ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第一章 異世界の少女
第二話:妖精さんの邂逅
 宮本 瑞希は頭を悩ませていた。
 不慣れな森を一日中歩き、その途中でちびちびと飲んでいた水を全て切らしてしまったのだ。
 こんな訳のわからない辺境でこれはかなりの痛手だ。

「つーか、どこだよここ……」

 何度目になるかわからないその呟き。声には疲れが滲み出ており、心身ともに限界を迎えかけているのは見て明らかだった。
 それも仕方のない事だろう。部活で使う為に購入した水筒を持ってホクホク顔で帰宅していた最中、彼は信号無視してきた乗用車に思いっきり跳ねられ意識を失った。次に目が覚めた時には病院のベッドの上でもコンクリートジャングルのど真ん中でもなく自然の森の中で寝転がっていたのだ。
 全くもって理解不能な状況に、新手の拉致かなどと思いながらこの森を出ようと歩き始めるが、日本のどこかではないのか一日中歩き続けても似たような風景が続くだけだった。途中で見つけた泉で水分補給と、目が覚めた時なぜか枕となっていた水筒に水を汲んでいたのだが、それも今となっては一滴も残っていない。
 このような漠然とした状況で平然といられる彼は、大物なのかただ鈍いだけなのか。

「ファンタジーな世界にでも飛び込んじまったか? もしファンタジーならどうかどうか女神さん、この不幸な少年を助けておくれー」

 それともこのような現実逃避をしているせいなのか。
 半分は歩き続けたせいでの疲労もあるのだろうが、この状況で発狂していないのは彼の強さでもあるだろう。
 そんな精神的な強さが幸運を招き寄せたのか、ふと気がつくと遠いところから水の流れる音が聞こえてきた。
 ハッとしたように顔を上げると大分遠いが、確かに彼の視線の先には川が流れていた。
 見るからに晴れやかな表情に変わった瑞希は多少のでこぼこなど関係なく一直線にその川へと向かって走った。
 川にたどり着くや否や、彼はすぐに水を手で掬って喉を潤していく。何度かそれを繰り返すと今度は顔を洗い、とっても爽やかな笑顔を披露した。

「ファンタジーサイコー! いや、まだそうと決まったわけじゃないけど。とりあえず、女神さんありがたや」

 形だけの祈りなんかやってみせ、肌身離さず持ち歩いていた水筒に水を満たしていく。途中、生水は腹にあたるというのが頭に浮かんだが、泉でも飲んでたし別に大丈夫だろうと結論付けて頭の隅へと追いやる。
 とにかく、川が見つかってよかったと瑞希は心の底からホッとした。川があるなら、それに沿っていけばいずれ街かどこかに出れるだろうと思ったのだ。当てもなくさ迷っていた彼にとって、これは大きな収穫だった。

「休憩がてらに昼寝でもしますかね」

 ごろん、と大の字に寝転がって清々しい青い空を仰ぎ見る。そして、そのまま目蓋を閉じようとして上着のポケットに何か入っている事に気がついた。
 不思議に思いポケットを漁ってみると指先に固いものが当たった。取り出してみると、なんとも頼もしい見慣れた四角いブツが目に入った。

「……圏外だし」

 しかし、ディスプレイに表示されていたその二文字を見てガックリと脱力した。
 何となく予想がついていた事だった為、さほど気を落とさなかった彼はそのまま携帯をポケットにねじ込もうとするが、そこで手に何か絡まっている事に気がついた。

「なんだこりゃ?」

 思わず起き上がって確認したそれは、白くて細い長い糸のようなものだった。
 動物の毛だろうかと考えたが、指先から肘までの長さの白い毛の動物など彼は知らない。冗談で人の髪の毛かと思ったが、この付近に人などいないしこんなに長い白髪なんてあり得ない。

「…………あん?」

 苦笑しながら川を眺めた彼に、不自然なものが映った。
 川の真ん中程にある岩。そこに白い何かが引っ掛かっていた。その白い何かは川の水の流れでゆらゆらと揺れており、手に絡み付いている白い糸はあれから流れてきたのだろうと瑞希はぼんやり思った。
 思ったところで彼の意識が覚醒した。

