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17 ヨーロッパ勢力の懐柔

 ロシアはヨーロッパ諸国に声を掛け秘密会議を開催した。そして個別会談にて互いの要求を突き合わせて一通り合意に至った後で幾つかの国の代表にささやいた。「南極大陸を確実に先占する技術が確立された。貴国は乗る気があるか?」と。


「南極は南極条約によって領土権主張は凍結されている。それは如何するつもりだ」


「今の世界状勢でロシアと日本そしてヨーロッパ諸国が抜けてその条約に意味があるのか?領土権主張をしている南米のアルゼンチンとチリは懐柔可能だろう。中華人民共和国は既にない。インドも混乱の最中だ。世界中の諸国が亡国か亡国寸前の有様だ。そうなると現状で実質的に対抗勢力となるのはアメリカぐらいだ」


「……そのアメリカが一番のネックだ。世界的な混乱を増長したアメリカには不満はあるが軍事的な脅威は健在のままだ。大丈夫なのか?」


「それは心配しても切りがないぞ。後は貴国がこの南極を得る機会を掴むかどうかだ」


「……他は何処と組むつもりだ」


「イギリスとフランスは了承済みだ。デンマークとノルウェーはもう我が国との協約に調印済みで他のヨーロッパ諸国は取り敢えず保留だな。今以上多いと纏め難いからこれだけで事を進める」


「貴国の保護下にある二国はともかくイギリスとフランスが了承済みか……南極近くのオーストラリアとニュージーランドはどうする。問題はないのか?」


「その二国は人口が少ないし海路がほぼ閉ざされた現状では介入は事実上不可能だ。ダンジョンを上手く利用していれば分からんが猛獣の類が居ないから危機感が薄い筈だ。自国に閉じ籠れば食うだけなら何とかなるからな」


「アメリカを押さえる事は可能なのだな?」


「これから先の三年以上極地の秘密が保てればな。その後にアメリカ政府が気付いても後の祭りだ。南極には人が溢れかえっているからな」


「ならば南米の二国の懐柔は先延ばしにした方が良いな」


「何故だ?」


「奴等はアメリカに靡く危険がある。現状ではアメリカが軍事的に優位に見える。こちらの優位が確定してからでも懐柔は遅くあるまい」


「了解した。だがそうなると南米付近の基地は使えんな。他に何かあるか?無ければ具体的にどのように南極大陸を実効支配するかに移りたい」


「それが一番重要だ。あの不毛の大地にどう居住する。それが出来なければ全てが絵に描いた餅だ」


「南極にはダンジョンが無数にある」


「それが?不毛の地のダンジョンに何の価値がある」


「日本はダンジョンを開拓する事で極地でも人が住む事を可能にした。それを利用して獣達と対抗可能となったのだ。先程そちらに渡す事に合意したダンジョンに関する技術だ。南極が今どうなっているか知っているか?」


「……日本が既に南極でダンジョンを攻略中と言う事か?」


「ああ、我々は完全に出遅れている。日本の奴等はダンジョンの氾濫前から南極のダンジョンを攻略中だ」


「本当か?信じられん。でも何故そこまで知っている?ロシアはまだ南極の攻略を始めてはいないのだろう?」


「日本人から直接聞いて南極の資料も渡された。我が国の南極攻略に対する支援も取り付け済みだ」


「日本人が何故そこまでロシアにするんだ?黙っていれば独り占めできただろう?少なくとも何処かの国が気付くまでは独占が可能だ」


「一国でアメリカに対抗するのは軍事的に大変な事と一国では南極攻略に時間が掛かり過ぎるからだそうだ。それで我が国に声がかかった」


 異星人の件はまだ時期尚早だ。聞いただけではまず信じないだろう。そうしたらそこで終わりだからな。


「イギリス人とフランス人はそれで納得したのか?」


「ああ、表向きはな。日本人がそう言っているんだ。奴等に他の思惑があるにせよ。国益に繋がると判断するなら乗るべきだな」


「……その通りだな。ロシア人はそうした訳だ」


「ああ、我々はそうした。今の所は上手く行っているな。国は持ち直したし南極大陸に権益を得る機会も掴んだ。ただこのままでは日本の独走を許す事になるのは確実だ。それは面白くない」


「……よかろう。この密約に乗ろう」


「いいのか?アメリカと組むとの選択も有るぞ?」


「それは無いな。南極大陸でダンジョンを攻略して権益を手に入れるのだろう?そしてそのダンジョンの利用で国の存続も可能となる。アメリカと組んでも同等のものが手に入るとは思えん」


 アメリカと組んでも良くて従属関係、下手をしたら用が済めばそれきりだ。


「それには同意する。奴等と組んでも一番美味しい所を盗られるだけだ」


「アメリカへの対抗を明確にした日本も同じ考えなんだな?」


「さあな」


「……それにしても日本は何故そこまでアメリカを排除しようとするんだ?以前はアメリカと上手くやっていただろう?」


「それはアメリカから日本との関係を切ったんだから今更の話だな。ヨーロッパから撤収する時もアメリカは色々と遣らかしているんだろう?更に外国資産の凍結まで行って未だに解除していない」


