26 シナ人の氾濫1
アメリカ政府は中国共産党との接触を試みて二ヶ月程でそれに成功した。そしてその二か月後にはシナからの使節がアメリカに極秘入国した。アメリカ政府は原子力潜水艦の母港であるノーフォーク海軍基地にシナからの使節を迎え入れたのだが……この日、アメリカの崩壊が決まった。
「大統領閣下、緊急事態です。ノーフォーク海軍基地がチャイニーズに占拠されました」
「何の冗談だ?あそこには昨日行ったばかりではないか」
大統領は極秘に入国したシナから来た三人の使節を歓迎し会談を行い、南極に関する密約を進める事を決めたばかりだった。内容の細目については現在調整中の筈だった。そして上手く行けば二か月後には最初のシナ人を南極に送り込む手はずだったのだが……
「道路がノーフォークから出るチャイニーズの強化人で溢れかえっております。明らかにこちらに向かって侵攻中です。至急避難して下さい」
「……事実なのだな」
「ええ、ですから至急避難して下さい」
「分かった。それで家族は何処に?」
「ご家族は外出中でしたので別途避難中です」
「無事なのだな。ならば良い。それで何処に向かっている」
ダンジョンの氾濫以前であれば空軍基地に向かって大統領専用機に搭乗し空に向かう場面だが現在は使われていなかった。鳥が増えていて視界を防いだり、エンジンに巻き込んだりして危険なのだ。シェルターへの避難はシナ人が地表を覆いつつあり救援が望めないとなるとジリ貧の選択だな。核攻撃等に対する一時的な避難場所にはなるが立て籠れる場所ではない。残るのは陸軍基地ぐらいなのだが……
「一番近い攻略済みのダンジョンです。ご家族も最寄りのダンジョンに向かった筈です」
「何を馬鹿な事を。ダンジョンになど入らんぞ。あんな所に入るものか」
「閣下、ダンジョンが一番安全なのです。相手はチャイニーズの強化人なのですよ。強化人には強化人を充てるのが確実です」
「軍があるではないか。チャイニーズのテロリストを退けた軍が。そこに向かへ」
「お判りとは思いますが此処からはダンジョンの方が近い。閣下の身の安全を最優先といたします」
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「到着しました。中へお入り下さい」
ダンジョンにはまだ人が集まっている様子はなかった。此処が避難民で溢れかえるのはこれからなのだ。大統領一行は安全を確保するために奥へと進んでいた。途中で強化人の集団と遭遇し緊張が走ったが当然の事ながらアメリカ人の強化人だったので危険ではなかった。彼等にノーフォークでチャイニーズが暴れている事を伝えると既に知っていて彼等はその対処の為に深層から来ていたのだ。
「どうしてこうなった」大統領は誰に言うともなくそう言った。
「それは只今調査中です」
「チャーニーズは何処から湧いて出たのだ」
「私見ですが私は基地内のダンジョンが怪しいと考えます」
「だが基地内のダンジョンは未攻略で小動物が入り込んでいるぐらいの筈だ。それにチャイニーズが中に居たら以前のテロ騒動の時に出て来ないのはおかしい」
「確かにその通りですが……」
そんな事を大統領とその側近達が話しているとそこへ強化人の代表者らしき者が現れて大統領との会談を求めて許され挨拶の後にこう尋ねた。
「それで外で何があった?」
「ノーフォークでチャイニーズの強化人が暴れている。そしてノーフォーク海軍基地は占拠された。だから大統領閣下の安全を確保するために此処に避難したのだ」側近の一人が答えた。
「それは知っている。だから我々が此処に居るのだ。だがノーフォーク近郊のダンジョンは基地内のものを除けば全て我々のものだ。我々はそこにチャイニーズのテロリストの侵入を許した覚えはない。それは軍も同じ筈だ。軍が見逃すはずがない。外見が明らかに違うのだからな」
強化人は角や鬣が生えているし、それを隠しても身長が二mあるのは普通で大きな者は三m近くもある。ノーフォークの基地周辺では目立って隠れようがない。アジア系の強化人はテロリストと思われていて更に目に付くからシナ人の侵入する余地はないのだ。強化人でなければ……それでもアジア系は準テロリスト扱いで警戒されているから見逃すとは考え難い。海軍基地が占拠されるほどのシナ人の存在は想定不能だ。
「閣下、ノーフォークでの会談の件を話しても宜しいですか?」側近の一人が大統領に許しを求めた。
「ああ、今更秘密にする必要もあるまい。私が話そう。……では初めから話そうか。君達は南極宣言は知っているか?」
