19 アメリカ大陸の状勢
独立後のアラスカは日本の支援もあってダンジョンの攻略が進みダンジョン内の人口を急増させていた。地上の人の領域も確保に成功して取り敢えず亡国の心配は無くなっていた。
日本はアラスカとの協約に従ってアラスカ半島から北のベーリング海から北極海に亘る沿岸沿いから内陸に向けて集落を保護する形でダンジョンの攻略を進めた。そして半年程で主な村や町の保護とその地へのダンジョンの利用技術の提供を完了した。
「皆ご苦労様。これでアラスカと約束した件は終了だ。アラスカにおける日本によるダンジョンの攻略は此処まで。後は現状の維持と支援活動に移行する。何か聞きたいことはあるかな」
「次は何処ですか?」
「次はグリーンランドの隣の新たに日本領となった島かな?カナダかもしれんな。残留者を除いて何処かに割り振られるだろう」
「残留希望者は当初想定よりも二割程多いですよ?」
「実際は五割増しだよ。除隊してアラスカへ帰化申請した者がいるからな。頭が痛いよ。隊員の育成にもそれなりの金がかかっているんだからさ。任務遂行中はともかく休暇中の色恋沙汰にまで口出しは出来んし、任期が明けてから除隊されればそれまでだからな」
「独身者が多いですし派遣先ではちょっとした英雄扱いで娘達が寄ってきますからね」
「だけど除隊しての帰化申請がここまで多いのは本当に想定外だったんだ。ダンジョンで日本と繋がっているから問題ないと考えていたんだが」
「ダンジョンを使えば日本と容易に行き来が可能だから返って抵抗がないのではないですか?アラスカとはパスポートを携帯していれば日本との行き来もビザなしで良しとなっていますからね。きっとカナダでも同じ事になりますよ?」
「もうなっているんだ。アラスカもカナダも除隊者の受け入れに積極的なんだよ」
「あちらにしてみればダンジョン利用のノウハウが人材ごと確保可能ですからね。仕方ないですよ」
「政府の方針で止める事も出来ないんだ。まだまだ増えそうなんだよ。本当に頭が痛いよ」
協約によるアラスカやカナダへの移民枠は元々はダンジョン攻略後の強化人を想定したものだったのだが派遣した自衛官や自衛隊員の中に除隊して移民する者が増加していた。日本国内での自衛隊の待遇が決して良いとは言えないのでこんなことになっているのだ。待遇を改善しようとすると何故か反対する政治勢力があってこの人材の流出は止めれそうになかった。
因みに南極大陸には自衛隊の現役は派遣していない。南極には猛獣の類はいないので自衛隊は必要ないのだ。日本国内では表向きは南極基地は撤収して使っていない事になっていて、極地におけるダンジョン攻略の件は国内でも極秘で一部の者しか知らない事になっていた。強化人達には筒抜けでダンジョン内に居住する者であれば秘密でも何でもないのだが政治的にはそうなっていた。
何でも反対する政治勢力の人員の多くはダンジョンへの忌避感からかダンジョンに入る事はしないのでこの辺りの情報を自ら遮断した状態だ。情報を得る為にダンジョンに一度でも足を踏み入れたらダンジョンに魅入られて反対勢力からは離脱してしまうから彼等にはダンジョン関連の情報は表面的な事しか入らない。ダンジョンについて探ろうとすればするほど離脱者は増える状況だな。この反対勢力はダンジョンの外では未だに一定の政治的影響力があって厄介な存在ではあるもののその政治的な影響力を日に日に落としていた。
ダンジョンの発生当初、アメリカでは所謂白人にダンジョンを忌避する人が多くテロまで発生して問題となっていたが、連邦政府はダンジョンの有用性を重視してアメリカ軍によるダンジョンの攻略を秘かに進めていた。ところがダンジョンの氾濫が始まり、シナやその周辺で強化人による内戦が始まり暫くすると方針が一変してアメリカ軍によるダンジョンの攻略は中止となった。ダンジョンの攻略は禁止はされないものの国が率先して進める事ではなくなった。政治的には明らかにダンジョンの有用性よりも危険性が重視される様になって行った。そしてダンジョンに対するテロが続いた事もあって社会は不安定となって行った。
