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猫と竜

猫と竜

作者:アマラ
 猛獣や魔獣が跋扈する森の奥。
 小さな洞窟があった。
 ネズミや、精々大型の虫の魔物が住まうような極々小さなものだ。
 その洞窟の入り口近くに、一匹の竜が舞い降りた。
 大きな翼を持った、火吹き竜である。
 立派な体格の竜に見えたが、竜の中ではまだ若い個体である。
 竜は洞窟から少し入った所に、穴を掘った。
 ごく浅い、すり鉢状のものだ。
 それに炎を吐きかけ、熱していく。
 からからに乾き焼け目の付いたそこに、竜は一つの卵を産み落とす。
 短い前足を上手く使いながら、竜は卵の上に土を被せた。
 ドーム上になるようにしながら土を被せると、竜はもう一度火を噴きかける。
 竜の体温は、丈夫な鱗に守られて外に逃げることが殆どない。
 卵を温めるには、地熱に頼るか、こうして炎を吹きかけてやるしかないのだ。
 まだ若く力の無いこの竜は、子供を育てるのに最適な暖かい地熱のある場所を確保することが出来なかったのである。
 それでも竜は、初めての子であるこの卵を、何とか孵そうとこの場所を見つけたのだ。
 この洞窟の周りには、竜の敵になるような生き物はいない。
 けっして子育てに適した場所とはいえないが、敵が少ないのは良いことだ。
 少しでも子供を孵すのに有利になる。
 竜はあたりを確認すると、もう一度卵に炎を吹きかける。
 そして、獲物を取る為に空へと飛び立った。
 いくら火吹き竜とはいえ、無限に火を噴くことは出来ない。
 獲物を狩り、餌を食べなければ火を吹くことは出来ないのだ。
 狩りを行う為には、当然卵から離れなければ成らない。
 本来であれば片時も離れたくはないのだが、卵が冷えてしまえば子が孵ることはなくなってしまう。
 これが地熱のある場所であれば、火を吹く必要もなく、狩りに行く必要もなく、火を吹きかける必要もないのだが。
 離れがたく思いながら、竜は翼を打ち、空へと飛び立った。
 少しでも速く狩りを終え、卵の元に戻ってくる為に。

 竜が卵の元に戻ってくることはなかった。
 獲物を探す火吹き竜を、別の獣が襲ったのである。
 それは、竜の躯を欲する人間であった。
 鱗は鎧に、爪と牙、骨は武器に、血と肉は己の力を強める妙薬に。
 戦に窮したある国の勇者と呼ばれるものが、竜の躯を欲したのである。
 その勇者の力で戦は終わり、人の世には平和が訪れた。
 だがそれは、竜の卵の知らぬことである。
 卵は暖める親を失い、ただ冷え死を待つばかりであった。
 しかし。
 ただ死ぬのを待つばかりであるはずだった卵の上に、小さな獣がうずくまったのである。
 それは、子供を生む場所を求めていた小さな獣。
 子供を身ごもった、小さな猫であった。
 森の中で少しでも安全で、少しでも暖かい場所を探していた猫は、偶然に竜の卵の近くにやってきたのである。
 本来ならば、竜の巣に猫などという小さな獣がやってくることはない。
 竜の匂いとその存在に怯え、近付くことなどないからだ。
 しかし、この卵を産んだ竜は、僅かの間しかこの場所にいなかった。
 その為、匂いも痕跡も殆ど残していなかったのである。
 だから猫は、恐れることなく卵に近づけたのだ。
 そして、卵には土かかけられ、炎で暖められていた。
 猫は卵がその下にあるなどということは知らないから、ただただ暖かい場所だと思い、そこに寝転んだのである。
 卵の上に寝転びながら、猫は周りの様子をうかがった。
 近くの森には大きな獣も居らず、奥の洞窟にも大きな獣や魔獣の気配はない。
 それどころか、洞窟にはネズミの気配もあった。
 これは餌場と子供の安全の両立した、素晴らしい場所ではないか。
 猫はこの場所で子供を生もうと、心に決めたのである。
 この猫は、既に十数匹の子供達を育て上げた、熟練の母親であった。
 初めて子を産んだ竜にとっては安全とは言いがたいこの場所も、母猫にとっては快適な育児の場であったのだ。
 早速、母猫は周囲の森から枯葉を集め始めた。
 すり鉢状の土の上にそれを敷き詰めると、どっかりとその上に寝転がる。
 そのときに、僅かな奇跡が起こっていた。
 母猫の体温は、竜の卵がかえるのに最適の温度であったのだ。
 ただ冷え死ぬのを待つばかりであったはずの卵は、この偶然によって息を吹き返したのである。
 それから、母猫は子供が生まれるまで、じっとその場所を動かなかった。
 狩りの名手である母猫は、事前にたっぷりと餌を食べている。
 出産に向けての体力は、十二分に蓄えていた。
 母猫が寝転び、偶然にも竜の卵を温め始めてから、三日後。
 小さな子猫の産声が、小さな洞窟の中に響く。
 生まれた子猫は、三匹であった。
 まだ目の開いていない子供達を、母猫は優しくなめてやる。
 小さな体で懸命に鳴きながら、子猫達は母猫の乳に吸い付いた。
 子猫達の体温で、卵はますます温められる。
 竜の子が孵ったのは、子供達が生まれてから四日後。
 母猫がそこを巣に選んでから、七日後の事であった