「知ってるよ。数ヶ国が南極の領有を共同宣言したものだな」
「アメリカ大統領としては国家の威信にかけてこれを認める訳には行かない」
「ん、縄張り争いだな。理解はできる」
「それで色々と画策はしたのだがアメリカ国民は南極には関心を示さなかった」
「アメリカは一国で充分に遣って行けるからな。それにチャイニーズのテロの余韻がまだ残っていてそれどころではない」
「だが私はそこで諦める訳には行かないのだよ。国家の威信がかかっているんだ。それで私はチャイニーズを唆して南極にいる奴等にぶつける事にしたのだ」
「あんた、テロリストと手を組もうとしたのか?」
「それは違う。チャイナのチャイニーズだ。アメリカのチャイニーズではない」
「同じ事だ。チャイナが如何なっているかは知っているだろうに」
シナ人の乱を起こした輩はシナの状況をみて小規模ではあるがアメリカでその再現を試みたのだ。シナに住もうがアメリカに住もうがシナ人の性質は変わらない。
「敵の敵は味方だ。南極の件に関してはチャイナぐらいしか味方と成り得る勢力が無かったのだよ。それで我々は秘かに中国共産党と繋ぎを付けて会談の為にチャイナから使節を迎え入れた」
「ノーフォークにか?もしかしてあんたらがチャイナからアメリカに奴等を連れて来たのか?」
「ああ、奴等にはアメリカに来る能力が無いからな」
「カーク、話は聞いたな。エリックに伝えろ。チャイナとアメリカのダンジョンが繋がった。チャイナから億単位のチャイニーズが押し寄せるぞ」
「わ、分かった」命令を聞いた強化人の男が焦った様子でダンジョンの奥へと消えた。
シナから押し寄せているシナ人はノーフォークとその近郊でもシナ大陸でしているのと同じ事をしているに違いない。此処で下手を打つとそれがアメリカ大陸中に拡がるのだ。これはシナ人の乱の比ではない争乱の始まりだ。
「おい、何の話だ。ダンジョンが繋がる?億単位のチャイニーズが押し寄せる?分かる様に説明してくれ」
「そうか、あんたらは知らんのだな。まぁ、知っていたら自国にチャイナの使節を招かんわな」
「何の事だ」
「主が同じダンジョンは繋がるんだよ。ダンジョン間で行き来が可能なんだ」
「……それはチャイナとアメリカの行き来がダンジョンで可能になったと言う意味か?」
「そう言う事だ。正確にはチャイニーズの奴等だけが行き来が可能だな」
「我々には出来ないのか?」
「我々はチャイナにダンジョンを持っていない。それではダンジョンで向こうには行けんよ」
「奴等もアメリカにはダンジョンを持っていない筈だ」
「ノーフォークの基地内に在る封鎖中のダンジョンを攻略したんだろうよ。それでチャイナのダンジョンと繋がる。後はチャイナから何人でも送り込めるな。だからノーフォークはチャイニーズで溢れているんだ」
「……私が侵略者を先導したと言う事か?この騒ぎを自ら招いたと」
「その通りだ」
「……私は何て事を」
「閣下はダンジョンに入った事が無かったんだろう。知らなくても仕方がないさ」
「仕方がないでは済まされない。知らなかったでは許されないのだ。私はアメリカ合衆国大統領なのだぞ」
「……なら閣下は如何するつもりだ。此処で頭を抱えて嘆いていても何も出来んぞ」
「アメリカへの侵略者は殲滅せねばならない。それが大統領としての私の責務だ」
「だったらまず国が封鎖中のダンジョンの攻略を我々に認めろ。チャイニーズのダンジョン攻略を見過ごすわけには行かん」
「認めよう。だが此処に居ては無理だ。此処からは大統領令は出せない。指令可能な場所に行かねばな」
「ならあなたが此処に逃げ込んだのは正解だ。で大統領閣下は侵略者を殲滅する為にまず何処に行くんだ?アメリカ国内なら何処にでも連れて行けるぞ。ダンジョンが繋がっていればな」
アメリカのノーフォーク海軍基地内にある幾つものダンジョンは封鎖状態にあって未攻略のままであった。ダンジョンの発生当初は得体の知れないものとしてダンジョンへの立ち入りを禁じ、ダンジョンの氾濫以降はダンジョンへの忌避感からダンジョンを封鎖してそれが続いていた。ダンジョンは完全に封じるのは危険との判断で小動物程度は出入り可能な状態にあった。
シナからの使節は機を見てノーフォークの海軍基地内にあるダンジョンの一つに秘かに潜入しこれを攻略した。暫らくするとそのダンジョンからはシナ人が溢れ出した。シナ大陸と北アメリカ大陸のダンジョンが繋がったのだ。アメリカ政府は強化人による国家転覆を恐れて基地内にあるダンジョンの攻略を許していなかった。許していればこんな事にはならなかったのに!
