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24 シナ人の乱、その後

 アメリカから来たシナ人のテロリストがオーストラリアから撤収した後、日本は残敵の掃討と周辺海域の警戒に当たる様になった。その為に数基の監視衛星も打ち上げた。それほど日本人はシナ人がオーストラリアからシナに逃げ出すのを恐れていた。だが当のシナ人はダンジョンが繋がっていて容易にアメリカに逃げれるので死ぬ危険を冒してまでして海を渡る気は無かったらしい。


 オーストラリアやニュージーランドではシナ人の乱によってダンジョンに入るのはその必要性から日常となっていた。テロからの避難場所としてダンジョンは都合が良かったからだ。防護はし易いし、いざとなったら放棄して繋がっている他所のダンジョンに移れば逃げられる。こうしてオーストラリアやニュージーランドではダンジョンに対する忌避感は急速に払拭されてしまった。そうするとダンジョンへ移り住む者達も増えて人口が急激に増加に転じ始めた。


 オーストラリアの居住地近郊のダンジョンの浅層は日本と同様に周辺住民の憩いの場と化していた。以前であれば考えれなかったことだ。


「何であんなに嫌だったんだろう?」男は草の上に妻と並んで座って誰に話すでもなく言葉にした。


「何の話?」


「だからさ、以前はダンジョンに入るのが嫌だっただろう?皆も嫌がっていたじゃないか」


「それは子供に角が生えるのが嫌でその原因がダンジョンだからよ」


「……何故角が嫌だったのかな?」


「何故かしら?前は嫌だったのよね」


「良いよな。あれ」


「私は鬣の方が好きかな?ライオンみたいな」


 人は一度でもダンジョンに入るとダンジョンに魅入られてダンジョン酔いとかダンジョンハイとか呼ばれる状態と成りダンジョンに対する忌避感は無くなる。すると大半の人は角や鬣等が生えるのは当然と思える様になる。これで麻薬の様に身体や精神に害があるのなら問題だが健康になり寿命が延びるのは確認済みだ。次世代となると角や鬣等が生えたりしてそれが嫌がられた訳だがそれが気にならなくなれば頑健になるし若さは保てるし寿命は延びるし知能も上がるしで利点の方が多かった。


「まぁ、角にせよ鬣にせよ生えるのは子供達の世代で俺達にある恩恵はアンチエイジング効果と寿命が少し延びるぐらいだ」


「アンチエイジング効果は凄いのよ。五十代六十代でも肉体年齢が今の三十代前後になるんだから。それにアンチエイジング効果で百歳過ぎても健康に過ごせるらしいわ」


 オーストラリアとニュージーランドではダンジョンに入るのが日常となった。そしてこれまで老人とされた年代の人々の肉体年齢が徐々に若返り始めた。この社会的な影響は大きい。

 日本で起きた事だが老人の若返りにより労働人口が増加した結果、年金問題は先送りどころか殆どの人が労働可能な身体のまま寿命を迎えるため、年金制度そのものが必要では無くなった。ここで労働人口が増えて供給力が上がってもそれに見合った需要が無ければ失業者が増えるだけなのだがダンジョンの御蔭で需要は増える一方であった。

 ダンジョン内には機械の類は設置できないから工業製品は外で製造して供給する必要がある。するとダンジョンの外での一年は内では四十年だから内での四十年分の需要を一年間で外から供給する事となった。更にダンジョン内の人口は外から見ると一年で四倍以上の増加率となるので需要は増える一方となった。こうしてダンジョンに居住する人々が増えるのに伴って消費需要が爆増したのだ。ダンジョン内から見て一年分の微々たる需要でも、外から見ると四十年分の需要となるのでかなり大きい。例えばダンジョン内の一人が服を年に二着買うだけでも外では年に八十着売ったとなるのだ。

 ダンジョン内から外への供給はと言うと食料とバイオ燃料が主なものだが外の一年分を内では四十年に分けて供給するだけなのでたいした手間ではなかった。食料はダンジョン内で生産した余剰分を出すだけで充分だし、バイオ燃料は外で造ると効率が悪くて採算が合わなくても内でなら四十年分だから外での一年の需要分には多すぎるくらい造れた。ダンジョン内では自給自足が基本で足りない物は物々交換で済んでいた。貨幣は外からの購入品に使うぐらいなのでそれで充分なのだ。ダンジョン内では必要以上に物を所持してもダンジョンに吸収されるだけなのでそれで問題はなかった。

