるでアイスでも選ぶかのようなラインナップ。クッキー&クリームなんていうのもあったな。うんよし、今日はクッキーにしよう。

 マシンの上で汗やよだれを垂らしながら考える。いけない、よだれは拭かなくちゃ。妙に視線を感じて急にすまし顔になる私。これじゃナンバーワンなんて取れないわね。


「せんぱぁ~い、もう上がりですかぁ? あいりも今上がりなんですよぅ。ヘトヘトですぅ」


 ランから上がった私に猫撫で声で擦り寄ってくるのは仕事の後輩のあいりちゃん。仕事関係の人とはメイクしてないときに会いたくないのにジムが同じなんて……

 あいりちゃんとは気兼ねなく話せる仲だしすっぴん何度も見られてるからまだいいけどね。


「はいはい、疲れたのはわかったから…… 汗でベタついちゃうからハグは後でね?」


「え~、どうせシャワー浴びるんですしイチャイチャしましょうよぅ。せんぱいの背筋揉みほぐしてあげますからぁ」


 手をワキワキさせながら襲い掛かろうとしてくるあいりちゃん。


「それ絶対、他のところ揉もうとしてるよね? 私の胸が背中かと思ったなんて言おうとしてたならグーで行くからね?」

「違うますよぅ。そんなこと一ミリも思ってないですよぅ。はうぅうう!?」


 鍛え上げた握力で憎たらしいほど小さい小顔を鷲掴みにしてシャワールームに強制連行。こういう時のあいりちゃんに構うと長くなるから問答無用だ。

 この妙に近い距離感がたまに癒しになるんだけど、今はそんな気分じゃない。そう、プロテインの気分なの。


「ごめんねあいりちゃん。またあとでね~」


 これでしばらくあいりちゃんの邪魔は入らない。長い髪をブローするのに時間が掛かるからだ。

 私もさっとシャワーを済ませてお楽しみのプロテインタイム。

 もちろん飲むサプリメントはそれだけじゃないんだけどね。ビタミン、ミネラル、アミノ酸。仕事でお酒を死ぬほど飲むけど肌荒れなんてしてられない。

 白いご飯も大好きだから炭水化物が間に合いすぎてるのも考えなきゃいけないのよね。でも好きだからやめない。その分だけ運動を増やす。本当に炭水化物は魅力的な悪魔だわ。


 ロッカールームでサプリを出していたらまた視線を感じた。私また変な顔してたからしら。ロッカーに備え付けられていた鏡で顔を確認するが……


「ヒィッ」


 鏡に映りこんだ黒い影に悲鳴を上げてしまう。

 振り向くと濡れた黒髪の幽霊……もとい、黒髪のマダムがいた。


「く、黒川さん。こんばんわ、ごきげんよう」


 黒髪のマダムこと黒川さんはランがお好みらしく見かけると必ずランニングマシンの上にいる。二時間みっちり走っているというの聞いてそんな主婦もいるんだと驚いた覚えがある。


「ンフッ、ごきげんよう。ここのところ…よくご一緒するわね。貴方、見ていて…とても面白いわ。だって…気持ちよさそうに、バーベルを上げるんですもの、フフッ」


 私はねっとりと話しかけてきたこのマダムが若干苦手である。少しどもり気味であまり視線を合わせようとしないタイプで――男なら妄想過多のチェリーなんだって思えて可愛いんだけど――何考えてるかわからなくてどんな話題を口にして良いかいつも悩む。

