15 そうだ温泉を造ろう!
うちのダンジョンは山も川も湖も海まで揃っていて散歩していて飽きない。親父の趣味の釣り用の池作りから始まってとうとうこんなになってしまった。
ある日、ダンジョンの中での散歩の最中に河原で娘と水遊びをしていてふと思ってしまった。どうせなら温泉にも入りたいなと。昔こんな河原の横にある露天風呂に入った覚えがあるのだ。そしてその日から温泉の事が頭から離れなくなった。
そうだ温泉を造ろう!これは温泉を造るしかないよな。………でもどうやって造るんだ?暑い所から寒い所まで様々な環境の層を造った事はあるけど温泉は造った事がない。周りに聞いてみても誰も知らないな。水が湧き出る泉なんかは造った事もあるけどお湯は出そうにないしな。ダンジョンに温泉の情報を刷り込まないといけないんだが如何遣るんだ?
参考にしようと温泉地のダンジョンを尋ねたが温泉があるのはダンジョンの外で中にはない。中は普通の今時のダンジョンだ。そうだな、外に温泉があるのにダンジョンに態々温泉を造ろうとする奴はいないよな。ネットで検索すると温泉生物ってのがいて温泉の環境に適応していて高温環境でしか繁殖出来ないらしい。ダンジョンでこれを育てればダンジョンがこの生物に合わせた環境を整えて温泉が出来る。この温泉からお湯をわけて貰えば温泉に入れる。でもこの温泉生物が温泉の何処にいるのか如何採取すれば良いのかが分からない。
こんな時はあれだ家に良く来るダンジョンの研究者に聞けばいいんだ。ダンジョン研究者の中には半分温泉に浸かったダンジョンを知っている人がいるに違いない。そしてそんなダンジョンの中では温泉生物が繁殖しているのだ。それをうちのダンジョンに移植すれば温泉の完成だ。で早速聞いてみたのだが………
「横井さん、ダンジョンについて少し聞きたい事が有るんだけど」
「なんですか?」
「温泉生物が繁殖しているダンジョンを知らないかな?」
「温泉生物のダンジョンですか?また変わったものを知りたがりますね。ダンジョンが有っても獣の住環境には不適だから危険はないと見過ごされている可能性が高いですよ?人が攻略するのも熱くて面倒そうだし」
「温泉の浴場なんかに半没している様なダンジョンが温泉地にならあるんじゃないのかな?海岸沿いにある海に半没したダンジョンの温泉版だけど」
「海岸線に比べれば温泉なんて少ないですから、確率的には低いですよ?」
「でも零ではない。あるかもしれない。聞くだけは周りに聞いてくれない?」
「温泉生物が繁殖しているダンジョンが知りたいんですよね。何でまたそんなものを?」
「欲しいのは中に住む温泉生物なんだけどね。うちのダンジョンに移植して温泉を造るんだよ」
「へぇ~。確かに造れるかもしれませんね。欲しいのは温泉生物なんですね。温泉生物のダンジョンではなく」
「温泉生物のダンジョンにも興味はあるんだよ。だって源泉が枯れても上手く使えば温泉生物のダンジョンから温泉が幾らでも湧き出て来るんだ。面白いじゃないか」
ダンジョンは中に住む生物の繁殖を促す環境を保とうとする。温泉生物が繁殖しているダンジョンの中は温泉で満たされている筈だ。そのダンジョンが温泉に半没状態であればダンジョンの中も半没状態で温泉に満たされている筈だ。
「確かに興味深くはありますね。そのエネルギーは何処から来るのかとか」
「まぁ、そんな事より優先するのは温泉だ。ダンジョンの中に温泉が欲しいんだよ」
「温泉には入りたいよなぁ。手伝わせて下さいよ。そして完成したら温泉に入れて下さい」
「だったら温泉生物を捜して下さいよ。出来ればダンジョン産の奴が良いなぁ」
「分かりました。探しておきます。温泉かぁ。猪のダンジョンにも設置は可能ですよね」
