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桜の樹の物語  作者: kim
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桜の蕾の下で

ヘシアン・ヴィクセンの独白

大学一年・四月


 木々がざわめいている。

 夜中から降りつづく花時の雨は、ほころびはじめた桜の蕾と、傘をもたずに路上に立ちつくす僕を冷たく叩く。じっと風上を見つめた。東の空。

 あぁ、そうか。これは必死にこらえるカノジョの涙だ。

 遠い街で独り歯噛みし、年に数回僕に逢うときだけ濡れた頬をさらけるんだ。花時雨のようにときに激しく、春霖のようにときにしとしとと。キズつかないでほしい、泣かないでほしいと心から願う。

 

 行かなきゃ。

 

 僕の想いビト。僕と同い歳の女の子。母親が違うほんの数ヶ月だけ年下の妹。

 妹の名はディルサ・ライネージ。ライネージはカノジョの母親の姓だ。その母親はいない。まだ妹が幼いころに死んだ。国家反逆罪で火刑に処された。王国主神の神官だった僕の母親の手で魔女裁判にかけられた。

 僕の母親も十二年前に死んだ。妹の母親と同じように火刑に処された。僕らの血縁は、厳格な祖父と心がコワれた父だけになった。


 きっと妹は泣いている。今日も、昨日も、そして明日も。ダレもその涙に気づいてあげられない。

 僕の少年時代はカノジョと共にあった。いや、カノジョのためにあった。いや、カノジョにしか存在理由を見出せなかった。いくら恋焦がれても手に入れられない存在に。それを嘆く権利も義務もないのは、自分自身が一番理解している。感情がついていかないだけ。

 僕と父と祖父がディルサを見つけただしたのは、僕が六歳のときだった。僕に妹がいることを知ったのもそのとき。母親の葬儀がすんで、初めてのお墓参りの日のことだった。

 そのとき感じたものは、いわゆる孤児の悲壮感ではなく、周囲のヒトたちに愛されて育ったんだろうなという幸福感だった。


 むしろ僕との出逢いが妹の人生を狂わせたのでは。慕っていたおばあちゃんの死。育ての親である薬屋の裏切り。憧れていたカレの変容。教師に疎まれ、同級生にハブられて。妹の心は泣いていた。ダレもその涙に気づいてあげられない。


 行ってはダメだ。


 僕ももうそろそろ妹を解放するべきだ。高校でいろんなヒトたちに出逢えた。妹もいろんなヒトに出逢えた。逢うたびに笑顔が増えてる。強い言葉が発せられる。おばあちゃんへの懺悔のため神殿に通いながら自分に自信をもって生きている。

 変わるべきなのは、僕だ。とりまくすべてから逃げてはならない。

 僕は妹に桜を見出した。儚く咲いて、潔く散って、また蕾をつけて、ヒトビトを優しい気持ちにさせる桜を、カノジョいや、彼女の中に見たんだ。



ピェシータ・ウェイテラの独白

高校二年・四月 


 また、この季節がきた。

 桜の花びらがひらひらと舞ってる。出逢いと別れの季節、なんて感傷にひたれるから春は好き。ほんのちょっとの希望と大きな喪失感があたしの心を満たしていく。


 ひらひらひらひら


 あ、ぼやけたピンクの壁があたしの視界を塞いだ。泣いてない。まだ、ひんやりしてる風が瞳に沁みただけ。

 おー、このセリフ、小説に使えそうじゃない? 


 でも、大好きだった先輩は卒業しちゃったから、批評も聞けないんだよね。マイッタな。ちゃんとコクればよかった。

 あたしも高校二年生。さ来年逢いにいきます。なんて強がってみたところで、きっとさ来年どころか来年すらないことはわかってる。先輩はカッコいいから、大学行ったらすぐカノジョができるはずだ。


 大学といえば、キャンパス見学のときに見かけたあの男のヒト、なんで桜の樹を観てたんだろう。しかも、まだ咲いてないツボミなんて観賞しても楽しくないとおもうんだけど。しかも、台風並みに雨風がひどいのに、傘もさしてなかった。

 あたしとおんなじで、失恋でもしたのかな?

