死神はあなたよ!(7/9)PDFで表示縦書き表示RDF


死神はあなたよ!
作:岳石祭人



第7章 正体その1


 芙蓉の指示で麗美は校長室に運ばれた。里香もいっしょに来るように言われ付いていった。
 校長室には校長と、真っ白な女性、紅倉美姫が待っていた。
 校長は困惑した顔をしていたが、何も言わなかった。生徒がこんな状態になって医者も呼ばず、こんな怪しげな霊能力者を招き入れるなど、ふつうあり得ないように思うが、事前に何か言われていたのだろう。紅倉にはいろんな機関にいろんなコネクションがあるようだから。
 校長室に入る前、芙蓉から皆にきつくお達しがあった。
「絶対に、紅倉先生に失礼のないように!」
 実はよほど気むずかしく気位の高い人なのかと思ったら、ドアを開くなりその理由が分かった。
 ものすごくきついバラの匂いが吹き付けてきた。
 香水のビンを丸ごと振りかけたようだ。
 応接用のソファに麗美を寝かせると、里香と担任以外はさっさと追い返された。
 その際、
「えーと、その男の子、ハヤシアキラ君?呼んでくれるかしら?」
 細いビブラートのかかった声で紅倉に言われ、体育会系の男性教師は柄にもなく赤くなって「ハイ」と答えた。
「さて、と」
 見つめられて里香はものすごく緊張したが、紅倉は思いがけない親しみのある笑顔を見せてくれた。
「たいへんでしたわねえ。とんだ災難でした」
 里香は心底ほっとした。まだ何も解決したわけではないが、この人に任せれば絶対にだいじょうぶという安心感があった。
 芙蓉美貴はキリリとしたトップモデルの健康的な美貌を誇っているが、
 紅倉美姫は、明らかに特殊な類の美貌だ。
 表情はとても柔らかで芙蓉よりずっと幼く見えるが、やはり欧州ハーフの彫りの深さと、やはりその特殊な目の色が、異質さを感じさせる。
 深い森の湖に住む妖精か、
 はたまた美しい悪魔の化身か。
 いずれこの日本の都会の中学校にはありうべからざる存在だ。

 ノックがして、林顕がやってきた。
 顕は紅倉と芙蓉を見て驚き、麗美を見てギョッとした。
「レイ! だいじょうぶなんですか?」
 ソファに寝かされた麗美は胸の上に両手を組み、そこに例の女神像を握らされて、大人しく目を閉じている。
 紅倉は「ふうん」と鼻にかかった声を出して小首を傾げた。テレビでもよく見せるポーズだ。
「それでは解説を始めましょうか。
 松田麗美さんのこの状態ですが、
 これはやはり、キツネ憑きですね」
 里香は芙蓉を見た。芙蓉は軽く肩をすくめた。当てずっぽうが当たっていたらしい。しかし霊能力者の勘は、ただの勘ではない。
「顕さん。ご近所に稲荷神社はありません?」
 顕は頷いた。
「あります。子どもの頃近所の友だちといっしょによく境内で遊んでいました。レイもいっしょに・・」
「なるほど、子どもの頃の思い出の場所ですね。
 麗美さんはあなたにふられた後そこに泣きに行ったのですね」
 顕はドキッとし、里香にちょっぴり非難を含んだ視線を向けた。里香は慌てて首を振った。
 紅倉は、何も聞かずともすべて見えているのだ。
「そこで子どもの頃から彼女を見守っていたおキツネ様が彼女を慰めようと力を貸したのですね」
 キツネに取り憑かれた麗美はピクリとも動かず、聞き耳を立てているようにも見える。
「最初の頃の占いは他愛のないものでした。テストの山だとか、誰と誰が好き合っているとか、落とし物の在りかだとか」
 紅倉に里香は頷いた。
「ところが、それがどんどんエスカレートして過激な方向に向かいだした。
 きっかけは、自転車の事故ですか?」
 里香は頷いた。ある1年生の女子が自転車に「ひき逃げ」されて怪我をしたのだ。
「麗美さんはその犯人の高校生に、きっと天罰が下る、と予言した。
 そして、その高校生は予言通り交通事故に遭って危うく死にかけ、ひき逃げの件もばれてしまった。