 巣の下から這い出してきた竜の子を見た母猫は、困ったようにそれを見据えていた。
 目も開いていない竜の子は、ごくごく小さい体をしていた。
 それこそ、子猫たちと変らない大きさである。
 顔を近づけ匂いを嗅ぐが、不快な匂いや危険を感じる匂いはしない。
 それもそのはずである。
 何せ竜の卵は、ずっと母猫が温めていたようなものなのだ。
 知らない匂いがするはずもない。
 母猫は次に、子猫たちの様子を見た。
 子供達は特に騒ぐ様子も無く、いつも通りじゃれ合って遊んでいる。
 小さな竜の子に気づいても、じゃれ付いて一緒に遊んでいるほどであった。
 子猫たちにとっても、竜の子の匂いは生まれた時から嗅いでいる匂いなのだ。
 猫の母親はぺろぺろと竜の子を舐めると、暖めるように抱き寄せる。
 ぱちりと目を開いた竜の子は、母猫の顔をじっと見つめた。
 きゅう、と僅かに声を上げると、そのまま母猫の体に寄り添った。
 子猫たちも、竜の子を挟むように母猫にくっ付く。
 母猫は、ベテランの母親であった。
 別の母猫が産んだ子を育てたこともあれば、なんと魔獣の子を育てたことすらあったのだ。
 彼女にとっては、いまさら小さな子供を一匹余計に育てることなど、取るに足らないことであったのである。
 こうして、死を待つばかりであったはずの火吹き竜の子は、猫の子として育てられることになったのだ。



 魔獣の森にすむ母猫達は、いわゆる一般の猫とは少し違う種族であった。
 ケットシーと呼ばれる、とても賢い獣であったのだ。
 とはいえ、その生活は普通の猫とあまり変らない。
 母猫は森の中で狩をして、ネズミや虫などの小動物を狩るのである。
 子供達がある程度大きくなったところで、母猫は彼等を残して狩りに出かけた。
 四匹の子供に乳をやるのは、存外に大変なことなのだ。
 しっかりと餌を食べ、体力をつけなければ成らない。
 母猫は、実に優秀な狩人であった。
 毎日狩りに行っては、僅かの間で一杯の獲物をしとめ、巣に戻ってくるのである。
 それでも、やはり子供達は暫くの間彼等だけで過ごさなければならなかった。
 なるだけ鳴き声をあげず、静かに巣の中で待つのである。
 しかし、好奇心旺盛な子供達だ。
 じっとし続けていられるわけもない。
 彼らはいつも、巣の中でじゃれあって過ごした。
 一匹が一匹の頭に飛び掛り、尻尾に飛び掛るのだ。
 もちろん、竜の子もそれに加わった。
 前足でぱたぱたと兄弟の頭を叩き、逆に羽を引っ張られたりするのだ。
 子猫たちも竜の子も、実に楽しそうにじゃれあった。
 竜の子が他の子と違う体をしていることは、四匹とも分かっている。
 それでも、彼等は特にそのことを気にしていなかった。
 他の子供達も竜の子自身も、竜の子を変った形の猫であるとしか思って居なかったのだ。
 羽を引っ張られた竜の子は、ころりと仰向けにひっくり返されてしまった。
 いまだとばかりに、猫の子供は竜の子の上に圧し掛かる。
 じたばたと暴れる竜の子だが、猫の子は母猫に似てなかなかの狩人であるようだ。
 竜の子を上手く押さえ込んでいる。
 しかし、その楽しさから振り回されていた尻尾が仇になったようだ。
 別の猫の子が、上に乗った猫の子の尻尾に飛びついたのである。
 びっくりして飛び上がる猫の子の下から、竜の子はすぐさま抜け出した。
 反撃の開始である。
 竜の子はごそごそと動き出し、猫の子に向かって大きく口をあけた。
 バクリと噛み付いたのは、猫の子の頭についている、かわいらしい耳である。
 猫の子はみゃぁと鳴くと、じたばたと暴れ始めた。
 耳を甘噛みされると、とてもくすぐったいのだ。
 そんな風に彼らがじゃれあっているうちに、母猫が帰ってくる。
 母猫はじゃれ合っている子供達の頭をぽんぽんと前足で叩き、あまり騒いだらいけないと促す。
 そうされると四匹はしゅんと静まり返り、巣の中で大人しく丸まった。
 子供達が静かになったことを確認すると、母猫はころりと巣の中に転がる。
 お腹を見せての、授乳の姿勢だ。
 先ほど叱られたばかりにもかかわらず、子供達はすぐさま騒ぎ出す。
 我先にと、母猫の乳に吸い付いていく。
 母猫はそんな子供たちの様子を見ながら、前足を上手に使って竜の子の頭を支えてやった。
 一匹だけ姿の違うこの子供は、ほかの子より少しだけ乳を吸うのが苦手なのだ。

