14 侵略の可能性
「……協約ではサハ共和国の領域は緩衝地帯として利用可となっていて出来得ればロシア側が守る領域ではなかったか?」
日本はシベリアの状況を窺ってロシアだけで充分に防護が可能だと判断してサハ共和国内には踏み入らなかった。後でロシアと揉めるのは面倒だからな。
「ご存知の様に南側はヒグマ、虎、豹、狼が混在していて守るのが大変なんだ。人も多いのでこちらを優先して守る事にした。ここハバロフスクとの繋がりを守る為にもそうしたい。協約ではこの場合は日本に譲渡するとなっていた」
「ロシア側がサハ共和国でダンジョンの攻略を始めてかなりたつ問題はないのか?」
サハ共和国北東部がヒグマと狼だけの勢力圏となるよりは日本の領土になった方が良いとしたのか?それにしてもロシアがそんなに簡単に領土を渡すか?以前は日本から得るものもあった。そしてそれは役に立っている様だ。でも今回は何も無いぞ?
「ああ、だから一部は日本が領有する混住地となるな。協約に従えば国籍は住民が選択してロシア国籍の場合は日本がサハへの永住権を付与する事となる」
混住か人が少ないとは言え面倒だな。それに主な鉱山等は皆ロシア側だ。こちら側は山は多いしヒグマも多そうだ。ダンジョンの攻略も難しそうだし可能であれば受けたくはないが領土が増えるのを断るのは政治的には困難だな。国内の馬鹿どもを抑えきれん。
「ロシア側はそれで良いのか?地下資源もかなり豊富だろう?それに北極海に面する海岸線がかなりの長さとなる。領海もかなりあるんだが?」
それにしても人口もダンジョンを利用すればすぐに増えるのに日本に譲渡する程の事も無い気がするがなぁ。こちらはサハ共和国に回す人手があったら他に回したいのだが……ロシア側もそうなのか?
「初めからその可能性は提示して合った筈だ。だから協約に明記してある。協約に従っているのだから問題はない筈だな」
「確かにそうだが協約にあるとは言え普通は無いだろう?今回はこちらからは何の対価も無いぞ」
「対価が無いのが問題か?そうだな、ならば先程の共用のダンジョンの情報と資料が対価と言う事で良い。それで辻褄が合うだろう?」
「後で返せと言われても戻せないぞ?」
「それは理解している」
「では正式な要請があったと言う事で調印後に動こう」
サハ共和国の一部を割譲か面倒だな。国内の馬鹿どもを抑えてサハ共和国内には入らなかったのに水の泡だ。北極も南極も極秘で表ざたには出来んからなぁ。
「それで了解だ」
「それでは次の話に進めようか」
「何の話かな?北極海の話に何か追加項目でもあるのか?それとも南極の話かな?」
やはり南極にも気付いたか。まぁ、当然だな。……人もそちらに回すつもりか?
