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湯たんぽを見に
作:長崎秋緒


 セーフモードでウイルスチェックをしている間、かなり時間が空くので一階へ降り、母の夕飯の支度をしている背中越しに、
「今日、晩飯なに?」
 あんた、そんな言葉遣いやめなさいよと、母はわたしが“ばんごはん”ではなく“ばんめし”というのが気に入らないらしく、ついでに普段の態度までなじり、学校が休みなのにどこにも行かず家に閉じこもってパソコンばかりいじっていることを、
「あんた一体何してんのよ、インターネットってそんなに楽しいの?」それから、彼氏でもつくりに女友達と外へ出かけてみなさいよと、ナンパされるのを容認するかのような発言の後、化粧も覚えなさいよとうるさく言う。
「家の中にいるのに誰に見せんのよ、別にいいじゃん」
「それよりあんたどうすんの?もう三年生でしょ?大学行くんなら、お父さんにも話さなきゃならないんだから、早めに決めときなさいよ」
「短大とかダメ?」
 それなら就職しなさい。四年制じゃなきゃ後で厳しい目に遭うわよ。ただでさえ就職難だってテレビで言ってるじゃない。
「お母さんの働いてるスーパーでわたしも雇ってもらおうかな」
 母は鼻で笑い、平日でも忙しいし、休日や祝日のレジはまるで戦場なんだから、あんたなんかじゃ生き残れんわといわんばかりに、「こないだ高校中退した子が入ってきたけど、初日の午前中に気分が悪いからって早退してそれっきりよ」
なんだか誇らしげに語る母は、今では古参レジの責任者であるから、わたしがそこで新人として働くことになれば、彼女は鬼軍曹……。母が職場で他のパートさん達をどのように扱っているのか容易に想像がつく。この人、ドSだからなあ。
「高卒でどっか働けるとこないの?お父さんのコネとかうちにはないの?」
「あるわけないでしょ、あんたその他人まかせの考えいい加減止めないと将来後悔するわよ」
 母は的確にわたしの急所をついてくる。そりゃあ親子だから当然か。でもわたしの裏の顔は知らぬまい。例えば、さっきまでわたしがネットでエロ動画を見ていたことを彼女は想像すら出来ないだろう。というか、わたし何やってんだ……。
高校入学記念にパソコンを買ってもらいネットに繋いだ当初は、普通にチャットなんかやって楽しめていたのに、いつの頃からか感覚が麻痺してきてアングラな方向へ進み出すようになった。今のわたしはまるっきり変態道まっしぐらじゃなかろうか……。
「あんた彼氏でも出来たら少しは変わるかもね。そんな寝癖つけたまんまコンビニとか行く女誰も相手にしてくれないか」と一人納得したように頷く母。喧嘩売ってんのか、このやろう。いや女郎か――。
 そういえばさ、さっきテレビでやってたんだけど、と母は電気湯たんぽについて語り始めた、唐突すぎるだろう。母の冷え性は相当なもので、きっと今も腹巻を二枚重ねなのだろう。風邪の時使うやつじゃダメなのと訊けば、すぐさま「氷嚢のこと言ってんの」と本当にものを知らないわね、最近の子はとくる。
「あんたちょっと見てきてよ。どうせ暇なんでしょ?」
「お金ちょうだい」
 見て来てくれるだけでいいから電車賃だけねと千円札を一枚渡される。ああ、わたしを外出させたいのか、しょうがない、のってやるか。
 そのまま玄関口へ向かうわたしをあわてて引き止め、あんたその格好で行くのかと、せめて寝癖は直して行けと言う。出かける前準備だけで時間がかかる、あーあ、女って面倒だ。気合入れておしゃれする子の気が知れん。