 日本ではそんな感じで需要の拡大が続いているので失業問題等も無くなった。人口も爆増しているのだが今の所はダンジョン内で納まっていた。これはダンジョンを積極的に利用して且つダンジョン外に勢力圏を築けている国は皆そんな感じだ。オーストラリアとニュージーランドも舵取りさえ間違えなければそうなるだろう。


「強化人は寿命が三百歳前後なんだよなぁ。産まれてくる俺達の子は三百年は生きるんだ」


「生活も上向き始めたし子供達の未来は明るいわ」


「チャイニーズとコリアンが国中を荒らし回っていた頃の不安が嘘みたいだ」


「本当にそうね」


 オーストラリアとニュージーランドのシナ人の残党は未だ掃討中ではあるが、居住地域近郊のダンジョンは全て攻略してシナ人は排除済みだ。郊外のダンジョンの攻略も順調に進んでおり、シナ人を鎮圧する目途が立った。

 この地におけるシナ人の再興の芽は取り敢えず摘んだ。そこで日本は時期を見計らって支援部隊を撤収しアジア、太平洋、南米に廻そうとしていた。日本は猛獣対策よりシナ人対策の方が厄介な案件と受け止めていてそれらの地域への支援を後回しにしていたのだ。猛獣は局地的な案件なのに対してシナ人の方は扱いを違えると全世界に拡がる案件だからな。




 日本政府は居住区周辺のシナ人の残党を排除し終わったのを見計らって投入した部隊等を引き上げて本来の業務に戻そうとしたのだがそう単純に物事は進まなかった。オーストラリアとニュージーランドでは人口が急速に増え始めたとはいえ人手が足らなかったからだ。海外からの投入部隊が一斉に引き上げたらシナ人から没収したダンジョンの管理すら叶わなくなってしまう。そうしたダンジョンを放置したらシナ人の残党が住み着く可能性が高い。それでは元の木阿弥だと言う事で結局は各国が投入した人員の半数が戻されることなくそのまま居つく事となった。アラスカやカナダの日本人が攻略したダンジョンと同じ扱いだ。

 まぁ、表向きは二国に頼まれて仕方なくと言った形をとってはいるが実際は救援とは言え危険を冒して手に入れたダンジョンを対価もなしに手放す国はなかったって所だ。それに国内にはまだ未攻略のダンジョンが幾らでもある状況だ。これも攻略しておかないとシナ人の残党の拠点と成り兼ねない。シナ人の拠点となり得るダンジョンを放置する訳には行かないのでオーストラリア政府もニュージーランド政府も面白くないのだが妥協するしかなかった。六割近くのダンジョンを国外の友好勢力が占有している現状の方がシナ人が跳梁跋扈する以前の状況よりは遥かにマシなのだ。

 こうしてオーストラリアとニュージーランドは南極大陸を実効支配する諸国の側に与する事となった。








 オーストラリアとニュージーランドでシナ人鎮圧の目途が立った頃、アメリカではシナ人の乱が終息したとは言い難い状況だった。国内にシナ人のテロリストが潜伏している今の状況を国民が許さないのだ。

 オーストラリアから撤収したシナ人はアメリカ各地に分散して存在するシナ人のダンジョンに舞い戻って潜伏していた。アメリカではこのシナ人のダンジョンを捜し出しては攻略し潰してはいたが、シナ人が逃げに徹していた為にイタチごっこが続いていた。

 シナ人の乱に対してオーストラリアでは国外に支援を求めて諸国から正規軍が投入されており、時間を掛ければテロリストを擦り潰せる状況にあった。だがこれはアメリカでは取り得ない方法であった。政治的な抵抗が強すぎて他国の軍を国内に入れる訳には行かないからだ。ここで困った事にはアメリカ軍はダンジョンを攻略する能力そのものに欠けていた。アメリカの正規軍に強化人はいないのだ。国家の転覆を恐れてアメリカ政府が意図的に強化人を排除してきたからな。