「その南極の話も後でするが、その前に異星人の侵略の話だ」
「……本気で言っているのか?」
「大いに本気だ。日本の強化人の研究者達がダンジョンについて研究する過程でダンジョンに改造の痕跡を見つけた。ダンジョンの改造に使ったと思われるナノマシンも発見した。そして出した推論は『ダンジョンは惑星環境改造用の生物である』となった。では誰が送り込んだのか?ダンジョンが生物な事は皆が知っている。そして地球の生物で無い事も確かだ。地球にはダンジョンに成り得る生物は存在しないからな。それで異星人が送り込んだとの結論となった。何のために?惑星環境を改造する以上は移住する為だろうと推定したんだ。資料は後で出すから持ち帰って検討して欲しい」
「本気なんだな。ナノマシンの確認はこちらでも可能か?」
「資料に解析方法から何からすべて書いてある筈だ。人にどのように組み込まれているのかも書いてある」
「地球の生物を強化したのもそのナノマシンか」
「ああ、その通りだ。ミトコンドリアに組み込まれていて通常の遺伝子に変化はないそうだ。詳細は資料を参照すれば分かる」
「ナノマシンの解析は進んでいるのか?」
「私の知る限りは研究中だな。そちらへ提出が許可された資料は全てデータを渡す」
「異星人の件を信じるかどうかは資料を持ち帰って検討する事としよう」
これで日本人が異星人の侵略を確信するだけの資料は入手できた訳だ。早々に解析しないと不味いな。仮に異星人の話が荒唐無稽だとしても人を強化するナノマシンは脅威だ。応用すれば更なる強化も可能かもしれん。
「ああ、そうしてくれ。この推論が出て以降、日本は異星人が来るものとして行動している。だから色々と急いでいるんだ。だから北極海会議の開催も要請した。これから話す内容も以前なら黙っていたであろう件だ。北極海会議でも議題として出すかどうか迷っている件なんだがロシアには事前に話す事になった」
「異星人の件でまだ何かあるのか?」
「異星人には直接関係はない。先程少し出た南極の件だ。ロシアは南極基地を幾つか持っている筈だ。ダンジョンの発生報告も受けているだろう?南極でダンジョンは攻略済みか?」
「我が国はダンジョンの氾濫が始まった時に撤収して以降は南極には行っていない。……もしかして日本は既にダンジョンの攻略を始めているのか?」
日本にそこまで先を越されているのか?こちらは検討を始めた所だというのに。どこまで進んでいる?それにどうやって南極まで行ったんだ?撤収後に船が南極に向かった様子はなかったが。
「ああ、日本はダンジョンの氾濫前から南極でダンジョンを攻略している。それで北極海氷上のダンジョンの攻略を決めたんだ。南極と同じで競争相手がいない事に気付いたからな」
「そうか、南極からは皆撤収したものと思っていたよ」
殆ど最初からじゃないか。ダンジョンが在れば確かに可能だが。三年以上南極を独占していたって事か。不味いな完全に出遅れているぞ。
「日本も船は撤収したんだよ。でもダンジョンの氾濫以降の他国の様子が分からなくて困っていたんだ。皆ダンジョンの氾濫で撤収してその後に戻った様子が無い。でもダンジョンを使えば船を使う必要は無いから日本と同じ様にしている可能性が有るだろう?」
「……我々の知る限り南極でダンジョンの攻略に手を出していた国はない。我々も南極でダンジョンが使いものに成るなんて事には気付いていなかった。南極条約には違反していないのか?」
「南極に行っているのは研究者と民間人だけだ。軍事利用ではない。ダンジョンは基地ではないから設営の報告義務はない。ダンジョンの利用は環境保護にはなるけど環境破壊にはならない。南極大陸各地の領有を主張する国はあるけど未確定だからダンジョンの占有は早い者勝ちだ。南極のダンジョンについては発見報告を上げる者はいても猛獣がいないから問題視する者はいなかった。ペンギンの風よけになっているぐらいだったからな。ダンジョンの攻略についても何も取り決めはなされていないんだ。南極条約を破った事になるのか?」
「ダンジョンは基地ではないのか?微妙な所だがダンジョンに対する規定がないから言ったもの勝ちだな。ダンジョンの占有が早い者勝ちなのは確かな所だ。重要なのは黙っていれば分からない事と他国が気付いた時には既得権が積み上がっている事だ。アメリカが認めるとは思えんがな」
