異世界でダンジョンマスターになった私は、ガチャを回させています。 03
「というわけで、『クエストクリア報酬にガチャチケットを配布』……いかがでしょう?
冒険者ギルドにとっても、悪い話ではないと思うのですが」
机の向こうに座る初老の男性に、私は尋ねた。
男性の名前はラカム。彼は冒険者ギルドの責任者――所謂ギルド長である。
「確かに、この提案はこちらにとって旨い話だ……旨すぎる程にな」
ラカムは猜疑心の宿る視線を私に向けてくる。
冒険者ギルド側に好都合すぎる提案だ、と彼は感じているのだろう。
ガチャチケットとは、ソーシャルゲームなどによくあるアイテムだ。
課金が必要なガチャを、ガチャチケットを消費することで無料で引くことができる、というもの。
私が冒険者ギルド側に前々から持ちかけていた提案は、そのガチャチケットを冒険者達に配布することだった。
「改めて確認させてもらうぞ。低ランククエストで1枚、Bランクで3枚、Aランクで5枚のチケットを配布。そして、チケット5枚と引き換えで高級ガチャを1回使用できる。……これで間違いないな?」
「はい、それで間違いないですよ」
「……採算、取れるのか? 実質、初級クエスト5回で1万Gをくれてやるようなものだぞ? ギルド側に支出がほぼないから、本部では好評だったが……」
「ガチャチケットはお店での換金は不可としますから、現金を報酬に支払うわけではありません。冒険者同士での売買までは禁じませんが、まあ仮に5枚セットで5千Gくらいで売買されたところで、私の財布は痛みませんよ。
それよりも、今までガチャに手を出せなかった低収入の冒険者達を集客できた方がおいしいです」
要するに、ガチャチケットとは撒き餌だ。
通常なら1回1万Gという大金を支払わなければ引くことができないガチャを、無料で使うことができる。そうなれば、資金に乏しい駆け出しの冒険者達はここぞとばかりにクエストに励み、ガチャチケットを集めてくることだろう。
低ランククエストにもガチャチケットを報酬に出すのはそのためだ。
枚数こそ少ないものの、1日1回クエストを行えば5日でガチャ1回分のチケットが溜まるのだから、初心者でも無理なく揃えることができるはず。
そして初心者達は最初こそ、無料で引けるガチャで満足するだろう。
いつかチャンスは拾えるはずだ、と信じて。
実際に幸運を引き当てて報われても、不幸にも外れ続けても、その時にはガチャの魔力に引き摺られ始めている。次は当たるかもしれない。ここで止めたら幸運を逃すかもしれない。そういう考えが脳裏にちらつき始めるのだ。
資金がないうちは、追加で回したくても諦めるしかないだろう。
だけどそんな生活を何日、何週間、何ヶ月と続けていけば次第にクエスト報酬自体で得た資金が溜まっていく。ガチャで得た資金でも、地道に溜めた資金でもどちらでも構わない。資金が手元にある状態で『あと一度だけ引いてみたい』となれば、後はこっちのものだ。
一度でもガチャを現金で引いたのなら、また次も引きたくなる。その日に続けて引くことはなくても、次回にガチャチケットで引きに来た時にまた引きたくなる。そうして資金を費やしてガチャを回し始めたら『ここでガチャを引くことを止めたら、今までの投資が無駄になるかもしれない』と感じるようになる。
後は、泥沼だ。
欲望と物欲の底なし沼に埋もれながらも、ガチャを引きたくなる感情に捕らわれていくことになる。
意思の力で抜け出せる者も中にはいるだろう。だが、大多数の人間が深みに沈んでいくことは、私の生まれた世界が証明している。
もしも強靭な意志でガチャの魔力を振り払う者がいたとしても、葛藤と理性の狭間で戦い抜いたその感情の波は、私に糧をもたらしてくれることだろう。
ガチャチケットしか使わずに、現金を一切カジノに投資しない冒険者がいたとしても、それはそれで構わない。
その人物が高額景品に当選したのなら、周囲の人物は『無料で引いてる者が当選した』という事実に驚愕と嫉妬心を露にするはずだ。
外れ続けたとしても、本人は地道にためたチケットが無為に消えていくことに嘆いて、周囲の客人は外れアイテムが減少したことに歓喜する。
どんな展開になったところで、ガチャに関わる人々の感情は揺れ動く。その揺れは、私にとって時には金貨より有用な財産に変わる。
つまり、どちらに転ぼうとも私は得しかしないわけだ。
「……お主が良いというのなら、此度の話はこちらにとって旨みしかない。
滞っていた下級クエストの消化率も増加が見込めるし、高ランクを目指す者も増える。さらに我ら冒険者ギルドが支払うコストは、せいぜいガチャチケット配布に伴う指導をすることくらいだ」
「薬草採取や、街中の雑用といったクエストは報酬も低くて人気がありませんからね。討伐と比べて難易度が段違いなので仕方ないことですが」
ポーションの安定した調合のためには、どうしても薬草は大量に必要となる。
そのため薬草採取のクエストはけっこう重要なのだが、駆け出しでも十分にできる簡単なクエストのために、どうしても報酬は安く設定されてしまう。
街中の雑用にしてもそうだ。草むしりや荷物の配達など、戦闘を行わずに可能なクエストは冒険者でなくても行える業務だ。
