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第一章 異世界の少女
第八話:面倒な誤解
「こういう時ってさ。『これなんてエロゲ?』って言った方がいいのかな」

 瑞希が目を覚ました時、ふとそんな言葉が彼の耳に届いてきた。
 一体何なんだ、と思いつつそちらを見てみるとこちらに背を向けてベッドの端に座っているメルヴィアが見えた。こうして見ると恥らう乙女そのものなのだが、言っている事がそれとは全く違うため改めて彼女の中身が違うのだという事を認識できる。

「幼女がそんな言葉を使うんじゃありません」
「なんか違う気がする。なんか違う気がするけど、まぁいっか」

 そう言ってこちらを振り返ったメルヴィアの顔はほんのりと赤く染まっていた。どうやら、それなりに恥ずかしく思っているらしく先ほどの突拍子もない言葉はそれを紛らわすために言ったのだろう。

「おはよう、ミズキ」
「……おはよう」

 のっそりと起き上がった瑞希は挨拶を返しつつ彼女の頭を撫でた。昨日の夜の一件で、瑞希はこの少女がものすごーく娘や妹のように思えてきたのだ。所謂、お兄ちゃんまたはお父さん気分なのである。
 突然頭を撫でられ始めたメルヴィアは不思議そうに首を傾げながら瑞希を見上げていたが、ふと何かに思い当たるとおかしそうに笑って瑞希の手を掴んだ。そしてそれを自分の胸の前に持ってくると瑞希の目をじっと見た。

「昨夜、ミズキは私を守ると言いました」
「ん? あ、ああ、うん、そうだな」

 今更ながらものすごく恥ずかしい事を言っていた事に気が付いた瑞希は、笑いながらこちらを見るメルヴィアから気まずそうに目を逸らす。それを見た彼女はからからと笑って言葉の続きを言う。

「例え火の中、水の中。果ては降りしきる矢の中でさえも、ミズキは私の立派な盾、すなわち騎士となることを誓いました」
「大げさだな、おい」
「ふふっ……。仮にも王女の騎士たる者はそれ相応の実力を身に付けていなければなりません。さて、ここで問題です。次のうち四つの中から適するものを答えよ。A.ぶっちゃけ最強 B.そこそこ強い C.まぁ普通? D.完全捨て駒 さあどれだ!」

 おかしそうに笑いながら言うメルヴィアの言葉に、瑞希はハッとしたようにメルヴィアに顔を向けた。ようやく彼女の笑みの意味が分かったと同時に、自分が非力な人間である事に気が付いたのだ。

「……俺、守るとかなんとかぬかしたくせに守れそうにねぇじゃん。これじゃDだぞ、D。いや、下手したらDすら無理ですよ?」
「ぷっ、あはははっ。うんうん、ああいう言葉は嬉しかったんだけど、よくよく考えてみたらミズキってどっちかというと守られる側なんだよね。ふふ、私みたいな子供に守られるのって男としてどう思う? ねえねえ?」

 いたずらっぽく笑いながら頬を突っついてくるメルヴィア。反論してやりたいが、彼女の言う通りである為にどうする事もできない。
 それを見て気分を良くしたメルヴィアはおもむろに瑞希の頭に手を置くと、優しくゆっくりと撫で始めた。いくら座っていると言っても身長に差があるメルヴィアはやや膝立ちにならなければ瑞希の頭を撫でる事ができない。それはそれで早く大人になろうと背伸びをしている少女に見えて和むのだが、それが返ってバカにされているような気がして和む気になれない。

