28 シナ人の氾濫3
日本は防衛に専念すると言う事でオーストラリア、太平洋の島々、カナダ、アラスカへのシナ人の浸食を防ぐ役回りとなった。メキシコ?メキシコは既にアメリカのヒスパニック系の勢力圏となっていて日本の入る余地はなかった。
防衛するにあたって日本の一番の懸念事項はノーフォーク海軍基地にあった数々の兵器類である。不幸中の幸いは核ミサイルを積んだ艦船が拿捕されなかった事だが厄介な事に通常の原子力潜水艦は拿捕されてしまった。それが使えれば世界中の何処へでも行けるのだ。シナ人の遣り口からみて大量の軍人が奴隷にされていると予想され、その奴隷達から容赦なく情報を搾り取っているとみて間違いない。そして強化人は知能が格段に向上しているから操艦できる程度にはなる可能性が高い。シナ人に真面なメンテナンスが出来るとは思えず艦船は持って数年だろうとの予測だが壊れるまでは安心はできないかな。
そんな訳でこの懸念事項を南極会議で議題に挙げた結果、日本は大西洋を監視する羽目になった。
「ノーフォークから艦船が動く様子はあるか?」
「衛星画像を見る限りは動いていない模様です」
「面倒だな。アメリカが核兵器で基地ごと破壊すれば問題なかったのに」
核兵器ではダンジョンを破壊できないが少なくとも地表にある施設や港湾の艦船を使用不能には出来る。
「流石に自国内を核攻撃するのは躊躇うでしょう。まだ基地奪還の可能性も有るし。通常兵器による攻撃すら未だしていないのは解せませんが」
アメリカは通常兵器による攻撃すらまだ実行してはいなかった。捕らえられた軍人たちがシナ人の奴隷とされているのは確実だし自軍の基地に対してなので踏ん切りがつかないのだろうな。
「艦船がシナ人に拿捕される前に自沈させたりはしていないのか?」
「一晩で制圧されていますからねぇ。そんな時間があったかどうか……」
「国内だし普通は基地内から奇襲されるなんて想定してないか」
「ダンジョンが繋がる事すら知らなかったなら、まぁ、想定外でしょうね。幸いにも核兵器搭載艦は拿捕されずにいますし良かったですよ」
「ああ、それは不幸中の幸いだった。……艦船は動いていないんだよな?」
「はい。ですがプロテクトの解除に手間取っているだけでしょうね」
「ではいずれは大西洋に出て来るな」
「奴隷にされた軍人は多そうですし基地内に情報は充分にある。それにダンジョンの御蔭で知能が上がってますから時間があれば操艦程度は可能かと」
「出て来ると面倒だな」
「今の内に沈めた方が良いのですが」
このまま放置すればシナ人の操艦技術は戦闘に使えるとまでは行かなくても移動する程度なら申し分なくなるだろう。それは南米にも北極にも南極にだって行ける手段をシナ人が得ると言う事だ。だったら動き出す前に沈めた方が良いに決まっている。因みにシナの海軍が保有していた艦船は疾うの昔に使い物にならなくなっていた。内陸部での覇権争いに海軍はいらんからな。
「外洋に出た艦船はともかく基地内への攻撃はアメリカ側が拒絶したからなぁ」
「アメリカは自分達だけで何とかするつもりなのでしょうか?でもそれでは時間が掛かりますよね」
「早く手を打った方が良いんだが。あそこのダンジョンはシナ人が攻略して日が浅いだろう?まだ奪えるかもしれんぞ」
「半年以内なら奪うのも比較的容易かもしれませんが……ただそれでも難しいですよ。シナと繋がっていますからね。少なくとも海からでは無理です。艦船に乗せれる程度の人数ではダンジョンを攻略するには到底足りません。陸のダンジョンの大半を押さえているアメリカ人が本気で攻略しなくては」
ノーフォークにあるシナ人のダンジョンは攻略してからまだ半年と経っていない。この段階で有れば内部の開拓も進んでは居らず、シナ人がダンジョンの主としてまだ馴染んではいないので奪える可能性が高い。ただ、現状でそれが困難なのは確かだ。ダンジョンがシナと繋がっていて敵とする人の数が半端ではないのだ。それはダンジョンから外に溢れ出ているシナ人を見れば分かる。