「確かに我々もダンジョンの氾濫以降のアメリカには悪い印象しか無いな。だがこの世界状勢であの軍事力は魅力的だろう?」


 少し前まではヨーロッパとアメリカは細々とではあるが繋がっていた。太平洋に比べれば大西洋は狭いものだ。寒冷な北周りの海路であれば何とか行き来も可能ではあった。だからアメリカの情報も日本よりは掴んでいた。日本はアメリカとの直接的な行き来は既になく情報もアラスカかカナダ経由のものでしかなかった。そしてそれすらもアラスカの独立で霧散していた。


「日本はアメリカとは既に国体が相容れなくなっている。日本人は表に出ていないだけで既に角付きの方が多いんだ。アメリカ側は以前のままの感覚でいるから乖離が酷い」


 日本は既に強化人の人口の方が多く、一部のアメリカ人から見れば悪魔の使徒の国だろうな。だがダンジョンのある限り遅かれ早かれ世界中がそうなるのだ。そしてそれに適応できない国は滅びると日本政府は判断して行動していた。


「……それでは今のアメリカとは合わんな」


「今の所、アメリカは表面的にはアメリカ軍だけで獣達に対処していて何とかなっているからな。角付きの件も病気と捉えて対処している。知っているだろう?」


「ああ、その手の輩はドイツにもいる。だがそれで上手く行っていたら私はこの場には居ない」


「日本はアメリカのやり方は何れ破綻すると考えている。アラスカが独立した事は知っているだろう?それと似た事が何れまた起きると考えている様だな」


「……アラスカの独立は日本が後押しした結果だ。日本の策略だろ?」


「確かに日本の情報を掴んでいなければこちらからはそうとしか見えんな」


「違うのか?」


「実際の経緯はアメリカが先に日本に手を出したんだ。ロシアが日本に割譲したカムチャツカ地方をアメリカに譲るよう日本に干渉してきた。ヨーロッパではニュースにもなってはいないがな」


「覚えが無いな。我が国を守るので手一杯だったからな。情報も選別されて上がってくる。日本はチャイナと同レベルの扱いだった。でもそれが如何してアラスカの独立に繋がるんだ?」


「ロシア政府と日本政府はアメリカに対する非難声明を出した。これもヨーロッパではニュースにもなってはいないな」


「……日本がアメリカの干渉に怒ってアラスカを独立させたのか?」


「少し違う。日本が介入したのはアラスカの独立後だ。アメリカに怒っていた日本はアラスカ人がアラスカに住めるようにダンジョンに関する技術を提供して支援しただけだ。当時のアメリカ政府はアラスカ人を切り捨てたも同然の状態だった。アラスカ人が自立してアラスカに住み続ける為にはアメリカを捨て日本人と手を組む選択肢しかなかったんだ」


「だがそのぐらいはアメリカ軍があれば何とかなるだろう?」


「金を湯水のように注ぎ込めばな。アラスカの人口は角付きを除くと七十万人程だ。それなら住民を避難させた方が楽だろう?だがアラスカ人はアラスカを捨てる気は無かった。そうしてアメリカはアラスカを失った」


「そう聞くとアメリカが選択を間違えてそうなった感じだな。アメリカが日本に干渉しなければアラスカの独立は無かった可能性が高いのか?」


「そこは微妙だな。アラスカは独立前にも日本に救援を求めていた。それを切欠にアメリカの日本への干渉が始まったんだ」


「アラスカの独立はアメリカの国内問題に起因する訳か」


「そして日本人はアメリカには類似の国内問題が山積しているものと考えている」


「アラスカの独立は端緒だと?」


「上手く使えば南極へ関心が向く余裕も無くなるとも考えているな」


「あまり突くと藪蛇だぞ」


「表向きは何もしないさ。話は変わるがドイツでは角付きが我々より遥かに知能が高い事には気が付いているよな」


「当然だ。それと容姿も相まって反発が強いのだから」


「その反発のせいでダンジョンの情報が上がってこなくてドイツはかなり損をしてきた」


「何の話だ?何を知っている」


「今から話す事はイギリス人もフランス人も知らなかったのだが」


「勿体ぶるな、何を知っている」


「ダンジョンの話だが同属の角付きが支配するダンジョンは全て繋ぐことが可能なんだ」


「??如何いう意味だ?言っている意味が良く分からんのだが」


「やっぱりか。知らないって事だな。同属の角付きのダンジョンであればボンとベルリンのダンジョンを繋げて移動が可能だって事だ。ダンジョン間がどんなに離れていても時差無しでだ」


「……それはベルリンとモスクワでもか?」


「ああ、同属の角付きのダンジョンがあればな。ベルリンと南極のダンジョンでもだ」


「……もしかして獣達の勢力圏の拡大が異様に速いのもその所為か?」


「気付いたか。その通りだ。獣達のダンジョンも同属のものの多くは繋ぐことが可能だ。だから獣が攻略したばかりのダンジョンでも注意が必要だ。別のダンジョンと繋がっていればそこから獣が補充されるからな。特に狼は群れるから繋がっている可能性は高い、他の獣よりもその点は厄介かな」


