3―17.悲劇の始まり
自分の名前を奪われ、暗い牢に囚われて、かなりの時間が経過した。何年経ったのか、既に自分では把握が出来無いほど、長い間閉じ込められていた気がする。
「飯だ」
牢の前に、ボロボロに剥げた塗り盆が置かれる。その上には、欠けた茶碗に粗末な食事が置いてある。
「食え」
はき捨てられる言葉。未だ、この牢を脱出する意志を失ったわけではない。盆の上の食事を一瞥し、男を睨み付けた。
「いらないわ」
自身の態度に舌打ちをし苛立った様子を見せる男。度々、こうしてやってくる男たちの命令に背くことも少なくなかった。
そして今も、男とにらみ合う状況が続いたが、突如、状況が一変した。
食器の割れる音、散らばる食物。足を振り上げ、牢屋の扉を蹴り倒す。耳を劈くような激しい音が辺りに響き渡る。取那の体は萎縮する。
その間に、男は乱暴に牢の中に足を踏み入れ、取那の襟を掴み上げる。
「囚われた身の分際で、生意気な口を利くんじゃねえ!」
男の右手が頬を打つ。突然の衝撃に、体は反応できず、畳に倒れこんだ。
思わず、小さく悲鳴が洩れる。
ハッと体を上げた。倒れこんだ事で、裾が大きくめくりあがってしまったのだ。あわてて裾を正すが、男の目線は自身の足元を漂っている。
「……ほう、随分と女らしい体になってきたじゃないか」
凶暴な瞳。無精髭が生えた口の唇を、ねっとりと舌が這い回った。
「少々仕置きしてやろうか」
初めは、何をされるのか全く分からなかった。
胸元に伸びる太い腕。着物の襟元を掴まれ、そのまま肩よりも下に引き下ろされた。そのまま乱暴に着物を剥ぎ取ると、覆いかぶさってくる男。
呼吸も止まるかと思うほど、あまりの恐怖に声も出ない。
「喚くんじゃねえぞ」
露になった肌を隠そうとした両腕を乱暴に引っ張られる。痛みに思わず顔をしかめた。
体の曲線を、ガサガサとした手がなぞり、背中を虫が這い回るような嫌悪を感じる。だが、声を上げれば、身の保障は無い。
男が何をしようとしているのか、全く見当が付かなかった。だが、目の前の男は自分に、何か『嫌なこと』を行おうとしていることは本能的にわかった。
身を捩り、必死に抵抗をするも、男の力にかなうはずも無い。先ほどよりも体を弄ってくる力が強まった。
男は無言だ。目だけは妙にぎらぎらとしており、それが更に自身の恐怖心を掻き立てる。
(一体……何)
呼吸は乱れ、心音は激しく波打っている。両腕を頭の上で固定され、引っかいて抵抗することも出来ない。足を振り上げ逃れようとするが、男が太腿に乗り上げ、最早床に縛り付けられたような状態だ。
「……っ!」
男の手が、舌が、体の上を這いまわり、獣のような熱い息が肌に吹きかかる。その度に叫びだしたいのを必死に堪えた。
取那はぼろ布のような着物を纏っていたが、それは既に男の手によって引き裂かれてしまった。男は動きやすいように洋服に身を包んでいたが、器用に片手で釦を外し、上半身を露にさせる。
目はあちらこちらに泳ぎ、何をされるのか分からない恐怖に、息は不規則に乱れていた。
何度も腕に力を込めるが、その度に押さえつけている男の力が増す。
突如、男の手が自身の太腿の奥へ移動し、思わず声を張り上げた。これ以上男の行為を許せば、何かを失ってしまう。何故かそう思った。
「い、嫌だ……! 嫌だ! 嫌だ!」
男の手が細い腕に食い込もうと、金切り声を上げ、なりふり構わず抵抗を見せる。だが、自身の反応とは裏腹に、男の開いた口からは鋭い歯が覗く。
「そうだ。いいぞ、楽しませてくれ」
どんなに苦しみの声を上げようと、絶望の表情を浮かべようと、男の手は止むことはない。今まで触れられたことの無い領域に、汚い男の手が侵入していると思うと、不快感だけでは言い表せない感情が、体の中を駆けずり回るのだった。自身に男を退ける力が無いのは痛いほど承知している。ならば、唯々この苦しい時間が早く過ぎ去ることだけを祈るだけだった。
だが、苦しみは、まだ終わらない。
男の手がぴたりと止む。男の下品な笑みが、自身の顔を舐め取るように見つめている。屹立した男性自身を目にするのは初めてのことだ。しかし、自身はそれを捉える余裕も無い。
次の瞬間、膝を無理やりに押し広げられ、男が、侵入してくる。頭を大きく捩り、声を限りに張り上げた。
痛い 痛い 痛い 痛い 痛い!
何度、同じ言葉を吐いただろう。成熟していない体で受け入れる事など出来はしなかった。
それでも男の行為は止まない。内側を抉られるような痛みと、胃液が込みあがるような不快感に身を裂かれ、取那の悲痛な声は、いつまでも響き渡り続けた。
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