 アメリカ政府には軍事教練を受けて軍で頭角を現す強化人なんてものは悪夢でしかなかった。それでアメリカ政府は強化人を裏方として都合よく使っていたのだがシナ人の強化人はテロリストとして既に公になっており、それに対抗している強化人の存在は隠そうとしても隠しきれるものではなかった。軍だけで守護が可能な領域は限られており、国として優先順位の低い地域の守護についてはシナ人の乱が起きる前から強化人に丸投げしていたからだ。こうしてアメリカでは潜在?していた国民の二極化が完全に表面化した。国民の大半が既に軍によっては守られていない事に皆が気付いてしまったのだ。そうなると自主独立の気風も高い国民は連邦政府は宛にならないとなり、地域社会は強化人を組み入れての結束が固まった。そしてアメリカの連邦国家としての結束は一気に緩んだ。

 昔の様に国外に敵を造って国を纏めようにも表立ってアメリカに敵対する様な国は既に存在しなかった。アメリカが孤立主義に走った結果だ。でっち上げようにも敵とするに足りる国は周りには無かった。アラスカの独立絡みで日本を敵としてはいたが、アメリカ人にとって日本が海の彼方の関わり合いも無い国となって久しく実感に乏しかった。これは近々のシナ人によるテロの生々しさには遠く及ばない。

 まずシナ人によるテロ問題を決着させねばならない。これがアメリカ政府の最優先課題だ。このままではアメリカ政府の威信はおちるばかりなのだから。


「チャイニーズとコリアンの排除はどうなっている」


「居住地域及びその近郊からの排除は済みました」


「その話は前にも聞いた。聞きたいのはその後の話だ」


「以前お伝えした様に強化人を使って進めておりますが?」


「知りたいのはその経過だ」


「テロリストの拠点であるダンジョンを捜しては攻略していますが、猛獣の勢力圏を犯しながら進めねばならず残念ながら遅々とした歩みとなっています」


「だが拉致された国民がいる以上それでは困るのだ。何らかの成果がないとな」


「成果であれば初期に奴隷となっていた人々を開放したではありませんか」


「それはその時点では良かった。だがなぁ~それでは拉致されたと予想される人数の四分の一にも満たないではないか」


「ですがダンジョン時間では既に数十年も経っているのですよ?近々に開放した奴隷を見ると既に三世代目が主で拉致された人は一人もいませんでした。過酷な扱いで存命率が低いのです」


「それは前にも聞いた。それも有って急かしているのだ。あと一年も経てば拉致された人々の寿命だからな」


「ですが強化人を使って地道に進めるしか手が無いのが現状です。急かしてもどうにもなりません」


「それも不味い。角付き供が成果を挙げても政府の威信回復には繋がらぬではないか」


「では強化人を軍に入れますか?そうすれば軍主導でダンジョンの攻略が可能となりますが」


「……それも検討に入れろ。このままでは国家がバラバラとなる」


 アメリカでもシナ人の乱を境にダンジョンに入る人々が増えていた。一般のアメリカ人にとってシナ人のテロリストから身を守るのに一番確実な方法がシナ人と対抗する勢力のダンジョンに逃げ込む事だったからだ。これは表面化した国民の二極化に拍車を掛ける事となった。アメリカでは支配層と一般大衆との乖離が大きくなり、国家が分裂の危機にあった。


 アメリカの強化人達は以前からカナダの強化人達を通じて裏で秘かに日本と遣り取りをしていたのだが、日本が太平洋への進出を開始したことで太平洋で直に接触する様になった。


「ユーマ、こちらで拉致されて奴隷となった人達がオーストラリアで解放されたと聞いたが本当か?」


「ああ、太平洋で日本と接触して引き取りを交渉中だ」


「??何で日本と?オーストラリアではないのか?」


「日本人が中心となってオーストラリアからチャイニーズとコリアンを排除したらしい。それでだ」


「チッ、チャイニーズの奴等、一時見かけなくなったと思ったらオーストラリアに逃げてたのか」


「向こうのチャイニーズと組んで国の乗っ取りを謀ったんだとよ。かなりやばかったらしいぞ」


「はっ、奴等の遣りそうなこった」


「それで日本人との交渉は上手く進んでいるのか?」


「本人の同意が有れば引き渡すとさ」


「同意も何もアメリカ人なんだろう?こちらに引き取れば済む話じゃないのか?」


「そんな単純な話ではないんだ。拉致された本人はそれで良しとしてその子供や孫は?皆ダンジョン育ちで向こうの血を引くのもいる。若い世代なんてチャイニーズのプロパガンダによって洗脳されているんだぞ」


