ヤングポテト・セカンドフライ2
ところで書き損ねましたが、この作品は志村つるぎと、ある人物とのリレー小説です。
ヤングポテト・セカンドフライ2
「君が噂のイモ女か。普通に可愛いじゃん」
科楽部の部室を訪れたはる子に対して初めは愛想よく対応してくれていた大泉と名乗る男であったが、はる子が自らの名前と科楽部に入部したい旨を伝えると、この筋肉男はガラリと態度を変えた。
「ジャックさんから話は聞いてる。俺は三年生の大泉。で、君はジャックさんに何されて入部させられることになったのよ?」
ある種の親近感を込めて大泉は聞いてくる。ああ、この男は別に嫌味な人間というわけではなく、ただ思った事を口にしちゃう人なんだろうな。筋肉で思考する人間に細やかな気遣いを求める方が馬鹿なのだ。はる子はそう考えながら、まざりっ気無し純度100%のフェイクスマイルを顔面に貼り付けて答えた。
「新歓コンパの後で彼に犯されまして」
それまで奥の机に座ってこちらに見向きもしなかった天然パーマの男が目を丸くしてはる子を見ている。
「ハハハ! おい、聞いたか菅山!」
体を仰け反らせ、手を上げて笑う大泉に菅山と呼ばれた男が立ち上がり、はる子達の方にやってくる。大泉よりも頭一つ小さい。はる子と同じくらいの高さの目線はいやらしさを帯びて鈍く光っている。それにしても、ふん。旧体然とした理系童貞男子め。はる子は挑戦的な目付きで菅山を見つめ返してやった。
「ああ、今年の一年生は面白そうだね。俺は三年生の菅山。よろしく、はる子。ちなみに科楽部の活動内容はどれくらい知ってる?」
はる子、か。その気安い呼び名に何となく粘つくモノを感じながらも、それを表に出すことなくはる子は簡潔に答える。
「四方の先端科技大、十二の次端科技大、そして民間企業数十社によって競われるPテックに出場し、科技大臣賞を獲ること」
「うん。模範的な回答、ありがとう、はる子。でもそれは表の顔なんだ」
含みのある顔から相変わらずいやらしい視線をはる子に飛ばしながら菅山は話を続ける。
「ジャックさんが設立した科楽部は3年連続で賞を獲っている。そしてこの実績があるからこそ科楽部は実験施設や資金を優先的に使えたり、結構自由に遊べてるんだ」
「まあ、早い話、Pテック優勝はただの免罪符さ。科楽部はジャックさんが思いついたことを好き放題やるために存在する部活だ」
幾分自嘲気味に大泉が口をはさむ。
「とは言っても、あの人と一緒にいると暇しないしな、ハハハ! なあ、菅山?」
「ああ、そうだな。まあ、ウチはそんな感じの部活さ。だから、君がジャックさんに犯されたと言っても、あんまり驚いたりしないよ。真偽のほどは別にしてね、はる子」
横槍を入れた大泉に菅山が一瞬だけ冷ややかな視線を投げつけたのをはる子は見逃さなかった。ふん。先ほど目を丸くしてたのも知ってるのよ、このイモ野郎。ジャック伯爵と比べたら、やっぱりこの二人は男爵止まりね。「無神経スキャット筋肉」と「サイエンティフィック粘着視線」と呼んであげるわ、お二人さん。はる子は笑顔のままハイと答えた。
はる子が科楽部に入部していくつか分かったことがある。ジャックがイギリスからの帰国子女であること。部員は部長のジャックを含め、大泉と菅山とはる子とマンチェスターに留学してしまった遅坂の五人しかいないこと。基本的に部員達はジャックの実験と称するワガママの手伝いをしていることなどだ。
先日はジャックの号令一過、リアル・ヴァーチャル問わず学内に存在するカレンダを全てピックアップさせられた。
「日本のゴールデンウィークって名前の割に安土ピーチマウンテン的絢爛豪華な金ピカチュウ不足だよねぇ。でもリキッドじゃなくソリッドのリアルゴールドはソー高価! だからカレンダ上だけでも金ビッカージュウ!」
そう言ってジャックはヴァーチャルのカレンダの黄金週間にあたる日付を全て金文字にリライトした。スゴイ。強制上書プログラム。
「リアルのカレンダはどうするんすか?」
大泉がジャックに聞く。
「ハイ、これ。業者に発注してたのがさっき届いたんだよね~。ギャハハ!」
そう言ってジャックは大泉にシールの束を渡す。黄金週間にあたる日付だけが金文字で印刷されたものだ。ご丁寧に大中小の三サイズが用意されている。こうしてはる子達三人は深夜の学内を駆け巡ることになった。スゴイ。アナクロナンセンス。
ゴールデンウィークの黄金の輝きが過去のものになってしまったある日。ジャックは部室に入ってくるなり、中指を立ててファックサインを出しながら、唐突に口を開いた。
「部長やりたい人、この指とーまれ!」
はる子も大泉も菅山もキョトンとしている。
「ドクターの研究に注力しなさいってあんぐりアングリー杉山先生。だから僕は裏方に回って科楽部会長になりまーす。部長サン、大募集。来たれヤングマンウーマンリブ!」
