23 真由のダンジョン
うちの裏山にまたダンジョンが発生した。発見者は娘の真由だ。真由は子分の犬達を引き連れて毎日の様に裏山やダンジョンの中を駆けずり回っていた。それで山頂近くの祠の横にダンジョンが在るのを見つけたのだ。祠周りは毎朝掃除するからその日の朝までなかったのは確実だ。で早々に研究者の横井さんが遣ってきて調査を開始した。発生したばかりのダンジョンなんてそう目にするものではない。まだ発生から半日も経ってはいない事が確実なダンジョンを調査する機会なんてまずないだろうな。
発見者がうちの娘で場所もうちの山なので当然の事ながらこのダンジョンの占有優先権はうちにある。それで横井さん達の調査に同行する事となった。ダンジョンの入口は最初に発見したダンジョンとあまり変わらない。違うのは中身だ。ダンジョンの各層はかなり広くて、地面は土の様な感触だ。まるで人が入植するのが前提の様な感じだな。まだ何もないけど直ぐに畑も造れそうだ。海も造れるかなぁ。
「なんかすぐに入植できそうなダンジョンだな。確か俺が発見したダンジョンはもっと洞穴っぽくて各層も狭かったよな。地面ももっと硬かったし」
「そうねぇ。初めは動物の遊び場みたいな感じだったものねぇ。ミイが入り込んで遊ぶのが好きだったのよ」嫁さんが当時の事を思い出してそう言った。
今では面影も無いが俺が発見した当時のダンジョン内は地面が硬くて鼠がウロチョロしているぐらいだった。俺は秘密基地にしてあれもしたいこれもしたいと妄想を膨らませていたものだ。早々にダンジョンに魅入られて気が付けば畑や果樹園を造り始めていたけどな。
「初めは鼠のうろつく洞窟みたいな感じだったからな。でもここなら初めから海が造れそうだ」
「人の勢力圏内で最近発生したダンジョンは皆こんなものですよ。海外の状況は分かりませんが少なくとも日本ではそうです。入植が楽で助かってますよ」
どうやら最近発生したダンジョンは初めから人が入植し易い状態らしい。これはダンジョンが人を誘っているんだろうな。
「そうなんだ。明日から開拓を始めてもいいかな、横井さん」
「それは勘弁してください。発生したばかりのダンジョンの情報は本当に貴重なので一通りの調査が済んでからお願いします」
「そうなの?でも真由がもう何か植えていたけど?一層目は花で一杯にするんだってさ」
「あら、私には温泉を造って友達を呼ぶような話だったけど?」
「それは止めて下さい。調査が終わった後であれば好きにして良いですから」
「止めようにも家にはお昼ご飯を食べに戻っただけでずっとここに居る筈よ?」
「見つけたら止めようか。まぁ、夕飯には戻って来るさ。横井さんは調べるなら直ぐに始めた方が良いな。真由がうちのダンジョンからもうあちこちに移植し始めているかもしれない」
「……止めれませんか?」
「夕飯までは無理だな。だって犬に乗ってこの広いダンジョンの中を駆けずり回っているんだよ?見つかるとは思えないよ。自分のダンジョンだって宣言して浮かれていたしな」
「そうねぇ。もううちのダンジョンとは繋がっているだろうし移住も始まっているかもね」
「そうだな。真由はあそこの子供達とも仲が良いからな。今頃は一緒になってこのダンジョンの中で遊んでいるかもな」
夕飯頃には親父と娘の真由が犬達を引き連れて帰ってきた。取り敢えず調査が済むまではダンジョンの開拓は禁止な事を伝えたのだが既に幾つかの層には親父の手が入っていた。最深層では強化人の子供達が駆け回っているそうだ。……これはもう手遅れかな?明日になったらダンジョン時間ではひと月以上経つ事となる。少なくとも最深層辺りは草が生い茂っている筈だな。山羊やダチョウの放牧ぐらいは始まっていてもおかしくはないな。