 曖昧に返事をすると、私も走っていて30分越えるあたりが辛いであるとか1時間過ぎると気持ちよくなってくるであるとか取り留めのない話が続いてしまう。

 私は今この時間が辛いよ。


「えぇ、そうなんですか。大変ですけど面白いですよね。あっ、連れが戻ったのでこの辺で失礼します。ではまた……」


 シャワーから戻ったあいりちゃんを出汁にして逃げ出す。ナイスタイミングだよあいりちゃん。撫でてあげよう。よしよし良い子だ。


「んぅ、髪くしゃくしゃにしないでくださいよぅ。あいり、この歳ではげるのはいやですよぅ」


 心配しなくてもあいりちゃんの図太さなら心臓からも毛が生えてるくらいの毛沢山だろうからちょっとくらい毟っても禿げたりしないよ。

 そんなことよりプロテインタイムよ。運動後30分以内がゴールデンタイムらしいから早く飲んじゃわないと……


「あ~、それおいしいですよね~。あいりもそれ、トレーナーさんに薦められましたよぅ。ばりん、ろいしん、いそろいしん!でしたっけ?」


「懐かしいCM知ってるわね。今、作ってるのはプロテインだけどね」


 プロテインはタンパク質であいりちゃんが言ってるのはアミノ酸だから全然違うんだけどね。

 体を作るのに必要で食べなきゃ摂れないアミノ酸のことを必須アミノ酸(EAA)っていうんだけど、その中でも分岐鎖アミノ酸(BCAA)というのが筋肉の疲労回復にいいのだ。あいりちゃんの言ったバリン、ロイシン、イソロイシンがそのBCAAだ。

 私も摂りたいとは思うんだけどEAAパウダーで試したやつは今のところどれもイマイチだった。

 あいりちゃんにオススメを聞いてもわからないろうしなぁ。


「CMはわかんないですけど、トレーナーさんが掛け声で言ってくるんで、あいり覚えちゃいました。ゴクゴク……んぅ、やっぱりこれおいしいですね~」


 ははは、こやつめ。そんなに歳違わないでしょ。


「……ってなんで飲んでるのよ!?」


 一杯分しか持ってきてないプロテインを飲まれてしまって反射的にあいりちゃんの頭を鷲掴んだ。まったくこの子は……


「はうぅう、あいりの顔じっと見るからくれるんだと思ったのにぃ。ギブ、ギブですよぅ、せんぱぁい」


 仕方ない、帰ってから飲もう。ちょうどなくなる頃合だし新しいフレーバーを試そうかな。


 あいりちゃんとはジムで別れて私は買い物に出かける。


 スポール用品店でサプリメントのコーナーに立ち寄る。今日はちょっと新しいものにも手を出そうと思ってアミノ酸系のサプリとにらめっこ。トリプトファン抜きのEAAでいいのがあればと思ったけどプロテインと違って味の種類はほとんどない。サプリメントなんてそんなものだって言ったらそれまでだけど。


「レモン風味もなぁ。苦味が残るのは微妙なのよね……」


 私は苦いものがあまり好きじゃない。ピーマンもダメだし――肉詰めは許すけど――ビールも進んで飲んだりはしない。俺のを飲んでくれなんて言ってくる男には口移して飲ませてやることにしてるくらいには苦いものが嫌いだ。思い知れAV脳め。

 はぁ、ヤなこと思い出した。

 イライラするのはビタミン不足かな。カルシウムはただでさえ不足しやすい栄養素だっていうし、サプリでしっかり補わないとね。


「いかがですか? そちらは女性向けのラインナップで特にオススメですよ」


 たまたま手に取っていたコラーゲン入りの商品をプッシュしてくる店員。笑ったときの大きな口が印象的だ。たぶんこの人は大食いに違いない。身体も大きい。というか分厚い。いかにも鍛えてますとアピールする大胸筋が店員のユニフォームのポロシャツを目一杯引っ張っていた。


「話題のフィッシュコラーゲン配合でこのお値段。毎日飲むなら云々かんぬん……」


 飲みにくい錠剤はどうも好みじゃなくてゼリーやドリンクは成分的に物足りない。コラーゲンが欲しかったわけじゃないし。やっぱりEAAの選択肢は顆粒やパウダーになるのだが水に溶けにくいのは論外だ。口の大きな店員にパウダータイプがいいと希望を告げるといい笑顔で本格的ですねと返ってきた。