 竜の子は、優しい母猫と元気な兄弟に囲まれ、すくすくと育った。
 乳離れをし、母猫のとって来た獲物を食べるようになると、四匹の子供達はますます元気に遊びまわるようになる。
 竜はとても体の大きい動物だ。
 だが、長命であるが故か、その成長は比較的遅い。
 猫の子達が立派な体格になっても、竜の子は彼等とあまり変らない大きさであった。
 とはいえ、竜の子はやはり竜である。
 猫の子達と同じように、狩りに興味を持ち、その練習をするようになっていた。
 母猫はそんな子供達を、とても頼もしく思っている。
 あるとき、母猫は子供達に絶対に自分のいうことを聞くようにときつく言い聞かせ、巣の外に連れ出した。
 子供達はすり鉢状の巣を離れ、初めて洞窟の外に出たのである。
 四匹は皆一様に緊張し、身を寄せ合うようにして歩いた。
 母猫はそんな子供達を、嬉しそうに見つめている。
 狩人にとって、慎重であることは良いことなのだ。
 きっとどの子も、一人前の狩人になれることだろう。
 母猫は早速お手本を見せるため、子供達に茂みの中に隠れるように促した。
 狙うのは、ネズミの魔獣である。
 魔獣と言っても、他のネズミより多少強いだけの、どこにでもいるネズミであった。
 食いでのある、猫達にとっては格好の獲物である。
 母猫は、次々にネズミをしとめて見せた。
 木の上に上ろうとしているところを、木の実を齧っているところを、巣穴を掘っているところを。
 母猫は次々にネズミを仕留めて行った。
 子供達はその姿を見て、強い衝撃を受けていた。
 他を見たことがなくても、母猫が狩りの名手であることは良く分かったからだ。
 子供達は母猫の狩りを良く観察し、その技を身に付けた。
 巣に戻ると、その練習をするようにお互いにじゃれ合う。
 猫の子も竜の子も、順調に狩りを覚えて行く。
 母猫は優秀な狩人であるだけでなく、優秀な教師でもあったのだ。
 何度も何度も狩りの見学をし、子供達は同じだけ狩りの練習にいそしんだ。
 そのうち、子供達に変化が現れるようになった。
 猫の子達は、魔法を扱えるようになったのだ。
 ケットシーと呼ばれる種族の猫である彼等は、僅かではあるが多彩な魔法が使える獣であったのである。
 ぱちぱちと電撃を飛ばし、火の粉を振りまく。
 だが、竜の子は猫の子たちのように魔法を使うことが出来なかった。
 代わりに、背にある翼で空を飛び、火を吹くことが出来るようになっていたのだ。
 猫の子達は竜の子の翼と火を褒め、竜の子は猫の子達の魔法を称えた。
 母猫は、そんな子供達を大いに誇りに思っていた。

 あるとき、母猫と四匹の子供たちは、人間の冒険者に出くわした。
 ここは彼等の言うところの「しょしんしゃむけのもり」であり、彼等もネズミなどを狩りに来るのだという。
 始めてみる動物に、四匹の子供達はおっかなびっくりといった様子である。
 興味津々に飛び出して行ったりしないのは、生きていくために必要な警戒心だ。
 母猫はそんな子供達に、人間について教えることにした。
 人間はとても個性の強い生き物である。
 一匹一匹まるで違い、ネズミの様に皆同じ動きをしたりしない。
 言葉を理解するが、優しい個体もいれば残酷な個体もいる。
 なるべく、近付かないようにしなければならない。
 そして、もう一つ、とても大切なこと。
 人間にとってケットシーは、とても大切な獲物である。
 見つかれば、恐ろしい勢いで追いかけてきて、捕まってしまう。
 人間の中には、クマよりも恐ろしい力を持った個体もいる。 
 だから、けして油断してはいけない、と。
 子供達は震え上がった。
 クマといえば、母猫よりもずっと強い化け物だ。
 そのクマよりも強いという人間になんか、絶対に見つかりたくない。
 子供達は人間たちの匂いを覚え、森で出くわさないようにと心に決める。
 慎重に体を隠す子供達を見て、母猫は満足そうに目を細めた。

 もう少しで子供達が巣立つ。
 そんな、ある日の事であった。
 四匹の子供達の前から、母猫が忽然と姿をけしてしまう。
 それは、いつの間にかいなくなるなどといったものではなかった。
 母猫の足元に、突然光の輪が現れたのだ。
 そして、母猫の体が少しずつ消え始めたのである。
 驚いた子供達は、懸命に鳴き続けた。
 そんな子供達に、母猫はこう話しかける。

 これは恐らく、人間が使う召喚というものだろう。
 自分は人間に使役されることになるはずだ。
 お前たちは、もう立派な狩人になった。
 一人ひとりでも生きていける。
 だけど、この森はとても危険だ。
 皆で力を合わせて、生きていって欲しい。
 森の中で暮らしていると、お前たちの兄姉達に会うかもしれない。
 私の匂いに気がつけば、きっと良くしてくれるはずだ。
 皆、仲良く過ごすこと。
 けっして喧嘩は、しないように。

 そういい終えると、母猫はすっと消えてしまった。
 光の輪も、消えてなくなってしまう。
 子供達は、呆然としていた。
 強く、賢い母猫が。
 誰よりも優れた狩人である母猫が、突然居なくなってしまったからだ。
 それまでも狩りのために、母猫がいなくなることは良くあった。
 でも、母猫はいつも必ず帰ってきた。
 しかし。
 しかし今回は、きっと帰ってこないだろう。
 そう、子供達の心には確信があった。
 暫くの間、子供達は動けなかった。
 母猫が消えたことが、とても、とてもショックであったからだ。
 それでも、腹は減る。
 最初に動き出したのは、一番最初に生まれた猫の子であった。
 母猫に教わった餌場に向かい、ネズミを取ろうとしたのだ。
 他の猫の子も、竜の子もそれに従った。
 腹が減っていたのは、皆同じなのだ。
 狩りは、失敗の連続であった。
 それも仕方ないだろう。
 彼等はまだまだ、一人前の狩人というには経験不足だったのだ。
 それでも、何とか一匹のネズミを捕まえることが出来た。
 四匹はそれを少しずつ分け合い、飢えをしのぐ。
 寄り添い、一塊になって夜を過ごし、また狩りに出る。
 始めのうちは、うまく獲物が捕まえられない日が続いた。
 それでも、母猫の教えを必死に思い出し、なんとか食いつないだ。
 お腹をすかせながらも、子供達は母猫の最後の言葉を守る。
 仲良く、喧嘩をせず。
 力を合わせて、一生懸命に生き抜いた。
 そうしているうちに、子供達は段々と狩りの腕を上げていく。
 始めは四匹で一匹しか捕まえられなかったネズミを、二匹だけで捕まえられるようになり。
 一匹で捕まえられるようになり、日に何匹も捕まえられるようにもなった。
 その頃には、猫の子達はすっかり大人の体になっていた。
 勿論、竜の子も大きくなっている。
 猫の子たちの、倍ほどにもなっただろうか。
 火を噴き、高い空を飛ぶ竜の子は、頼もしい狩人だ。
 兄弟達が取れない獲物とも、戦い仕留められる様になっていた。
 竜の子は取った獲物は、常に兄弟達と分け合った。
 まだ狩が下手で、お腹をすかせていた時代を、竜の子はけっして忘れていなかったのだ。
 仲良く、喧嘩をせず。
 子供達は母猫の最後の言葉を、片時も忘れなかった。