時間が経てば経つほどシナ側が有利となるのだから奪取するなら早くしないと不味いな。
「そうなんだよなぁ。中国共産党勢力だけで済むとは限らないし」
「不利になったらシナの他勢力も引き込むでしょうしね」
「これがアメリカだけで済む問題なら日本が態々大西洋まで出張る必要も無いんだが」
「原子力潜水艦だけでも潰して置きたいですよね」
原子力潜水艦を使われると目的地までは浮上せずに到達可能だ。実際にシナから北極海の氷の下を通ってノーフォークまで浮上せずに来たらしい。日本人はまさかアメリカ人が自国に災いの種のシナ人を招くとは思ってもいなかったから潜水艦のベーリング海峡の行き来にはほぼ無警戒だった。シナの海軍は機能しなくなって久しかったしな。
「ああ、これ以上のシナ人のシナからの拡散は避けたいな」
「ロシアはシナとは陸続きのお隣だからか他所事では無いみたいですよ」
「確かに陸も海もロシアが一番多く派兵しているな」
シナ人の氾濫はロシアにとってはかなり深刻な問題でアメリカには一番多くの部隊を派遣している。本国でもシナ周辺のモンゴル人やウイグル人等を懐柔して支援してシナからの緩衝地帯としている。ロシア人が恐れているのはアメリカとシナのシナ人が手を結ぶ事でダンジョンの開拓技術がシナに洩れる事だ。ロシア人はヒグマを筆頭とする猛獣の勢力圏を利用してシナからロシアへのシナ人の浸透を防いできた。だからそれを凌ぐ技術をシナのシナ人に身に着けられては困るのだ。これについては日本も同意でシナ人がオーストラリアからシナに逃げない様にしていた。日本としてはダンジョンの開拓技術を得たシナ人が世界に拡がるのは厄介だとの認識だな。だがロシアの危機感はそんなものではない。シナと陸続きのロシアにとってはシナからの侵略の危機に直結しているのだ。
ロシアも日本も少なくとももう二年は現状を維持したい所だ。あと二年もあれば人口もシナを圧倒できるレベルとなる。極地のダンジョンの過半は二国で押さえているしロシアは自国の領土も広いからダンジョンの総数も多い。時間を稼げば稼ぐほどダンジョン内で人口が増えてシナの脅威度は相対的に低下する。現状でも負けるとは思えないけどシナ人の拡散は防ぎたい。シナから南米やアフリカ等に進出されては鬱陶しいからな。
「ノーフォーク海軍基地を機雷で封鎖する案は如何なりましたか?」
「ロシアが機雷を設置する予定だったのだが駄目な事が分かった。魚が齧って使えないそうだ。もっと北であれば何とかなったのだが」
「それでは監視を続けて艦船が出て来た所を沈めるしかないですね」
「基地ごと破壊した方が楽なのにな」
で、アメリカがノーフォーク海軍基地を攻撃しようとしない事に痺れを切らしたロシアが動いた。ロシアはアメリカに対しては事前通告した後に海側から対地対艦ミサイル攻撃、日本とヨーロッパ諸国もロシアに追従して撃ちまくり、アメリカには抗議する間も与えなかった。ロシアは核攻撃でないだけマシだみたいな声明を出し日本はシナ人の氾濫の本拠を放置して最悪の事態を招く訳には行かないとの声明を出し攻撃を続けた。
こうして基地内にあるシナ人のダンジョン近辺に攻撃を続けることによりダンジョンから溢れ出るシナ人の勢いが明らかに落ちて地表の戦線は一気に動いた。ノーフォーク海軍基地以外のダンジョンはアメリカ側のものなのだからダンジョンから溢れ出るシナ人が続かなくなれば有利な展開になるのは当然だな。そして優勢になった要因が基地内にあるダンジョンに対する攻撃な事は明らかなので基地攻撃に対するアメリカ人の抗議の声はいつの間にか消えてしまった。