「なんか調子乗ってないか?」
「そんな事ないですよ〜。大丈夫、私がちゃんと守ってあげますからね」

 囁くように言うメルヴィアの言葉が妙にくすぐったく、それでいて腹立たしくて。

「ミズキってなんか可愛い〜」

 ジト目を向けて見下ろして見るも、今のメルヴィアには返って逆効果なようだった。
 瑞希は思う。こんな幼女に弄ばれていいのかと。とある属性の男どもでは一種のステータスと言って歓喜するかもしれないが、彼は違う。そう、違うのだ。ご奉仕なら大歓迎だが、弄られるのはお断りなのだ。
 やられたらやり返せ。そういう言葉があるのだから、いくら相手が幼女だからと反撃してはいけないなどという決まりなどないはずだ。しかし、叩いたりしたら自分の良心が痛むし暴力になる。かといって、言葉で攻めるというのも今の彼女にはあまり効果がないし、そもそも自分にそんな話術などない。
 ならどうすればいいか?
 簡単だ。自分が納得する力業で反撃すればいい。相手は子供。自分は高校生。腕力ならもちろん自分の方が上だし、展開によっては相手を籠絡させる事ができる。何かを忘れている気がしないでもないが、どうでもいい。道徳的に逸れている気もするが関係ない。
 そう、心の中で一大決心した彼はふと不気味な笑みを浮かべた。それを見たメルヴィアが笑顔のまま首を傾げるが、次の瞬間には驚愕の色に染まっていた。

「メルヴィアぁ? 高校生をからかうのはよくないなぁ」

 彼女の視界には、不気味な笑みを浮かべた彼の顔とその奥に見慣れない天井が見える。そして先ほど座っていた時にはなかった背中に感じる柔らかい感触。いきなりの視界反転に思考が凍りつくが、その凍りついた状態でも彼女は今の状況を理解する事ができた。
 メルヴィアはベッドに押し倒されていた。抵抗する事も考えて押し倒したのか、頭の上で腕が交差させられた状態で押さえつけられている。しかも腕一本で。
 もしメルヴィアが十分成熟していたのならまだどうにかする事ができたかもしれない。しかし、まだ子供である彼女が高校生の男子の腕力に敵うはずがない。
 メルヴィアは空いている片方の手をイヤらしく動かしている瑞希に恐る恐る声をかける。

「あのー……ミズキ……?」
「なんだ?」
「えーと、これはどういう事なのかなぁ?」
「見ての通り、お仕置きしようかと。悪い悪いメルヴィアちゃんにはちゃんとしつけをしてやらないとですね、ええ」

 据わった目をしている瑞希の言葉に、驚愕の中に辛うじて笑みを保っていたメルヴィアの表情が一気に崩れる。割りと必死な様子でもがいてみるが、やはりびくともしない。

「う、嘘だよね? 何もしないよね?」
「それだとしつけにならないなぁ」
「ぶ、無礼者! この手を放しなさい!」
「こんな時に王女になってもダメだぜ」
「ミズキ犯罪者っぽいよ? そのセリフからして、今の状況からして」
「いや、最終的に同意の上って事になるから問題ない」
「え゛っ……う、うう、わ、私、男だよ? 男に手を出すのかなぁミズキは?」
「今のメルの性別なーんだ。ちなみに、川で助けた時に不可抗力で確認してるから嘘言っても通じない」

 そう言ってイヤらしく動かしていた手をゆっくりとメルヴィアの身体に近づけ始めた。
 メルヴィアは顔を真っ赤にさせてうんうんともがき始めた。だが、やはりどう足掻いてもたった一本の腕を僅かに動かす事すらできない。

「卑怯! ミズキ卑怯だよ! 私ばっかり弄って、たまには私が弄ってもいいでしょ!?」
「ダメ。俺Sだし。……さぁて、どう鳴かせてやりますかね」

 その言葉に悪寒が走ったのか、小さく
「ひうっ」と悲鳴を上げてメルヴィアは身体を硬直させた。ゆっくりと身体に近づいてくる瑞希の手が、メルヴィアには断頭台への道に見えた。
 きっと、その道を歩む者はその途中で思い出を振り返るのだろう。走馬灯のように、自分の過去をその間に全て見返すのだ。その過去の中の知識が『天井の染みを数えている間に終わる』と告げている。何とも嫌な知識だ。