「な、人かあれ!?」

 よくみると、その白い何かは人の形をしていた。上半身を岩に乗り上げているが、いつ流されてもおかしくない体制だった。髪の毛長さからして女性で、色からして相当なお年寄りなのだろう。何かの誤りで川に落ちて溺れ、流されてきたのかもしれない。
 瑞希は手にもっていた携帯を放り投げ川に飛び込んだ。あまり深くはないが、中央付近は肋骨ほどまである。

「おい、大丈夫か! ばあさ――――」

 言いかけて彼の口がだらしなく開いたままとなった。
 うつ伏せになっていたその人を仰向けに抱き抱えてみると、幼い顔が彼の目に飛び込んだのだ。白髪=お年寄りと思っていた彼にとってこれはあまりに予想外で数秒間は完全に思考がストップしていた。

「――っ、おい! しっかりしろ!」

 肩を揺すり、頬を軽く叩きながら声をかける。あまりのその少女の身体の冷たさに縁起でもない事が頭に浮かび顔を歪める瑞希だったが、しばらくしてその少女が反応を見せると一気に表情が明るくなった。


「………ぅ…けほっ! けほっ」
「もう大丈夫だからな」

 うっすらと目を開け、首を動かした少女にそう言い聞かせ、瑞希は岸へと向かって歩く。少女の身体が冷たい水に浸かないようにと水面より高めに持ち上げる。
 反応を見せてまたすぐに気を失ったのか、少女の腕は力無く水面に向けてぶら下がっていた。

 岸に上がると、瑞希は少女を陽の当たる地面へと寝かせた。
そして、少女の服に手をかけて一気に脱がせた。おかしな事に灰色の大きなシャツしか身に付けていなかった少女だが、疑問は後回しにしてすぐさま自分の着ていたシャツで少女の身体を拭き、上着で身を包んだ。それだけだと心配なので、彼は少女を自分の膝の上に抱いてあまりの軽さに驚きながらも近くにあった手頃な岩を背もたれにする。

「………ふぅ」

 応急とは言え、一応一通りは済ます事ができた。
 ある程度の緊張感が一気に抜けた瑞希は余裕が生まれ、背後から抱きすくめている少女の顔を覗き込んでみた。
 まるで人形のようだ、と瑞希は思った。
 幼さが目立つ顔立ちだが危ういバランスで美しさが混ざっており、保護欲を掻き立てられる。寝顔からしてみてもかなりの美少女である事がわかった。色白な肌はきめこまかでとても綺麗で、白い髪と相まって全体的に少女が淡く発光しているように見える。

「……しかも、外国人の美少女ときたもんだ」

 日本に住んでいる瑞希にとって、外国人の美少女はかなり新鮮なものだ。白髪という変わった髪の色というのがそれに更なる拍車をかけている。
 じーっと間近で見つめていると、次第に鼓動が早くなってくるのを感じた。なんというか、ものすごく愛おしく感じる。
 ハッと我に返った瑞希は青い空を見て気持ちを落ち着かせる。

「……仕方ない事だ。うん、そうなんだ。だから、俺はロリコンじゃない」

 とびきりの美少女を間近で見つめていれば嫌でも胸が高鳴るのが男だ。俺のストライクゾーンはこんなに低くない。だから昼寝をしよう。
 そう自分に言い聞かせた瑞希は瞼を閉じる前に一目見ようと少女に視線を落とした。

「………ん?」

 その時になってようやく気がついた。
 長い白髪から飛び出た二つの尖った何か。それは丁度、耳の辺りに存在している。
 とっても気になった瑞希は起こさないようにそっと少女の髪を掻き分け、その尖った何かを見易いようにする。

「なん……だと……?」

 某アニメのセリフを口に出した彼の目の前にある尖った何かは、正真正銘の『耳』であった。
 え、エルフ!? 本当にファンタジー!? いや、突然変異みたいなもので実は普通の女の子でただ耳が尖っただけでこの白い髪も同じようなものであって。
 頭の中でマシンガン独り言を展開する瑞希。その調子でしばらく少女を抱きしめたまま悶えていると突然、少女がくぐもった声を上げて身動ぎした。
 それで冷静になった瑞希は一旦深呼吸をして空を見上げた。

「…………寝るか」

 一人身悶えていてもしょうがない。そう結論付けた瑞希は、早くこの一風変わった少女が目を覚ますのを願いながら瞼を閉じた。
 心身ともに疲弊していた為か、彼の意識はあっさりと深い眠りについた。









