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18 北極海会議

 北極海会議が秘密裏に開催された。当初は北極海に面する六ヶ国だけの予定だったのだが南極攻略の件もあってイギリス、フランス、ドイツ、台湾を加えた十ヶ国で極地のダンジョン攻略の会議として開催する事となった。

 この会議参加国の中でイギリスだけはダンジョンの氾濫による獣達の被害には殆どあっていない。これは狼も熊もいなかったから当然の事だけど代わりに人が押し寄せた。近場の安全地域との事でヨーロッパの人々がトンネルと船を使って押し寄せたのだ。イギリスは仕方なしにこの難民の波を受け入れては国内にあるダンジョンに送り込んだ。ダンジョンを難民キャンプにしないと難民を養えなかったからだ。イギリスでも秘かに強化人は増えてはいたのだがこの時点では推定で二百万人程度で、これはフランスやドイツも同じぐらいだろうな。それがこの様に強制的に送り込まれたことで一気にダンジョン内に居住する者が増えて、イギリスでは知らぬ間に強化人の人口が一億人を超えていた。外に住むイギリス国民や難民を合わせると二億人を超えていた。因みにフランスとドイツの強化人の人口はこの時点で夫々二千万人程になっていたが両政府ともに把握してはいなかった。ロシアと協約を結んだ時点で三ヶ国の人口は合計すると既に四億人近くに膨れ上がっていたのだ。その内の一億五千万人は強化人だ。ヨーロッパで中国の様に人の氾濫が起きなかったのはヨーロッパの強化人達の権力志向が強くなかったからに過ぎなかった。かなり際どい状況であったのだ。


 ロシアと協約締結後のヨーロッパ諸国はダンジョンの利用効率が一気に上がったので人口も急増して半年ほどで三ヶ国の強化人の人口の合計は三億人を超えた。ロシアの勢力下の強化人と合わせると五億人越えである。因みにこの時点の日本の強化人の人口は四億人でアラスカは二千五百万人、カナダは一億五千万人、台湾は一億七千万人であった。

 グリーンランド?グリーンランドの強化人の人口は千六百万人程だ。あと一年あればダンジョン時間だと四十年だから八千万人に届くかもしれないな。グリーンランドにはそれを余裕で可能とするに足るだけのダンジョンがあった。




 北極海は日本とロシアで暫定的にダンジョンの攻略に上限を設けていて、排他的経済水域なので北極海に面する国々でダンジョンを分けようと決めていたのだが……


「それでは北極海会議の常設会場はグリーンランドに設けるとの事で宜しいですか?」


 反対する者もいないのでグリーンランドに常設会場が設けられる事に決まった。此処まではロシアと日本の思惑通りだ。


「次に北極海上のダンジョンの取り扱いは六ヶ国の排他的経済水域内なのでこの六ヶ国の優先権を認めて八割を六ヶ国で均等に分け、残りを該当外の会議参加国で均等に分ける事とします」


 擦った揉んだした挙句こうなった。ダンジョンについては取り決めが無かったので領土に該当するのか資源に該当するのかで揉めたのだ。領土ならば公海上であれば早い者勝ちだろう。資源であれば排他的経済水域に該当する国のものだ。此処で領土だとの話にならなかったのは早い者勝ちでは日本が圧倒的に有利な状況にあったからだ。日本は既に北極海を縦断する形でダンジョンの攻略を進めていてそれが止まっているのはロシアとの協約があるからで新たな取り決めがなされればそれに従う事となっていた。だけど資源だとすると非該当国の手には入らない。日本は初めからダンジョンを独り占めする気も無かったので静観、ロシアは日本とまではいかないがダンジョン攻略を進めていたので静観、揉めたのはヨーロッパの三ヶ国及び台湾と残りの四ヶ国だ。日本とロシアは会議が揉めている間も南極でダンジョン攻略を進めていて、会議が長引けば長引く程取り分が増える勘定だった。で最終的には領土か資源かは棚上げにして分割する事となった。まぁ、落とし所はそんな所だろう。日本以外の国は北極海における日本のこれ以上の権益の増大を望まず自国の権益は増やしたいのだ。ダンジョンの取り扱いについては曖昧にして置く事で日本を押さえた形かな。これなら日本の北極海におけるダンジョンの数は現状から微増と言った所だ。