「あっ……」

 嫌な過去、というワードに彼女の脳が覚醒する。
 導き出されるのは一つの突破口。それは、彼女がこちらに生まれてまだ幼い頃の記憶に繋がっている。
 自分の死に嘆きつつ自分の容姿に惚れ、自惚れていた当時。姿見の前で、可愛いポーズで可愛く言うというのを練習していたあの頃。そこで培った技術は親に、主に父親に向けて披露しその愛くるしさで翻弄させてきた。姉や母の前では同姓にも有効な甘え方をしてきた。多少恥ずかしくも思っていたが、その恥じらいがいい具合にプラスされていたらしく、いつの間にか姉の一人にはその姉の将来を心配してしまうほど溺愛されてきた。それこそ、一時期その姉を恐怖の対象として見ることしかできなくなるほどにだ。
 しかし、それは彼女がその振る舞い方に疑問を抱き始めるまで止まることはなかった。
 6歳、もしくは7歳になった頃。今まで半々だった彼女の中の『彼女』が急激に膨れ上がってきたせいか、なぜ自分はあんなバカな事をやっていたのかと自問し始めた。その自問に対する答えは常に『可愛かったから?』という疑問系の返答であり、別にあからさまな行動を取らなくてもよかったのではないかと疑問を抱き始めることとなる。いつしか、その疑問は自分の行動に対する羞恥に変わり始める事となり、気が付くと彼女は誰もいないところで異様なテンションで駆け回ったりベッドでもがきまくったりしていた。それは例えるなら、30過ぎの女性がネットゲームで18歳の女子高生を演じる時の恥ずかしさに等しい。あまりの恥ずかしさに、その時はどうでもいいと錯覚してしまうのだが、後々で死にたくなるほどの羞恥の念に襲われるのだ。

 そして、ミズキの右手が軽く脇腹に触れたところで、あまりの恥ずかしさに意識的に記憶の山に埋もれさせ、忘却へと追いやった彼女の黒歴史が、今、ここでその姿を表す。

「……い、いよ」

 ぴくり、と瑞希の右手がメルヴィアの脇腹で固まった。メルヴィアはそれを見たあと、脳内にあるイメージと今までの経験の応用をフルに駆使し、しっかりとしかし控え目に瑞希の瞳を見つめ、言う。

「少し荒っぽくても……私、がんばるよ」

 はにかみながら健気さをアピール。
 それはもう、全てが完璧に整っていた。
 相手の目を真っ直ぐに捉え、不安ながらも信じている事を目で語り、わざわざそれを口に出す事でその不安を取り除こうとし、そして『あなたの為に』という気持ちを言葉で相手にぶつける。しかし、心のどこかで優しくして欲しいというのを訴える。上目遣いではなく、真っ直ぐに相手を見つめるのが今回のポイントだ。

「なっ………」

 突然のメルヴィアの態度の変化に、瑞希は全身を硬直させた。そして、一瞬のうちに彼女の言葉を理解した瞬間、彼の顔が赤く染まり上がった。
 恥ずかしい演技をしている彼女も今は真っ赤であるだろうが、それはプラスとして加算されているだろう。現に、瑞希は真っ直ぐに見つめてくる彼女から目を逸らしてはさ迷わせ、そしてすぐに見つめてくるというのを繰り返している。
 それを見たメルヴィアが、己の死を覚悟しつつ瞳を潤わせながら、

「みずきぃ………」

 と甘く切なく、求めるような声で彼の名を呼んだ。
 当然、とてつもない威力をもったその決定打は瑞希の脳を激しく揺さぶる事になり、メルヴィアの腕を拘束している腕の力を抜いていった。しかし、ギリギリ解けないといったところで彼の左腕は固定された。
 このときの彼女は自分の演技に対する恥ずかしさで気が付いていなかったのだが、この対応は返ってよくない方向に進めていたりする。最初のなら、まぁ相手の良心に訴えることができて最悪な事態を回避できるのだが、最後の『鳴きかた』は相手の理性を振り切らせることになったりするのだ。
 辛うじて抜け出せない拘束具を恨めしそうに見やったメルヴィアは、次いで瑞希の顔を見やり怪訝な表情となる。

「ミズキ……?」

 彼の顔はこちらに向いてなどいなかった。全く見当違いの方、ベッドの外に向いている彼の顔は、なぜか青ざめているように見えた。
 不思議に思いながらその目線をゆっくり辿っていくと、この部屋の入り口であるドアに行き着いた。そして、そのドアが全開になっている事とそのドアの前に誰かがいる事に気がついたメルヴィアは彼の青ざめた表情の意味を理解し、顔を真っ赤に染める。
 ここはその人物に助けを請うのが常であっただろう。しかし『他人に恥ずかしい演技を見られた』メルヴィアは瞬時に脳みそを沸騰させることとなり、正常な思考を失ってしまう。

「み、見られた……」

 メルヴィアのボソッと呟いたその言葉に反応したその人物は、びくうっ! と肩を跳ねさせ強張った表情を浮かべると、かなりの勢いをつけて頭を下げる。そして、

「お邪魔しました!!」

 と言うとバタン! とドアを全力で閉め慌しく部屋を離れていった。
 瑞希が青ざめた表情のままその人物に静止の言葉を投げかけたが、脳内がマグマとなっている彼女がそれに気が付くことはなかった。