 猫と竜は、寿命が全く違う。
 竜のほうが、ずっとずっと長生きをする。
 大人になるのも、猫のほうがずっと早かった。
 竜の子がまだ青年期に入ろうかという頃、兄弟達はすっかり大人になっていた。
 皆、立派な狩人だ。
 一匹で容易に餌をとってくる彼等は、竜の子にとって自慢であった。
 三匹の兄弟のうち、二匹が雄だ。
 彼等は大人に成ってから暫くして、小さな洞窟を離れることになった。
 番う相手を見つけるためである。
 旅立つ二匹との別れを、竜の子と残る一匹はとても悲しんだ。
 だが、彼らは立派な猫になり、巣立っていくのである。
 竜の子と一匹は、二匹の旅立ちを洞窟の中で見送った。
 その前の晩には、彼等のために竜の子が大きなクマをとって来ている。
 二匹はお腹一杯で、体力も満点につけて旅立っていった。
 一匹の雌が残ったのは、ここで子育てをするつもりであったからだ。
 番う相手も、この近くで見つけるつもりでいる。
 竜の子が残ったのは、まだ大人になって居なかったからだ。
 竜としてであれば、彼はまだまだ親に保護される子供であったのである。
 本来であれば六年以上は、竜は親元を離れないのだ。
 それでも竜の子が立派に狩りを覚え、兄弟達と生き残ってこれたのは、母猫の教えによるところが大きかっただろう。
 彼女は偉大な狩人であり、偉大な母であったのだ。

 雌の猫の子は、番う相手をすぐに見つけてきた。
 若く、立派な雄猫である。
 雄猫は巣になる場所に案内されると、竜の子を見て仰天した。
 もっとも、驚くなというほうが無理であろう。
 普通ならば逃げ出すところである。
 だが、この雄猫は驚くべき豪胆さを見せたのであった。
 竜の子に近付き匂いを嗅ぐと、彼を身内として受け入れたのである。
 雌の猫の子と、同じにおいがしたからであった。
 このことに、竜の子はほっと胸をなでおろした。
 彼は自分が他の猫と少し違う姿をしていることを、良く分かっていたのだ。
 もっとも、竜の子はまだ、自分が竜であるということを知らなかったのだが。
 彼は未だに、自分の事を猫だと思っているのである。

 雌の猫の子は、小さな可愛い子猫を産み落とした。
 みゃぁみゃぁと鳴くその子猫達を見て、雄猫も竜の子も大いに喜んだ。
 仲間が、家族が増えたのである。
 普通初産であれば、猫の子はうまく育たないことが多い。
 幾ら優秀な狩人であろうと、森の中で猫は弱い生き物なのだ。
 巣を追われることもあれば、子供を殺されてしまうこともある。
 あるいは子供を生んで弱っているところを、他の動物に襲われることも。
 だが、その点において彼らに心配は要らなかった。
 なにせ彼等の家族には、頼もしい竜の子が居るのだ。
 竜の子はあるときは子守をし、あるときは獲物をとって番と子供達を支えた。
 子供達も、母親と同じにおいのする竜の子に良く懐いた。
 ころころと転げ周り、無邪気にじゃれ合う子猫達。
 竜の子はそんな彼等を見て、強く強くあることを心に誓った。
 彼等には、けっして自分達と同じ思いはさせない。
 母親を失うような悲しい思いは、絶対にさせない。
 この頃には竜の子は、この森では負けるもののない存在になっていた。
 人間達に「しょしんしゃようのもり」と呼ばれるだけあって、この森には強い魔獣はあまり居なかったのである。
 精々が、大きなクマぐらいであろうか。
 その熊でさえ、今の竜の子にとっては食卓に上がる肉でしかない。
 しかし、竜の子はけっして気を緩めることはなかった。
 彼の目には、今も母猫が消えたときの光景が焼きついているのだ。
 この森は、この世界は、何時何があるか分からない。
 家族が突然消えてしまうかもしれない。
 獲物がとれず、ひもじい思いをするかもしれない。
 竜の子は、もう二度とそんな思いをするのは嫌だった。
 家族にも、そんな思いをさせるつもりはない。
 母猫になった兄弟にじゃれ付く子供達を見守りながら、竜の子は固く、固く心に誓ったのだった。



 竜の子は、外に出ることが出来る程度に育った子供達の教育を買って出た。
 彼は家族の中で一番の狩人で、一番頼りになる用心棒である。
 母猫も雄猫も、安心して彼にその役目を任せてくれた。
 災難だったのは、子供達だろう。
 竜の子は家族を思うあまり、スパルタ教育の権化となっていたのだ。

 ほら、もっと頭を伏せて。
 ヒゲが通れるところじゃないと、肩は通れない、そんな穴倉に頭を突っ込んでは駄目だ。
 獲物を見つけて嬉しくても、尻尾を立ててはだめだ、見つかってしまう。
 もっとすばやく襲い掛からなくては駄目だ。
 獲物の動きをよく見て。
 ネズミは何かに集中しているときに近付かなければならない。