 世界中でダンジョンが氾濫する半年ほど前の南極大陸にて、日本は自国の基地周辺のダンジョンから秘かに攻略を始めた。ダンジョンの氾濫以降の日本は諸国が退去した南極大陸にて沿岸部に沿ったダンジョン攻略と南極大陸を縦断するダンジョン攻略を秘かに進めた。日本はロシアと協約を結ぶ頃には既に大陸の縦断を終えていて反対側からも沿岸部の攻略を始めていた。この時点ではまだ日本だけで南極の攻略を進める予定でいた。

 日本が異星人の侵略を恐れてロシアを引き入れる頃には南極大陸の三分の一に当たる領域において疎らながらもダンジョンの攻略を終えていた。あと五年も有れば日本単独でも南極大陸全土のダンジョンを概ね攻略できる予定ではいたのだ。

 それが今では十ヶ国で南極大陸のダンジョン攻略を進める事になっていた。


「南極大陸についてはダンジョンを攻略して占有した国がそのダンジョンに関する全ての権利を持つ事とします。要は早い者勝ちです」


 南極大陸に関してはセクター主義でもって領有権を主張する国々はあったが実質的に領有している状況にはなかった。実効支配する方法が無くてどこもが認める先占を成し遂げた国が無かったからだ。だけど地下資源等は豊富そうなので抜け駆け禁止の相互監視体制となった。南極条約が結ばれたのだ。この条約によって諸国の権利は長らく凍結されていた。

 そこにダンジョンが発生した。ダンジョンは氾濫を起こして世界中が混乱した。そして南極条約締結国の幾つかは既に亡国となっていた。しかしその一方で人はダンジョンを利用する事で極地に住む事が可能となった。南極大陸の先占を可能とするダンジョンの利用方法が日本で開発されたのだ。

 日本とロシアは既に南極大陸のダンジョンを攻略中でそれを知っているのは北極海会議に参加する十ヶ国だけだった。


「現状ではこの北極海会議の参加国しかこの極地での権益には気付いておりません。自国の権益を守る為にも慎重な行動が必要となります。特にアメリカに知られる訳にはいけません。その為、共用のダンジョンをグリーンランドと南極点近くに設置済みです」


 日本とロシアは南極大陸で先行してダンジョンの攻略を進めていた。南極の共用のダンジョンは試験を兼ねて日本とロシアが共同で設けたものだ。アメリカのアムンゼン・スコット基地が近くにあるが今は退去して無人だった。場所を南極点近くに決めたのは面倒だったからだな。此処なら近くには退去済みのアメリカの基地しかないし何処の国の基地からも程々に遠いので一番揉めないで済む筈であった。


 こうして北極海会議で極地攻略に関する協約の枠組みは決まり、参加国は極地のダンジョン攻略を開始した。








 南極大陸における各国のダンジョン攻略が軌道に乗り始めた頃に日本はダンジョンに関する研究の成果を踏まえて北極海会議の場で地球に異星人が迫っていると警告を発した。取り敢えずこの推論に至った経緯と日本の研究成果を付けてだ。だが各国の反応は今一つだった。

 現状では極地のダンジョン攻略に手一杯の国が多く、異星人が来る事よりもナノマシンに興味を持つ国の方が多かった。特に強化人の姿形を気にしていたクリスチャン達にはナノマシンの反響は大きかった。研究を進めれば姿形を変えずに済むかもしれないからな。ヨーロッパでは姿形を変えずに済む研究を進めるらしい。日本はこんなナノマシンを造った異星人が地球に来るんだよと脅威を伝えたつもりだったんだけど?……反応があるだけマシか。

 日本から情報を入手済みであったロシアはナノマシンが生物の能力を強化する仕組みの方に興味を持っていて研究に着手済みの様だった。強化獣と対抗する為に強化人の能力を更に高めたいらしい。だけど下手に扱うと人以外の獣達も更に能力が高まって危険な気がするのだが……問題はないのか?

