俺ニートだけど売れっ子作家になれそうな気がする
「更新……と」
俺は連載小説の5話目を投稿した。
これで総文字数2万文字。ある程度の反応があってもいい頃だと思う。
「これで反応無かったら、やめよう……」
思わず独り言を口走ってしまう。
我慢できず、アクセス解析を開いた。
小計1アクセス
パソコン1アクセス
携帯0アクセス
スマートフォン0アクセス
「ま、まぁ、更新したばっかだしな……」
ノートパソコンを閉じてベッドに寝転がる。
1ヶ月ほど前から、ネットに小説をアップしている。
ニート歴3ヶ月の俺には、本来色々とやることがあるはずなのだが、今のところ、ネトゲと小説以外、やる気はなかった。
「俺のこの極端なネトゲ廃人かつ、現実への葛藤ぶりを小説にしたらうけるんじゃね?」
そう勝手に思い込み、書き続けた2万字。
最初の頃は「これで書籍化したら家族にも大きい顔ができる」などと、とらぬ狸のなんとやら。無意味にネット銀行の口座を開設したりもしてた。
でもやはり、そう簡単に人気作品になれるような甘い世界ではなかったようだ。
全く増えないブックマークと評価ポイントに、日がたつに連れイライラして物にまであたるようになる。
一応ハロワには週一で通い、就職する意気込みは見せてあるため、食事も家族ととっているが、会話は殆どなかった。
「なんだよ! 異世界チーレムにしただろう?! 何が気に喰わないんだよ!」
夜中に大き目な声で文句を言い、通販会社の空きダンボールを壁に投げつける。
ほぼ同時にスマホのSNS通知がマヌケな音をたてた。
そこに表示されていたのは、隣の部屋に居る妹からのメッセージ。
『何か大きな音がしたけど大丈夫?』
『なんでもない』
それだけ返すと、またノートパソコンを開き、アクセス解析をチェックする。
小計が2アクセスに増えていたが、どうせクローラだろう。お前だけだよ俺の小説を読んでくれるのは。
その後はネトゲに没頭し、明け方に寝る。母親が作っていてくれた朝飯を昼過ぎに食い、一応形だけハロワへ。
端末で条件を絞り込み、窓口のオッサンにああでもないこうでもないと文句を言って帰宅する。
コンビニでスナック類を買い込んで部屋に着くと、まずノートパソコンを開いてアクセス解析を……と、小説情報のページを開いた俺は、見慣れない数字と文字にコンビニの袋を取り落とした。
『新しい感想があります』
『新しいレビューがあります』
『総合評価 12pt』
『文章評価 平均:5pt 合計:5pt』
『ストーリー評価 平均:5pt 合計:5pt』
『ブックマーク登録:1件』
逸る気持ちを押さえつけ、まずは感想をクリック。
そこには、俺の書くキャラクターの誰が好きか、主人公のあの行動が素敵だったなど、20行ほどの好意的な感想が書かれていた。
最後の行に書かれた『応援してます。続き楽しみです。』の文字に、不覚にも涙が溢れる。
レビューの方にも同じように、一生懸命な俺の小説を推薦する文章が書かれていた。
アクセス解析を見ると、ページビューは82。
こんなに人に読まれたのは初めてだ。
笑い声が漏れるのを止められないまま、俺は一生懸命感想への返事を書き、昨日投稿したばかりなのに、一気に次の話を書き上げ、投稿した。
誰かにこの興奮を伝えたい俺は、普段だったら恥ずかしくて絶対に言わないであろう家族に、食事中にそのことを話すと言う暴挙に出た。
「えー? お兄ちゃんすごいね!」
「……まぁ何にせよ他人から評価されるのは良いことだな」
「お前は子供の頃から本読むの好きだったものね」
久々に家族の会話を楽しんだ俺は、食事もそこそこに次の話の執筆を始めるため、部屋に戻る。
ブックマークやポイントは増えていなかったが、ページビューは初めての3桁台に乗っていた。
次の日、ページビューは20くらいまで落ちていた。
それでも今までのように自動巡回しかされていないのとは違う。
興奮のままに書き続けていた次の話に行き詰まった俺は、本屋で立ち読みでもしようと出かけた。
気分はもう小説家だった。
その日の夕食を済ませると、俺は頭を抱えながら小説を書く作業に戻る。
ブックマークも評価も増えていない。
俺は今までにない焦りを感じていた。
なんとか次の話をひねり出し、連日の投稿を済ませる。
直後、何度もリロードした画面に表示される『新しい感想があります』の文字。
雄叫びのような声を上げ、感想をクリックする。
今日は2件も感想が付いていた。
どちらも俺の小説を褒めちぎる内容で、『応援してます。頑張ってください。』と締めくくられている。
ポイントを見ると36ptになっていた。
風呂に呼ばれて廊下ですれ違った妹に、自慢気に「あと30ポイントも入れば日間総合ランキングに載っちゃうかもな!」などと熱く語る。
妹は「ランキングに載るんだ! すごい! 頑張ってね!」と応援してくれた。
風呂から上がり、アクセス解析ではなく、まず小説情報を見る。
ページビュー数ではなくポイントやブックマーク数が気になるとは、俺も成長したものだ。
「ふぁっ!?」
我ながらなぜそんな言葉を発したのか全くわからない。
しかし、ノートパソコンの画面を見た俺には、そんな言葉しか出せなかった。
『総合評価 108pt』
『文章評価 平均:5pt 合計:45pt』
『ストーリー評価 平均:5pt 合計:45pt』
『ブックマーク登録:9件』
これは日間に載る!