「アメリカの件は別に話そう。今は南極の話だ。南極にいたロシア人の中に南極のダンジョンに入った者はいないのか?いればもしかしたらダンジョンが繋がるかもしれない。南極にはペンギンぐらいしかいないからその者がダンジョンの主である可能性がある。ダンジョンが繋がれば船で行く必要がないから船舶に関する報告の義務も関係ない」
「探してみよう。該当者が居なければ秘かに南極に乗り込んででっち上げれば良い」
「船で向かうのか?それは不味いな。アメリカに見つかる可能性が高い」
「見つかる可能性があっても行くぞ。それだけの価値はある」
「では先程話したダンジョンの共用の実践を兼ねて南極に行く気はないか?」
「如何遣るんだ?」
「日本が南極と北極に攻略したばかりのダンジョンを用意して繋げておこう。ロシア側はそれを使って北極から南極に行けば良い。後は南極であなた方がダンジョンを一つでも攻略すれば最初に用意したダンジョン役目は終わりだ。共用でそのまま使うのが嫌なら日本が開拓を進めるよ」
「日本が何故そこまでする必要があるんだ?少し不愉快なのだが」
「他意はない。アメリカに知られる危険を減らしたいだけだ。それと少しでも早く南極を攻略したいからだ」
「アメリカに関しては同意だが何をそこまで急ぐ必要がある」
「だから異星人が来るからだ。これについては日本人は確信している。人を増やしたいんだ。でも中国人みたいでは困る。アメリカ人はダンジョンに忌避感があって上手く手を組めそうにない。日本の周りを見るとロシアしかなかったんだ」
「本当に本気で異星人が来ると考えているんだな。とても信じられん。台湾はどうだ。日本人とは相性が良いんだろう?」
日本人は本当に異星人の侵略があると信じているのか。とても正気とは思えん。だがそれなら焦っているのも分からないでもないな。
「南は猛獣達の相手で手が取られるから時間を優先した。ヨーロッパは遠いし、無理をすればオセアニアの二国なら巻き込めるが時間が掛かる。どちらも人が少ないから自国で手一杯だろう。南米のアルゼンチンとチリも懐柔したいのだが南極の日本の基地からは少し遠い。ダンジョンの攻略を続けても先の話だ。船は使えんからな」
「それで我が国か。アラスカとカナダは?」
「将来的にはともかく現状では人が少ない。アラスカなんて協約を結んだ時点で五百万人だった。カナダは三千万人ぐらいか?アメリカに逃げた奴も多いからな。日本人は既に三億人近い。ロシアだってすぐにそうなる」
「正直な所、我々であれば我が国だけで事を進める。周辺国は従属すれば助けるぐらいだ」
「確かに日本が南極に注力していれば人口ももう少し増えたかもしれないな。十年掛ければ何とか一国で可能だっただろう」
「どうしてそうしなかった」
「ロシアが北方四島の返還とその他の島々及びカムチャツカを譲渡したからだ。これは国内政治的に受けない訳には行かない。断って南極に注力可能か?南極の件は極秘事項だから拒否の理由には出来ないな。でも理由もなしにそんなことをしたら政権が持たない」
「それはたいへんだったな。でもそれでも少し遅れるぐらいだろう?」
「領土が北極海に面して欲が出たんだ。北極海にもダンジョンが在る事に気付いた。それまでは仮に気付いても手を出さなかっただろうな。南極に注力していれば少なくとも南極のダンジョンの殆どを攻略できただろう。でも目の前に手付かずのダンジョンがあるのに我慢できるか?」
「以前ならともかく今は無理だな。以前はヨーロッパの方が魅力的だったが今は北極と南極の方が段違いに魅力的だ」
「そうなんだよ。北極は魅力的なんだ。でもロシアが日本に領土を割譲するなんて言い出さなければ日本は未だに手を出してはいなかった筈なんだ。今頃は南極の権益に注力していた」
「そして我々は日本からダンジョンの開拓方法を入手できずに獣達を相手に四苦八苦していた筈だな」
「そうなるな。日本に割譲された領域は獣達の勢力圏となっていた可能性は高いな」
「日本の一人勝ちじゃないか」
「でも異星人への対処は今と同レベルだった。地球人の単位で見れば今の方がマシなんだ。増えているのが日本人だけではないからな。北極圏でも人を増やす目途がたった。以前なら日本が南極を制してから北極を制する所だった。まぁ、ロシアが自力で獣達との対抗方法を見つけて北極海を制していたかもしれないが」
