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窃視者〜誰かが見ている〜

作者:春江口
この作品は、あんこだま先生執筆の作品です。
春エロス2008参加作品。

 暮れなずんだばかりの繁華街に、細かな雨糸が降り注いでいた。
 古びたラジオのノイズにも似た雨音だけが、濡れる窓ガラスを越えて響いてくる。普段ならもっと(かまびす)しい雑音で溢れている街だったが、今宵は陰鬱な陽気に押されているらしく、活気に乏しいようだ。

 時折つや鮮やかなネオンが、疎らに歩く人々を夜会に惑わせんと射抜くものの、光線は希薄であり、表面をなぞるだけで霧消する光などに意識を捕られる者はいなかった。
 ふと目にした一組の若い男女も同様らしく、濡れしぼったお互いの身を支えて、ある路地の奥へと消えていく。

 まるで表の世から離れるような二人が気になり、私は消えた道先にも視線を走らせた。そこには間断無い雨にも負けずに浮かび上がる、中世の城を模したホテルが佇んでいた。

 何のことはない。よくある男女の逢瀬だった。私は軽く呆けていた自分を戒めるため、両の手で頬を叩いた。締め切りまであと数日。傍らのノート型パソコンに向きなおし、文章を刻むためのソフトを起動させる。続いて一つ息を吐くと、キーボードに指先を滑らせた。

 エロセント・ワールドというアダルトサイトがある。アダルトサイトとはいっても無駄に色気を煽る画像など一切ない、文章だけで構成されるネット小説のサイトだ。
 誰でも無料でアダルト=官能小説を読めるということもあり、一日のアクセスは一万を数える。そうゆう意味では優良と言えるサイトの、私は書き手であり、今夜も新作を完成させるべく文章を綴っていた、が。
 しかし、書けないでいる。良いアイデアを捻りだせないのだ。気分を変えるために自宅からシティーホテルへと環境を移したのだが、あまり効果は出ていない。

 詰まっている原因は…… 分かっていた。今までに陵辱もの、監禁もの、近親ものといった既存のジャンルを全て踏破してしまったゆえに、他の描くべき道筋を失っているのだ。

「どうすればいい。いま読者が望んでいる官能とは、一体……」
 自嘲気味に呟くものの答えが返ってくるはずもない。私は目頭を抑えて大きく仰け反った。
どこかにネタは落ちていないものか。視線をモニターに戻した時、右隅にある新着メールのサインが点滅していることに気づいた。どうやら過去に執筆した作品への感想らしい。
 行き詰まっている時の読者からの感想は、なによりも新たに執筆へと向かう活力となる。
 私は努めて冷静に、しかし心中では「うひゃっほう!」と雄叫びをあげながらメールBOXを開いた。

 『いつも先生の作品を読んで活用してます。でも最近の物は無駄に文学よりになってるようで全然萌えません。お願いですからもっとエロくして下さい。エロくないエロはエロじゃありません。
 エロはエロだからこそエロと言えると思います。もっとエロかった頃のエロを思い出して、エロい作品を書いてくれるよう期待します』

 ――衝撃だった。

 後頭部を鈍器のようなもので叩かれたようで、なるほど、つまり最近の私にはエロが足りないらしい。ジャンル以前の問題だったのだ。
 文面こそエロエロと稚拙だが、つまり読者の目はエロを期待するからこそ、サイトにアクセスするのである。そんな基本を忘れていたのかと、私は己を恥じた。

「そうか、私に足りないのは……!」

 おもむろに立ち上がり、私は上半身に羽織っていた絹製のガウンを脱ぎ払った。オレンジ色の照明の下、鍛え抜かれた胸筋が淡い光を照り返して、ぴくぴくと震える。

「エロを考えるんだ。今こそ想像の翼を広げ、もっともっと、未知なるピンクの世界へ」

 脳裏に浮かぶ草原で、浅黒い肌をした男が全裸の女と向き合っていた。男は叫んだ。俺のぶっとい獲物でひぃひぃ言わせてやるぜ、と。
 豊かに張り出した両乳と下部の茂みを隠す女は、すぐさま軽蔑の眼差しを向けた。

