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死神はあなたよ!
作:岳石祭人



最終章 黒い影


 里香は午後の授業を終え、帰宅の途に付いた。
 部活はまた休むが、気分は晴れやかだった。
 明日からは、元通りだ。
 駅のホームに入った。
 だいじょうぶだいじょうぶ、
 もう何も起きない。
 何しろあの紅倉美姫さんが保証してくれたのだから。
 電車が入ってきた。
 乗り込むと、乗客はずいぶん少なかった。
 ほんの4、5人か。
 ラッキーと思ってふだんは座れない椅子に座った。
 ふと、となりの車両を見て乗客がいっぱいなのを不思議に思った。いくら時間がまだ早いとは言っても夕刻ではあれが当たり前だ。
 何故、この車両だけこんなに空いているのだろう?
 扉が閉まり、電車が動き出した。
 入り口に立っていた男性が反対の椅子によっこらしょと座って里香に向かい合った。
 ニコッと笑いかけてきた。
 くたびれたコートにカバンを抱え、50歳くらいか、頭が灰色で、丸顔、メガネをかけて、腹周りはかなりでっぷりしている。
 里香はぼんやり車窓から外の景色を見ていた。
 気付くと、男性はまだニコニコ里香を見ていた。
 里香は思わずスカートの裾を気にした。見えてない。
『なに、このおじさん。やだなあ』
『まあそう言うな』
 里香はギョッとした。
『ハハハ。そう驚くな。いや、しかし嬉しいな。そうか、君か。とうとう見つけたよ』
 里香は驚いてキョロキョロした。
『ハハハ。わたしだよ、わたし。分かっているだろう?』
 里香は恐る恐る向かいの男性を見た。
『そうだよ、わたしだよ』
 里香はガクンと椅子からずり落ちそうになった。
 喋ってる、心の中で、このおじさんと!・・
 恐怖が、冷たく浸食してきた。
『ああ、見つけた。嬉しいよ。わたしはずっと捜していたんだ、こうして話の通じる相手を』
 どうして、どうして、心が通う!?
『そうだ!心が通い合っているんだ、僕たちは! ああ、なんて素晴らしい!
 さあ、もっと心を通わせ合おう。さあ、僕の心を君に見せてあげよう!』
 男性の心がなだれ込んできた。
 黒い。
 里香は戦慄し、全身から汗を玉と噴き出させた。

 死が、死が、死が、
 死が、
 死が、
 死が、
 少女たちの死が、
 溢れかえっていた。

 里香はガクガク震えた。
 失禁しそうだった。
 男はニコニコ笑い、真っ黒な小さな瞳で里香をねめ回した。
『ああ、新鮮な恐怖。なんて心地いい・・。
 君はあ・・・
 素晴らしい。
 君のそのフレッシュな感覚を、
 僕にも分けておくれ』
 男は立ち上がり、歩いてくると里香のとなりに座った。
 ガタンガタンガタン。
 早く、早く、次の駅に到着して。
 早く、早く、逃げなくちゃ!
「逃げる?」
 男は里香の耳元で声に出して言った。
「どうして逃げる必要があるんだね?」
 男は嬉しそうにうっふっふと笑った。
 駅に着いた。
 3人の乗客が降り、乗り込んでくる客は一人もいなかった。
 ドアが閉まり、電車は発車した。
「やあ、出ちゃったねえ。君、なんで降りなかったの?」
 ふっふっふっふ、とまた男は笑った。車内に誰もいなくなったのを見てふつうの声で言う。
「そうだよ、逃げることなんてないんだ。僕たちはこれからとっても楽しいことをするんだ。これから、ずうーっと、いっしょにね」
 男は里香の手に触れようとし、思いとどまって引っ込めた。
「僕らはソウルメートなんだ。肉体が目的じゃあない」
 何を言ってるんだこの男は?
 芙蓉さん、紅倉先生、助けて!・・・
「ふうー。紅倉美姫、ね。思ったほど大した女じゃなかったな。40代前半?鉄道オタク? ハハハ、当たってるのはこのメガネくらいじゃないか? 僕は鉄道オタクではないよ。
 でも彼女には感謝しなくちゃね、君をこんな風に覚醒してくれたんだから。ふっふっふっふ」
 恐怖に固まる里香を男は辛抱強くゆっくり待った。
『楽しいよ、人を殺すのは。少女たちのあの悲鳴・・・、くう〜〜〜、最高に、気持ちいーーっ!』
 イメージが、
 少女たちの悲鳴が!
『ハハハ。心配しているのかい、僕に殺されるんじゃないかと?だいじょうぶ、安心しなさい。君を殺すのは一番後だ。殺して殺して殺しまくって。もう殺すのにも飽きちゃって、自分を殺したくなったら、僕たちはお互いを殺し合うんだ。それまでは、いっしょにたっっっぷり、楽しもうよ』
 だから、何を言ってる?
 どうしてわたしが、
 殺す?!
 男の記憶が流れ込んでくる。
 少女たちの、死の、悲鳴が・・、頭から・・、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、どこに?どこにも、頭の中からは、どこにも、逃げられ・・な・・い・・・・・