「そうかもしれないな」
我国には残念な事だがその可能性は低かったな。一つのダンジョンに日本ほどの多様性を持たせることには時間が掛かった筈だ。日本は国土が南北に長かった御蔭でそんな事を試す奴が出てきたんだ。ほぼ一つの環境しか知らなければきっとダンジョンもそうなる。
「現状で日本は北極海に面する三ヶ国と協約を結んでいる。これにノルウェーとグリーンランドを加えれば北極海は確保した事になる。心配なのはグリーンランドの人口が極端に少ない事とアメリカの介入だ。後は南極を確保すれば完璧だ。これもアメリカの介入が無ければだな」
「同意する。アメリカの介入だけは防がねばならん」
「アメリカ人は極地を不毛だと思っている。有るのは地下資源ぐらいだと思っているのだろう。確かにダンジョンが無ければその通りだ。アメリカ人にはこの思い込みのままでいて欲しいものだな」
「その通りだ。アメリカ人には気付かれない様に進めねばな。では先程の提案も資料を持ち帰って検討する。異星人の件も含めてだ」
「ダンジョンの中で検討すればあっと言う間だ。くれぐれも資料をダンジョンに喰われない様に注意してくれ」
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ロシアは日本から渡された研究資料について解析し検討した。
「日本人の恐れている異星人は存在するのか?」
「存在する可能性は高いですね。ただダンジョンの所為だとの可能性も有ります」
「如何言うことだ?」
「ナノマシンですがこれを使って生物を強化しているのはダンジョンです。ダンジョンが進化の過程でナノマシンを体内で作る様になった可能性はあります。ダンジョンがナノマシンで弄られているのも確かですが環境に合わせて自らを改造しているとも考えられます。日本の研究者もその可能性には言及していますね。その場合は異星人は来ません。ただ異星人が存在してダンジョンをナノマシンで改造してダンジョンをそのように作った可能性も有ります」
「それだけではダンジョンを改造した異星人がいるかどうか分からんと言う事だな」
「そうです。ただ問題となるのはダンジョンが如何やって地球に来たのかです。ダンジョンがそのような生物だからだ。と言ってしまえばそれで終わりですが、もしその様な生物ならここまで進化する過程でもっと多種多様なダンジョンと類似の生物が宇宙を渡って地球に来た筈なんですよ。でもそんな生物は見つかってはいません。だったら意図的に何者かに送り込まれたとみるのが妥当です。ダンジョンを改造したのが異星人とは限りませんが異星人が送り込んだ可能性は高い。でその目的はと言うと惑星の環境改造としか思えません。そして惑星の環境を改造したら次にする事は何かと言うと普通は移民でしょうね。住み易い環境に改造しているとしか思えません」
「地球に異星人が来る可能性が高いと言う事だな」
「そうです。それともう一つ可能性があります」
「なんだ?」
「ダンジョンがその送り込んだ異星人そのものである可能性です」
「可能性はあるな。コンタクトが取れるか試せ」
「試してはみますが難しいと考えます」
「何故だ?」
「そもそも次元の違う生物なので互いに意思の疎通が不可能だと。人は腸内細菌と話そうとは思わないでしょう?」
「その場合は今迄の様に互いに利用し合って生きるだけだな。何も問題はない。問題なのは異星人がこれから移住しに来る可能性だ。これは高いんだろう?そしてナノマシンを操っている可能性もある」
「ええ、その可能性はあります」
「だったら最悪を想定して動くしかないではないか。異星人の侵略はあるものとして動くしかない」
「確かに。日本人もそう考えたのでしょう」
「それで北極海会議も開催したいと考えた訳だ。では当面はそのシナリオに沿って動こうか。後はヨーロッパの連中を如何懐柔するかだな。ダンジョンを共用する事で上手く行くかどうかだ」
ロシア人はヨーロッパの懐柔を始めた。だが以前ほどは熱心ではない。極地の攻略の方が重要だからな。南極で使える奴等が居れば使うぐらいの感じだな。アメリカには漏れないように慎重に進めないとな。