三人が同時に思った。部長になればやりたい放題じゃないか。大泉と菅山は思った。はる子は一年生だから論外だろう。大泉は思った。菅山みたいな内向的な奴は部長には向かないだろう。菅山は思った。大泉みたいな馬鹿筋肉は部長に相応しくない。そしてはる子は思った。一年生のあたしが三年生を差し置いて部長になるのはさぞ痛快だろう。男爵イモ共にあたしが負けるはずない。何年生かだなんて関係ない。ジャックに認められさえすればいいのだ。それにしても、やれやれ、この下品な指に停まるのは気が乗らないが仕方ない。はる子は手を伸ばして一番に言った。
「あたし、部長やります!」
「はい、はる子ちゃん、一番槍をフ~リフリ、ファーストシェイクスピア!」
ジャックの笑顔と突き出した中指のいやらしさはいつも通り変わらない。しかしそれに驚き慌てたのは大泉と菅山だった。
「いや、俺が、いやいや、おれ俺オレオ」
二人同時に同じようなことを口走ってジャックの中指に手を伸ばす。ジャックの中指を守るように絡みつくはる子の手。じんわりとした温もりと落ち着いた湿り気。ほわ。はる子の手に荒々しく重なる大泉と菅山の手。潮が引いたような冷たさと焦燥に駆られた湿り気。べちゃ。気持ち悪い。はる子は三つの手に触れてそう思った。
「オ~ウ。恋のデルタフォース関係。君たちアルファルファとブラブラボーボーとチャリチャーリ。そうなると弱肉強食、富国強兵、産めよ増やせよってなもんで、殺し合いをしてもらいマスロワイヤル! キャハハ!」
ジャックの言葉に菅山が過敏に反応する。
「ジャックさん、はる子は一年生なんですよ? 部長は俺たち二人から選ぶべき…」
「何年生かは関係ない。菅山、僕がやると言ったらやるんだ。わかったな?」
ジャックの流暢な日本語が三人を絶対零度の世界へと一瞬で叩き落とす。黙ってうなずく菅山。ジャック、チョット、カッコイイ。不覚にもはる子はそう感じてしまった。
「えへへ。それじゃあみんなお待ちかねの部長選出ルールをペロペーロ説明タイム! まず殺し合いというのはウソでーす。僕ってウルフボーイ! キャハ。まずは隣りの研究室に移動しまーす」
ジャックに引率されて三人は杉山超進教授の研究室へ移動する。学生と研究員の机、未だにオフラインペーパを保管するための本棚、オールスタンディングで会議をするための楕円テーブルとプロジェクタとスクリーン。全てがソリッドでマットな感じ。ジャックの足は研究室のさらなる深部へと三人を誘う。ジャック・ザ・パイドパイパー。三人は黙ってジャックの笛の音に従い歩を進める。二つの扉を抜け巨大な円柱の槽がある部屋へたどり着くと笛吹き悪魔はその足を止めた。
「はい。お待たせチルドレン。これがキョウコング級ピコプラント槽です。君たちはこの中で素粒子レベルまでデロデロメルトマスカワ~ンしてもらいまーす。」
「え。それってもしかして、この前、猫で予備実験をやったアレですか」
何故かジャックのたくらみに関してだけは勘の働く大泉が口を開いた。
「ああ、やっぱりあれは俺たちを入れるための予備実験だったんですか。何となく嫌な予感はしてたんだ」
大泉の言葉を受けて菅山も声を上げた。はる子一人だけがわからない。ピコプラント槽でメルト? 猫? 予備実験? そんなはる子を見てジャックが長い説明を始める。
「まず三人はピコプラント槽第一層に元気よくハイハイ入ってもらいまーす。そこで君たちの脳はリアルタイム三次元液浸グレーティングスキャンされちゃイヤーン! そのスキャニングデータから電子的に君たちの脳を第二層でカチャカチャリストラクチャ。そんでもって君たちのネイキッドエレクトロニックブレインはドロドロに溶け合って第三層で奇跡の邂逅を果たすワケ。モチロン、第三層での君たちのやり取りは第一層のリアルブレインに記憶データとしてフィードバックされピコピコピー。ふうふう、それにしても、ヒュ~、ロマンチックが止まらないね~!」
何をするのかはわかったが、その結果がどうなるのかがはる子にはイマイチわからない。はる子と菅山は眉間に皺を寄せる。菅山は一人でブツブツと何かをつぶやいたかと思うと、得心がいったのか急にニヤリとして黙ってしまった。一方のはる子はそんな菅山の素振りもあって眉間の皺をますます深くする。気持ち悪い。あたしがわからないという事実、そしてサイエンティフィック粘着視線の挙動不審っぷり。気持ち悪い。大泉はそんなはる子の心情など知るはずも無かったが、彼女の眉間の皺の深さが日本海溝に並ぼうかというタイミングで補足説明を始めてくれた。
「簡単に言うとだな、思ったり考えたりしたことが直接相手に伝わって、隠し事が一切出来ない世界に俺たちは放り込まれるってワケ。腹を割ってというより、頭蓋骨を割ってという感じだな。ストレートにモノを言えない典型的な日本人の俺にはキツイよ。ハァ」
ズケズケと思ったことを言ってしまう大泉のこの発言で、はる子はクスリと笑ってしまった。ピコプラント槽で行われる部長選出戦へのプレッシャーが、大泉の言葉で少しだけ和らぐ。大泉が作ってくれた余裕がはる子の心に生来の負けん気を思い出させてくれた。あたしは誰にも負けない。それにしても、大泉先輩、ハハハ。この男も侯爵イモくらいには考えてやろう。