 メルヴィアは夢を見ていた。それも、『彼女』が『彼』であった前世に関する夢を。
 コンクリートジャングルの街の中を歩く彼女の姿は、前世の服装ではあったがなぜか今世のエルフの身体であった。
 そして、彼女の隣に並んで歩いている友人がいた。
 残念ながら何を喋っているのか聞き取れないが、白髪エルフであるというのにフレンドリーに話かけてくるその友人は色々とすごかった。普通疑問なりなんなり抱くだろ、と内心思いながら話に合わせるように適当に笑って見せる。
 と、そこでいきなり周りの風景ががらりと変わった。怪訝に思い辺りを見回すと、そこは隣に並んで歩いていた友人の部屋であった。
 嫌な予感がする。
 直感的にそう思ったメルヴィアは、ドアから脱け出そうと考えそのドアがない事に気がついた。

「密室っ!?」

 思わず叫んだ瞬間、いきなり目の前に現れた友人に肩を掴まれた。またもや場面が変わったのか、気がつくとベッドの上に押し倒されている状態だった。

「や、やめろ。早まるな、あたしは男だ。いや、今は違うけど男だっ!」

 徐々に近づいてくる友人の顔。なぜか身体が言うことを聞かないメルヴィアは、いやいやと首を左右に振りながら心からの制止を友人にぶつける。
 しかし、友人は止まってくれない。ばくばくと胸が高鳴る中、気合いでその友人を押し退けようと思ったところで彼女の視界が真っ暗になった。
 もしや、と真っ赤なのか真っ青なのかわからない表情をするメルヴィアだが、真っ暗な空間に自分だけだと気がつくとホッと胸をなでおろした。
 しかし、その真っ暗闇な視界に眩い光が差し込み、思わず目を瞑ったメルヴィアはうっすらと目を開けて見ると、

「ぅ……けほっ!…けほっ……」

 ぼんやりとだが男の顔が見えた。先ほどの夢のせいか、反射で『女の敵』と言いかけた。
 しかし、自分が口にした言葉が言葉となる事はなかった。メルヴィアは、身体全体を覆う異常な冷たさと倦怠感に気がつくと次の瞬間にはあっさりと意識を手放していた。

 次に目を覚ました時、メルヴィアの視界に満天の夜空が飛び込んだ。川に飛び込む時、意識を失う直前に見た光景と被るが心情的なものが関係している為かこちらの方が断然美しく見える。地面に寝転がっているせいか背中やらが痛いが、その分生というものを実感できる為気にしない。

「…………?」

 しばらくその景色を眺めていた彼女の耳にパチッと何かが弾ける音が聞こえた。僅かに首を傾けてそちらを見てみると、地面に直接腰を下ろしている男の姿と焚き火が見えた。

「☆*&@?」

 声をかけようかどうか迷ったところで、目を覚ましたメルヴィアに気づいたらしく柔らかな表情で何か話しかけてきた。柔らかな表情からして言っている事は大体察せるが、残念な事に男の話す言葉がわからない。

「ごめんなさい。何を言ってるのかさっぱり……」

 愛想笑いを浮かべ適当に流そうかどうか考えたが、要らぬ誤解でも招いたら厄介な為素直に答える事にした。
 向こうも言葉が通じない事に気がついたのか、苦笑いを浮かべて頬を掻いている。

「………あれ?」

 その男の姿を見ていて何かに気がついたのか、メルヴィアはとりあえず起き上がってその男を見つめた。正確には、その男が手に握っている四角い物を。
 男が持っているその四角い物はメルヴィアに酷い既視感を植え付けた。とてもとても見覚えのあるその四角い物は、どうやら折り畳み式の物らしい。

「『ん……。これか?』」

 しばらくその手に握られた四角い物をメルヴィアが凝視していると、男が見易いようにこちらに掲げてくれた。
 そして、男が発している言葉を耳にしてメルヴィアの肩が大きく跳ねた。
 とある事に確信を持ったメルヴィアは、恐る恐る男の持つ物を指差しながら問う。

