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2011年10月に取り下げた章 改訂分です。
一旦削除して投稿なので記録上は1年ぶり(^^;
本編
第6章-1
 この場所に来てから、どれほど時間が経つだろう。
 俯いていたシェルリナは顔を上げて、正面に飾られている女神像に目を向けた。
 王城の一角にある礼拝室。
 ちょっとした行事の時に神官を呼んで使う、日常の祈りでは使われることのないこの場所を訪れる者はなく、シェルリナの少しの身動きでさえ響くようだ。
 夏まで――。
 帰宅してすぐに呼ばれて行った執務室。そこになぜかルネがいるという時点で予期するものはあったが、それでも明かされた衝撃は決して小さくはなくて、二日が経った今日も眠れないまま朝を迎えた。
 普段通りにと決めたはずなのに、何をしていてもつい、そのことが心の中を占めてしまう。ぼんやりしたつもりはないのにいつの間にか時間が経っていて、今日は同級生たちにも心配されてしまった。
 ずっと一緒にいたいと思う。
 もっと話したいと思う。
 けれど、辛そうな姿も知っている――だから。
 治療を続けた方が良いのか、続けない方が良いのか、考えては迷うのだ。いずれの道を選んでも、残されている時間がそれほど延びるわけではないと知らされたから。
 しばらく女神像を眺めていたシェルリナが立ち上がった時、背後の扉が開く音がした。
「あれ」
 意外な声にシェルリナは振り返った。
「あら……お疲れ様?」
「うん。祈っていた?」
「来たばかりだから、何も。お兄様は?」
 レイドは右手に持っていた本を掲げて見せた。
「たまにはちゃんとやろうかなって」
「時祷書?」
「平服だけどね」
 にこりとして奧の祭壇へ向かう。
 この国を発祥とするスール教には、日ごと時間ごとにふさわしい祈りというものがある。現在では日常的には使用されていないが、その全てをまとめたものが時祷書である。最も古いとされている一冊は総本山であるイスベールの大神殿が所有しているが、その大神殿が開いている神殿学校へ数年在籍したことがある者ならその写本を一冊持っている。難解な神殿公用語で書かれた時祷書の写本の製作は神官の修行の一つであり、また正式な典礼は時祷書を参照して行うからだ。大神殿を擁するイスベールは宗教都市として知られるが、高価で貴重な羊皮紙とそれを使った写本の主要な生産地であるのはこれが理由だ。
「朝から忙しそうだったのに、随分早いのね」
「うーん、そうかな。そうでもないよ」
 レイドは祭壇の側に置かれた木製の書見台に本を置くと、まもなく消えそうなほど短くなっていたろうそくを取り替えた。その所作はどこか繊細な空気を纏い、神殿学校で修士――神官見習いのこと――として過ごした時の長さが伺える。それをなんとなく眺めていたシェルリナだったが、踵を返そうとしてはたと気づいた。もともと部屋に戻るつもりで席を立ったが、来たばかりだと言っておきながらそのまま帰るのはどうだろう。少し考えて、祭壇を整える背中に問いかけた。
「私も一緒にいい?せっかくだから」
「いいよ」
 振り向いたレイドはいたずらっぽい笑みを浮かべて、書見台の本に手を伸ばした。
「それじゃ、今日は特別に長いのを……」
 シェルリナはぴたりと動きを止めた。
「……それは、どうもわざわざありがとう……?」
 一瞬の間の後一応礼の言葉を口にしたシェルリナは、笑顔でありながら微妙に渋い顔で座り直した。以前参加した典礼はとても長くて大変な思いをしたからだが、ふと徹夜礼という言葉が脳裏をかすめた。それは一日の終わりの鐘の音と共に始まり、一日の始まりの鐘の音と共に終わるもの。その後は通常通りに過ごすため休日かその前夜に行われることが多いが、そうでなければならないという決まりはない。
 つまり、今からでもできる。
 シェルリナは一応釘を刺してみた。
「あまり長いとちょっと……明日もお休みではないし」
「さあ、それはどうしようかな?」
 レイドはますます笑みを深めてページをめくった。
「徹夜にしてもいいよ、他にもいろいろあるけど」
「他のもので是非」
 間髪入れないシェルリナの言葉に、レイドは吹き出した。
「早いな答えが……冗談だよ。僕も明日居眠りしたら困るしね」
「あはは、しないしない……」
 少々体調が悪くても普段通りにしようとするのだ、涼しい顔で執務室にいるに違いない、とシェルリナは笑った。徹夜明けだからといって気を抜くレイドの姿など想像できない。
「いや、あれは大変なんだよ、神殿学校で一度あったけど。ああ、これにしようかな」
「祈りの文は何を?」
 典礼で神官に続いて唱和する文も神殿公用語である。大抵の典礼はシェルリナが知っている数パターンで済むが、今回はその範囲に収まるのだろうか。
「女神の祝詞(しゅくし)だから、憐れみたまえ、でいいよ。いつもの」


祝詞=のりと だと神社になっちゃいます。しゅくし で正解です。
日本ではないので「やまとことば」ではない、ということで。

典礼=神官と共に行う、時祷書に沿った祈りの公的な儀式のこと。
しかし時祷書自体一般の人は持っていないので、時祷書を使う=典礼でもある。そのため「典礼で神官に続いて唱和する」という表現になっています。
しかし同じ祈りをするけれど、神官ではない者による私的な祈りであるから本当は典礼ではない。レイドのいう「ちゃんと」というのは、時祷書に沿ったという意味です。

日常では聖典か時祷書から大神殿が選んだ数種類から、祈りたいことにあわせてお好みで選んでいます。各国語版でも神殿公用語版でも構わない。
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