「横井さんが明日来る筈だからその時にどうするか決めようか」
「もう手遅れじゃないか?」
「その辺りの判断は向こうがする事だから気にしても仕方ないよ」
「そうじゃな。何が知りたいんかもわしらには分からんのじゃしな」
「まだ何もないダンジョンの中を嬉々として調べてたからなぁ。何が楽しいんだか」
結局、次の日になっても横井さんは家に来なかった。来たのは三日後だ。どうやら深層部で強化人達と合流してそのまま調査を続けたらしい。ダンジョンの中だと四ヶ月相当だ。
「調査は終わった?」
「一応は終わりました。まだ調査は続けますけど開拓は始めても問題はないです」
「浅層にももう小動物が入り込んで草も生え始めているし、前のダンジョンよりも生物の繁殖が速い気がするけど?」
確かダンジョンを初めて見つけた時は一週間放置した後に中に入ったけどまだ草も生えてはいなかった。地面も硬くてとても畑なんて造れる状態ではなかった。
「私は以前の状態はデータでしか知らないのですが、明らかにダンジョン内の様相が変わっています。前にも言ったように入植が楽で助かっていますよ」
「もうダンジョンを好きに弄って良いんだな。じゃあ、真由を連れて行って来っかな。まずは温泉だ」
親父は真由と一緒にダンジョンの中に何を造るかの構想を練っていた。ここ数日は真由があれも欲しいこれも欲しいと言うのを絵にして一緒に楽しんでいたのだ。家族会議で浅層の五層までは真由が好きに開拓しても良い事となっていた。今迄は開拓済みの層の一角を弄っていただけだから娘は舞い上がっていて頭の中は妄想で膨れ上がっている様だな。突拍子もない事を考えていそうだが親父が付いているから問題はないだろう。
「真由はダンジョンにペンギンを放し飼いにするつもりだぞ」
「ペンギンって南極の?」
「南極のもだがもっと暖かい所のも放したいんだと」
「ん~環境を造る事は出来なくもないけどペンギンの入手が難しくないか?日本で飼育しているのは動物園か水族館だ」
「何とかならんのか?」
「横井さんに相談してみようか。繁殖目的なら可能かもしれない。温泉生物の前例もあるし」
以前ダンジョン内に温泉を造る時に絶滅危惧種の温泉生物の話が出ていたが、それを切欠に今では様々な絶滅危惧種の繁殖がダンジョンを利用して進められていた。ペンギンは全ての種類が絶滅危惧種でもないけど繁殖目的なら問題はない気がする。ただもう動物園辺りが遣っていそうだよな。それで横井さんに相談してみたところが……
「ダンジョンでペンギンの繁殖ですか。動物園も水族館も今はたいへんでペンギンどころではないんですよ。相談すれば乗ってくると思いますね」
「たいへんって……ああ、例の猛獣の処理とかの話ですか」
「そうです。動物園では猛獣対策を優先するからペンギン等は後回しですよ。ペンギンも例によって強化されて体格が大きく成っていますからね。設備も手狭となっていて問題となっているし研究と絡ませれば許可は下りるでしょう」
動物園の動物達がダンジョンのナノマシンで強化獣となり問題視されているが動物の多くは四年もあれば成獣となるから予想はされていた話だ。ダンジョンの氾濫の前から世界中で猛獣の強化獣が問題になっていたからな。殺処分が一番楽な方法なのだが当然の事ながら反対する人が多く、断種しようにも絶滅危惧種だからと待ったがかかった。そうして日本では決断する人もおらず先送りしている間に動物達が育ってしまって手に負えなくなった。特に肉食獣は深刻で人の飼育下にある為か野生よりはおとなしいが体格が二倍以上とあっては餌代も馬鹿にならないし施設の強度も不安だ。