アメリカ軍は基地内のダンジョンから溢れ出すシナ人に適切な対処が出来なかった。ダンジョン外の住人であるアメリカの政府関係者は主が同じダンジョンが繋がるなんて事は知らなかった。シナ大陸のシナ人を国内に入れる事の危険性に全然気付いては居なかったのだ。
シナ大陸には共産党支配下の強化人が億単位で存在する。そしてそこと繋がった北アメリカ大陸ではシナ人の乱の比ではない争乱のゴングが鳴った。シナ人の氾濫が始まったのだ。
シナ人の氾濫はアメリカの中枢を直撃した。ノーフォーク近郊のダンジョンでは浅層でシナ人を食い止めるのが精々で地表の前線は瞬く間にリッチモンドを越えた。ワシントンD.C.もシナ人の氾濫の波に飲み込まれる寸前となった。核兵器の使用も検討されたがその検討する間にもシナ人の浸食は進む。そして一週間もしない内にワシントンD.C.はシナ人の氾濫の波に飲み込まれた。
中国共産党の王主席の胸は高ぶっていた。アメリカへの侵攻が始まったのだ。王はダンジョンが発生する以前にアメリカから受けた数々の屈辱を忘れてはいなかった。中国共産党がアジアで勢力を拡大しようとした思惑をアメリカは悉く潰してきたのだ。
「習同志、アメリカ侵攻は順調のようだな」
「ノーフォーク海軍基地を占拠し、基地内のダンジョンの攻略に成功しました。只今ホワイトハウスに向かって侵攻中です」
「そうか、こちらの予想通りか。賭けに成功したな。どんどん送り込め。雪辱を果たすのだ」
我等に接触してきた時にアメリカ人はダンジョンに入るのを拒否した。奴等はダンジョンに魅入られていない。アメリカではダンジョンを忌避する勢力が相も変わらず権力を維持しているのだ。ダンジョンを忌避する勢力がダンジョンを自ら攻略する事は無い。これはアメリカには未攻略のダンジョンがまだ存在し容易く勢力圏を拡げれる事を意味する。だとするとアメリカに侵攻し雪辱を果たす絶好の機会だ。この機会を掴む為には何としてもアメリカ大陸に渡らねばとアメリカでの会談を要請した。するとこれがすんなりと通った。それで確信した。奴等はダンジョンの事を何も知らない。知っていればこんな要請を飲む訳がないのだ。
こうしてシナ人の氾濫が始まった。だが初動は上手く行ったもののその勢いは続かなかった。
「習同志、アメリカでダンジョンの攻略が進んでいない様だが?」
「ノーフォーク海軍基地内のダンジョン攻略はほぼ予定通り進んでいます」
「それは前にも聞いた。その後の経過を知りたい」
「当初の計画通りワシントンD.C.を占拠し、北方はカナダを侵攻中です。南方はコロンビアを占拠して更に南方へと侵攻中ですが?」
西側にあるアパラチア山脈はアメリカグマの勢力圏であり侵攻の対象からは外されていた。
「そうではない。ダンジョン攻略の話だ。地表の領土が幾ら増えてもダンジョンが増えねば意味がないではないか」
「遺憾ながらダンジョンの攻略は進んで居りません」
「何故だ。アメリカ人はダンジョンを忌避していた。未攻略のダンジョンが在る筈だろう?」
「確かに軍事施設内のダンジョンは未攻略でした。ですが基地外は様相が違っていたのです」
「如何ゆう事だ」
「基地外のダンジョンは確認した限り人もしくは獣によって攻略済みです。その為に攻略は困難です」