 日本のナノマシン研究はどちらかと言うとダンジョンの利用や制御に重きを置いていた。出来得ればダンジョンの中に諸々の設備を構築したかったからだ。現状だと地上では獣達との勢力圏争いからは逃れられないので大深度地下利用を進めていた。仮に地表を獣に占領されても地下施設とダンジョンが在れば文明は維持出来るかなと考えてだ。これがダンジョン内で全てが可能であれば地下スペースの確保等の諸々の手間が省けるためダンジョン内に設備を設置可能な方法がないか研究を進めていた。


「第二次成長期に姿形を調整する研究の進捗状況は?」


「角と鬣等を選択する事が可能になったわ」


「日本ではあまり意味があるとも思えんな」


「もうあまり違和感もなく強化人達が姿を見せているものね。角も鬣も装飾品扱いだし」


 ヨーロッパ人は拒否感を示しているがそもそも人の髪自体が鬣の一種なので強化人の角にしろ鬣にしろそれが少し目立つようになっただけの話なのだ。強化人の角は髪の毛の変容したものでサイの角と同様のものだ。本来は武器なのだろうが強化人の間では装飾の一種となっていた。髪の毛と同じで角には神経も通ってはいないから装飾の為に模様を彫る事も可能だし形状を加工して先を尖らせることも丸める事も可能なのだ。首の周りの鬣なんかも弱点の首を守る意味ではすごく有用であるがやはり装飾の為に編み込んだりしていた。そうなると遠目には豪奢なマフラーにしか見えないのだ。日本ではそんな強化人の真似をした装飾品なんかも売り出されていた。


「角や鬣は無くすのは無理なのか?」


「遣れない事は無いと思うけど……でもそれでは強化しないのと同じよ?」


「強化して且つ角や鬣等を無くすことは出来ないのか?」


「角や鬣は象徴的な意味しか持ってはいないの。実際は皮膚も骨も毛も力の向上に合わせて強度が上がっているだけなのよ。丈夫にしないと強化された力で自傷してしまうもの。仮に力をそのままに角や鬣を無くしても皮膚が角質化したりする事になるわ」


「角質化?どんな感じ?」


「サイの皮膚みたいになるって事よ。アルマジロやセンザンコウの様な毛の鱗化もあるかもね」


 強化人の身体上の変化は全て人が持っているものが変化しているに過ぎない。角は毛が変化したものだし鬣は毛そのものだ。毛も進化の過程で鱗から変わったものだ。毛が鱗に戻ってもおかしくはないな。


「それはヨーロッパ人の目指す処ではあるまい。彼等は第一世代の様になりたいのではないかなぁ」


「だけど強化なしでは寿命は延びないわよ?それに知能も上がらないから日本の目指す処ではないわね」


 日本は異星人が地球に侵略して来る前提で行動しているのだ。異星人と対抗するのに能力を下げる方向の選択はないよな。


「角等の身体的な変化と寿命がセットな訳か。好いとこ取りは出来ないのだな?」


「動物実験で確認した限りでは能力の強化によって寿命は二倍から三倍となるけどでもそれは身体的な変化とセットよ。最初にダンジョンに入った第一世代を調査した限りでは身体がそのままでもダンジョンに籠れば多少の身体能力の向上や老化防止の効果はある。だけど寿命は百二十歳前後が限界ね」


「ロシアが進めている人の更なる強化の方は?」


「今以上となると土台を弄らないと無理かしらね」


「土台?」


「だから今みたいなミトコンドリアを弄ったブースターではなくて人の遺伝子を弄らないと無理よ」


「それは可能だとしても人から外れる可能性がなくないか?」


「確かに人とは種が違ってくる可能性があるのよ。人と交配も不可能なぐらい違ってくる可能性もあるわ。だから日本ではそこで止めているけどロシアが如何するかまでは分からないわ」