 元々、背も高く髪もショートだし、顔立ちも父親似で、男っぽい性格も災いしてか、同姓に好かれることの多かったわたしを好きだと言ってくれる男は未だにいなかった。レズ疑惑まででる始末。周りの男どもはますますわたしに関心がなくなったことだろう。いったい、この環境の中でどうすればわたしに言い寄ってくる女の子達のような、あの可愛らしいしぐさが身につくのであろうか。というか女の子っぽいしぐさをするのが気恥ずかしいのだからしょうがない。
 これ以上母に引き止められるのが嫌で、服も着替えてみる。別によれよれのトレーナーとジーンズでも構わないのだけど、そこに母のつっこみがくることは予想出来たから、以前買ってそのまま着ないでおいた奴をだす。長い間しまっておいたから折り目がついているのが、目敏い母にばれなきゃいいが――。
「じゃあ、行ってくる、って湯たんぽ見てどうすんだっけ?」と言ってすぐにああこれは母の口実だったんだと思いなおし、「値段見てくれば良かったんだよね」
 母はゆっくり見てきていいからねとわたしの方を振り向かずに包丁を小刻みに振るう。
なんだか気を使いすぎたようで、肩透かしをくらったわたしはもう一度、行って来ます、とわざと大きく声を出す。それにも背中を向けたまま、いってらっしゃい、の軽い反応。ちくしょう服を選ぶ手間を返しやがれ――。
 最近オープンした電気量販店の入り口付近にはキャンペーンガールっていうのか、とにかく男の気を惹きそうな格好でパンフレットを渡してくるきっちりメイクの彼女達。
透明のビニール袋からポケットティッシュが覗けたので、つい、渡されたものすべてをもらってしまった。性格は母親似なわたしがうらめしい。わたしがもてないのって母のせいなのでは。
 エスカレーターで二階に昇るとその先にもパンフレットを手に待ち構えるお姉さん……
わたしの両手はもうふさがっています。
 とりあえず、最新機種の携帯を見てみる。
小さい、軽いし、値段は高い。こりゃ無理だ、絶対買ってもらえないだろうな。バイトしとけばよかった。今バイトしたいなんて言ったら、アホかの一言で片付けられるんだろうな、大学受験か、憂鬱だ。
 携帯のせいで気落ちしたわたしは、パソコンコーナーヘと向かう。最新型は画面が綺麗だな、でも高い。これ何も疑わずに買う人達がいるんだから世の中って裏側を知らなきゃ幸せに生きていけるんだよな。お母さんだってよくテレビの話題をふってくるけど、その度にいちいち突っ込みたくなる自分を抑えているわたしは間違いなくネット中毒者。わたしがもてないのはネットのせいだ、そうだ。
 なんて自分を慰め、次は洗濯機コーナーヘ。
すごい、なに、この最新型、ブーツも洗えるんだ。でもわたしブーツもってないや、というか洗濯機さわったことがない。そもそもなんで洗濯機なんて見てんだ。うーん、時間をつぶすのって意外と頭使うな。次は電子レンジでも見てみるかな。
 電子レンジが並んでいる台の向かいには、食器洗浄機があった。家にあるのは乾燥だけのやつ。お母さんよく毎日やってるよな、わたしって結婚したらあんな風にやれるんだろうか、そもそも彼氏も出来たことのないわたしが考えることじゃないな、やめようこんな考え。
 さすがにオープンしたばかりの店内にはたくさんの人がいる。そのおかげでコーナーごとに張り付いている店員さんに声をかけられることもなく、わたしにとっては都合がよかった。よく大人びて見られるから、内心ビクビクして店内の店員さんの近づいてくる気配を確かめながら、商品を眺める振りをしつつ、わたしの間合いには絶対に入らせなかった。
 そろそろ湯たんぽでも見に行くか、と今更ながら湯たんぽってコーナーあるわけないよな、と天井からぶら下がっているコーナーの案内板を見上げる。……こたつとかのコーナーかな、そう思いとりあえずそこへ向かう。その途中で今日初めて店員さんに声をかけられた。
 若い、いかにも新人といわんばかりの、戸惑いの隠せない話し方に少し安心を覚えたので立ち止まる。