 それが知れると麗美さんの占いは一気に『信仰』を集めるようになった。
 それから、占いはどんどん過激な内容になっていきましたね?」
 そうだ。
「人の病気やケガの不幸、恋占いも意中の相手を射止めるため邪魔なライバルを嫌われるように仕向けるとか、・・占いというよりもはや呪いですね」
 麗美の体がビクッと動いた。
 里香は麗美を攻撃するように言った。
「そうです。だから彼女の信者たちは教祖様なんておだてて、自分の望みを叶えるために利用しようとしたり、そんなあり方を非難するクラスメートには『天罰』が下るようにそそのかしたり、誰も彼女に逆らえないようにしたんです」
「と言ったって、実際そんなにひどい目にあった人はいましたか?」
「・・・・・・・いえ・・」
 たしかに、病気やケガはあった。つき合っている男女が不仲になった噂もあった。でも、言われてみれば、みな、どうってことはない・・・・
「そう、大した『天罰』ではありません。
 では、どうしてそんな大げさに恐れたり、称えたり、したのでしょうねえ?」
 どうしてだろう?
「遊びだったんじゃありません?」
「え?」
 不意をつかれたように里香は紅倉を見た。
「占いごっこ、教祖様ごっこ。女の子はそういう遊びが好きでしょう?賞賛するのも、否定するのも。もともとそんなムキになるほどのものでもないのにね?
 すぐに『自分たちの』グループを作りたがる」
 紅倉の浮かべた薄笑いに里香までゾッとした。
「でも、
 その遊びに一番熱心で一生懸命もり立てていたのは、
 誰でしょう?」
「だれ・・・・・、!」
 紅倉は指を立て、しっ、と言うポーズを取った。
「その誰かさんが中心になって教祖様をもり立て、クラスの女子みんなを巻き込んでこの遊びを盛り上げていった。
 彼女にとってもそれは遊びだったのでしょうが・・、そもそもの動機はなんだったのでしょう?」
 声には出さない。でも、それは、
 真衣、
 野辺山真衣だ!
「顕さん」
「はい?」
「麗美さんは本当のところ本気であなたに恋していたのでしょうか?」
 顕は考え、答えた。
「違うと思いますよ。あいつはまだ子どもなんですよ。たぶん今は頼りがいのあるお兄ちゃん的な男子に惹かれるんじゃないかと思うけれど・・、たぶんそれは今だけです。きっと、レイの本当の好みはぜんぜん違っています」
 男子に女子のことがどれだけ解っているのか分からないが、顕には幼い頃からの長い付き合いで麗美という女の子のことがだいぶ本質的なところまで分かっているのだろう。
 紅倉は頷き、続ける。
「わたしもそう思います。もうしばらくすれば彼女はガラリと別の女性になると思いますよ」
 そこで何故か紅倉はおかしそうに笑って麗美を見た。コホンと咳をして、
「では、そんな麗美さんがどうして顕さんに告白したんでしょう?何かの影響が考えられますが、影響を与えたのは、彼女と熱心にお付き合いしていた女友達でしょう。
 その女友達にそれとなく勧められて、麗美さんはすっかり幼なじみの顕さんに恋をしていると思い込んでしまった。そして告白に至るわけですが、
 思うんですけど、
 本当に顕さんが好きだったのは、実は、その女友達の方だったんじゃありません?」
 ・・・・・。そうかもしれない。
 麗美はもともと大人しく、誰にとっても「友だちの一人」という地味な存在だった。
 一方の真衣はもともと八方美人で外交家だった。
 あまりしっくりくる組み合わせではない。
 真衣がやたら麗美と仲良くしていたのは、麗美の仲良しの顕に気があってのことだったかもしれない。
 真衣の麗美に対する友情が本物であったかは、その後の展開を考えるとはなはだ疑問だ。
「では」
 紅倉が意地悪く目を細めて言う。
「麗美さんの顕さんへの告白をあらかじめ知っていて、どこからかこっそり見ていたのかも知れませんね」
 真衣だったのか!噂を流したのは!