あとは溝掃除などの、誰もが嫌がるような類の仕事。これも冒険者ギルドに依頼として届くが、やりたがる冒険者は少ない。
安い給料しかもらえなくて、周囲の評価も上がらない。それが低ランク向けの仕事だ。相応の実力の持ち主は、そんな割の合わない仕事よりモンスター退治などの、危険でも実入りの良い仕事を行おうとする。
それ自体は咎められる行為ではないし、モンスター退治も必要な仕事だ。
だがそれでも、仕事として依頼が来ている以上は誰かが行わなければならない業務に違いはない。
現状は、余った不人気の仕事はギルド職員が少しずつ消化しているというのが現状らしい。
しかし、ガチャチケットという報酬が伴えば、低ランク向けの仕事は途端に『楽にできてガチャチケットがもらえるおいしい仕事』に変化する。
私の世界で例えるなら、時給が少ない代わりに短時間で終了するバイトで、5回勤務すれば10万円分の宝くじがもらえるようなものだ。
運の要素が絡むため給料は安定しなくとも、簡単な仕事で大金を掴むチャンスが何度ももらえるとなれば、魅力的に思う者も少なくないはずだ。
楽して手軽に大儲け、は誰もが一度は夢見る願望なのだから。
「私としては、冒険者ギルドとは今後も仲良くしたいですし……私にだって得があるのですから、お気になさらず」
私のカジノダンジョンと冒険者ギルドは、以前から持ちつ持たれつの間柄だった。もちろん、私がダンジョンマスターであることは秘密だが。
例えばガチャの景品として有名になった武具にしても、その効用が本物であるという保証がなければ誰もが怪しんでガチャに挑むことはないだろう。
そのため冒険者ギルドには、『この景品の効果は本物である』ということを証明してもらっているのだ。
ギルド職員のアイテム鑑定の診断結果を張り出して、そこに冒険者ギルドの捺印があれば、多くの冒険者は納得することができる。
少なくとも私一人では、装備の有用性をどれだけ声高に謳ったところで信用してもらえることはなかっただろう。
また、定期的に冒険者ギルドの視察が行われていることで、私の立場もある程度は保証してもらっているということになる。
――つまり、私がダンジョンマスターだということが明るみに出たら、私の立場を保証していた冒険者ギルドの信用も崩壊する。しかし、そうなったら私は他人の心配をしている暇など欠片もなくなる上に、冒険者ギルドから追われる身となることは間違いない。
その時には敵となる存在の立場よりも、そんな窮地に追い込まれないようにすることに最善を尽くすべきだ。だから、冒険者ギルドの信頼を得るためならいくらでも恩を売る心積もりだった。
無論、私の利益を確保した上での話だが。
「……まあ、今はお主の言葉を信じよう。
では、来週から実施するということで、本当に良いのだな?」
「はい、こちらの準備は万全です。それでは、今後ともよろしくお願いします」
対話が終わり、ラカムは商談室から退室していった。
一息つくために緑茶で喉を潤していると、背後から声が掛かる。
「よろしかったのですか、ご主人様」
声の主は、メイド服に身を包んだ女性だった。
彼女は私より年上なのだが、立場は雇用主と従業員だ。そのため、敬語で話されている。
元々、彼女は奴隷だった。名前はマリー。奴隷小屋で売られていたところを、私が買い取ったのだ。
最も、優秀な彼女は瞬く間に借金を返し終えて奴隷の身分を脱して、今では正式に従業員として私のカジノダンジョンで働いている。
彼女の能力ならどこに働きに出ても引く手数多だとは思うのだが、本人がここで働きたいと希望している。ありがたい話だ。
完全週休2日制。一日8時間勤務で昼休みが1時間。給料は十分に支払った上で毎月の特殊ボーナス有り、とできるだけ高待遇にしたのが効いたのだろうか。
高待遇のおかげか、マリー以外にも多くの奴隷達が、借金を返済して奴隷から解放された後もこのカジノで働きたいと語っていた。
従業員の高待遇を維持できるのは、ダンジョン内に人間が侵入している時間に応じてポイントが加算されていくためだ。
奴隷の購入に資金を費やして、多額の人件費を支払ったとしても、常時加算されていくポイントのおかげであっという間に採算が取れている。
「やはりあまりにも、冒険者ギルド側に有利すぎる条件だと思うのですが」
「んー、何度も説明した通り、心配は無用なんだけど」
「はい、説明していただいた仕組みは記憶しています。
しかし、そこまで上手く事が進むものなのでしょうか」
マリーを含めて全ての従業員に対しても、私がダンジョンマスターであることは秘密だ。
だから、ポイントで採算は取れるから大丈夫と言うわけにはいかず、あくまでガチャによって十分に稼げるのだと語るしかない。
そもそも、この世界においてガチャ商法は私が持ち込んだ未知のものだ。どれだけ私が有用性を語ったとしても、すぐには受け入れられないのだろう。
だが、結果が示されるまでそう時間はかからないだろう。
現金でしか引くことができない現在でさえ、カジノでは今日もガチャが回され続けているのだから。
「マリーさん。貴女にひとつの言葉を送りましょう」
私は革張りの回転チェアを反転させて背後に振り返り、マリーを見据える。