制服姿がぎこちない、笑顔にも無理が見える。この店員さんなら、ちょっと話を聞くくらいしてもいいか、見た目もわたしの好みの顔立ちをしているし。わたしは、ちょっと濃い顔が好みだったから、これがもしナンパだったらなんて妄想をついしてしまった。こんな人に好きです、付き合ってくださいって言われたらまず断らないな、そう浮ついた心地で何気に話を聞いていて、あれ、懸命に説明をするその店員さんの勧めている商品をよく見たら、それは焼き芋焼き器だった。
この人やっぱり新人だろうな、声かける相手を完全に間違っている。いやいや、それよりも焼き芋焼き器ってなんだ?なぜわたしに……。
 もうどうでもいいから、これはナンパされているんだと解釈をして、その予行練習に店員さんを利用することにした。
「どうですか、一度に五つも焼けるんですよ。焼き加減も遠赤外線で適度な――」
 積極的にわたしに話しかける男性はこの人が人生初だろう。これがナンパだったならと、つくづくこの無意味な出会いが悔やまれる。適当に相槌を打って聞くだけ聞いたら帰ろっと。
「屋台の味がご家庭でもですね。ご家族での行楽にもいいですし」
 花見に焼き芋とな。この人ちょっと面白いかも。でも必死さが健気でなんかかわいいな、男の人に口説かれるってこんな気持ちなんだろうか、わたしに言い寄ってきた女の子達もそういう一生懸命な表情をしてたな。告白するのってどれほどの勇気が必要なんだろう。
 わたしって本気で誰かを好きになったことってあったかな。そういえばいつも自意識に負けて告白もせずに身を引くことばかりだった。断られたらとか恥ずかしいとか、そんな感情を越えていけるほど好きだと言える相手っていなかった。わたしが他の子みたいにおしゃれに関心が無いのはその差なんだ、きっと。
どうですか、とまだ熱心にたかだか高校生のわたしに、勉強中のセールストークとすら言いがたい、マニュアルのおしゃべり程度の言葉を思い出いだすようにぎこちなく話すこの人は、確実にわたしよりも真剣に自分の人生と向き合っていて、一生懸命生きている人だ。あれ、なんか今のわたしって恥ずかしい格好してるんじゃないか。鏡が見たい。何か自分の姿を映すものがほしい。こんな風に誰かに見られるのを気にすることって最近なかったな。店員さんの熱心な眼差しがわたしをさらに恥ずかしくさせる。やっぱりちゃんと寝癖直してくるんだった。
「ところで、今年一人暮らしを始められるとか、そういった感じで来られたのですかね」
それでしたら、新生活者応援のコーナーもございますがと誘われ、思わず、わたしは高校生なんですと口にしてしまった。とたんに、「ああ、そうだったんですか、すみません。失礼しました」
そう気まずそうに会釈をし、ごゆっくりどうぞと店員さんは離れていった。
 店内にはまだ大勢の、活気ある声や、店のイメージソングがうるさいくらいに氾濫しているのに、わたしにはぽつりと一人取り残されたような寂しさがある。わたしはここへなにしにきたんだろう。ひやかす程度に来てみれば、最後はこの言い知れぬ罪悪感。
さっきの店員さんが見えないよう慎重な位置取りで店内を歩き回り、電気ストーブのコーナー付近で、電気で温めるという湯たんぽを見つけた。
 その湯たんぽの値段だけを見てすぐに店を出た。その帰りの電車の中で、ついさっさまでの出来事を思い返しながら、途中の本屋でファッション誌でも買ってみようかな、母に見つかったらきっと今度はわたしがひやかされるんだろうなと考え、顔の紅潮する思いに、俯き加減で窓ガラスに微かに映る自分の顔を何度も確かめ見ていた。















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