「馬っ鹿じゃないの、あんた」

 激昂する男。女の罵言を聞くや否や一足飛びに踊りかかり、女の両肩を押さえ、組み伏せた。何故か女は抵抗の素振りを見せなかった。唇だけは真一文字につぐむものの、逆に男を導くように脚部を横にスライドさせた。

 男が口内で生み出した粘着質の液体を自分の指へと絡ませた。その過剰に水分を含んだ指先を、女へと伸ばす。目標は未だに閉じる女の下半身の扉を開けるためだった。

 脳内であぶり出した扇情的な絵図。男女が生み出す痴態。それらを受けて、いつのまにか私は乳首が立っていた。幾分か呼吸も荒くなっている。

「むむ、負けていられぬ」

 私は一糸まとわぬ上半身に続けとばかりに、残る一枚の下着に手を添えた。

「な、なんだと!?」

 パンツがおろせなかった。私の分身が屹立して、頑なに脱衣を拒んでいたのだ。

『駄目だよ父さん。それじゃただの裸族じゃないか。父さんは物書きなんだ。僕が頑張って立っているうちに、さあ、エロを書いてよ』

 喋れないはずの息子の訴えが聞こえた気がした。否、確かに聞こえたのだ。息子と私とは一心同体。息子を守る縮れ毛からへそに繋がる毛道。つまりギャランドゥは、恥かしがり屋な乳頭を護衛している胸毛まで続いている。私の胸に響いた息子の声を、誰が錯覚と言えよう。

「そうか、そうだったな。よし、ピンクモードのスイッチも入って意欲が沸いてきた。有り難う、顔も知らぬ読者よ。よく知ってる息子よ」

 気合を入れてパソコンへと向かう。私は血気盛んに創作に取り掛かった。
 よどみなく指がキーを叩く。ネタは……先ほど窓から見かけた男女のその後だ。


「……なあ、なんか俺ら以外の気配っつうか、なんか感じねえ?」
「ん、ん、ちょっとぉ、もっと真面目に頑張ってよぉ」
 男の股間に顔を(うず)めていた女が顔を起こした。お互いが全裸だった。
 部屋の中央で存在感を主張している、やたらと大きな円形のベッド。その上で二人は睦み合い、絡み合い…… つまり、くんずほぐれつ、いやん、あはん。むっしゅむらむら、うふん、ばかんの真っ最中だったらしい。

「あ〜わりい。なんかさ、他人の視線を感じるっつうかなんつうか、そんな気してさ」
 伸ばした片手で女の乳房をもてあそびながら、男は第三者を探すように周囲へと目を配った。
「あたしたち以外に誰かいるわけないでしょ」
 少しも真剣にならない男を不満げに見上げて、女は剥き出しの腕で唇をぬぐった。
 頬に張り付いた黒髪を邪魔くさそうにかき上げ、頬を膨らます。女にしてみれば久しぶりの密事なのだ。時間の許す限り愛欲を満足させて欲しいのに、男ときたら俎上の鯉よろしく下半身を投げ出しているだけ。許せるものではなかった。

 室内は薄らぼんやりしている。女のリクエストで照明は落としていた。もし男の言うように誰かが二人を窃視していたとしても、俄かには気づきにくかったかもしれない。

「ねえ、本当はあたしのこと、もう面倒くさくなったんじゃないの」
「な、そんなつもりはねえよ」
 お互いに細かな表情までは見えない。だが発した声の質感。合わせた肌の温もり。それらが二人の微妙なズレを教えていた。
 特に女には顕著に感じられた。忙しい最中(さなか)、やっとの思いで捻出した二人の時間なのだ。気もそぞろな男の態度や発言に怒りを覚えたとしても、道理だった。