「そうすると人は群れるからヒグマから見れば厄介な動物なのだな」


「それも利用して我々がヒグマに対抗しているのは確かだ。ただ人の場合はダンジョンの外も重要なんだ。近代兵器はダンジョンの中では作れんからな」


 人が獣達との勢力争いの一角に残れているのは近代兵器の御蔭でこれ無くしてはヒグマや虎には敵わなかった。現状ではダンジョン内に工場を設ける事は不可能なので文明を維持するためにも地上の領域を確保する必要があった。


「……ああ、理解した。日本の南極攻略が秘密裡に進めれたのもこの御蔭か」


「その通りだ。南極の件は日本が言い出さなければロシアは未だに知らなかっただろう」


「これを利用すればドイツからもアメリカには気付かれずに南極に行けるのだな」


「アメリカには分からんだろうな。アメリカの角付きもダンジョンの外の奴には漏らしていないだろうからな。ドイツと同じだ。同属でないダンジョンに入ってもいない者には秘密は漏らさん」


 ロシアは会議を開催する前に会議に向かうメンバーについては末端から全てダンジョンに入ってから来る様に念押しし、証拠も提出させていた。そして更に開催地に新たに確保したダンジョンに会議の前に入る事を強要していた。ダンジョンに魅入られていない者にダンジョンに関する情報を漏らさない為にだ。


「それで会談の場をダンジョンの中に設けたのか」


「ああ、念のためにな。これで少なくともアメリカには情報が漏れるのを防げる。奴等は角付きを信用していないから重用もしていない。結果としてダンジョンの重要な情報が角付きからは得られない」


「……我々が掴んだ情報ではアメリカではダンジョンを若返りに利用する者達が増えている様子だったがな」


「アメリカでは中国の在り様を知ってダンジョンへの軍の投入を中止した。政府の中枢でもダンジョンに入った者達を意図的に外している様だ。一度でもダンジョンに入った者達はダンジョンに魅入られるからな。ダンジョンに入った者は角付き扱いだ。巧妙に外されるらしいぞ。我々とは逆の方向を向いている」


「よくそんな情報が入ってくるな。我々の情報網はズタズタで重要な情報は何も入ってこないのに」


「ああ、日本がカナダを懐柔済みだからな。正確にはカナダの角付き達をだ。カナダの角付きはアメリカの角付きの一部と繋がっているんだ」


「……もしかしてカナダ周りであれば日本と繋ぎを付けれたのか?」


「まぁ、そうだな。時間を掛ければ或いはな。ダンジョンに魅入られた今なら可能だろうが時間はそれなりに掛かると思うぞ」


「無理だな。我々は国を守る為に今すぐにでも動かねばならん」


 ロシアとイギリス、ドイツ、フランスの三国は密約を結び行動を開始した。方針を転換した三国は自国のダンジョンの攻略を積極的に行い、勢力圏は強固になり忽ち安定し始めた。だがこれは獣達の勢力圏が弱くなった事を意味してはいない。人の勢力圏が強固になるにつれ緩衝領域が有効に働く様になり棲み分けが始まったのだ。縄張りが確定し均衡したって事だ。地上における人の領域は減ったがダンジョン内を領域と考えると増えていた。人はダンジョン内を自然に任せずに開拓したため、この点では獣達よりも有利だった。

 こうして極地では日本以外の勢力も加わってダンジョンの攻略が進む事となった。極地では人の競争相手は人しかいない。








 ロシアがヨーロッパ諸国の懐柔を始めた頃になって、日本はこのままではヨーロッパ圏の勢力が強くなって少し不味いかなと考え始めた。考えてみたらアラスカはともかくカナダはイギリス連邦加盟国でヨーロッパとの結びつきは強いのだよなぁ。それで細々と関係を続けていた台湾を南極のダンジョン攻略に引き込む事にした。

 中華人民共和国が崩壊して以降のシナ大陸では覇権争いが続いていて、辺りには台湾ぐらいしか国として成立している勢力が無かった。それで日本はまず初めに台湾が正統を引き継いだものとして扱う事にした。そして中華人民共和国が南極に残した基地の権利も台湾にあるものとした。

 台湾は島国である事もあってダンジョンの氾濫による獣達の攻勢も大陸よりはマシな状況で主に暴れているのは猪とツキノワグマぐらいであった。これらは虎やヒグマに比べれば格段に押さえる事が容易な獣達で日本の本州地域と変わらない状況だ。それに加えて亜熱帯なので元々作物の生育が良く、これがダンジョン内ともなると更に作物の生育が良くなるので、ダンジョン内で人口を増やすのは北側の国々よりは容易だった。日本ほどではないが人口も増加して既に強化人が優勢となっていたのだ。これで人数的にはヨーロッパ圏と対抗できるかなと言った所だ。

 思うにロシアがヨーロッパ諸国を勢力圏に組み込み始めた頃に台湾を引き込んでおけば良かった。日本が協力していればもっと人口も増えていたよな。日本はアジアの権益については獣達の勢力が強勢な事と海路が使い難い事で極地に比べて優先順位を落としていたのだ。細々とでももう少し先まで足を伸ばすべきかな?

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