ノーフォーク海軍基地への直接攻撃の結果、シナ人の攻勢は明らかに衰えた。アメリカ軍はダンジョンの利用にも如何にか慣れてシナ人に占領された領域を次々と開放していった。北はワシントンD.C.まで南はダラム辺りまで順調に開放が進んだ。そしてその過程である事が発覚した。
「この報告書の内容に間違いはないか?」
「内容に間違いはありません。大統領閣下」
「だがこんな事は信じられん」
「チャイニーズの奴隷状況にあって解放された民間人の証言も取れています」
「だがこんな事は以前のチャイニーズのテロの時にはなかったではないか」
「確かにありませんでした」
「獣に因るものではないのか?」
「いえ、明らかにゴミとして捨てられていたのです」
「ゴミの中に混じっていただけではないのか?」
「いえ、報告書にありますが骨には調理の痕跡が残っていました」
「ゴミは食べた後の残骸と言う事か……」
「チャイニーズの侵攻軍に碌な補給がされていない事は確認済みです。食料は現地調達です」
「奴等にとっては我々も食料なのだな」
「如何いたしますか」
「何をだ」
「ただいま報道規制を敷いていますがこの件は流しますか」
「……流すしかあるまい。報告書の通りなら隠す様子も無く調理の痕跡も明らかな大量の人骨が散乱しているのだろう?隠しようがないではないか」
シナ人から奪還後の現地調査で大量の骨が見つかった。発見した当初はシナ人が家畜か野生動物を食べた後の残骸と思われていたのだがそこに人骨が大量に混ざっている事が分かり大騒ぎとなった。シナ人は人を食料としていたのだ。奴等にとっては日常の事なのだろう。それを隠そうとした痕跡はなかった。
人が人を食べる行為自体は歴史上に幾つも散見される。未開人の慣習や飢饉の時の記録、シナの歴史書にも記述がある。だが少なくともダンジョンの氾濫前は食人行為は世界的に禁忌とされていた。そして今でも大半の地域では禁忌のままだ。だがシナでは古代の様な群雄割拠の状態に戻るのに伴って食人の風習が復活したらしい。
アメリカで発生したシナ人の氾濫は新たな局面を迎えた。戦っている相手は人食いなのだ。アメリカ人にとってその悍ましさはテロリストの比ではない。それはアメリカの強化人の諸勢力にも動揺を与えた。
「チャイニーズの奴等が人を食べているって本当か?」
「ああ、奴等の駐留地だった場所には人骨が転がっている」
「確認したのか?」
「ああ、この目で確認済みだ。子供の骨もあったな」
「虐殺ではないんだな。ほら、ワシントン州のテロであったみたいな」
「見たのは骨なんだよ。肉なんて付いてない。それもバラバラで纏まった骨ではないんだ。……遺体なら欠損はあってもああまでバラバラにはならない。それにその骨には調理の痕跡まである。そんなのが散乱しているんだ」
「……チャイニーズのテロリストの奴等のがまだましだな」
「チャイニーズには元々食人に対する禁忌は無いからな。歴史書にも様々な事例の記述がある。古代の戦では城に立て籠もった側の食人行為は普通だった。少し前までは皇帝の支配する古代専制支配が続いていたんだし戻っても不思議ではないよ」
ダンジョンの氾濫が始まった頃のシナは本格的な近代化を始めてまだ五十年と経ってはいなかった。それ以前はと言うと支配者は幾度も変わったが長期に亘って同じ事を繰り返すだけで古代専制支配が延々と続いていた。少なくとも秦の始皇帝が覇権を握ってから清朝が滅びるまではシナ全土が古代のままだったと言って良い。近々は共産党が支配して近代国家を装っていたのに中身は古代のままだった様でダンジョンの氾濫による混乱で化けの皮は剥がされてしまった。地表では十年程だがダンジョンの深層では四百年近く経っているのだ。覇権争いの続くシナでシナ人が先祖返りするには充分な時間かな。ただダンジョンがあれば飢える事も無い筈なのだが何故だろう?