「はい、そこまで」
 男はギョッと顔を上げた。
 イメージの流入が止まり、突然、強烈な薔薇の香りが鼻を突いた。
 車両の隅に、白いロングコートに頭からフードをすっぽりかぶった女性が座っていた。
 フードを脱ぎ、
「電車なんて生まれて初めて乗ったわ」
 紅倉美姫だった。
「もうこりごり。二度とイヤ」
 ゴトンゴトンと電車は走り続けている。途中から乗ってきたのではない。
 どうしてこんな強烈な匂いにこれまで気付かなかったのか?
(誰も乗ってこなかったのはこの匂いのせいか??)
「はいはい。喜んで運転手を勤めさせていただきます」
 芙蓉もいた。吊革にぶら下がって。どうして気付かなかった!?
 紅倉はニヤッと笑った。
「テレパシーに関してはあなたより数段スキルが上なの。相手の知覚を隠すくらいにね。却ってやりやすかったわよ、無防備なテレパシスト相手はね」
 男は憮然と立ち上がった。紅倉は平気で続ける。見えてない。
「里香さん。すべての元凶は、この男よ。
 この男が、死神なのよ。
 あなたはあのかわいそうなOLさんの後ろでこう呟いた、
『あ〜あ、家になんか帰りたくないなあ・・。帰ったっていいことなんてなんにもない。生きていたっていいことなんて何もない。苦しいだけだ。あ〜あ、まったく、この世は地獄だ』
 と。彼女は、その通りだ、と思った」
 里香は、本当にバケモノでも見るように男を見上げた。紅倉は続ける。
「あのおじいさんもそう。横断歩道まではまだずいぶんある。おじいさんは疲れていた。そこへあなたは反対側から渡ってきて、おじいさんにこう言った。
『やあ、こんにちは』
 おじいさんは挨拶を返し、ごく当たり前のように、自分も反対側へ渡りだした。
 あなたは、その様子を横目に見て、ニヤニヤ笑いながら駅へ向かった」
 男はその時のことを思いだしたのか、凶悪な笑いを浮かべた。
「この人が・・死神・・」
 里香は移動しようとお尻をずらしたが、男にニコリと笑いかけられて動けなくなった。
 紅倉は続ける。
「そうそう、犯人の特徴だけど、平均を言っただけよ、二人のね。
 テレビであなた方を特定しちゃったら、自棄になって急いで次の犯行をするかも知れないじゃない?
 あなた方が怪しまれることなく幾度も犯行を重ねられた理由、
 それは、
 あなた方が二人のチーム、
 タクシーの運転手とその客だったからよ。
 ゲストの女の子がタクシーって言ったときにはちょっと焦っちゃった。
 ふつうお客を乗せているタクシーの運転手が、通り魔殺人の犯人だなんて誰も思わないわよね。
 あなたの相棒、若い方の個人タクシー運転手は、今頃警察に逮捕されているはずよ。
 あなたは、ちょっとやっかいそうだったんでわたしが出てきたんだけど、ハアッ、イヤだわ、こういうの」
 男はブルドックみたいに鼻の上にしわを寄せて紅倉を睨んでいる。
「あなた方は気の合う同好の士。二人でタッグを組むに当たって、まずお互いに試験を課した。まずは、お互い単独で一人ずつ殺す。手口のまったく同じ連続殺人事件。犯人は同一のはず。しかし、最初の二つの事件、その一つずつにあなた方は完璧なアリバイがある。その時点ではまだそれが連続殺人とは報道されていない。模倣犯はあり得ない。よって、あなた方は犯人とは見なされない。
 ああ、その最初の事件に、あなたは電車で出張したのよね?」
 男の目に怒りと憎悪がありありと浮かんでいる。
「ちくしょう・・」
「『ぶっ殺してやる』? 無理ね、用心深いあなたは日頃から凶器になるようなものを持ち歩いていたりしないわ」
 男は、さりげなく体位を整え体を緊張させている芙蓉を見た。
 たしか芙蓉は合気道の達人と言うことだ。
 男の視線が、里香を向いた。
『これが最後だ!』
 男は鬼の形相で里香の首目がけて両手を伸ばした。
「キャーッ」
「うう、」
 男は、何故か後ろに反り返り、苦しそうにもがいていた。
 里香は恐る恐る目を開いて男の苦しみを見た。
 ソウルメートの里香には見えた、
 男の体を、数人の血まみれの少女たちが押さえつけているのを。
「うぐぐぐぐ・・ぐが・・・」
 男のこめかみの血管が異常に膨張し、顔が真っ赤に腫れ上がった。
 やがてどす黒く変色し、耳から血を流して男は床に倒れた。
 駅に着き、ドアが開き、乗り込んでこようとした乗客たちは真っ黒な、恐ろしい形相で倒れている男を見て悲鳴を上げて後ずさった。やがて駅員が駆けつけ、定刻を過ぎても電車は発車しなかった。
 芙蓉が里香の手を取って男の死体から離れさせた。
 紅倉が謝った。
「里香さん、ごめんなさい。あなたをこんな目に遭わせちゃって。でも、
 これがあなたの本当の不安の原因だったの。
 この男はずっとあなたを求めて犯行を繰り返してきた。
 前世で、この男は、あなたの父親だったの。
 あなたは前世で、この父親に殺されたの」