 新たに気を挽かれた女が出来たのかしら。飛躍する思考。離れていく心の往路。もしそうだったとしても責められない。何故なら…… 女は知っていた。自分は他の腐女子のような含羞(がんしゅう)を持ち合わせていない。男が好む媚態など作れないということを。


 と、ここまで書いたところで執筆者たる私は筆を止めた。何かが違う。読者はエロを期待している。登場人物の心の動きなど、どうでもよいのではないか。
 どうやら息子も同じ意見のようで、会釈するように身を床へと垂らしている。
「いかん、喝を入れねば」
 私は拳を振りかざし、猛然と息子に叩きつけた。
「ぐっ‥!」
 息が詰まる。呼吸が出来なくなった。
「くはっ」
 息子が受けた痛みがダイレクトに自分にも跳ね返ってきたのだ。
 しまった。息子は悪くないではないか。私は慌てて、優しく(さす)ってやった。すると身を紅潮させた息子が喜ぶように、再び主張を始めた。

『酷いよ父さん。でも撫でてくれて有り難う。おかげで持ち直せたよ。出来ればもっと激しく(こす)ってくれた方がいいけど』
「ふっ、甘えん坊ならぬ、甘えん棒だな、おまえは」
 私は息子に添える手に勢いをつけ、しごいてやった。と同時に反対の手も忙しくキーへと向かわす。


「なに変に勘ぐってんだよ、そんなんじゃねえって」
「だって……」
「ほら、なんつうかさ。俺、あたま悪いからうまく言えねえけど、小説の主人公なんかでさ、読んでる奴に見られてるっていうか、そんな感じがしたんだよ」
 二、三度まぶたをぱちくりさせて女は笑みを浮かべた。
「それってあたしたちが小説の登場人物ってこと? ふふ、変なの」

 先ほどまでの流れを断ち切ったところで、私はエロを挿入すべく、二人の性格設定も大胆にアレンジさせることにした。

 女が立ち上がり部屋の照明を明るくさせる。その場でくるりと一回転。
「あたし、本当は見られた方が燃えるの」
 汗ばんだ女の裸体があらわになっている。火照る色合いの赤みが映えて見えるのは、元の肌が色白だったことを示していた。

「そうか、実は俺もそうなんだよ」
 負けじと男も十六世紀の彫刻よろしく、右の手を腰に当て、左の腕を肩越しに背中へと回し、ポージングを決めた。
 見つめあう男と女。しかし思いのたけは第三者へと向かっていた。

「ああん、見て、見て、見てちょうだい。もっとあたしを目で犯してぇ〜」

「おお、我は美しい…… さあ見てくれたまえ、読者の諸君〜」

 二人は生まれたばかりの姿で、思い思いの様を身体へとのり移させた。
 じり、じりりと男と女は望むべき結合に向けて歩み寄っていく。

「いくぜ」
「いくわ」

 千年の時を越えた荘厳なる雰囲気……とは真逆な空気の中、男女は勢いよく跳躍した。

「合……」
「――体!」

 こうして一組の男女は文字通り、中空で一つと……


 と、ここで私は新たな新着メールのサインに気づいた。

『こんにちは先生。最近の先生は文学よりの作品ばかりで面白くありません。以前のように変態作は書かないんでしょうか。出来れば今度の新作は変態ものでお願いしたいと思います』

 ――衝撃だった。まるで巨大な銅鑼(ドラ)を頭頂に落とされたような。

「そうか、そうだったな。私は官能書きではなかったんだった」
 今更に自分を取り戻した私は、しかしアダルトサイトに寄稿するに至って、最後に注釈をつけることで筆を置くことにした。

 【今作は官能作と胸を晴れるものではございません。もっともっと色気溢れる本物の官能作を読みたい方は、他の方が描かれている作品をご覧下さい】



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