「ミズキー」
「んあ………?」
「お空、綺麗だねー」
「……そうだなー」

 昼前。一応、目撃者であるバジルの誤解を解く事ができた瑞希は、何とも言えない表情で広場にある噴水の縁に腰かけていた。瑞希は同じく隣に腰かけているメルヴィアの言葉に気の抜けた返事を返すと、ぼんやりと空を見上げる。そこに広がる空は鬱陶しいぐらいに青く澄んでいた。
 何気なく広場にエルフ達が集まってきているが、精神的に疲れている彼がそれに気を回すほど余裕はなかった。

「ミズキ、ミズキ」

 くいっくいっ、と服の袖を引っ張られた瑞希がそちらに目を向けると、メルヴィアが瞳を潤わせ可愛いポーズを取っていた。

「抱っこして欲しいな……」

 朝までの彼だったら、これに引っ掛かっていたかもしれない。しかし、今の瑞希は魂がすっぽ抜けたような状態である為に過剰反応を起こしたりしない。
 周りから視線を感じながらも、瑞希はメルヴィアのそんな姿を一瞥してため息混じりに言う。

「……何だかんだで楽しんでるな、お前」
「もうね、開き直っちゃった。そのうち、あまりの恥ずかしさで暴れるかもしれないけど」

 そう言って笑顔を浮かべる彼女は、さも人生エンジョイしていますという感じだった。
 監禁状態だった生活から抜け出したという事も含まれているのだろう。なんとなく、瑞希はやるせない気持ちになる。

「……キス、する?」

 メルヴィアの爆弾発言(ポーズ付き)に、辺りに集まっていたエルフたちの視線が若干変化しだした。
 もちろん本気ではないというのはわかっているが、冗談をやるならせめて場所を考えて欲しかった。わざわざこんなところでそんな事を言う辺り、瑞希の反応を見て楽しんでいるだろう。ただでさえ疲れている彼にとって、これは追い討ち以上のなんでもなかった。

「勘弁してくれよ……」

 そう言って肩を脱力させる瑞希を見て気分をよくしたメルヴィアは、すっと立ち上がって瑞希の頭を撫で始めた。
 愉悦に浸っている彼女に一言二言言ってやりたいが、そんな気力も残っていない瑞希は大人しく彼女に頭を撫でられる事にした。そうしていればその内飽きるだろう、と思っての行動なのだが残念な事にそれでメルヴィアの何かが鎌首をもたげたようで、彼女は瑞希の膝を割って入ると頭を抱えて頬を擦り付け始めた。

「はぁ……大きな動物さんを抱き締めてるみたいで落ち着くわぁ」

 瑞希の頭に顔を埋めてため息を吐くメルヴィア。
 とくとくと聞こえてくる鼓動に、何もつけていないはずなのにうっすらと漂う甘い匂い。そして、程よい柔らかな感触を顔面で感じ取りながらも、瑞希は敢えて大人しくメルヴィアに抱き締められた。
 こちらに来てから風呂らしい風呂に入れずそれなりに臭うはずなので押し退けようかと思っていたのがメルヴィアはそれを全く気にする素振りを見せないので黙っている事にしたのだ。それに、美少女にこうして抱きつかれるのは非常に気持ちがいいので気にしなかった。疲労の原因に癒されるというのはなんとも皮肉な話であるが。
 しかし、動物さんとは……と瑞希は彼女の言葉に苦笑を漏らす。言葉遣いやら喋り方は見た目相応というより同い年というイメージがあるのだが、このような言葉が出てくると見た目相応の少女となってくる。彼女の中身は容姿にそぐわないもののはずなのだが、こうもぴったりと一致してしまっていると彼女の『前世は男だった』という言葉が本当なのかどうか疑わしくなる。この疑問は彼の中でもう何度も浮かび上がっていた。