 紅倉は悪魔的な薄笑いを浮かべる。
「こういうのをイジメって言うんじゃないかしら?
 いじめていたのは、その女友達。
 いじめられていたのは、麗美さん」
 麗美の体がまたビクリと動いた。
「あんまりかわいくないでしょ、その子」
 問われて里香は困った。答えづらい。
 紅倉は笑った。この人は、実はやはりかなりきつい性格をしている。
「自信がなかったんでしょうね、自分が告白する。だから身の程知らずにも、告白して、ふられた、麗美さんが小憎らしくて、バカにしてやりたい気持ちになったのでしょう。
 教祖様なんて持ち上げておいて、内心ではバカにして嘲笑っていたんです」
 麗美の体がビクリと動き、目を開くとカアーッと紅倉に歯を剥いた。
『うそだ』
 男のように野太い声で不明瞭な発音で言った。
「嘘なもんですか。あなた、神様のくせにぜんぜん女心が分かっていないのねえー」
 麗美は歯を剥き、暴れた。
 しかし、胸に杭を打たれたドラキュラみたいに銀の女神像は胸の上でピタリと静止し、脚を縄でグルグル巻きにされたように動けない。
 紅倉は笑って見ている。
「麗美さんはその女友達に乗せられて里香さんにあんな『予言』をしてしまった」
 麗美はますます暴れ、荒れた。
『ちがう。うそだ!』
「はいはい、ごめんなさい。そうですね、神様であるあなたが呪いなんかに手を貸すわけないですね。あなたはもともと麗美さんを慰めるために占いにちょっと力を貸してあげただけ。自転車の高校生にはそれこそ神様として天罰を与えただけ。里香さんのこととは、なんの関係もありません。
 ああ、一つ、ありましたね?」
 紅倉がじっと麗美を、いや、麗美に取り憑いたキツネを見た。
 キツネは、黙った。
 紅倉はキツネを神様と呼ぶ。実際、危険運転の高校生に天罰を与えるほどの力をこのキツネは持っている。
 その神様を、紅倉は一睨みで黙らせた。
 紅倉の瞳は赤紫色に光っている。白目は血走り、ピンクに濡れている。
 そして、しばらく前から里香は感じていた。
 生臭い臭気。
 それを里香は知っていた。
 悪夢の中で少女の口から吐きかけられた腐った血の生臭さ・・・・。
 それは、死の臭いだった。
 紅倉はキツネに言う。
「望さんのことはやり過ぎでしたね。やり過ぎというか、想定外ってことかしら?
 あれはむしろあなたが麗美さんにこれ以上深入りしないように警告する意味でしたちょっとした悪戯でした。不幸だったのは、望さんはあなたが思った以上に運動音痴だったことです」
 キツネはじっと聞いている。
「あの事故はあなたのせいです」
 キツネは目をしばたたかせ、
『その通りである。申し訳ないことをした』
 と謝った。
「もう、自制できますね?」
『ウム』
 芙蓉に銀の女神像を取ってもらい、麗美はむっくり起き上がるとあぐらをかいた。
 紅倉は表情をゆるめ、幾分死の臭いが薄れた。代わりにものすごいバラの匂い。
「最初の駅での事故の予言、あれは純粋に里香さんの危険を察知しての警告でしたね?」
『そうだ』
 麗美のキツネは里香を心配そうに見て言った。
『その者にはとてつもなく悪い卦が見えておる。それは、わしにも、誰にもどうにもできぬ。おぬしにもじゃ』
 威厳を取り戻した厳しい顔に睨まれて紅倉はさあ?と肩をすくめた。
 里香はひどく不安になった。
 紅倉が続ける。
「占いによるただの警告だったのが、一部の熱心な信者の過激な問いかけによってそれは『死の予言』になってしまった」
 里香は疑問を言う。
「でも、わたしが死ななかったせいで、別の人が死んだんじゃ・・」
「占われたのは結果だけです。その結果を勝手な思い込みでに解釈したのが、予言です」
「はあ・・」
 紅倉は続ける。