それで今では無人の離島のダンジョン内の生態環境を整えて纏めて送り込んでいた。幾層か毎に環境を替えて動物達が移動し辛くしたりして溢れ出ない様な工夫をしてはいるらしい。仮に溢れ出ても孤島だから海を渡れない限りは問題とはならない。
水族館では魚を繁殖させてはいないから大丈夫かと思いきや、知らぬ間に一部の水槽にダンジョンが発生していて気付いた時にはダンジョンで繁殖した魚達が蔓延っていたらしい。十日もあればダンジョン時間では一年以上だから魚なら直ぐに増えそうではあるな。例の硬いものを齧る魚が繁殖し始めたら水槽が倒壊しかねない状況だ。
そんな訳で動物園や水族館では取り扱いの厄介な生物への対処を優先していた。強化されたペンギンはどうかと言うと体が大きくはなったが性質は変わらずで問題となっているのは餌代だけだそうな。これならダンジョンでペンギンの放し飼いが可能ならそれに越したことはない。ダンジョン内なら餌の魚も繁殖可能だから適切に間引きさえすれば動物園や水族館で飼育するよりも楽な筈だ。
ダンジョンでペンギンを放し飼いする件については特に支障もなく許可が下りた。それでうちの家族は誰もペンギンに最適な環境を知らないので水族館と組んで進める事となった。海をつくる技術は熱帯から寒帯まで既に確立済みなので後はペンギンの生態に合わせて環境を整えるだけだ。うちの親父は拘るたちなので如何遣ったのか態々南半球の魚まで用意していた。ここで問題となったのはペンギンの間引きの方法だ。うちのダンジョンでは今迄は魚介類だったら養殖の延長、動物なら牧畜の延長な感じで人が頂点の捕食者として食べるものを基準に開拓してきたからそこまで拘ってはいなかった。人が食べる事で適度な間引きとなる様に調整すれば済んでいたからな。だが今回の場合はペンギンの飼育だから自然に拘るならペンギンを捕食するアザラシ等も放つ必要がある。だがそれらを適度に間引くとしてペンギンもアザラシも日本人には食べる機会も習慣もない。どちらも食べれるのは知っているけど旨いのか?
「ペンギンの間引きは真由が許さんじゃろうな」と親父が呟いた。
「アザラシを使ってもか」
「ペットの放し飼いのつもりじゃ。アザラシの導入はなしじゃな」
「なら如何遣って間引くつもりだ。捕食者なしでは増えるだけでどこかで破綻するぞ」
「当面は大丈夫じゃ……ダンジョンじゃ無理か。すぐに増えよる。……強化人達に時々間引いて貰うしかないわな」
「間引くにしても家の食卓には出せんよな。俺もペンギンは食べる気にはならないし」
結局、この問題は先送りとなった。ただペンギンを放つ前には決めておこうとは決めた。
最近の真由は毎日飽きもせずにペンギンについて嬉々として話していた。ダンジョン内のペンギンを放つ海の方は強化人達の手伝いもあって着々と進み三つの層に三つの環境の海が出来上がり魚の放流も済んで増やしている所だ。環境が整うまでにはまだ少しかかりそうだがあとひと月もあればペンギンが放てる状態らしい。
「それで今日はペンギンに会いに行ってきたのー」とその日の夕飯でも真由は嬉々として話していた。
「そうか良かったな」
親父と一緒に水族館にでも行ったのかな?
「寒くてね。皆で集まって固まっているんだよ」
「群れで固まった方が暖かいからな」
「ダンジョンの外でも中でも皆で集まって固まっているんだよ」
ダンジョン?