 そんな竜の子の教えを、子供達は必死で身に付けて行った。
 何せ相手は並ぶものの居ない狩人にして、母親の兄弟なのだ。
 その狩りの技を少しでも学び取ろうと、子供達は一生懸命だったのである。
 ネズミ相手に格闘する彼等を見て、竜の子はほほえましく昔の事を思い出していた。
 兄弟達と必死になってその日の糧を探した、子供の頃の事である。
 あのときに身に付けた技術を、今は子供達に教えているのだ。
 そしてそれは、元を正せば、あの偉大な母猫に教わったことであった。
 何処かに消えてしまった母猫の言葉は、今も竜の子の耳にしっかりと残っている。
 だから、だからである。
 子供達には、立派な狩人に成ってもらわなければならないのだ。
 竜の子は、実に様々なことを子供達に教えた。
 獲物の動きについて、そして、魔法について。
 そう。
 この頃、竜はなんと魔法を使える様になっていたのだ。
 火吹き竜は本来、魔法を使わない。
 それよりずっと強力な、火を吹くことが出来るからだ。
 しかし猫として育ったこの竜の子は、他の兄弟達から、魔法の使い方を会得していたのである。
 元々、竜は猫よりも知性の高い生き物だ。
 竜の子は、すぐに兄弟の中でも一番の魔法の使い手になっていたのである。
 そんな竜の子に教えられれば、当然子供達もぐんぐんと魔法を上達させた。
 本来であれば猫、ケットシーが覚えないような魔法まで、竜の子は子供達に教え込んだのである。
 そして、もっとも良く語って聞かせたこと。
 それは、人間の恐ろしさについてだった。
 子供達にとっての祖母、竜の子の母を消されてしまったこと。
 あの大きなクマを、簡単に殺してしまう個体が居ること。
 優しい個体も居れば、恐ろしい個体もいること。
 なるべく近付かずに、関わらないようにしなければならないこと。
 実体験と母猫に教わったことを交えながら、竜の子は毎日毎日子供達に語って聞かせたのであった。

 竜の寿命から見れば、猫の成長は瞬く間だ。
 子供達はすっかり大きくなり、巣立ちの時期を迎えた。
 ほんの子猫だった彼等の成長を、竜の子は大いに喜んだ。
 その日は、一匹以外の子猫達と、竜の子の兄弟の旅立ちの日であった。
 この安全な小さな洞窟を出て、新天地を探しに行く為である。
 巣を離れていく兄弟と子供達を、竜の子は惜しみながらも喜んで見送った。
 彼等は、あの偉大な母猫の子孫達なのである。
 きっと、立派に新しい子供達を育てるだろう。
 例え自分がそばに居なくても、必ずである。
 それに竜の子には、別れを惜しんでばかり居る暇もないのだ。
 新しい母親になるため、この巣にはまだ一匹の子供が残っているのである。
 体格は立派な大人の猫になってはいるが、竜の子から見ればまだまだ子供だ。
 立派に子供を生み育てられるか、しっかりと見守らなければ成らない。

 子供が番を見つけるために洞窟を出て、数日後のことであった。
 見慣れない雌猫が、洞窟にやってきたのである。
 始めはいぶかしんだ竜の子であったが、その猫の匂いをかいだとき、彼ははっとした。
 その匂いは、懐かしい兄弟たちの匂いであったのだ。
 その雌猫は、竜の子にこんな話をした。
 もし子供を生む場所に困ったら、この洞窟に行くようにと、父親に教わったのだ。
 そして、そこに居る大きな翼を持った猫を頼れ、と。
 その大きな翼を持った、変った姿の猫は父の兄弟であるから、と。
 竜の子は、涙を流した。
 巣を離れていった兄弟は、自分を忘れていなかったのだ。
 ただそれだけの事が、何よりもうれしかった。
 竜の子はその雌猫を、兄弟の子供を受け入れた。
 そして、番を見つけて戻ってきた子供に事情を話し、共に子供を育てることにすると伝えたのである。
 元々猫は、餌場を確保する都合上成るだけ離れて暮らす動物であった。
 しかし、空を飛び遠くから餌を運んでくることが出来る竜の子が居れば、その心配はまるでないのだ。
 子猫達が生まれると、竜の子は餌をとってきて新しい母猫達に与えた。
 子猫達が育てば、その教育役を引き受けた。
 自分の持てる知識と技術の全てを、子猫達に与えたのである。
 子猫達は立派に成長し、小さな洞窟を巣立っていく。
 初産に不安の残るものはそこに残り、時には外に旅立っていった兄弟たちの子孫が子供を生むためにやってきた。
 兄弟の子孫達がやってくるたび、竜の子は喜んでそれを迎え入れる。
 そして、立派に育てて旅立たせていくのだ。
 洞窟にやってくる猫は、毎回三匹から二匹といったところだろう。
 彼と彼等の子供を見守ることは、竜の子にとってまさに使命であった。

 何度も何度も季節が巡り、子猫が大人へと成長し、洞窟を巣立っていく。
 長命な竜の子も、ついに大人へと成長していた。
 大人になった竜は、自然の中を遊ぶ精霊達とも会話が出来るほど、魔法に長けるようになっていた。
 そんな彼等と会話をする内、竜は自分の正体について知ることになる。
 自分が猫ではなく、火吹き竜という恐ろしい化け物であると。
 それを知り、そのことを伝えてなお、猫達は、兄弟の子孫たちは竜を受け入れた。
 彼等にとって竜の正体がなんであろうと、もはや関係がなかったのだ。
 竜は猫達にとって、育ててくれた親であり、生き方を教えてくれた師であり、大切な、大切な家族であった。
 体が大きく、狩りを直接教えることが出来なくなっても。
 お互いの体が、まるで違う大きさでも。
 彼らは間違いなく、家族であったのだ。
 それ以来、竜は決意を新たにした。
 例えどんなことがあっても、猫達を、家族を守ろうと。
 二度と母猫のような、悲しい出来事は起こさせない、と。