睨んだ覚えはないのだが、彼女の身体が一瞬、怖気ついたように震えるのが見えた。
「この世に、ただより高いものはないのですよ」
〇
ガチャチケット配布を始めて、早数ヶ月。
結論から言えば、私の目論見は緩やかに成功を続けている。
当初の想定よりガチャチケットの存在に食い付く駆け出し冒険者が少なく、どちらかというとガチャに慣れ親しんだ常連客ほどガチャチケットを求めてクエストに励んでいた。
しかし、徐々に駆け出しの新人達の間にもガチャチケットの存在と有用性が伝わってきたのか、不人気と言われていた低ランククエスト達は最近では需要過多で供給不足に陥っている程だ。
それ自体は冒険者ギルドにとって嬉しい悲鳴というもので、喜びこそすれ嘆くものは皆無といっていい。
討伐クエストに関しても、そもそものクエスト報酬額が大幅に違うために、実力をつけた冒険者達はこぞって討伐に精を出している。
低ランクのクエストで経験を積みながらガチャチケットで大儲けを狙う。そして良い装備が整ったら討伐で稼ぐ。それが最近の駆け出し冒険者にとって定番的な下積み修行となっていた。
「お、おおー! ガチャって初めてやったけど、こんな良い装備品が手に入るんだ!」
私がカウンターから見守る中で、駆け出し冒険者らしき少女がハイパーレアの剣を手に入れて、無邪気に喜んでいた。彼女に対しては確率操作は行っていない。つまり持ち前の運で、初めてのガチャで幸運を引き当てた、中々の強運の持ち主だ。
――引き当てた幸運こそが底なし沼への第一歩だと気付かないまま、少女は仲間といっしょにきゃあきゃあと喜び合っている。
「やったねルカちゃん! すっごく強そうな剣だよ!」
「これ、お店で買ったら何十万Gもしそうだよね! すごいすごーい!」
ビギナーズラック、という言葉がある。
初心者が偶然にも、とんでもない幸運を得ることだ。
初めて行うギャンブルで、僅かな投資で何倍もの勝利を得るなんていうのは、よく聞く幸運だといえる。
その鮮烈な勝利の記憶こそが、初心者をギャンブルの魔性に捕らえる鎖となる。
「……あー、私はだめだった。ノーマルレアの……えと、ふわふわタオルだって」
「僕はレアだったけど、なんだろこれ……ボールペン? っていう道具みたいだよ」
「ルカちゃん、すごい剣が当たって良かったね! 私もそんな良い装備ほしいなー」
このように、ノーマルやレアでは1万Gの投資には到底似合わない景品が放出される。
ノーマルは、この世界に既にあるような安価な日用品。レアは、この世界ではかつて存在していなかった、あるいは再現が難しい日用品だ。
かつて存在していなかった道具の数々も、ガチャを通してこの世界に溢れ出して、今では高額で取り扱われることは皆無だ。ガチャの景品として供給されているだけでレシピは未公開のために、この世界の技術が劇的に向上したというわけではないのだが。
要するに、ノーマルとレアという外れと、それ以上のレアリティのアイテムの間には、隔絶した差が存在している。その差は決して、埋められるものではなかった。
有用で、高価で、希少で、滅多に手に入らないこそ、真のレアアイテムとは価値を持つのだから。
「んー、残念だったけど仕方ないよ。運次第なんだしさ。
それに……また今度引けば、次は当たるかもよ」
その少女達は、今はまだ再びガチャチケットを集めて無料でガチャを引こう、と思っているだろう。
しかしそれが今後どうなるのかは、今は私にも分からない。
だが、またガチャを引きに来ようと思わせた時点で、私の勝利は揺るがない。
「うふふ……今後ともよろしくお願いしますね、お客様」
前途の明るい未来ある駆け出し冒険者達に、私はそっと呟いた。
人々を幸運と欲望と物欲の底なし沼に誘いながら、私は今日もほくそ笑む。
初心者支援でガチャチケット大量配布かあ、ちょって遊んでみよう
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☆5のアイテム強いなあ、デイリークエストでガチャチケ溜めて次の☆5アイテムを手に入れよう
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ガチャチケ溜めても全然当たらない……ん? 期間限定の課金連続ガチャで☆5が1こ確定だって? ……い、一回だけ課金しよう。
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課金アイテムTUEEEEEE! イベントで大活躍でチームでも大評判!
……つ、次のガチャキャンペーンでもう一回だけガチャを……。
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課金しなきゃ、課金しなきゃ、課金しなきゃ!(使命感)
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そんなソシャゲあるあるを元にしたつもりでしたが、いかがでしたでしょうか?
……ちなみに本編、後書き含めて一部実話です(白目)。
どの部分が実話なのかはご想像にお任せします(震え声)。