 共犯である個人タクシー運転手は紅倉の言ったとおり同じ頃に逮捕された。
 彼は独身で、まだ25歳だった。
 しかし主犯格の男、旅行雑誌のルポライターは、結婚をしていた。14歳の娘がいた。
 男のパソコンには犯行現場で撮影されたデジタル写真が相当数保存されていた。
 中には、被害少女の体に、自分の娘の顔を合成させた写真もあった。
 男がいずれ自分の娘を殺すつもりがあったのか・・・、
 少なくとも願望は強くあったようだ。
 しかし、そもそも、
 通り魔殺人に共犯などありえるのだろうか?
 ありえる、のだろう、
 今の世の中なら。
 どんなに特殊な嗜好の持ち主でも、それがどんなに少数派であろうとも、
 出会いの場はいくらでもある、
 ここに・・・・・・。


 話変わって、

 野辺山真衣。
 夜、布団にくるまって、彼女は震えていた。
 教祖様としてさんざん利用してきた級友のあの狂乱・・。
 呪いが、
 自分の身に降りかかってくることを、今さらながらに恐れているのだ。
 彼女は否定できない、呪いの実在を・・。

 黒い影が、
 じっと真衣を見ていた。
 気付いて真衣はひいいと息を飲んだ。
 影は血走った恐ろしい目で真衣を睨んでいた。
「だ・・、だれ・・・?・・」
 涙ながらかろうじてそれだけ言った。
 影は答えなかった。
 ズカズカ歩いてくると、
 影は真衣の頭を鷲掴みにして引き起こした。
「ひいいいっ」
 悲鳴を上げた。
「お父さん、お母さん、助けてーっ!!!」
 しかし、起きてきてくれる気配はない。
 真っ黒な影は凶暴な目で真衣を睨んでいる。
「い、いや・・、なんで?・・、た、たすけてよお〜・・」
 影は口を開いた。真っ赤な歯茎に、長い犬歯がにょっきり生えていた。
「た、たすけ・・・」
 助けを求める真衣は、自分がちゃんと布団に寝ているのを発見した。
 夢?
 夢でも怖い。
 意識はこんなにハッキリしている。
 自分は、生き霊を引き出されたのだと、理解した。
「た、たすけて・・、あなた・・だ・・だれ?・・・・」
 ものすごい力が首を締め上げた。
 苦しい・・・。
 混濁していく意識の中で、真衣は相手が女であることを知った。
 この女も・・、
 また・・・・・・・・