「しかし、
 予言が当たった。麗美さんは本心ではすごく怖くなっていた。
 望さんが大怪我をした。
 あなたは警告のつもりだったでしょうけれど、麗美さんはまったく別の意味に取った。
 また駅の外の事故の予言が当たった。
 麗美さんは確信した。
 里香さんは死神だ。
 彼女が死ななければ、
 被害はどんどん拡大する。
 警告は無視された。
 自分が、
 なんとかしなければ、
 と」
 キツネは険しい顔で黙り込んだ。
「あなたも焦りがありました。あなたも、麗美さんのためになんとかしなければと思った。で、さっさと離れればいいものを、
 力を、
 死神里香さんを退治する強力な力を求める麗美さんに、
 取り込まれてしまった」
 一生の不覚、と、キツネはうなだれた。
「21グラム」
 突然紅倉は言い、皆、は?と首を傾げた。
「人間は死ぬと21グラム体重が減るのだそうです。
 つまり、21グラムが人間の魂の重さですね?」
 芙蓉は笑っている。この講義はすでに聴いている。
「重さがある以上、魂とはこの世の『物質』です。
 でも、
 21グラムと言えばお水21CC。
 果たしてこれは人間の魂の質量として大きいんでしょうか?小さいんでしょうか?」
 さっぱり分からない。
 せんせ、と芙蓉にたしなめられて紅倉は肩をすくめた。
「結論を言えば、
 魂とは、
 人間で言う21グラムの物質に載った、
 記録データのことです」
 ・・・・・・・・・。
「しかしながら、霊の力というのは本質である個人データより、載っている媒体物質の質に大いに関係があり、徳の高い魂は金や銀や紫色に美しく輝いています」
 芙蓉に「んっんん」と咳払いされて紅倉は舌を出した。
「今、おキツネ様の魂は魂を形作る物質を麗美さんの魂に取り込まれる形になっています。おキツネ様も自分の魂を奪われてはたいへんなので、結局二人で魂を共有しているかっこうになっています。ところが、
 そもそもそれぞれの生き物にはその種特有の魂の形があるのです。
 同じプログラムでもOSのバージョンが違えば正常に機能しないのと同じです」
 よね?と芙蓉に訊いて、機械音痴のくせに偉そうなこと言うんじゃありません、と叱られた。
「と言うわけで、麗美さんはおキツネ様の魂を取り込んだものの、いかに神格化しようとしょせん動物の魂が人間と同調することは滅多になく、両者のシンクロは上手くいかず、魂の低い部分、動物的な先祖帰りのレベルで肉体的に発動してしまい、あのようなみっともないことになってしまったのでした。ね?」
 訊かれておキツネ様は『面目ない』と赤くなった。
 里香は訊いた。
「今はどうなっているんです?」
「わたしがちょっといじっておキツネ様のレベルに調節しました。麗美さんの魂は冬眠状態です」
「じゃあ、今の会話は聞いてないんだ」
 ほっとしたが、
「いえ。脳には記録が残りますから、夢の中のような記憶はありますね」
「そうですか・・」
 ちょっとかわいそうだ。
「魂と肉体がセットで『その人』なんです」
 紅倉はおキツネ様を見た。
「事態は掴めました。お社にお帰り願えますか?麗美さんも落ち着いていますから、今ならすんなり抜けられるはずですよ」
『任せて良いのだな?』
「はい」
 おキツネ様は里香を見て、ため息をついた。顔を上げ、
『抜けるぞ』
 目を閉じ、ふらりと麗美の体が揺れた。芙蓉が抱き留め、ゆっくり寝かせる。
 おキツネ様の魂が見えた。
 黄金色に輝いている。
 名残惜しそうに麗美の上をクルリと一周して、
『後始末は頼んだゾよ』
 尾を引いて、ふうっと、消えた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう