21世紀の爆発的な経済発展により、昇竜をも追い越すような発展を遂げた中国。
統治者は風のように変わり。
国の体勢も流れるように入れ替わっていった。
首都は淀んだネオンが蔓延り。
退廃した通りはまるでサイバーパンク。
溢れた人口は大地を食い散らし。
乾いた砂地は感染的にこの大陸を終わらせていく。
そんな、腐りきった雨が降りしきるこの裏通り、
ここがあたし達の家だった。
あたしには名前がない。
年齢も分からない。
お父さんも、お母さんも分からない。
読み書きもできない。
当然、家族もいないし、
お金もない。
残飯をあさり物乞いをしてやっとその日その日を生きていく、そう言う生活をしていた。
毎日が綱渡り。
毎日が生と死の境。
お腹はいつだっては減っていて、
周囲の人から見れば女なのか男なのか、
もしかしたらヒトかゴミなのかの区別がすら付かないような、
そんな醜い存在だった。
今日も、一日が始まる。
タダ生きるためだけの一日が。
そして、あの一時を待つためだけの一日が。
都市の郊外、開発が行き届かぬ寂れた町並みに私たちの家はあった。
回収されることも無くゴミが溜められたコンテナ。
その堆積したゴミの山、それがあたしの家だった。
落書きにまみれ、薄汚れた壁に囲まれた細い路地、そこがあたしの故郷だった。
目を覚ますあたし。
空腹に満たされたお腹が安眠を妨げ、
軽いはずの体が異常に重く感じた。
コンテナの蓋を開け、ゆっくりと辺りの様子をうかがう。
乞食は害虫であり、ヒトに見つかって良いことはあまり無い。
既に数人の――あたしとさほど年も変わらないだろう――子ども達が起き上がり、ソレはまるで残飯に群がる羽虫のように、朝食を探し彷徨っていた。
朝靄に包まれた町並みは、人の気配を飲み込み無機質な静寂だけを漂わせていた。
あたしも食べなきゃ。
あたしも生きなきゃ。
そうしてあたしもその列に混じる。
朝の空気はボロを纏っただけのあたしの肌を刺し、
棒のような手足を削っていくようだった。
手はカジカミとうに感覚もなくなっている。
そうやってあたしは朝ご飯を探し、人の残しに天の恵みの如くしゃぶりついた。
そして雨は降ってきた。
雨音は辺りの静寂をかき消し朝の終わりを告げる。
そして同時にあたしの希望をつみ取る。
雨は嫌いだ。
雨はナケナシの体温を奪っていき。
雨はあたしの心に暗い影を落とす。
無慈悲に叩きつけられるその音に、かすかな太陽も姿を潜めてしまった。
光を奪われたあたし達は逃げ帰るようにそれぞれの穴蔵に身を隠す。
雨は、嫌いだ。
厚い金属のあたしの家を、奴等は怒鳴りつけるように叩いていく。
そんなとき、あたしは家のスミっこで罵声が止むのを待つ。
タダひたすら。
耳を閉じて。
何も聞かず。
世界から離れ、自然からの排斥行為にタダひたすら耐え続ける。
そんな一日を過ごす筈だった。
家のスミに誰かがいる。
今まで、コレまで生きてきて、こんな事は一度もなかった。
あたしよりかは少し年上であろうか?
髪はぼさぼさと伸び、薄汚れたシャツを着たそれがうずくまっていた。
『えっ、あ……ご、ごめんっ、ここキミの?』
言葉が分からなかったあたしには沈黙で返すしか手段がない。
『ご、ごめんね……急に降られちゃって』
あたしですらだいぶ慌てている事が感じられた。
『ほ、ホントにごめんね……っ』
そのぼさぼさ髪は逃げるように出ていこうとする。
この雨の中ホントにその薄着で出ていく気だろうか?
コレから振り続けるソレを、雨宿りもせず浴び続ける気だろうか?
それは、本当に無意識であり、刹那的なコトだった。
逃げ去るぼさぼさの裾を掴むあたし。
そいつは驚いた顔をしていて、だけどそいつはしゃがみ込んでお礼を言った。
何を言ってもあたしには意味が分かりはしない、だけど、不思議と満たされるような、そんなモノが確かにあった。
雨の降るあいだ、ぼさぼさのそいつは一方的に喋り続けていた。
勿論、そいつにだってあたしが言葉を理解できてないコトは知っているだろう。
それでも、相手をしてくれてるのが嬉しいのだろうか?
そいつは一心に喋り続ける。
時に嬉しそうに、時にムキになりながら、夢を見るように喋り続けた。
何故ぼさぼさはこんな所にいるのだろうか?
ふとそういった考えも浮かぶ、いや、もしかすればぼさぼさはその経緯を話してるのかも知れないが。
まぁ、どうであれそいつのコトバは雨の轟音を忘れさせ、
少なくとも雨よりは暖かく、優しいモノだった。
いっきに捲し立てた後、ふっとそいつは泣き出すのだった。
それは、意味の分からぬあたしにも望ましいことではない。
嗚咽を繰り返し、家の中が急に冷え込んでしまったように感じられた。
家の中にも雨が降ったようだ。
蘇る雨音、不意に音が絶えたため奴等はあたし心の中にもゆっくりと流れ込んでくるようだ。
何でだろうか、一人の時よりも、雨が辛く感じる。
ああ、早くあの時が来て欲しい。
あの一時はこの絞め殺すような空気もきっとどこかへ流してくれる。
そう思ってあたしはいつも以上にそれを待ち遠しく思った。
雨が降る、雨が降る、ぼさぼさのそいつはふさぎ込んだまま喋らず。
一人よりも辛い二人の沈黙を、タダずっと堪えていた。
だけど、あたしはもう体で知っていた。
あの時が来る、あの歌が来る時間だと。
薄汚れた通りに接した一軒の商店。
そこの二階からそいつはゆっくりと聞こえてきた。
『……ウタ……』
あたしの知ってる数少ないコトバ。
そいつは歌というらしい。
そいつは、別に高貴なクラシックでもなければ軽快なポップスでもなく。
歌っているのは透き通るような声でもなければ、深みのある声でもない。
どっかの古びた民謡だったのかも知れない。
先も長くない老人だったと思う。
しわがれたそいつは直進することなく空間に広がっていき。
雨も涙も全てのまどろみを巻き取るように飲み込み、飽和し、帰していく。
深い緑とくすんだオレンジが融和したような甘い空気が広がる。
そいつはふさぎ込んだぼさぼさにもまとわりつき、
ぼさぼさについた悪いモノを一緒に剥ぎ落としていくように感じた。
少なくともあたしにはそう見えた。
優しい歌。
ぼさぼさはそう形容した。
歌詞は分からない、意味も当然分からない。
だけどそれは全てをぬぐい去り、
翼を広げる優しい歌。
何で老人は歌うのだろうか?
そんなにも優しい歌を、この終わり行く町で。
今は無き牧野を想うためか?
先だった家族を懐かしむためか?
理由は誰も知らない、だけど老人は歌いつづける。
毎日、同じ場所、同じ時刻にその歌を。
少なくともあたし達ではない誰かのために。
雨はまもなく止んだ。
太陽はどんな下層の人間にも対等に光を与える。
あたしはぼさぼさと一緒に残飯をついばみ。
そうしてゆっくりと日は老けていき。
そうしてあたし達はゆっくりと眠りに落ちる。
また明日が来る
また生きねばならない。
そして、また、あの歌を聴くことができるのだ。
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