「うちのダンジョンで造れればそちらでも可能でしょうね」
温泉生物のダンジョン?そんな都合の良いダンジョンは見つかってはいなかった。横井さんの言っていた様に仮に見つけた人がいても熱いから居住には不適として撥ねられているのだろう。それで横井さんの伝手を辿って温泉生物の研究をしている木場さんを紹介して貰う事となった。
「木場さん、温泉生物が欲しいのですがいただけますか?」
「中には絶滅危惧種もいるのでそう簡単にはいきませんよ」
「絶滅危惧種ですか?ダンジョンで育てればあっと言う間に増えますよ?」
「そんなに簡単に行けば苦労はしないよ」
「いや、長谷部さんの言っている事は本当だ。世界中でダンジョンに入って繁殖した絶滅危惧種が盛り返している。流石に絶滅した種の復活は無理だけど。ダンジョン研究者としてそれだけは断言できる」
「温泉生物みたいな特殊な環境の生物でもか?」
「それは分からないけど可能性は高い。遣ってみる価値はあるよ」
「ダンジョンか。検討した事は無いな」
「私が欲しいのは温泉生物であってそれは別に絶滅危惧種ではなくてもいいんですが?」
「だったら温泉地に行って採取して持ち帰れば良い。採取方法や移送方法は教えるよ。……ダンジョンに移植するんだよね」
「はい、そうです。ダンジョンの中に温泉を造るんです」
「手伝ってもいいかな?ダンジョンでの温泉生物の育ち方が見たいんだ。上手く行きそうなら研究に応用したい」
「ええ、構いませんよ。横井さんもいますし、温泉生物についてまたご教授願いたいし」
うちのダンジョンに温泉生物が移植された。今はまだ小さなお湯だまりがあるだけだ。温泉生物を採取した温泉が五十五度だったのでこの温泉もそのぐらいかな?少し硫黄臭くて温泉ぽくて良い感じだ。木場さんはそれを見て「本当に温泉が湧き出るんだ」と言って感心していた。そして我が家に二泊して温泉の様子をみて、自前でダンジョンを確保して研究する事に決めたらしい。温泉生物のダンジョンも探してみるそうだ。木場さんは浴場の完成は見ることなくも帰って行った。まぁ、木場さんは温泉に入りに来たわけではないからな。
そして一週間ほどかけてお湯だまりを少しづづ拡げて瓢箪みたいな形にしてから、片方に川から水を引いて適温となったお湯が浴場に流れ込む形にした。かけ流しで溢れたお湯は川に流れ込む形だ。
よしよし、出来上がったからにはやはり一番に入らないといけないな。
「お先に──」
「えっ…………」
俺が服を脱いでいる最中、嫁は娘と自分の体にお湯をかけるとさっさと湯船につかった。
「広くて気持ちいい。気持ちいいねぇ。真由ちゃん」
「きもちゅゆいねぇ」
一番に入ったのは嫁と娘だ。……まぁ、いいか。
「ほんと気持ちいいわね」
「ん~」
お袋と親父もいつの間にか入っていた。……俺は仕方なく最後に入った。
「パァパ、きもちゅゆいねぇ」
「ああ、気持ちいいな」
そしてあそこにも欲しい此処にも欲しいとリクエストがあって翌日からは温泉造りに忙しくなった。
「横井さん、どうかな?ここが最初に造った温泉だよ」
ここ暫く温泉を造るのに忙しかった俺はようやく横井さんを呼んで一緒に温泉に入ることができた。横井さんの方もここ暫くは何やら忙しかった様でうちの温泉に入るのは初めてだ。
「広いなぁ」
「ああ、此処は強化人も入るから拡げたんだ。最初の五倍ぐらいにした」
「そうなんだ。彼等に風呂に入る習慣は無かった気がするけど」
「第一世代の方に聞いているんじゃないの?それに子供の頃に入っている可能性はあるよ。募集で後からダンジョンに入植した人達の子供なら親に連れ出されて風呂に入っている可能性はある」
「ああ、確かにそうだ。そうするとまた習慣になるかな?」