 水も滴るいいオトコ。いや、ずぶ濡れで視界不良だったから、いいオトコかどうかは判別できなかったけど、ちょっとドキッとしたな。


 そして、何かを期待してその桜の樹の下に立ってるあたしもイタい娘だな。あれから、一週間で桜が咲いたよ。今度こそ観にくればいいのに。でなければ、先輩に逢えればいいのに。

 あ、オトコのヒト。ん? なんだ、兄か。そういえばこないだも、今日も、兄に呼ばれてわざわざ大学まで来たんだっけ。

 うわ。兄のあんな笑い顔見たことないわ。マジメが顔に貼りついたあの兄に笑顔は似合わない。

 あのオトコはダレだ? 爽やかな笑顔のメガネ男子。

 兄のトモダチ? シャツの裾をズボンから出したことのない兄のトモダチとは思えないんだけど。

 紹介された。うわ、いいオトコ。

 あれれ? 

 このヒトってたしか桜のツボミを観てたヒトじゃない? もしかしてこれって運命ってヤツ? 兄、偉いぞ。いや、きちんと紹介しろよ。

 ちゃうの? あたしを紹介するんじゃないの? あっそ。

 バカ兄。カレのほうがよかったなんて聞くな。もう忘れた。


 散った桜がまた咲きました。


      

コーノス・ウェイテラの独白

大学一年・四月 


 初めてアイツと会ったのは大学の入学式の日のことだ。まだ数回しか来たことのない広いキャンパスで迷っていた俺に、あっちの方から声をかけてきた。満開の桜の下のキャンパス案内板を、何人もの学生たちは眺め去っていく。その中から俺に声をかけたのは偶然だと思っていた。あとから聞いた話では、昔から俺のことを知っていたらしい。


 俺はアイツのことを知っていた。あくまで一方的にだが。この街の大司教を祖父として、首都の王宮に出入りする父を持つエリート。中学のときに首都で学校占拠なんてクーデターを起こして、王国の不正を訴えるなんて大それたことをしでかしたのも鮮明に覚えている。俺もそれに参加していたから。そのときは、権力と金を持ってるからだろうと羨むばかりだった。

 しかし、確かに根回しはある程度してもらったらしいが、計画そのものはアイツとその仲間数人で作成したということも後々知った。


 あの時は手伝ってもらって助かった。ありがとう。


 キャンパスで会ったあの日、アイツはそう言って笑ったんだ。俺はただ、コドモの分際でどこまでできるのか見物してやろうと思っただけだったんだが。いいかげん、神学校の生活に飽き飽きしていたし、この街が王国から独立するという噂もあったから。その辺を確かめたかっただけだったんだが。それなのに、俺のことを覚えていた。驚いた。

 確かに参加動機は不純だったかも知れない。それでも、参加してからは計画を絶対成功させてやろうという強い決意をもった。アイツに強い決意を感じたからだ。


 本当に信頼していた。


 あのときのことを正直に話したら、アイツはそんなことを言って、また笑った。俺には眩しすぎた。嫉妬と羨望に身を引き裂かれる。にも拘らず、自分の黒い思いが膨らむにつれて、アイツと過ごす時間が増えた。

 悔しいが、認める。アイツはいい奴だ。勝負にもならないのは判っている。二人でつるんでいるのを見た学生たちが、俺が引き立て役にしかなってないと後ろ指を差していることも判っている。


 なのに、だ。俺は大きく溜息を洩らして、苦笑した。

 オンナを紹介しろ? 俺にか? オマエよりよっぽどオンナっけのない人生なんだがな。バカだろ、コイツ。でも、このどっか螺子が抜けたところがなかったら、俺は絶対近寄らなかったんだろうな。