「……そういや、お前って王女だったんだよな」

 ふと頭に浮かんだそれが少しだけ気になり、瑞希はメルヴィアに抱かれたままそう尋ねた。どこか夢心地だったメルヴィアはそれで我に返ったようで、少しだけ腕の力を緩める。

「そうだよ。あんまり王女って感じじゃないでしょ?」

 なんとなく胸でも張りそうな口調でそういう彼女に、瑞希は少しだけ考え込む。
 確かに、普段のメルヴィアを見ると王女には見えないかもしれない。だが、どことなく高貴な者特有の雰囲気を纏っているようで、一人でぼんやりとしているところなどを見るととてもではないが普通の少女には見えない。川で歌っていた時がそうで、あの時の彼女は今の『普通の少女』とは全くの別人であった。

「そうでもないかもしれない」
「あれ、私ってそんなにわかりやすい?」
「いや、違う。そうじゃなくて、確かに王女って感じじゃないんだけど、普通の少女っていう感じでもないんだよ。なんとなくだけど」
「んぅ……あ、もしかして、生まれながらの雰囲気って言うの? 仮にも私、王家の人間だし」
「人間っつうかエルフだろ。別にどうでもいいけど」
「あはは、そうだねー」

 間延びしたような彼女の言葉の後、ふと会話が止まった。
 特に話そうかと思って言った話題ではないため、当たり前と言えば当たり前であるのだが彼女に抱きつかれたまま沈黙するというのは些か気まずいものがあった。それに、今更ではあるが周りの視線というのも気になるものだ。
 チラリ、と辺りを覗き込んで見るといつの間にか大人数へと増えたエルフ達がこちらをじっと見ていた。
 微笑みながら見つめるご老人。談笑しながらこちらを時折見やる夫婦。羨ましそうな目でこちらを見る若者。興味深かそうに見つめる子供たち。皆それぞれにこちらを見ているが、その全員の目は基本的に穏やかで優しい目だった。
 少し恥ずかしくなる瑞希だが、それと同時に疑問も抱いた。
 なぜ、これだけ大勢のエルフ達が集まってまるでカップルを祝福するかのような目で見ているのかと。どう考えてもよろしくない関係に見えるはずなのに、そのような目で見るのかと。

「………なぁ、メル」
「なあに?」

 どこかぽやっとした口調で返事を返してくるメルヴィア。どうやら周りの視線に気がついていないらしく、瑞希の『動物さん』とやらを全身で堪能しているらしかった。

「いや……」

 その先が言えず思わず唸ってしまう瑞希。
 何とかして周りに気づかせてやりたいが、春真っ只中の彼女の邪魔をするというのは些か抵抗がある。なぜ動物さんなのかというのも疑問に思うが、自分がメルヴィアを妹のように感じて和むのと同じ感覚なのだろう、と彼は結論づけた。
 それにしても、こうも大勢集まっているエルフ達に気づかない程彼女は自分の頭に夢中なのだろうか?
 力を緩めたとしても抱き締めたまま一向に離す気配がないし、自分の頬を擦り付けたり耳やら頬をペタペタと触ったりして満足げなため息を吐いている。美少女であるためにこうされると嬉しく思えるのだが、男である自分にあまりにも警戒心が無さすぎて心配になってくる。
 とにかく、もう手遅れかもしれないがなぜか集まっているエルフたちに誤解を招かれないように、と瑞希はメルヴィアの拘束から脱け出そうとする。

「話は聞かせてもらったぞい。君たちの婚礼は、わしらで執り行ってあげよう」

 集まってきたエルフ達の代表のつもりなのか、村長が心からの微笑みを浮かべて瑞希たちのもとへとやってきた。その隣には何やら申し訳なさそうな表情をしたバジルがいる。
 あまりにも突拍子なその言葉に脱け出そうとしていた瑞希は思考も身体も硬直させた。そして、瑞希の変化には逸早く気が付いたメルヴィアが怪訝な顔を浮かべようとしたところで周りに集まったエルフたちに気が付いて驚きのあまり軽く悲鳴をあげてしまう。