「それって……もしかして……」

 緊張からか、若干震える指先でそれを指すと何やら勘違いした男が申し訳なさそうな顔で両手を上げた。

「『あー……。これは携帯って言ってな。別に害のあるようなもんじゃ……ってわからないよな』」

 言ってる途中で一人項垂れなんとかそれの使用法を身ぶり手振りでレクチャーするその男を見てメルヴィアは呆けた顔をする。
 言葉はわかる。しかし、男が話しているその言葉は本来こちらには存在しない言葉だ。
 日本語。
 彼女がこちらに生を授かる以前、すなわち前世の世界で話していた言語の一つ。メルヴィアは男が話すそれを理解した瞬間、ついノリで頭を抱えてしまった。
 服装からして気づくべきだった。
 こちらの世界にないその服装は、明らかに異世界品である事がわかる。それもただの異世界品ではなく、彼女が彼として生きていた当時の衣服だ。
 完全に母国の事を忘れていたメルヴィアは言い知れぬ感情に駆られ、わーわー言いながら一人身悶えた。ついでにその時、自分が今着ている服が男の上着である事に気がつく。

「『うえっ!? あ、いやその、別にどうこうしようという訳じゃないですよ? ただね、川で溺れていたあなたを……あああ、言葉の壁をどう乗りきれと!』」

 あちらもあちらで異世界の文化の違いに頭を悩ませているようだ。
 メルヴィアは忘れていた日本語の知識を頭の中でかき集めると、若干突っかかりながらもお礼の言葉を口にする。

「『助けてくれて、ありがとう』」

 直後、ポカンとだらしなく口を開けるその男。開口一番どこの国のものなのかわからない言葉で話しかけられた外国人の少女がいきなり日本語を喋ったりすれば、ほとんどの人がこうなるだろう。

「『日本語、わかるの?』」
「『一応、わかる』」

 苦笑いを浮かべてこくりと頷くと男が心底ホッとした表情を浮かべた。











 互いに意志疎通できる事に気がついてからしばらく。ずっと話合っていた二人は、深夜の時間帯になってようやく話すのを止めた。

「『……いやはや、本当にファンタジーの世界だとは』」
「『信じられないかも知れないが、この耳を見ればわかると思う』」

 長時間話していたという事もあってか、メルヴィアの日本語はすでに現役時代と同じぐらいすらすらと話せるようになっていた。だが、こちらでの言葉に慣れているせいか喉の奥に引っ掛かるような感覚は抜けきれない。
 メルヴィアが瑞希に話したのは、この世界の事と自分の事について少々だ。
 魔法やらがこの世界には当たり前に存在すると言った時、瑞希の顔は異世界に憧れる男子そのものとなり、見た目は美少女だが中身は元男である事を告げると本当にひきつった笑みを向けられたりした。

「『でもなぁ……本当に男に見えないよなぁ……。どっからどう見ても女の子だし』」

 何やら残念そうに呟く瑞希にメルヴィアは引き気味に笑みを浮かべた。

「『まぁ外見は生粋の女の子だし。後から性転換したわけじゃないし』」
「『うーん……』」

 メルヴィアの言葉に引っ掛かるところでもあるのか、どこか納得できないような表情で瑞希が唸った。

「『……………』」
「『……………』」

 ほんの僅かな空白が生まれ、何処と無く気まずい雰囲気が流れ始める。何か話そうかと話題を探そうとするか、さすがに疲れが目立ってきたのかそれらしい話題は浮かばなかった。

「『あ………』」


 メルヴィアが声を洩らしたちょうどその時、焚き火の火が消え去り、彼らの周囲を暗闇が包み込んだ。
 それを横目に見た瑞希が携帯のディスプレイに表示された時刻を確認して小さく言う。かなり長い間話し込んでいたらしく、日付はもう次の日にちに変わっていた。

『……寝るか』

 ごろりと大の字に横になる瑞希。メルヴィアは一瞬ためらったような素振りを見せたが、素直に頷くと彼に習って大の字に横になる。
 その時羽織っていただけの上着の前部分が大きく開き、一瞬だけ裸体が曝されたが、ガバッと起き上がってササッと袖に腕を通した為瑞希に裸をみられる事はなかった。

「って、もう寝てる……」

 それ以前に、もうすっかりと熟睡モードに入っていたらしく裸を見られる心配性など始めから存在しなかった。
 メルヴィアは何となく不思議な気持ちになりつつ、ごろりと仰向けに寝転がった。
 目の前に広がるのは、夜空一杯に広がる星たち。

『妖精さん、ありがとう……』

 助かった事と貴重すぎる巡り合わせに感謝して、メルヴィアはゆっくりと瞼を閉じる。

「……背中、痛いなぁ」

 そう呟く彼女の表情はどこか嬉しそうだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。