 満開の桜は美しいが、そういう弱さを持っているから、やさしくなれる。でも、どこか淋しくなる。



ルービスの独白

高校三年・四月


 トモダチにオンナ紹介しろって言われたからって、何故わたしなのさ。いくら後輩だからって、ムチャブリでしょうが。


 学校の授業と神殿の仕事の両立は大変なのよ。しかも受験生だし。


 って断ったら、

 そこをなんとか、俺の顔を立ててくれ。

 なんて土下座をされた。


 いやいやいや…なんで先輩の面目のためにわたしが失恋しなきゃならないのさ。恋愛にも発展してないのに、っていうか、会ってもいないヒトに失恋って単語を使うのもおかしな話だけど。


 そもそも先輩にトモダチ少ないのがいけないんじゃない。ってか、なにより朴念仁の先輩に恋愛相談するオトコとは、なんて見る目がない。トモダチはきちんと選びなよ。


 そして、あのオッサンは桜の下でナニやってんだ? 


 そう。それもヒト付き合いをお断りしたい原因だ。タダでさえヒト見知りなのに、あんなのが家に住みついてるって知られたら…

 ヒトに秘密を知られたときの反応がコワい。絶対ひくから。先輩だって最初めいっぱいひいてたでしょうが。


 世間では、桜の樹の下に死体が埋まってるらしい。

 しかし、ウチの神殿の桜の樹の下には死体が立っている。真昼間から散歩して、畑仕事をしている。自分の切れ端を撒くと、野菜がおいしく育つって、そんなことを言う。やめてみんなにあげられなくなる。新鮮野菜を楽しみにしてる信者さんだっているの。


 おいしいに越したことはないだろうって? それはそうだけど…絶対他のヒトにしゃべらないでよ。


 確実に現実逃避だ。なんで受験生がこんなことに頭を悩ませなければならないのよ。やっぱり断ろう。あたしには分不相応だ。


 今の気持ちを歌え? バカ言うな。っていうか、わたしの気持ちを読むな。顔に出てるから、心を読むまでもない? あぁ、そうですか。って、失礼な。


 …独り遊びが得意になったのはいつからだろうな。少しだけ淋しくなった。

 だったら、会うだけ会ってみたら? 

 そうねぇ…別にトモダチ増やすのもありかなぁ…あっ! やっぱり心読んだでしょ!


 さくらさくら わたしの心を隠しておくれ。


 はい。歌った。竪琴リラを手に久々に笑った。



シータス・ミアロートの独白

大学二年・春


 私はいつの時代も傍観者だ。


 多感な子供時代は王国の存亡をかけて、戦場に出ていく父母や叔母を笑顔で見送り、時折耳に入ってくる噂と自分の空想・予測を加えて分析する毎日だった。


 その後、血縁の呪いに巻き込まれる形で、転生を繰り返す身となった。五十歳の誕生日を迎えると同時に、私は自分の意思とは関係なく輪廻転生を繰り返す。知らない女性を母体として幼年期を過ごし、周囲が私の正体を疑い始める前に、神隠しにでもあったかのように身を隠す。もう何回目だろう。


 不幸にも母体として選ばれてしまった女性とその夫となったヒトが泣き喚き、必死に捜し回る様子を眺めていると、少しだけ胸が痛む。初めて転生したときは、その悲嘆ぶりを見てられなくて、その家に戻った。でも、結局少女期に喧嘩して出て行った。


 二回目は耐えた。三女で生まれたから、愛情が分散したのが、一回目より楽な気分にさせた。三回目には麻痺した。村を上げての大捜索を、高台からぼんやりと眺めていた。三日三晩、そこから動かなかった。それ以降はあまり記憶にない。


 ダレとも関わらないで、次の輪廻転生を待つ五十年。短く感じたときもあった。長くて、早く死にたいと思ったこともあった。


 私の傍には、一桁回数の転生のときから父がいる。父といっても肉体はすでに朽ち果て、私の持ち歩くカリンバと呼ばれる楽器の中に精神と魂が閉じ込められているだけだが。実母、実母と表現すべきなのかは不明ではあるものの、一回目に私を産んだ母は十数回転生したのち、いつの間にか死んでいた。叔母は未だ生き続けている。三十代で彼女の年齢は止まったらしい。