「真由がダンジョンって言っているけどダンジョンでペンギンを飼育している水族館ってどこ?」と親父に目を向けた。そんな所があるなら参考に見てみたいよな。
「儂は知らんぞ。儂は真由と一緒に行ってはおらんからな」
「あれ?親父じゃないのか。じゃあ誰と一緒に行ったの?」
嫁さんとお袋に目を向けたら首を横に振っていた。二人でもないらしい。でも一人では行けんよなぁ。
「真由は誰と一緒にペンギンに会いに行ってきたのかな?」
「ダンジョンの友達とだよ?ペンギンに会いたいって言ったら連れて行ってくれたのー」
強化人の子供達のことだよな。はて?強化人がペンギンを飼っていたら態々うちがペンギンの繁殖する場をダンジョン内に造る必要は無いよな?もうあるんだから。
「パパもペンギンに会いたいなぁ」
「いいよ。明日も会いに行くからー」
「爺ちゃんも行っていいかい?」
「じぃじも?ん~別にいいよ」
そうして連れて来られた先はこれはあかんやつや。うちのダンジョンを通って連れて来られたダンジョンの浅層には確かにペンギンが居て群れで固まっていた。でもダンジョンの外には何もなくて氷原が広がっているだけ。如何見ても日本じゃない。新しく領土となった北海道の先の島々ならこんな光景も在るかもだけどそこにはペンギンはいない。…………此処は南極だな。
「此処は如何見ても日本じゃないよな」
「ああ、南極じゃな」
「何で南極に日本のダンジョンが在るんだよ!」
「なんだ。知らんかったんか?昭和基地の傍にダンジョンが在って攻略済みなんじゃぞ」
「その話は聞いた覚えがあるかな?だけどダンジョンの外には基地なんてないじゃないか!」
ダンジョンの外は晴れ渡っていて周囲の様子は見渡せた。有るのは氷だけで矢鱈と寒くて着て来た服では寒くて仕方がない。何処にも基地らしいものはないな。ペンギンが歩いて行く先には海があるんだろうな。
「じゃあ、基地の傍のダンジョンじゃないんじゃろ。攻略したダンジョンが一つとは思えんし」
「それって一般人が知ってもいい事か?」
「不味いじゃろうな」
「俺達、此処に来ても良かったのか?」
「不味いじゃろうな」
「如何するんだよ」
「如何するって、儂等が来れるってことはじゃ。もう既に誰かが来てるってことじゃ。じゃが世間は知らん。皆口を噤んでいるってことじゃ。黙っとればいい」
「横井さんぐらいには話した方がいいと思うがな」
「話してもいいが横井さんはとうの昔に知っとるじゃろうな。ダンジョンの研究者が知らんわけがない」
「……そうか。そうだな。知っていてもおかしくはないな」
「儂等は黙っとればいい。ダンジョンのことはダンジョンの外では必要以上に話すもんじゃない」
「でもこれなら態々ダンジョンの中でペンギンを放し飼いにしなくてもいい気がしないか?」
「それは真由が決めることじゃな。それに今迄も外にあるもんを中に移植してきたんじゃ。同じ事じゃろ」
確かに言われてみれば温泉もダンジョン内に態々造らなくてもと言う人はいたな。それにペンギンだけを放す訳ではない。海には魚も放すから親父は趣味の釣りが可能だな。
「横井さん。この前、娘と一緒に南極に行ってペンギンを見て来たんだけど……」
「……極秘事項なので黙っていて下さいね」
「やっぱり極秘なんだ」
「ええ、近いうちに公表されるとは思いますけどそれまでは極秘です。知っているのはダンジョンに住む強化人と一部の人だけです。まぁ、一部と言っても強化人達と親しい人は知っていたりするんですけどね」
「そうなんだ。ダンジョン内では公然の秘密な訳だな」
「ダンジョンは繋がっていますからね。一度行けばいつでも行ける様になる訳ですし」
「ペンギンの繁殖の件はこのまま進めても構わないんだよね」
「ええ、このまま進めて下さい。色々と活用できそうですから」
「そうなの?」
「南半球の生態系の再現はまだ進んでいないんですよ。こちらのダンジョンではかなり真面目に再現を試みていますよね」
「ああ、親父が凝り性だからな。魚も海藻も全てあちらのを取り寄せて……」
あれ?如何遣ってだ。日本にあるとは思えないよな。以前ならともかく今は交易もままならない状況だ。今の国際状勢で南半球の魚を生きたまま持ってくるなんてダンジョンを使わないと無理だ。
「あのーもしかして横井さんは知っていました?」
「何をですか?」
「親父は随分前から南半球に行っていたんでしょう?いつからですか?」
「気付きましたか。ダンジョンにペンギンを放つ海を造り始めてだから確かに随分前です」
「何で黙っていたんだ?」
「極秘ですから」
「そうだな。知らない奴に話していい事ではないな」
「遠回しには伝えてはいたようですよ。魚を獲りに行く時とか」
「そう言えば誘われた気もするな。魚を獲りに行くぞとか。ただの受け取りだと思ってた」
「その時に付いて行けば南半球にあるダンジョンに行けたんですよ」
ダンジョン内でペンギンの放し飼いを始めた。娘は大喜びで燥いでいたがこの件はまだ極秘事項の筈だ。外の友達はペンギンの層には呼べないな。