どくんどくん2 〜あの空の向こう〜(8/23)縦書き表示RDF


どくんどくん2 〜あの空の向こう〜
作: reY



第8話(忍び寄る影)


病院の入り口付近で待っていた水野さんの後輩が駆け寄ってきた。

「今、精密検査受けています。救急隊員の話では、命に別状はないそうです。念のために脳のCTを撮ってますが、脳にも異常はないですし、今も意識ははっきりしています。」


どんなに安心することを聞いても、一目会うまでは心がざわざわと落ち着かない。


待合室で、3人で黙ったまま座っていた。

気を利かせた後輩の人が、僕とみずきさんにコーヒーを持ってきた。

このコーヒーの味は一生忘れない。

なんて味のないコーヒー・・。



1時間後、先生の説明を僕も一緒に受けた。

病名は・・・『過換気症候群』

聞きなれないその病名に、胸にどくんどくんと心臓の音が響いた。


「過呼吸と言えば、聞いたことがあるでしょう。酸素を取り過ぎて息苦しくなるわけだから、過換気症候群で、死ぬことは絶対にありません。でも、本人は意識がはっきりしたまま死ぬような苦しみを味わいます。それは、経験した人にしかわからない恐怖です。意識のあるままに死の恐怖を味わうということが想像できますか?彼は奥さんや、自分の家族や友人や・・たくさんの人のことを考えたでしょう。そして、どんどん範囲が広くなっていくしびれを感じながら、このまま心臓までしびれが来たら自分は死ぬんだ・・と思う。決して、死ぬことはない病気ですが本人にとっては死ぬより怖い体験かも知れません。そのことだけは、覚えていてください。」

そんな恐ろしい病気があったなんて。

水野さんはみずきさんに電話して、ごめんって伝えて欲しいと言った。

そして、ありがとうって。


それは、今先生が言ったように、自分の死を覚悟したからだ。

水野さん、どうしてそんな病気に・・・。


「今は点滴を打って安定していますので、一晩だけここでゆっくりして明日の朝には退院してください。」

僕は驚きを隠せなかった。

そんな恐ろしい病気なのに、入院は一晩だなんて。

みずきさんは、落ち着いた表情で先生の話を聞いていた。


病室へ向かう廊下で、僕と後輩の人は目と目で合図し合い、病室へはみずきさん一人で入ってもらった。

感動の再会に、僕たちはお邪魔虫。

ドラマのように、泣きながらベッドの横で彼の手を握る様子が浮かんだので、僕たちは外の椅子で待った。


涙でぐしょぐしょになったみずきさんが出てきた。

「ハル君達も、入って。」

僕は、待ちわびていたその瞬間なのに、足が重かった。

元気のない水野さんを見たくなかったのかもしれない。


「お〜〜!2人ともごめんな。心配させて。お前まだ仕事残ってるだろ?ごめんな、こんな時間まで。みんなに大丈夫だって連絡しといてもらえる?」

え??

ええ???

いつもと変わらない笑顔の水野さんに、僕は目を疑った。

「どした?ハルっぺ。俺のために泣いてくれたのか??よしよし。」

水野さんが僕の頭を引き寄せて、ぐりぐりしてくれた。

僕はそのまま顔を上げることができなかった。

涙がどんどん溢れてきた。

またこうして、水野さんと話すことができて・・。

水野さんに会うことができて・・本当に嬉しかった。

水野さんがこの世からいなくなることを考えた時、どれほど怖ろしかったか・・・。


「うぐ・・・うぐぐぐぐ・・」

僕は水野さんの大きな胸で泣いた。

「かわいいやつ・・ハルっぺかわいいなぁ。なぁ、みずき。」

そう言って、みずきさんの頭も引き寄せた。

「俺もお願いしますよ。」

後輩の人と僕とみずきさんは、水野さんの温かさを感じながら、涙を流した。



タクシー乗り場まで送ってくれたみずきさんは、大きく息を吐いた。

「ハル君がいてくれなかったら私どうなっちゃってたか・・ほんとにありがとね。落ち着いたらまた連絡するから。本当にありがとね。」

僕は、帰りのタクシーの中で、外の景色を眺めた。

こんな道を通ってたのか。

行きのタクシーでは、水野さんの顔ばかりが頭の中ぐるぐるしてた。

僕は、タクシーの運転手さんに、行きの運転手さんの居場所を聞いた。

「山之上さんなら、だいたい夕方はいつも病院付近にいるんじゃないかな?」

助手席の後ろに貼られていた運転手さんの名前とプロフィールがやけにはっきり記憶されていた。

『山之上忠 55歳 趣味 ゴルフ 親切安全快適運転約束します!』


その夜、ユキに長い長い今日の一日を報告した。

その場にいた人にしかあの気持ちはわからないと思うけど、少しでも僕の気持ち伝えたかった。

「良かった。元気になって。」

ユキのその言葉に僕も、頷いた。



しかし・・・・


本当の戦いはこれからだってことをまだ誰も知らなかった。

その病気の恐ろしさにそのときはまだ気付かなかった。

絶対に死ぬことはない、死ぬほど苦しいその病。

見えない陰はゆっくりとゆっくりと水野さんに近づいては離れ、近づいては離れ・・。

その大きな影は少しずつ水野さんに忍び寄ってきていた。












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