1―8.籠女の危険
「哭士、彼女はどうした? 何かあったのか?」
屋敷内で色把が見当たらない。菊塵が哭士に問いかける。
「……」
哭士は答えない。日中の、色把の涙ぐんだ顔が蘇る。心中をかき乱す少女を目の前に、どうすれば良いか分からず、そのまま手を振り払ってきてしまった。
「まさか、祖母の事を聞いてきた彼女に、何かしたんじゃないだろうな?」
ぴたり、と哭士の動きが止まる。こういう時だけは分かりやすい。
「お前なぁ……」
「家に戻りたがっていた。勝手に行かせれば良いだろう」
祖母の死を伝えてはいけないのなら、自分自身で見届ければいい。そうすれば、色把も歯痒い思いをしなくて済む。どうせ判明する嘘をつき続けなくて済む。一番手っ取り早いではないか。
そのような思いから、屋敷を抜け出す色把の気配を感じ取って居たにもかかわらず、見てみぬふりをしていたのだ。
「お前、まさか、行かせたのか? この闇の中を? そうか、お前……籠女の事は良く……」
菊塵の表情がこわばり、しまった、というような表情を浮かべた。
「……ちゃんとお前に言っておくべきだった。籠女は夜が危険なんだ。影鬼は夜の闇に紛れて活動するからな。狗鬼の近くに居るか、この屋敷のように影鬼が入れないようにしてある建物に居れば良いものの、単身で出歩かれてはひとたまりも無い」
――お婆様に会いたいのです……
袖口を掴んだ色把の手。感触が手に蘇る。ビルの中で色把を見たときに感じた妙な感情が、再び蘇ってくる。呼ばれている、胸がざわつく。
初めて色把を見た瞬間、色把の両の目が脳裏に焼きついた。
瞳に捉えられた哭士は、目を逸らす事ができず、その場に立ち尽くした。
いままで、こんな事はなかった。自分を急き立てるよく分からない不明瞭な感情と、その感情を掌握出来ない自分に苛苛としたのだった。
(何故、あの女一人のために……!)
無意識に湧き上がってくる感情に、再び苛立ちを覚える。だが別の自分が色把を追いかけるように急かしている。
「チッ……」
本能がざわめくまま、哭士は屋敷を飛び出した。
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