食人行為の発覚によってアメリカのシナ人の一部にあった共同戦線を張ってシナからの侵略に便乗する案は立ち消えとなった。アメリカのシナ人にとって人を奴隷とする程度であれば許容の範囲内であったのだが食人行為は到底許容できるものではなかった。
「中国の奴等、食人を普通にしているらしいが本当か?」
「ああ、その話か。白人どもの宣伝だと言いたい所だが……まあ、本当だろうな」
「俺はそんな野蛮人とは手を組みたくない」
「ああ、それには同意する」
「では手を組むのは無しだな」
人食い人種と手を組む?昔のシナ人は戦の時に弱い奴から食べられたり、王が美妃を調理して兵に与えて鼓舞したそうだが……そんな奴等と手を組みたいか?誰だって食べられるのは御免だよな。食べるのも勘弁してほしい。考えるだけで虫唾が走る。となった。
「それに手を組んだりしたら確実に同類と見做されるに違いない。そんな事になったら我々はアメリカでは今まで以上の排斥対象だ」
「それは不味いな。我らはノーフォークでの騒ぎの間に力を蓄えるつもりなのに」
「方針転換を求める。上手く行くかは分からんが今の内に政府と和解した方が良い。今なら奴隷どもを開放して改心しましたと遣れば何とかなる気がする」
「同意する。このまま放置すると人食いの奴等の同類と見做される可能性大だ」
「それは不味いな。ノーフォークでの争乱の帰結は分からんが我等への排斥圧力が増すのは確実だ。今でも苦しいのに」
「では方針を転換しようか」
シナ人の乱では民間人の虐殺と奴隷化は確認されているが食人行為は確認されていない。アメリカのシナ人はそんな事はしていないからな。ダンジョンの深層ではダンジョン時間で四百年近く経ちその間はシナとアメリカに分かれて関係が断たれていたのだから元は同じシナ人でも違いが出ているのだろう。シナ人のテロリストの多くが手を上げて和解を求めてきた。
「チャイニーズのテロリスト供が手を上げたってのは本当か?」
「ああ、それなりの罰を受けるし奴隷も開放するそうだ」
「奴等はそのぐらいで済むと思っているのか」
「奴等を追い詰めたらノーフォークの奴等と手を組む可能性が高い。そうなるよりはマシだ」
「チッ。俺は奴等を見たら殺すからな。そんな場は設けるなよ」
「それは仕方がないな。そうなったら俺だってどう動くかは分からん」
「そんな事よりも解放された奴隷は如何する」
「迎え入れるに決まっているだろう?」
「奴隷かぁ。厄介だな。洗脳されているんだろう?」
「ああ、オーストラリアで解放された奴隷を見る限りそれは確実だな」
「だが我々が見捨てる訳にも行かんだろう?拉致された同胞の子孫だ」
奴隷として子供の頃からシナ人に洗脳されている者はそれを解くのが非常に厄介なのだ。オーストラリアで解放された奴隷の一部はアメリカ人だったのでアメリカの強化人の勢力に秘かに引き渡されていたのだがアメリカに馴染むのに随分な時間を要した。今回解放される奴隷達はそれよりもさらに奴隷生活が長いので洗脳の程度が深いのが確実だ。更に人数も増えている筈だから……頭が痛いな。
シナ人の食人行為についてはカナダからアメリカに侵攻したロシアとヨーロッパ諸国の派遣軍も早々に気付いていた。最初は碌な補給が行われずに飢えていて仕方なくと判断していた。それでも悍ましい事に違いはないのだがそれなら前例が無い事でもないし理解はできた。だが捕虜への尋問でそうでは無い事が判明した。シナ大陸では食人は既に日常となっていて敵を殺して食べる事は普通に行われているのだ。この事実が明らかになって以降、日本ではシナのシナ人を食人鬼とかグールと呼ぶようになった。そしてアメリカでもいつの間にかシナからの侵略者をグールと呼ぶようになった。