現在のアメリカ政府は守るものや場所については優先順位を付けて線引きをしていて、表向きは取り繕っていたが明らかに金持ちを優先していた。そんな感じでアメリカ国内では上下の二極化が進行して行った。まぁ、上下の二極化自体は昔からの話かな。当然の事ながら強化人達は下だ。アメリカの強化人達は表向きはともかく裏では二等国民扱いであった。強化人達はダンジョンに籠って生活する分には二等国民なんて事は関係の無い話なので気にもせずにいた。彼等にとっては獣達との勢力圏争いの方がよほど重要で、地上で人と争っている余裕などはなかった。
そうすると金持ち達はアメリカ軍が優先して守ってくれるから問題はないのだがその他の大衆は自分で身を守るしかない。その点では銃社会アメリカは権力者にとっては都合が良かった。武器を供給する事で守る手段は提供しているといくらでも取り繕えた。これはアメリカ人の国民性とは合っていたので表面的には問題はなかった。これに加えて情報を操作すればいくらでも取り繕えた。
それで実際は獣達の攻勢に対して強化人達がダンジョンを攻略して緩衝領域を造りカバーしていたのだが表向きはアメリカ軍が全ての人の領域を守っている事になっていた。
「角付き供は思っていたよりも使えるな」
「ええ、角付き供にダンジョンの攻略を自由に進める権限を与えて以降、獣達の勢力圏の拡大が明らかに鈍りました」
「奴等が如何遣っているのかは知らんが利用価値はあるな」
「都合の良い事に角付き供は地上には出てきません。全ての功績を軍のものとする事が可能です」
「実際に地上で獣達と戦っているのは軍なのだ。戦闘の功績が軍にある事に間違いはあるまい」
「でも角付き供の貢献は大きいですよ?」
「その対価は払い済みだから問題はない。国土のダンジョンの占有の優先権を与えたではないか」
アメリカではダンジョンの危険性を鑑みて占有者のいないダンジョンについては強化人に攻略する権限を与えていた。ダンジョンに対する忌避感からかダンジョンを占有する者が元々少なかった事もあって特に問題にはならなかったらしい。日本からアメリカ軍を撤収する際に揉めたのは何だったんだ。
そんなアメリカの強化人のコロニーは多岐に亘っていた。これは多民族国家なので仕方のない事だが他国に比べて強化人同士の纏まりも悪かった。人口の四割以上を占める白人は宗教的な忌避感からかダンジョンに入ることを良しとしない風潮にあった。その為、白人を祖とする強化人はその人口に比して極端に少なかった。それで強化人の人口はヒスパニック系:千五百万人、アフリカ系:千二百万人、アジア系:五百万人、白人系:四百万人、先住民:二百万人で総勢三千八百万人と言った所であった。ダンジョンの利用が進んでいない為かダンジョンを忌避する社会的な風潮の為か日本と比較すると強化人の人口は極端に少なかった。それが日本が繋ぎを付け始めた頃のアメリカの強化人の状況だった。北極海会議が極秘に開催された時期だな。
日本がアメリカで最初に繋ぎを付けたのは白人系の強化人達だ。これはカナダを通しての話だったので仕方のない話だな。カナダは人口の八割近くが白人なのだからそうなる。日本政府はアメリカ政府とは決して良い関係とは言えない状況だったので表向きは何もせずにいた。
「外の奴等には気付かれていないな」
「気付かれるも何も奴等はダンジョンには入ってこないだろ」
「確かに。入ってきたらダンジョンに魅入られるからな」