「もう温泉の種の温泉生物をここから持ち出しているから今頃は日本中のダンジョンに広まっているよ」
「そうなの?……そうか外のひと月が中では三年以上なんだっけ」
「そうだよ。スッポンも此処から持ち出されてあっと言う間に広まったみたいだし」
スッポンの話は別の研究者に聞いた覚えがある。うちのダンジョンに移住してきた強化人達に湖にいるスッポンを見せて「美味しいから獲って食べても良いよ」と言ったら疑わしい目つきをしたので調理した事が有るのだ。それからはスッポンの湖を散歩すると時々彼等の顔を見る様になった。口に合ったみたいだなと思ってある研究者に「彼等スッポンが好きだよね」と話を振ったら日本中のダンジョンにスッポンが広まっている話が出た。
「スッポンはそれだけではないよ。血が濃くなるといけないから何匹も外で買って中に持ち込んでいる。好きなんだよね~彼等はスッポンが」
「鯰も稚魚が大量発生した時に持って帰ったよ」
「へ~鯰も此処から広まったんだ。皆食べてますよ」
「そうなの?」
「まぁ、川とか湖も此処が始まりですからね。初めは僕らが此処のを真似て彼等の所に湖を造ったんです。鯉とか鮒とかニジマスとか普通の魚を放流したんですよ。ダンジョン生まれの人は魚なんて見た事も無いから最初は退かれましたけど第一世代の人達がいたから普通に食べる様になったんですよ。あっと言う間に広まりました」
「うちのダンジョンの海は親父が強化人達と一緒に造ったんですよ」
「知ってますよ。私も少し手伝いましたから。海も此処から広まったんですよね。そう言えばダチョウもきっと此処が始まりですよ。広まったのはこのダンジョンに強化人が住む様になってからですから」
色々なものがうちのダンジョンから広まっているらしい。まぁ、うちのダンジョン内で獲って適度に食べる分にはダンジョン内の生態環境を整えるのに有効だから奨励したいぐらいなものだな。家族だけでは消費しきれないし。
「それにしても最近は忙しかった様ですが何かあったんですか?」
「特許関連ですよ。資料を纏めて、提出書類を作成して、昨日ようやく完成しました」
「へぇ~。良かったですね」
「他所事ですね。今日は長谷部さんに承認してもらう為に来たんですよ?」
「何を?」
「だから温泉造りに関する特許ですよ。もう広まっているようですが、研究資料も揃っているし木場さんには先に承認を貰いました。後はあなただけです」
「そうか。この温泉も特許になるんだ」
因みにダンジョン関連の特許は国家機密なので現状では非公開となっている。しかしながらダンジョンそのものは非公開でも何でもないので日本国内であれば公開しているのも同然だ。誰かが始めて皆に良いなと思われたらすぐに広まってしまう。
「そうですよ。あなた達が何かをするたびに特許になるんです。でその度に私達研究員の誰かが書類を揃えて提出するんですよ。知っているでしょう?川も湖も海もみんなそうです」
「そうだな。それで時々こうして承認の催促に来るんだよな」
「そうですよ。それで温泉は私が担当なので最近は忙しかったんです」
「まだ温泉に関しては木場さんに相談して色々と遣りますよ?」
「ええ、知ってます。それも私の担当です」
「まだ暫くは忙しそうですね。今日ぐらいはゆっくりして行って下さい。温泉も自由に入って良いですよ。まだ色々とありますから楽しめますよ」
「ええ、知ってますよ。特許の為に纏めていますからね。暫くは楽しめそうにありませんが」
俺は益々温泉に凝る様になった。温泉と言っても色々な種類がある。そしてそこには色々な温泉生物が居てそれを調べれれば温泉生物の組み合わせで色々な温泉が楽しめる。もっと高温の温泉だって可能に違いないのだ。そうすれば調理にだって利用できる。日本中の温泉を木場さんと一緒に尋ねては温泉生物を採取して分からない事は木場さんに相談しながら色々な温泉を造った。