「それなら……これなんていかがでしょう。BCAAにアルギニン配合で翌日に疲れを残さない身体を目指せます」


 BCAAにプラスアルファというのがよくあるタイプだ。運動前の水分補給を兼ねて飲むと疲労軽減にいいと店員が早口にセールストークを展開させつつ実演まで始めてしまう。


「こちらはBCAAにシトルリンとアルギニンを配合したタイプで美容美肌にも効果的なんですよ。この通り水にも溶けやすくパッと作ってパッと飲めます」


 ふぅん、フレーバーはレモンにグレープフルーツね。大差ない気がするんだけど……

 私が決めかねて渋い顔をしているとまぁ一口飲んでみてくださいといくつか製品を飲ませながら解説を加速させてくる。

 これがCMで話題のDMCですよとか、種類も豊富でいくつか選んで飲み続けるといいですだとか、こちらは一番人気のザマスでスポーツジムにも卸しているだとか、こちらのウィナーはゼリーのほうがいいですねとか、こちらは製薬会社が母体で……とか次々に薀蓄が出てくる。

 私も好きなものにはこだわりたいほうだけどここまでグイグイ来られるとちょっと引く。ごめん店員さん、すごく引く。同志だと思って勧めてくれるのは嬉しいけどね。あと苦いのホント無理。


「ありがとう。色々あると悩んじゃうわね」


 微笑みだけ残してそそくさとプロテインのコーナーに回る。


「プロテインもオススメがあるんですよ!」


 いやいやいや……

 ズイっと身を乗り出して先ほどの店員が再び語りだす。アミノ酸系のサプリと同じでザマスが人気だとか、こちらのチャンプは海外から取り寄せていて筋力アップにオススメであるだとか……

 プロテインまで水で溶いてどうぞどうぞと勧めてくる。それはもう飲んだことあるから…… アミノ酸やコラーゲンでお腹チャポチャポだから……

 もう勘弁して欲しかった。


 結局、元々の目的だったプロテインも買わず逃げるように店を出てきてしまった。


「今日の分はサプリメントはもう十分すぎるわ。お腹いっぱい」


 同伴の時間もあるし帰ってメイクし直さないと……


 今日の同伴相手のTさんはカジュアルめの個室居酒屋で軽くお食事する仲なので少し気が楽。

 まだ時間はあるので常連の方を中心に日課のメール作成。最近顔を見ない方にも久しぶりのメールを送ってみる。磨いた身体を見に来て欲しいしね。ついでにボトルも入れてくれたら万々歳。

 ヘアセットは軽めにメイクはバッチリ。同伴の時間に少し早いがTさんはすでに来ていた。


「お疲れ様です。今日はお誘いありがとうございます」


 ここの個室居酒屋は落ち着いた雰囲気の割りにリーズナブルな価格設定で、普段フランチャイズの居酒屋にしかいかないような私でも気後れせずに飲めて嬉しい。

 Tさんは芋焼酎におつまみを色々。お酒を飲みながら甘いもの辛いものなんでもつまむのが好きなようだ。メニューを指で示しながら次々と注文していく。


「飲み物はどうする?」


 いけない。見とれすぎた。私はこのTさんの指先が好きでよく見つめてしまうのだ。

 ドリンクメニューを渡されるが今日はお腹チャポチャポだし飲まずに軽くつまむだけのしようかななんて思っていい断りの文句を考える。


「うーん、どうしようかな」


 そんなこと考えていたのに豊富なドリンクメニューを眺めていると気になるものがあったのでついつい頼んでしまった。


「このはちみつコラーゲンカクテルをひとつ」


 結局飲んでやんの私。

 ローヤルゼリーにコラーゲンなんて謳い文句負けるに決まってるじゃん。

 いい気分で出勤したもんだから仕事中もやっぱり飲みすぎることになった。


 またしっかりと身体鍛えなおさないとなぁ……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