「何を恐れているんだろうな」
「子供に角が生えるのが嫌なんだとさ。外にいても時間の問題なのにな」
「……だったら鬣にすれば良いのに髪の毛も鬣の一種だから問題はないだろうが」
「鬣も鉤爪も牙も嫌なんだと」
「わがままな奴等だな」
「まぁ、その御蔭で気付かれずに済んでいるんだからな」
アメリカの強化人にはカナダ経由でダンジョンの利用ノウハウが伝えられ秘かに広まっていて人口が急増していた。この調子で増えれば一年後には軽く二億人を超えると言うのに表の権力者達は気付いてはいなかった。彼等にとってダンジョンは忌避すべき存在で強化人達は暴れている強化獣達を押さえる道具でしかなかった。毒を以て毒を制すぐらいの感覚でいたのだ。
一年半後には地表に住む住民よりも強化人の方が多くなるのに。強化人達が表舞台に出て来るだけで権力基盤が吹き飛びかねないのに。アメリカの権力者たちは気付いてはいなかったのだ。日本がした事と言えばアメリカの強化人達の人口増を促しただけの事だ。
日本はカナダの強化人を通してアメリカの状勢を探っていた。するとアメリカでは今迄通りアメリカの軍事力に頼って人の勢力圏を維持しようとする上流階級を中心とする勢力と日本等と同じ様にダンジョンを利用して人の勢力圏を維持しようとする勢力に分かれ始めていた。
日本にとって厄介なのはアメリカ軍を押さえている勢力であった。奴等は核兵器を持っている。核兵器を使われてもダンジョンがあれば生き延びる事は可能だが地上の施設は壊滅する。復興は可能だろうがそんな事に時間をとられたくはないな。
日本は秘かにカナダ経由でアメリカの強化人達にダンジョンの利用ノウハウを流していた。日本はアメリカの強化人達の人口増を促す事でアメリカ国内の二極化の進行を促していた。
中南米から南米にかけてはジャガーの攻勢が強く、人の勢力圏は日に日に狭まっていた。多くの国が既に亡国に近い状態で真面に機能してはいなかった。それでも寒冷地と山地は少しマシな状況でチリとアルゼンチンの南部では人の領域がかなり残っていた。日本からは地球の裏側なのでダンジョンの氾濫以降は接触できる状況にはなかったが日本政府は南極をある程度まで攻略してから接触しようと考えていた。だが南極の攻略を十ヶ国で進め始めた頃にはチリとアルゼンチンはヨーロッパとの結びつきが強いからと日本政府は接触しようとも考えなくなっていた。日本が単独で接触する事は協約で禁止されていたしな。
「何で日本が主導して南米に自衛隊を派遣する事になったんだ?ヨーロッパの連中に任せる事になっていた案件だよな?」
「開催中の北極海会議で急遽決定いたしました。先年は日本は接触するなよとヨーロッパの連中に牽制されていたのですが」
チリとアルゼンチンは元々白人志向が強い国で人口構成もヨーロッパ系の移民が多い感じだ。それでその懐柔もヨーロッパが主導する筈だったのだ。日本には要請がない限り何もするなとの念押しがあった。
「そうだよな。それでヨーロッパ諸国が主導するとして各国の了承も得られていた筈だ」
「そうです。会議の場ではその方針で二国との接触を開始する決定がなされるだけの筈だったんです」
「それが何で日本が主導する話になっているんだ。おかしいだろう?」
「それが先年とは雰囲気が一変していて、日本にもっと積極的に関われとの正式な要請があって、反対する国も無くてこうなってしまいました。日本側は南米での権益が増大する方向なので乗り気となる人がいて私一人が抵抗しても流れは変わりませんでしたね」
「……嵌められたな。だが正式な要請があって日本が補佐するのは良しとして、何で主導する事になった」