間違いない!
喜びを噛み締め、日間の更新を待つ。
日間に載ったらお礼を書こうと、活動報告の文章も書き、タイトル部分はまだ『お礼:日間総合ランキング○○位』と伏せ字のようになっているが、テキストで保存した。
深夜、更新された日間総合ランキングには、165位の所に俺の作品とペンネームが表示されている。
スクリーンショットも保存し、割烹も更新する。
すぐにでも家族に報告したかったが、親はもう寝ているだろうから自重した。
次の日、朝5時ころから居間で家族が起きてくるのを待つ。
会社をクビになってから3ヶ月、初めて家族と朝食を共にした。
自慢気に165位になったと言うのを報告すると、家族はそれなりに喜んでくれた。
「お前は昔から、やれば何でも出来る子供だったからな。焦る必要はないから、その調子でもう一度就活も頑張れよ」
おやじの言葉に、俺は本気でやる気を出した。
今日は行く予定ではなかったが、ハロワに出向いて職を探す。
まだ20代前半の俺は、わがままを言わなければそれなりに職はある。
小説のエンディングは、現実世界に帰還して、就職が決まったと言うハッピーエンドにしよう。
俺は面接の予定も取り付けて、意気揚々と帰宅した。
ノートパソコンを開いて、小説情報ページを見る。
『エラーが発生しました』
『このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。』
「は?」
一瞬にして血の気が引き、その後、汗が吹き出す。
なんだ?
メンテナンスかなんかか?
メーラーに『新着1』の表示が出ている。
嫌な予感を感じながら、俺はメールを開いた。
『ユーザID:9999999 ハロワマン様
いつも小説家になろうをご利用いただき有難うございます。
小説家になろう運営です。
本日、ハロワマン様のアカウントにおいて、同一IPアドレスから複数のアカウントでの連続評価ポイント付与が行われていることを確認致しました。
小説家になろうでは、複数のアカウントを取得する行為は禁止させて頂いております。
つきましては、当該アカウントの削除を行いましたことをお知らせします。
今後、小説家になろうへのユーザ登録はご遠慮ください。
再度の登録が発覚いたしました時点で、即時アカウント削除を行います。ご了承ください。』
俺は何度もメールを読む。
複アカ?
アカウント削除?
何を言っているのかわからない。
部屋の中が薄暗くなるまでノートパソコンの画面をただ見つめていた俺は、控えめなノックの音で現実に引き戻される。
「お兄ちゃん、お父さんが話しがあるって……」
「……おう」
正直それどころではないと言う気持ちはあったが、居間に降りる。
そこでは、おやじとおふくろ、そして妹が床に正座していた。
「すまん」
「ごめんなさい」
「お兄ちゃんごめん」
おやじが頭を下げたのをきっかけに、全員が俺に頭を下げる。
俺は何がなんだか分からず、立ち尽くした。
「……お兄ちゃんの小説にポイントつけてたの私なの」
「は?」
「私もだ。お前の小説に家族全員で何度もポイントを付けた。フリーのアドレスで何度も登録してな」
「は?」
「お母さんもなの、悪いことだとは知らなかったのよ」
「は?」
「ごめんなさい。お父さんにもお母さんにも私が頼んだの。だってお兄ちゃんすごく嬉しそうだったから」
同じIPアドレスからの複数アカウントによる連続ポイント付与。
なるほど、こういう事か。
「お前がやる気を出してくれるならと思って、感想も書いた。あれはウソじゃないぞ、本当によく書けてると思ったんだ――」
「わかった」
俺はおやじの言葉を遮る。
嬉しくて何度も読んだ、あの感想の文面が頭に蘇る。
『応援しています』『頑張ってください』『楽しみにしています』
「もういい、土下座なんかするなよ。家族だろ」
パソコンどころかHDレコーダーすら触れないおふくろが、妹やおやじに教えられながら、あの感想を書いている姿を想像すると、笑いと涙が顔に浮かんだ。
「ったく、やりすぎなんだよ」
立ち上がった両親と妹に笑顔を向ける。
こんな小さなことにまで気を使わせた挙句、親に土下座までさせてしまった自分を俺は恥じた。
「……でもやる気出た。明日面接あるから、今日は早く寝るわ。先にシャワー浴びるから」
そう言って俺は風呂へ向かう。
シャワーを頭からかぶりながら、俺は何もかもを洗い流した。
部屋に戻るとノートパソコンを開き、今までの小説のバックアップを確認する。
この小説のエンディングは、やっぱり現実世界に帰還して、就職が決まったと言うハッピーエンドにしよう。
書き上がったら、なろうの運営に経緯を説明して、もう一度登録させてもらおう。
そのためには、まずリアルで就職を決めないとな、と壁のスーツに目をやる。
おふくろがクリーニングに出してくれたスーツは、ビニールが掛かったままだった。
俺はフォルダに全部のテキストを保存して、そっとパソコンを閉じた。