 精霊達と話す内、竜は悲しい出来事を知る事に成る。
 洞窟を旅立っていった猫達は、クマや他の獣に襲われ命を落とすことも多いのだ。
 この洞窟で竜に学んだ猫達こそ、死んでしまう確率は少しは低かった。
 それでもやはり猫達は、森の中では弱い生き物であるのだ。
 それを知ったとき、竜は深く、深く悲しんだ。
 しかし同時に、それが仕方がないことであるとも理解した。
 自分もまた、ネズミなどの獲物を狩っているのだ。
 自分達もまた、狩られることがある。
 悲しい出来事は起こさせないと、たしかに決意した。
 その為の努力も、たしかにしている。
 だが、それを全てどうにかできるわけではなかった。
 竜は何年も、何年もそのことで苦しみ悩んだ。

 そんな、有るときの事である。
 空をまう竜の目に、驚くべき光景が飛び込んできた。
 人間が、子供のころに見た冒険者が。
 大量の猫を殺し、山の様にうず高く積み上げていたのだ。
 あまりの出来事に、竜は怒り狂った。
 むせるような血の匂いの中に、たしかに兄弟の子孫の匂いを感じたからである。
 あっという間にその場に居た冒険者達を焼き殺し、周囲に居た精霊達に事情を聞いた。
 精霊達の話を聞いて、竜は愕然とした。
 彼等は猫達を食べる為ではなく、その毛皮を狙って殺したのだという。
 たしかに猫達の毛皮は、滑らかで最高の肌触りだ。
 硬い鱗に覆われた、自分なんかとは全く違う。
 ではその毛皮を取ったあと、肉を食うのか。
 それにしても、あまりにもとり過ぎているように、竜は思った。
 冒険者達に対して、猫が多すぎるのだ。
 幾らなんでも、食べきれるものではない。
 そう考える竜に、精霊達は言う。
 彼等は猫の肉は食べない。
 ただ毛皮をはぎ、それ以外は捨てるのだ、と。
 竜は怒りのあまり、めまいを覚えた。
 そして、長年の苦しみに答えが出るのを感じた。
 食うのであれば、いい。
 仕方がない。
 自分達もネズミや獣を食うのだ。
 なのに、人間は食いもせず猫達を殺すのか。
 それも、毛皮を狙うというだけの理由で。
 精霊達は言う。
 人間にとって、ケットシーの毛皮は高級品であると。
 それは高価で、金を持った者達が来て喜んでいるのだ、と。
 それを着なければ、人間は死ぬのか。
 であれば、まだ話はわかる。
 そう問いかけた竜に、精霊達は首を振った。
 彼らはたださわり心地のいい毛皮をえる為だけに、猫達を殺すのだ。
 別にそれが無ければ生きていけないわけではない。
 寧ろ生きていくのに必要に無いそれを持つことが、嬉しくて楽しいのだ、と。
 竜は人間というものが良く分からなかった。
 ずっと森の中で過ごし、かかわらないように生きてきたのだから、当然だ。
 クマをも殺すという人間達である。
 何をしでかすか分からないと、子供達にも近づくなと教えてきた。
 それが今、ようやく実感として竜は感じることになったのだ。
 人間とは途轍もない生き物であると。
 母猫の言ったことは正しかった。
 人間には、実に実に恐ろしい個体が居るのだ、と。
 竜は近くの精霊達に、この猫達を殺した人間と、殺すことを指示した人間と、毛皮を着ている人間の居場所を尋ねた。
 精霊達は、すぐにその場所を教えてくれる。
 人間たちの住む、「まち」と呼ばれる場所の位置だ。
 竜は翼を打つと、あっという間に森を抜け、その「まち」へと向かい飛んだ。

 突然現れた竜に、人間達は混乱した。
 街の前に降り立った竜は、人間達に向かってこう告げる。

 自分は猫達を守る竜である。
 森で猫を殺して回っていた冒険者は、私が焼き払った。
 今後も猫を殺すのであれば、街もろとも全ての人間が冒険者達と同じようになる。

 人間達は大いに混乱した。
 その姿を見て、竜は彼等の返答を待った。
 竜は怒りに全身を焼かれるような思いをしながらも、母猫の言葉を思い出していたのだ。
 人間にも優しいものは居る。
 全てを焼き払うのは、良いことではない。
 街の人間たちの返答は、暫くしてから返ってきた。
 それはとても大きく、とても強い魔法であった。
 竜の体を飲み込むような攻撃魔法を、街の兵隊達が放ったのである。
 しかし。
 しかしである。
 必殺であるはずのその魔法は、竜の鱗に傷一つつけることは出来なかった。
 竜はただの火吹き竜ではなかったからだ。
 魔法を操り、精霊達と会話する竜は、いつの間にか火吹き竜よりもずっとずっと貴いものへと変っていたのである。
 竜は一息で、街の兵隊達を焼き払った。
 そして、兵隊達に竜を殺すようにと指示をした人間も、その前足で踏み潰した。
 竜は大いに失望していた。
 この街の人間は、全てこうなのであろうか。
 焼き払うべきか、せざるべきなのか。
 街の中央に立ち悩む竜の目に、ある物が飛び込んできた。
 それは、子猫と、人間の子供であった。
 竜の姿を目にし、泣きじゃくる人間の子供を、小さな子猫が庇っているのだ。
 人間の子供の涙を舐め、その体で竜から子供を庇おうとしているのである。
 ほんの小さな、小さな子猫だ。
 しかしその子猫からは、たしかに兄弟たちの、あの偉大な母猫のにおいがするのである。
 恐らくその子猫は、洞窟を巣立っていった猫たちの子孫であろう。
 もしかしたら、竜の教え子の子供であるかもしれない。
 そんな子猫が、人間を庇っているのだ。
 それを見た竜は、これで十分であろうと判断した。
 実際、もう竜を攻撃しようとするものは居なかったのである。
 竜はもう一度、人間達に告げた。