「ヨーロッパ諸国には余裕がないそうです。アフリカ大陸にてライオンを筆頭とする獣達が隆盛でもうエジプトまで来ていて自国を守るのに人手がいるそうで。それで南米は日本の主導でとの流れです」
「……南極と南米を秤にかけて南極の方が美味しいからと南米を日本に押し付けてきた訳だな。何で補佐に留めなかった」
「南米での権益の拡大に目の眩んだ馬鹿が予め落とされていました」
「南極大陸での権益を優先するのが当然だろう?何でそうなる」
「馬鹿を送り込んだ日本が悪いんですよ。会議直後は手柄を上げたつもりでいましたから。私が南極の権益の話を振ったら真っ青になっていました。手柄どころか明らかな失点ですからね。でも後の祭りです」
「南極に回す予定の人手を南米に回す事になる認識が無かったのか?」
「認識はあっても軽く考えていた様です。日本が島国だからか大陸に於ける獣達との勢力圏争いに対する認識が甘いんですよ。それを見透かされてヨーロッパの連中に上手く乗せられたようですね。事前に相談でもあれば良かったのですが事後では手の打ちようがありませんでしたよ」
「せめて補佐に留めていれば良くやったと言う所だが。表向きは功績に見えるから扱いに困るな」
「南極攻略はまだ極秘扱いですから確かに失点には見えませんよね。日本の権益を拡げた様に見えます」
「こうした輩は保身には長けているから困るんだよな」
日本はこうしてチリとアルゼンチンの懐柔を開始した。あちらにしてみれば地球の裏側から態々何しに来たって所だな。日本は両国との会談の場で既に南極大陸の攻略が始まっていて大陸の半分以上が攻略済みな事を示した。だが両国は南極大陸の実効支配については容易には信じなかった。彼等は領有権主張の為に苦労して常住住民を置いた基地を維持していたのだがダンジョンの氾濫以降は維持が困難となり撤収していたからだ。
日本がダンジョンを利用した極地の攻略と人の勢力圏の維持を提示しても信じようとはしなかった。南米大陸にはヒグマの様な寒冷地に適応した猛獣はおらずヨーロッパの様な切迫感がなかった。ジャガーは寒冷地が好みでは無い様で両国における被害は比較的少なかったのだ。寒冷地におけるダンジョンの利用はそれなりに進んではいたのだが貧困層に留まり、権力者はその有用性の実感に乏しかった。彼等はダンジョンがそこまで使えるものとは信じていなかった。
日本はダンジョンの有用性を示すためにダンジョンの攻略から始めなければならなかった。まずは南極にある彼等の基地辺りのダンジョンを攻略して日本仕様に仕立て上げた上で共用のダンジョンとした。これでダンジョンを攻略すれば南極に居住可能な事は一目瞭然だ。そして重要な会談はすべてここで行う様にした。ダンジョンを使えば本国と南極は行き来が可能だからな。
南極のダンジョンを体験して以降の二国の動きは異様に速かった。ダンジョンに一度でも入ればダンジョンに魅入られてしまうからな。二国からは船で直接乗り込めると言う利点もあって大量の人員を南極に投入し始め、自国のダンジョン攻略も次々に進めて行った。幸いなことに二国ではアメリカ合衆国の様なダンジョンに対する忌避感はなかった。どうもクリスチャンと言っても彼等はヨーロッパ人ほどはダンジョンに対する忌避感がない様だな。ダンジョンの攻略も南極大陸に比べれば面倒だがアラスカやカナダに比べれば楽なものだった。自衛隊の投入もアラスカやカナダ程は必要もなく済みそうであった。ヨーロッパの連中は今迄何をしていたのだ。
南極では長らく日本しか活動してはいなかったのが北極海会議以降は会議参加国が競ってダンジョンの攻略を進めたので二年程で南極大陸をそれらの国と南米の二国で実効支配する状況となった。これは日本が想定していたよりも速いペースだ。当初想定した三年も掛からなかったな。日本は南極大陸の半分を領有する事となった。