「チャイニーズの洗脳か……あれは厄介だ」


 この洗脳についてはアメリカでも問題となっていた。奴隷から解放してもシナ人や半島人の文化基準に染まっていて周囲と馴染めない者が多くいた。ダンジョン時間で八十年近くに亘ってシナ人や半島人の奴隷とされてきたのだ。おかしくなっていない方がおかしい。それで洗脳を解く為に色々と手を尽くしているのだが効果のほどは分からない。奴等の文化基準に染まっているとすると強い方に阿っているだけな可能性も無きにしも非ずだ。


「まぁ、日本人との交渉はユーマに任せるとして、陸軍の件はどうする?」


「奴等が『陸軍に入れてやる』と言ってきたやつか?」


「ああ、その件だがどうする?」


「俺は無視だな。軍人なら身内にいるし、今更軍に入ってどうするよ」


 ダンジョンを忌避する人々が減るにつれて現役の軍人の中にも秘かにダンジョンに入る者が出ていた。流石に士官は少ない様だが一般兵にそれを気にする者はいなかった。こうして徐々にではあるが強化人の勢力が軍内部に浸透していった。作戦行動中にダンジョンに入った訳ではないし見た目は変わらないから黙っていれば分からない。


「そうだよな。シナ人の乱の前ならともかくダンジョン内の住人も増える一方だし今では軍無しでも充分に遣って行ける」


「軍に入ってもするのはチャイニーズのダンジョン攻略だろ?そんな事は今でもしてるじゃないか。意味はあるのか?」


「政府や軍には意味があるのさ。国と軍の威信が掛かっているからな」


「今ではダンジョンを忌避する奴等の方が劣勢なのにか?」


「まだ挽回が可能だと考えているのさ。政府の奴等はダンジョン内の人口が外より多い事すら知らないんだ」


「俺は何人か送り込むつもりだ。完全に拒否すると敵対の意志ありとされて後々面倒そうだからな」


「白人はそれでいいさ。でもアジア系は無理だな。奴等は俺達をチャイニーズと区別しない。揉めるだけだ」


「チッ、白人だけでは不味いか。……無視は止めだ。軍に入りたい奴がいたら送り込む」


「うちはメキシコの攻略に忙しいから多くは出せんよ」


 シナ人の乱より以前からアメリカの強化人は宗教、民族等の纏まり易い形に分かれて別々に勢力圏を形成してダンジョンの攻略を進めていた。アメリカの支配層の多くがダンジョンを忌避していた為にダンジョンの内情は外に知られる事もなく国内の縄張りがなされていた。これらは殆どの強化人が外の人々と表立って対立する必要を感じていなかったので裏で秘かに進んでいた。表面化しない様に衣料等の生活物資もカナダやメキシコから密輸して仕入れていた。国内需要が爆増したらダンジョン内の人口がバレるからな。

 シナの乱によってこの勢力圏が徐々に表に顔を出してきた。強化人が表に出てシナ人の強化人と対峙しないと地域社会を守れなかったからな。これらの地域ではダンジョンを積極的に利用して住民をテロから守護したのでダンジョンに入る住民が増えてダンジョンを忌避する住民は激減した。結果としてアメリカでは殆どの国民がダンジョンに忌避感を持たなくなった。

 アメリカでダンジョンに忌避感を持つのは支配層とキリスト教信者の一部と成ってしまった。既にダンジョン内の住民と外の住民の人口は逆転していてこの劣勢は覆せる状況にないのだが外の支配層の連中は気付いてはいなかった。




 日本政府はシナ人の乱以降のアメリカの状況を調査して南極大陸の現状に介入する余力はないと判断し、友好国と南極大陸の実効支配を公表する準備を始めた。

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