 都内某高級住宅街にある広壮な一軒の屋敷。
 紅倉美姫と芙蓉美貴はそこに住んでいる。
 紅倉の潤沢なスポンサーの持ち物だ。
 紅倉はベッドにぐったり寝込んでいた。
 柄にもなくアクティブな活躍をして、人混みのなか気を張って、
 ただでさえひ弱い体がすっかりまいっている。
 夜も遅いが芙蓉がかいがいしく紅倉の看護をしていた。本来紅倉は完全な夜型人間なのだ。
 眠る様子のない紅倉に芙蓉は話しかけた。
「センセ、わたし、どうもすっきりしないんですけれど」
「なあに?」
「里香さんの前世って、本当にあの男の娘だったんですか?
 あの男にしても、結果的にうまくいったにしろ、何故殺人を犯すのに本来危険な共犯なんて使ったんでしょう?」
「知らない」
「それにどうしてわざわざ里香さんをあんな目に遭わせる必要があったんです?」
「カゴの中におびき寄せるためのエサ・・って言ったら怒られる?」
「怒ります。あんな男、警察に任せておけばよかったじゃないですか?」
「それじゃあ、わたしの腹の虫が治まらない」
「先生が人を殺すところなんて、見たくありません」
「わたしは何もしてないわ。あの男が自分の罪の重さに勝手に自滅しただけ」
 芙蓉は信用しない。疑いの目でじっと紅倉を見つめた。
「何故里香さんをあんな目に遭わせる必要があったのか?
 そもそも里香さんの不安や強迫観念はどこからもたらされたのか?
 先生、
 わたしはあの日あの時刻、先生の指示であのホームにいました」
「・・・・・」
「知っていたんですよね、あの男があの場所に現れるって。
 里香さんのことも知っていたんですか?
 ソウルメートって、なんですか?
 前世で殺された記憶が甦ったにしろ、何故自分から死ぬような行動を取ったんです?
 里香さんをあんな目に遭わせたのは、
 先生の警告だったんじゃありません?
 悪は滅びる、って。
 里香さんの前世って、むしろ・・・」
 紅倉は芙蓉の唇を人差し指で押さえた。
「いいのよ、前世なんてただの記憶。けっして思い出されることのない、ね。
 今現在の生まれ変わりに当然影響はあるけれど、人は生きる環境を選べないのは誰にとっても同じこと。与えられた環境でどう生きていくかはその人次第。
 だから、前世なんか知る必要はないし、生きていく上でなんの関係もないのよ。
 それに、人を呪い殺せるような強い念力、普通の人間が持っているはずないわ」
「はあ・・・」
「ま、しかし・・。わたしは人の復讐心にはわりと寛容なの。それも適当なところで満足してくれればの話だけど・・」
 紅倉はじっと虚空を見つめている。その赤い瞳で何を見ているのか・・・・
「センセ」
 芙蓉が紅倉のごく薄い現実の視界に無理やり顔を割り込ませた。くっつきそうに近い。
「いけない趣味はその程度にして、お休みのキスしてあげますからさっさと寝てください」
 芙蓉は紅倉の額に口づけした。
「お休みなさい」
「お休み」
 灯りが消され、芙蓉は部屋を出ていった。
 しかし、紅倉の瞳はまだ赤い。口許にはうっすらと笑みが浮かんでいる。


 小岩井里香も眠っていた。
 もはやなんの心配事もなく。
 楽しい夢を見ているのか、その口許には紅倉とよく似た笑みが浮かんでいた。


 おわり。


ありがとうございました。













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