「な、なにこれ! ミ、ミズキ! なにこれ!」

 瑞希の頭にしがみついて幼い少女特有の高い声で喚くメルヴィアに顔をしかめつつ、瑞希はさりげなく彼女の拘束から脱出すると村長の隣にいるバジルに聞いた。

「これって、お前の仕業?」
「………ごめん。気が付いたらもう……」

 素直に謝罪するバジルに瑞希はため息を吐いた。
 一体何がどうなってこの事態になったのかはわからないが、恐らく故意でこの騒ぎを起こしたことではないのは確かだ。となると、犯人は隣にいる村長であるのだが、瑞希が説得しにいく前にうっかりあの事を村長に相談してしまったのだろう。
 それを聞いた村長が閃いたとばかりに意気込んで、瑞希たちのことを『遠いところから駆け落ちしてきた二人』と思い込んで支援と名ばかりのお祭りを上げてしまおうと村中を走り回ったのだろう。
 朝、一緒に朝食を食べるはずだったらしい村長がいなかったのはこれの伏線か、と瑞希はげんなりとした様子で納得すると早く誤解を解こうと村長に目を向ける。
 しかし、その視線を何かと勘違いしたの、村長は何やら神妙な顔で腕を組むと真剣な感じで話始める。 

「口に出さんでもわかっておる。君らはどこか遠い国から駆け落ちしてきたのじゃろう? エルフと人間が縁を結ぶのを許さない国もあるからの。しかも、そこのお嬢ちゃんは見た目が子供じゃ。人間は歳やら見た目やらどうでもいいことを気にしたがるからの。大方、周りの者たちに反対されてそれが耐えられなくてエルフと人間が縁を結べる国までやってきたのじゃろ? ここは一番端にあるが、それを許される国であるから、もう逃げ続ける必要なんてないのじゃよ。早く安定した生活を営みたいじゃろう。愛する者と婚礼も挙げたいじゃろう。だが、今の君たちにはそれをできるだけの手持ちがない。そこでじゃ! そんな君たちの為に、わしらが、この村の者たち全員が君たちを全力で支援してやろう! 安心して暮らせる家も与えよう。もちろん、さっき言った通り婚礼はわしらが派手に盛り上げてやろう。お金のことなんざ気にせんでいい。見返りなんて誰も求めやせん。色々と気になるのじゃったら、わしらにとっておきの笑顔を見せてくれればいい。それだけでいいんじゃ。そうじゃろ、村の者たちよ!」

 村長の高らかな発言に、周りにいたエルフたちが一声に歓声を上げた。こちらが喋る暇も与えてくれず、どんどんどんどん話を進めてしまった村長に敬服すらしてしまった瑞希は、ただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。

「そんな……とんでもありません。私たちのような余所者にそんな……」

 しかも、隣で今まできょとんと突っ立っていたメルヴィアもその気になっており、頬を上気させうっすら涙を浮かべ、村長のご厚意に感動しながらも恐れ多くて素直にその厚意を受け取れない、というのを上手く演じている。

「いいんじゃ。いいんじゃよ。わしらは余所者だからと突っぱねたりするようなことはせん。寧ろ、大歓迎じゃ。君らのような者であるなら、この村は尚更君たちを受け入れる。じゃから、遠慮などせんでいい。君らは、このコルテス村の民じゃ」

 力強く言い放ったその言葉に、再び広場に大きな歓声があがった。ところどころで歓迎の言葉が聞こえてくる。
 さすがのこれには、メルヴィアも演技どころではなく本気で感動したのか、たちまち瞳から涙を一筋零すと花のような笑顔を浮かべた。そして、一礼して感謝の言葉を言うと途端に瑞希に振り返って飛びついてきた。
 噴水に落ちそうになるのを寸でのところで耐え、すっぽりと胸に収まったメルヴィアを抱きとめ周りにバレナイ程度に顔をしかめる。

「どうしてそんなにノリノリなんだよ」
「ここで変に突っぱねたりすると余計に面倒になるよ? イヤかもしれないけど、ここはちょっと我慢して、村の人たちの話に合わせて。今だけでいいから、お願い」

 懇願するような目で見上げるメルヴィアに瑞希はうっと喉を詰まらせた。
 別にここまでくるともう反論する気などないのだが、そんな目で見つめられるとイヤでも首を縦に振るしかできない。
 瑞希は軽くため息を吐くと、肯定の頷きをしてみせる。それを見て本当に安心したように肩の力を抜いたメルヴィアは、瑞希にもたれかかるとしっかりと身体を抱きしめてきた。

 若干だがその腕に震えが走っているように感じられるのは彼の気のせいだったのか。しかし、その違和感は、美少女と一つ屋根の下で暮らすことになるのか……という何とも言えない思考に追い払われるのだった。
 瑞希がどこかだらしない表情で頭を撫でてくるなか、メルヴィアは静かに涙を流していた。


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