太陽の王国
「…ID 758 ネオン=クローリア」
抑揚無く若者は小さな機械に向け言い放つ。
(確認終了 ロック解除シマス)
スーっと音も無く目の前のドアが開かれた。
そこは冷たさの感じる部屋だった。いいや感じるのではく、実際、室温は低く設定されている。息は白く吐き出され、髪でさえ冷たく凍る。そして、この凍える部屋にある複雑な機械。幾つもの同じ設計で作られた機械が並ぶ無機質さ。
しかしその1つ1つには大きな意味があった。
冷凍睡眠の個体数、数百。この部屋に眠る人々の数…。
いつもの巡回、若者の業務の1部であり、そして心奪われる時間。1つ1つ装置をゆっくりと確認し、そして1つの装置の前で立ち止った。
「――私はいつの間にか、お前の背を超えてしまった」
目線をやや高くに置き、いとおしい者への求愛のように優しさを含んだ声で語りかける。
「お前はいつまで眠り続ける…」
そこには、機械に繋がれた少女が眠っていた。豊かな明るい茶色の髪、ふっくらとした唇。そして、太陽の神々の祝福を一心に受けたような健康的な肉体。
「私は…、地上の光に包まれ笑うお前の姿を見たいと願ってしまう…
その瞳は、どんな色を湛えているのだろう
その声は、どんなさえずりの音なのだろう
―――私は、お前の名しか知らない」
若者はいとおしそうに、装置に付けられたプレートを指でなぞる。
『プリム』
少女の名の書かれたプレート。
(だが…、私の願いは叶いはしない、か…)
「私とお前は生きる今は同じでも、目覚めの時が違う…」
いつものセリフ、いつもの独り言。若者は知っているのだ、少女が目覚めるにはまだ早いと。地上は未だ灼熱を湛え、人が生きるには適していない。この地下ドームは地上の熱波に耐える為の施設。そしていづれ迎える気象正常化の日まで、『人という種』を守る為のゆりかご。
「お前は地上に降り立つ女神。そして私は女神を慈しむ者。このドームを管理し、お前の眠りを守りし者。お前が女神の役を与えられたように、それが私に与えられた役割」
(それに私は…、地上への資格を有していない)
若者は自分の左肩をきつく掴んだ。
カチッ
硬い金属音が体内に響く。機械に汚染された体、それは脳の30%まで達する。
「お前に出会わなければ、単なる管理者として生涯を終える事ができたものを…。
お前に出会ってしまった事が、私の罪―――」
若者は少女の頬をなぞる様に虚空で手を動かし、そして部屋を出た。
「勝手に千文字以内ファンタジー」の短い物語です。