 今は、何回目の大学一年生なのだろう。


 自分でも信じられないのだが、約千年の時を経た今、初めてトモダチができた。叔母に目いっぱい驚かれた。当然だ。これまでヒトと関わらない五十年を繰り返してきたのだ。小学校からほとんど一緒にいる。一組の男女。常に傍観者だった私に変化をもたらしてくれた二人には、ホントに感謝している。


 おかげで、さらに最近またトモダチが増えた。変に生真面目な男とかスウィーツオタクな女とか、武器マニアの女とか、今度は生真面目男の後輩とやらに挨拶でも行こうか。妹を引き込もうか。私には、いや多分あの二人にもない、アタリマエの日常を生きてきたトモダチが好きだ。そんな言い方すると、怒られんだろうな。


 また、桜の季節が訪れ、去っていった。


 しかし、たとえ永遠に私の転生が繰り返すとしても、私はこの時代を忘れないだろう。



桜の樹の物語

四月


 この物語の主人公は五人。

 まず、光明神ラ・ザ・フォー神官ヘスとその友達のシータ。そして、和神フィース・ラホブ神官コナとペシタ。最後に生命神テナ神官ルビ。


 舞台は王国カラトン神大学。宗教都市カラトンは多神教である王国で信仰される全ての神殿が立ち並んでいる。その神官らを育成する場がカラトン神大学である。キャンパスの大聖堂前に学生に対する連絡事項が張り出された掲示板がある。


 その裏から枝葉を繁らす桜の樹が、私だ。


 もう一つの舞台は同カラトン市西部郊外にある生命神テナ神殿。英雄墓地の一角に建立された神殿にも大きな桜の樹がある。


 それも私だ。そして、大学付属高校、市内大通りの桜並木。精霊である私は、個を持たない。故に、あらゆる桜は同一だ。


 その二つの舞台で、彼らは時に笑い、時に泣き、時に怒り、疑い、信じ、頼り、依存され、惑い、お互いの関係をよりよいものにしようと努力を続けていた。


 しかし、時代や環境や社会というものは、一人ひとりのニンゲンの想いや努力を時に無にする。残酷なまでに。ナニかに、ダレかに関わることは傷つくことで、傷つけるものなのだ。


 独り涙を零すニンゲンを見ると、感情が希薄な我々精霊でも、憐れに思うこともある。しかし、どんなに傷ついたとしても、結果悪い思いにとらわれたとしても、私は彼らが愛おしい。そして、羨ましいのだ。怒りに私の幹に拳を叩きつけたとしても、泣きながら何度も何度も殴りつけたとしても、私は愛おしく、羨ましいのだ。


 私には見守ることしかできない。成長、変化、関係性、彼らに関わるヒトビトも含めて。彼らを慰めることも、一緒に笑い泣くことも、怒りを共有することもできない。


 だから、せめて私を見上げ癒されて欲しい。どんなに傷ついても、私は変わらず見守っているから。

 時代も社会もヒトビトも変わっていく。それは真実だ。しかし、私は変わらない。種が長い年月をかけて樹となり、蕾をつけ花を咲かせ、散ってもいずれまた花を咲かせる。それも真実であることを信じて欲しい。


 だから、私は咲き続ける。彼らに変わらぬ真実があることを伝えるため。桜色の永遠を信じて欲しい。


 傷ついた彼らがまた次の一歩踏み出せるように、私は咲き続けるから。


 物語は彼らの出会いから。

 ヘシアン・ヴィクセン、シータス・ミアロート、コーノス・ウェイテラの三人がカラトン神大学一年。ピェシータ・ウェイテラがカラトン市立高校二年。物語の中心となるルービスが同高校三年。

 そこから話を始めよう。

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