「……個人的にはそこまでしたくはないかな」


「そうね。それで日本では止めている」


 ナノマシンを用いれば人の遺伝子のDNAの改変も可能だ。日本ではナノマシンを遺伝病治療に用いる研究は進めていたが人の更なる強化に用いる研究は動物実験の段階で止めていた。そこまですると生まれるものが人ではなくなる可能性も有るからな。


「ダンジョンの改造の方は上手く行きそうか?」


「それはダンジョン内に機械設備が置ける層を造る話よね。それがなかなか上手くは行かないの。機械設備はダンジョンにとっては栄養素か異物なのよ。明らかにスライムの分解対象よ。それを抑制させるのは現状ではダンジョンを不健康にするのと同義なのよ。お勧めではないわ」


「何かそれを回避する上手い手はないのか?」


「機器の方を弄ってダンジョンがそれを生物と誤認する様に仕向けた方が楽だと思うけど?残念ながら私には専門外ね」


「その研究は停滞しているんだよ。私もそちらの方がダンジョンを変に弄らなくて済むから期待しているんだけどさ」


 結局、現状では地下施設の拡充を進めるしか手はないとなった。幸い日本にはその手の土木技術は豊富にある。それで地表での獣達との勢力争いを回避するために地下開発を進めていたのを促進する事となった。








 北極海会議は定期的にグリーンランドで開催していた。日本以外の国々の多くが問題としていたのは日本のダンジョン攻略の状況だ。日本は南極のダンジョン攻略に関しては四年以上先行していてこのままの状況が続くと南極大陸の三分の二は日本が領有する事となる。当然の事ながら他国はそれを阻止したいのだが北極海とは違って公海ではなく早い者勝ちの状況なので阻止のしようが無いのだ。


「ロシア側には日本の極地攻略を遅くする良い案はないか?」


「南米のチリとアルゼンチンをそろそろ引き込もうとしているだろう?これを日本に押し付けるぐらいしか手は無いな。以前、ロシアは日本に対して似た様な事はしたから実績はある。極地のダンジョンの攻略よりは確実に手間ががかるからな」


 日本が南極のダンジョン攻略を始めた頃にはカムチャッカもアラスカもカナダも北極海も日本の計画には欠片も入ってはいなかった。でそれらに手が取られた分だけ日本の南極攻略は遅れた。攻略対象が南極大陸だけなら今頃はそのほぼ全土を攻略していた筈だ。国家戦略としてはその方が良かった気もするな。今更遅いけど。


「チリとアルゼンチンをカナダみたいな状況にするのか。この二国はヨーロッパの影響下に置きたかったのだがな」


「ではイギリス側に良い案はあるのか?戦争は駄目だぞ。そんなものでこの状況が変わるとは思えん」


「戦争は無いな。アメリカに事が露見する。アメリカの介入を招けば今より状況が悪くなるだけだ」


 昔なら戦争をしてでも日本の行動を阻止した状況なのだろうが戦争を始めたら日本の歯止めとなっている極地攻略に関する協約は反故となり取り分は却って減りそうな状況なのだ。戦争に手が取られるだけ確実に極地攻略に回す人手は減るからな。仮に日本列島を核兵器で壊滅状態にしたとするとどうなるか。日本国内で獣達と争っている強化人達が極地に廻されて極地のダンジョン攻略は間違いなく加速する。


「ではチリとアルゼンチンを日本に押し付ける様にフランスとドイツにも持ち掛けておこう」


「まぁ、そのぐらいの事で日本の優位が覆る事は無いがな」


「だが今のまま放置とも行くまい。それで日本の南極攻略のペースが落ちるならそうするさ」


「南米地域における日本の存在感は確実に増すがな」


「そちらは少なくとも挽回の可能性がある。だが南極大陸の領有に関しては挽回の可能性はないぞ」


 ロシアとイギリスは日本を押さえる為の行動を開始した。日本はアメリカの状勢を注視しつつ南極大陸のダンジョン攻略に勤しんでいた。南米の二国については日系人も少ないしヨーロッパ諸国の権益とする合意がなされて話は付いていたのだ。要請があれば日本がそれを補佐する事になってはいたがあくまでも要請があればの話であった。日本側の認識ではこの要請はなされないものとされていた。

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