「長谷部さん、ダンジョンは凄いね。温泉生物を移植すれば採取した場所の状態をほぼ維持が可能だ。これならこの特殊な環境下にしか住めない魚なんかもいくらでも繁殖が可能だ」
「ダンジョンは凄いでしょ。一つのダンジョンで日本中の温泉を楽しむ事が可能なんですよ」
「…………うん、そうだね。一つのダンジョンで様々な条件下の温泉生物の維持が可能だからな」
「この高温の温泉なんて調理に使うと便利だと思いませんか?蒸し風呂にも良いかな?少し熱すぎるか?」
「…………そ う で す か」
どうも話が噛み合っていないな、同じ温泉を見ているのに視点が全然違っている。まぁ、目的が違うから仕方ないのか。木場さんとの会話はいつもこんな感じだ。木場さんの目的は温泉生物で俺の目的は温泉だからな。木場さんは今回も温泉には入らずに帰って行った。
それにしても木場さんが温泉生物を繁殖させているダンジョンの中は如何なっているんだろう?一度見てみたいな。
何故か俺の知らない間に村の公園のダンジョンに温泉が出来ていた。一層目の広場には足湯があってジジババが昼間から集まってだべっているし二層目には湯船があってやっぱりジジババが昼間から集まってだべっている。まぁ、ジジババと言ってもダンジョンのアンチエイジング効果で見た目は結構若いんだけどさ。
うちの娘はジジババの間では人気者で舌足らずな口調で「ないちょなよ」と言いながらうちのダンジョンの中にある温泉の自慢をしていたらしい。それで親父の膝の上で「じぃじなりゃちゅぐにちゅくりゅよ」と自慢そうに言ったらしい。親父は張り切っちゃって村の公園のダンジョンに温泉を造ってしまった。そして今は洗濯場を造っている。洗濯物を踏み洗いする場所だ。お湯で洗った方が綺麗になるもんな。
「じぃじちゅごい」と娘に自慢して貰うためなら親父は何でもやるのだ。村のジジババもそれを知っているから娘の前で「じぃじ凄いね」を連発しているらしい。そうすると娘はあれも造るよこれも造るよと自慢する。その度に親父は嬉々として村の公園のダンジョンを改造することになる。
「本人が楽しいんなら良いんだけどさ。親父はいいように使われているよな」
「翔ちゃん、やっぱり自覚がないんだ」
「?自覚?何の?」
「……温泉を造る切欠は覚えてる?」
「真由と河原で遊んでいる時に昔河原の温泉に入った事を思い出して入りたくなったんだよ」
「真由と話したことは覚えてる?」
「何か話したっけ?」
「色々と話していたけど真由が温泉に入りたいと言ってあなたがそうか真由は温泉に入りたいのかと答えたのよ。次の日からあなたは温泉温泉と言い出して、そしてうちのダンジョンに温泉が出来たのよ」
「そうだったっけ?」
「翔ちゃんもお義父さんと変わらないよ。真由がなんか言うと反応して嬉々として動き出すんだから」
「そうなの?そう言われてみると果物も真由が『ちゅき』と言った果物の品種を増やしている気がするな」
「真由は好き嫌いしないから何でも好きなんだよ。何でも食べるでしょう?」
言われてみれば真由は離乳食も嫌々もなしに何でも食べていたな。
「でも果物を持ってトコトコと傍にやってきて『ちゅき』って」
「お義母さんに言ってきてと指示されているのよ」
……俺もいいように使われていたらしい。まぁ、楽しければそれでも良いか。
うちの村の猪のダンジョンには俺が造るまでもなく温泉が出来ていた。今では日本人のダンジョンには必ず温泉が有るらしい。娘と一緒に好きなだけ温泉に入って楽しめるのは良い事だよな。