第九章『煙も見えず雲もなく』
第九章『煙も見えず雲もなく』
日清戦争…明治維新後、日本がやった最初の対外戦争。
1894〜5年の10ヶ月にわたって行われた。
相手が『眠れる獅子』と呼ばれた大国、その実体制的に腐り果てた
『瀕死の獅子』である中国…清であったことから一応近代的軍隊を整備した
日本の勝利に終わった戦争。
陸戦においても海戦においても、ほぼ一方的ともいえる勝ち戦である。
めぼしい戦闘をいくつかひろうと…
遼東半島先端の旅順要塞はれんが造りの旧式な物とはいえ、当時の攻撃側の
砲火力から見ると難攻不落を謳われていたが一日で陥落した。
十年後にここで辛酸をなめる乃木希典が歩兵旅団長として参加している。
要塞陥落後、旅順市街で日本兵が一般人多数を殺害するというポカをやって
諸外国の非難を浴びることになる。
海戦は『煙も見えず雲もなく…』と歌に残る黄海の海戦がメインエベント。
定遠,鎮遠という七千トン級の当時の最大級の巨艦を持つ清国北洋艦隊に対し
四千トン以下の軽艦隊である日本軍の苦戦が予想されたが、速力と艦隊運動、
砲の発射速度の優越をもって撃破に成功。のちに威海衛攻撃でとどめをさす。
日清戦争の戦費は二億円とされる。
その昔、『奴』の国王が後漢に使者を送って以来の長きにわたる
日中国交史の中で初めて日本が優位にたった記念すべき戦いである。
もっとも、清は異民族である満州族の王朝であり、被支配の立場の
漢民族の兵の戦意が高かろうはずもなく、日本人の悲壮感はともかく
客観的には充分に勝つべくして勝った戦争であるといえるであろう。
戦争の原因および目的は朝鮮…プチ中国への優越的影響力の保持である。
あとから見るとなんでそんなことに血道を上げたのかと思える。
土地は…世界的に見れば…狭く、資源は森林をのぞけばたいしたことなく、
プチ中華思想に染まったそれなりに人口の多い農業地帯の半島。
そんな場所を勢力圏にしたところでもとがとれないだろう。
おかげで現在の日本人はややもすると不愉快な目に遭わされる。
半島の住民にすれば不愉快じゃ済まなかったのかもしれないが…
だが、当時の世界はそれを是としていたのだ。欧米列強の帝国主義が
グローバルスタンダードの時代だったのだから。
領土、勢力圏の拡大が国家、民族の繁栄、栄光と同義だった時代。
要は、それをうまくやるか下手をうつか…だ。
企業競争に勝つための合併…吸収された方の社員が処遇に絶望して自殺したとしても
わずかな同情と大多数の馬鹿よばわりがよせられるだけだ。
国家レベルのそれは現在でも当然のごとく行われている。
繰り返しになるが、同じ結果を招くにしても、うまくやるか下手をうつか…だ。
ともかく帝国への第一歩は踏み出した。
望み通り朝鮮半島への影響力、若干の領土、国家予算の三倍の賠償金、
ヒヨッコは獲物をくわえることができた。
ちょっといい顔になったチンピラは、すぐに世間の厳しさを思い知らされることになる。
『三国干渉』
ロシアがドイツ、フランスを誘い講和条約で日本に割譲された遼東半島の
清への返還を勧告してくる。曰く『アジアの平和と安定のため』
チンピラに本格的なその筋の三人組の恫喝に抵抗する術はなかった。
泣く泣く返した遼東半島はロシアがさっさと租借してしまう。
黄禍論をもって知られる皇帝ウィルヘルム二世のドイツ帝国は気分で、
無定見をもって知られるフランス共和国は露仏同盟のよしみで…
実際は日本など問題じゃなかったのだろうが…いまだってそうだが…
干渉に加わったのだろう。
だが、ロシアの極東侵略の意図は露骨すぎるほどあきらかになる。
このままでは遠からず朝鮮半島ものみこまれてしまう!
日本はその小さなショバを守るべく、そして傷つけられたプライドを
癒すべく悲壮かつ滑稽な決意を固める。
十年の『臥薪嘗胆』の後、東洋の小さな島国…主な産物はコメぐらいしかなく、
主な工業製品は絹糸ぐらいしかない新興帝国は六十倍の版図をもつ
ユーラシアの巨大旧帝国に戦いを挑むことになる。
それにしても、諸事外国の模倣に長けていた明治日本が
自己の欲望を平和、安定、正義などの美名の下にしまいこみ
国際的多数派を形成するというテクをもっと磨いてくれたらなあと
思わざるを得ない。
いや、当時の日本はできる限りのことをしたし、望みうる最大の成功を
おさめたと言ってもいいだろう。ただ、それが後継者たちにしっかり伝わる前に
当事者たちが戦争の苦労で寿命を縮めたり、忘れてしまったということだろう。
史実では四十年後にそのツケを払うことになる。
それはともかく1904年…
十年磨きをかけたドスを手に相手のどてっぱらめがけて
突進が開始される。
つづく
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