 森の猫を、みだりに殺すことは許さない。
 食い、己の命をつなぐ以外の目的で殺すことも許さない。
 自分は猫達を守る竜である。
 猫達を殺そうとするときは、この竜の恐ろしさを思い出せ。

 竜は大きく翼を打つと、森へと向かって飛び立った。
 人間達への警告は、十分にしたと判断したからだ。
 もう一度同じことがあるならば、今度は許さない。
 だが今は、それよりも大切なことがあるのだ。
 洞窟を巣立つ前の子供達を、教育しなければならない。
 今日の事を、伝えなければ成らない。
 伝えて、いかなけれ成らない。
 竜にはまた、新しい使命ができたのである。



 ある国の話である。
 その国の王族は、代々強力な魔法使いであった。
 何時しかそれは、王である事の証は魔法使いであるということに変わって行く。
 まだ六歳ほどであったその国の第一王子は、魔力があまり強くは無かった。
 魔力の量は、魔法の威力に直結するものである。
 王や王妃は、王子に何人もの家庭教師をつけ、何とか魔法の力を上げさせようとした。
 王子も期待に応えようと、努力を重ねる。
 だが、生まれ持ったものというのはそうそう変るものではない。
 王や王妃がうな垂れる姿を見たくない一心で、王子は必死に努力を続けた。

 王子は夜になると、こっそりと自室を抜け出し中庭にやってきていた。
 そこで一人、魔法の練習をする為である。
 一人練習に励む王子の前に、一匹の猫がやってきた。
 厳重に警備されている城の中には、本来猫なぞ入る余地も無いはずなのに、である。
 それだけではなく、この国では猫は特別な存在であった。
 ずっと昔、ケットシーを大量に殺したこの国は、猫を守る竜によって兵士達を焼き払われたことがあったからだ。
 森から彼らが迷い込んできたときは、丁重に森へ返すのが慣わしなのである。
 にも拘らず、この猫は城の中庭にやってきたのであった。
 森に住むという猫を初めて見た王子は、とても喜んだ。
 そっと近付き手を伸ばすが、猫は嫌がらなかった。
 王子は恐る恐るといった様子で、猫を撫でた。
 嬉しそうに鳴き声を上げる猫に、王子は表情を綻ばせる。
 どうしてここにきたのか、と王子は尋ねた。
 しかし、猫はただにゃぁと鳴くだけである。
 とても賢いという森の猫は、独自の言葉を持っているという。
 世の中にはそれを知るという人間もいるらしいのだが、王子にはそのような知識は無い。
 それでも王子は問いに答えてくれたような気がして、とてもとても嬉しかった。
 王子はひとしきり猫を撫でると、魔法の練習に戻った。
 猫は王子の様子を、興味深そうに眺めている。
 魔法がうまくいくと、猫は尻尾をくゆらせ、小さく鳴いた。
 何処か嬉しそうなその様子に、王子もやる気が沸いてくるような気がした。
 上手くいかないと、猫はがっくりと頭を落としてうな垂れた。
 王子は猫に悪いことをしているような気になって、今度こそは上手くやらなくてはと気合を入れなおす。
 次の晩も、その次の晩も、猫は中庭にやってきた。
 昼間散歩に来ても姿が見えないので、恐らく毎夜忍び込んできているのだろう。
 警備を掻い潜ってやってくるこの不思議な猫と王子は、いつの間にか仲良しになっていた。
 王子は時折、クッキーなどのお菓子を持ってきた。
 猫は甘いものが大好きなようで、それをとても嬉しそうに食べた。
 何時もおいしいお菓子を食べている王子だったが、猫と食べるお菓子は特別であった。
 召使達に囲まれて一人で食べるのの、何倍も、何十倍もおいしかったのだ。
 王子にお礼がしたかったのか、猫も時折木の実などを持ってきた。
 森の奥深くに実る、貴重な果物である。
 そうして、猫と王子は毎夜友好を深め合ったのであった。
 毎日毎日顔を合わせるうち、猫は人間の言葉を、王子は猫の言葉が少しずつ分かるようになっていった。
 王子はにゃぁにゃぁと、猫は甲高い人間の言葉を話すようになる。
 一人と一匹の、親友達の魔法の訓練は、いつの間にか二年目を迎えていた。

 あるときである。
 城のある街の近くに、巨大な竜が現れた。
 森に住むという、「皇竜」と呼ばれる竜である。
 街に住む者達は、恐れ慄いた。
 昔々街を焼き払らわんとした竜が、再びやってきたからだ。
 様子をうかがっていた兵隊達だったが、竜は全く動こうとしなかった。
 怪訝に思い始めた兵隊達の前に、一匹の猫が進み出た。
 猫は竜に向かってにゃあにゃあと鳴き声をあげる。
 すると、竜もまるで猫のような声で、にゃぁにゃぁと鳴き声を返したのだ。
 急いで猫の言葉を知る魔術師が呼び寄せられ、彼等の会話を翻訳させることになった。
 その内容は、こうである。