「……ダンジョンを攻略しなくては勢力圏の維持はままならない。何としてもダンジョンを攻略せよ」
「了解しました。閣下」
「アメリカ大陸で勢力圏を拡大し力を増せば世界の覇権を掴む事も可能だ。私はこの手に覇権を掴む。世界を漢族の手に取り戻すのだ」
こうして地表のシナ人の侵攻は当初の勢いを失ったがダンジョンに対する攻勢は強くなって行った。
アメリカの強化人の代表者達は集まってノーフォークから始まったシナ人の氾濫への対策を話し合っていた。
「政府の馬鹿どもがなんて事しやがる」
「外の連中はダンジョンには無知だからな」
「だけどチャイニーズの攻略がノーフォーク海軍基地のダンジョンだけで留めれて良かったよ」
「まぁなぁ、大統領令が無かったらあの辺りの封鎖中のダンジョンを全て取られ兼ねなかったからな」
シナ人は瞬く間にアメリカに浸食してカナダにまで食い込んだが北はアメリカグマの勢力が強い事もありそこで勢いが止まった。南はアメリカグマの勢力が強いアパラチア山脈を避けて侵攻してコロンビアに至る手前で勢いが止まった。シナ人の浸食の勢いが止まったのは侵攻途中にあるダンジョンが攻略済みであったためにその攻略が思う様に進まず、シナから人を送り込めるのが未だにノーフォーク海軍基地に在るダンジョンだけであったからだ。ノーフォーク以外のアメリカ政府が封鎖中のダンジョンは大統領令により封鎖を解いてアメリカ側の強化人の手によって攻略し何とか死守出来ていた。大統領は最初にテキサスの陸軍基地に行きダンジョンに関する大統領令を発布し、現在はそこを拠点として各地のアメリカ軍に指示を出していた。
「だがチャイナは無いだろう、チャイナは。何であんなとこと組もうとする」
「確かにチャーニーズのテロリストに散々な目に遭っているのにチャイナはないよな」
「……で、如何する?チャーニーズの侵攻の勢いは表面上は止まったがダンジョンへの攻勢は強まった。奴等を如何やって押し返すんだ」
「如何するも何も。うちは勢力圏を守るので精一杯だが?」
ヒスパニックのフリオはメキシコへと勢力圏を拡大していて己の勢力圏を守るだけであれば可能な状況だ。だが攻勢に出れるかと言うとそれ程の余裕はない。未だメキシコを押さえ切れてはおらず一度でも負けたら後がない。弱みを見せればメキシコの連中が離反しかねないのだ。シナ人によるダンジョンへの攻勢は強まっていたが守勢を保つので精一杯な状況だ。
「それは皆同じだ。だがこのまま守勢を維持し続けるだけでは不味いだろう?外の状況を放置するのか?」
「俺は国外に救援を乞うしか手はないと思う。カナダはアメリカの次は自分と考えている筈だ。早目に手を打ちたいだろうさ」
「チャイニーズはカナダにも食い込んでいるからカナダももう当事国だ。カナダの同盟国の日本等も同じだな。もう内も外も無いさ」
カナダが巻き込まれた時点で同盟国の日本もこの争乱の当事国となった。シナ人によるカナダへの侵攻を許す訳には行かない。このシナ人の氾濫が南米やオーストラリアへと拡がったら堪ったものではない。日本ではアメリカに介入してでもシナ人の氾濫を封じなければならないとの決定が下された。此処で止めないと世界中がシナの様に成り兼ねないのだ。何としてもシナ人の氾濫を食い止めねば!