「なぁ、羽のおじちゃん。おいら人間の子供に、魔法を教えてやりたいんだ。許しておくれよ」
「森を出て、人の街で何をしているかと思えば。お前がいっている子供というのは、この国の王子であろう」
「そうだよ。いっつも一生懸命練習してるんだ。だけど、てんで駄目なんだ。人間の魔法は、おじちゃんの魔法と違ってむらっけが多すぎるんだ」
「成らん。人間は危険な動物だと教えたはずだ」
「あの子は大丈夫だよ。友達なんだ。おじちゃん、友達は大切にしないといけないっていってたじゃないか」
「たしかにそう教えた。しかしだな」
「おいらが魔法を教えて、あの子が立派な王様になれば、猫に感謝して大事にしてくれるかもしれないじゃないか」
「しかし……ううむ。よし、ならば私が人間たちのいう王とやらに聞いてみよう。そのものが許すといえばよし、駄目というのであればあきらめろ」
「やった! やっぱり羽のおじちゃんは話が分かるや!」

 竜は僅かに口を開くと、朗々と何かを唱え始めた。
 すると、瞬く間にその体が縮み始めたのである。
 巨大であった竜の体は、あっという間にコウモリのような赤い翼の生えた猫の姿へと変じていた。
 唖然とする兵隊達を尻目に、猫と竜は大通りを歩き、王の住む城の前へとやってきた。
 竜は大きく口を開け、なんと人間の言葉で門兵へ声をかけたのである。

「王にお会いしたい。少し前に兵隊を焼き滅ぼした竜であるといえば、分かるであろう。通さぬといっても無理矢理にでも通るから、成るだけ早く門を開けると良いだろう」

 竜と猫はゆっくりと道を歩いてきていたから、彼等の事は既に王の耳に入っていた。
 門兵は王に二匹が到着したらすぐさま開門するようにと言付かって居たのだが、竜の物言いに震え上がる。
 すぐさま門を開け、彼等を城へと通した。
 王の前へと通された竜は、僅かに不機嫌な表情をしていた。
 しかし、城には猫の表情が分かるものなどいなかったから、皆どうしたものかと困惑しきりである。
 王は周りに近しいものしかいないことを確認すると、王座から立ち上がり竜の前にどっかりと座り込んだ。
 竜もちょこんと腰を下ろすと、王の顔を見上げる。
 最初に口を開いたのは、竜であった。

「人間の王よ。お初にお目にかかる。私は森に住む猫達を守る竜だ」
「皇竜殿よ、お初にお目にかかる。私はこの国の王だ。私の息子が、貴方が守る猫の一匹に世話になっているようだ」

 王は、王子と猫が友達であることを知っていたのだ。

「あの子は私が狩りを教え、魔法を教えた子供の一人だ。どういうわけか、王子と友に成ったらしい。その友に、魔法を教えてやりたいという。私は友は大切にするものだと教えてきた。それを無碍にしろとも言えん。王が許すのであれば、私はあの子に魔法を教えることを許すつもりだ」
「それは、大いにありがたい。しかし、皇竜殿よ。貴方の教えた猫達の使う魔法は、魔術の奥義とも言えるものだ。息子に教えるということは、国に教えるということ。それでも構わぬのだろうか?」
「それは一向に構わぬ。私とて精霊達から扱いを習っただけのこと。精霊と話すことが出来るものであれば、あの程度の魔法など誰にでも使えるのだ」

 これには王は、途轍もない衝撃を受けた。
 魔法を使うものにとって、精霊より知識を与えられた魔法とは、まさに奥義であり秘儀である。
 国と国との力関係をひっくり返すほどの、大事だ。
 驚きのあまり固まる王に、竜は、しかし、と続けた。

「人間の王よ。そのこうりゅうというのは、一体何なのだろうか。私は火吹き竜であり、そのこうりゅうというものではないのだが」
「皇竜とは、竜の皇帝という意味だ。とても強く、位の高い竜を、人の間で敬意を込めてそう呼ぶのだ」

 それを聞いた竜は、大きく体をのけぞらせた。
 そして少し考えるように首をかしげると、こう続ける。

「それは聊か大仰過ぎる。私は私以外の竜を見たことが無いから、皇帝というのには当てはまらぬだろう。そういう言葉で私を表すとするならば、猫竜というのが適当ではないだろうか。何せ私は生まれてからずっと、猫として育ってきたのだから」

 これを聴いた王は思わずといった様子で噴出し、大きな笑い声を上げた。
 竜はそんな王を、不思議そうに見上げるのだった。

 こうして、猫は自身の親友に、自身の持てる魔法の技術を惜しげもなく教え伝えた。
 僅かな魔力しかなくとも、大きな力を振るう方法。
 精霊との話し方。
 強力な攻撃魔法。
 生きていくのに役立つ魔法。
 王子はそれらを、ぐんぐんと吸収して行った。
 そして、王となった彼は、それを国民へと教え伝えた。

 王に子が生まれるたび、森から猫達が遊びにやってくるようになった。
 そして、猫達は王子や姫たちと仲良くなると、彼らが大人になるまでそばに寄り添うのだ。
 魔法を教えたり、一緒に遊んだり。
 王族は、人間のその国は、猫達から受けた恩を忘れなかった。
 いつしかその国の人間は、けして猫を傷つけることがなくなっていた。
 猫達は魔法をもたらしてくれた恩人であり、王家の象徴になったからだ。
 あの猫が言ったことは、現実になったのである。
 その国の紋章は、「猫とそれに寄り添う竜」へと変っていた。



 最初に猫と友達になった王が現れてから、数百年がたった。
 その国の王は今も、猫とともに過ごしている。
 国は森の猫達を守り、猫達は人々に魔法を教えている。
 森に住む竜は、今日も子猫達に狩りと魔法を教えていた。
どうも。
いつも変なファンタジーを書いてます。
たまにはこういうのも書いてみたくなったっていいじゃないニンゲンだもの。
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