第三章『わんわん航空隊』
第三章『わんわん航空隊』
貸本屋というものがあった。現在のまんが喫茶が感覚的に近いかもしれない。
雑誌もおいてあったが、メインは単行本だ。
もしくは単行本みたいな雑誌…劇画本というやつ。
さいとうたかお達が作っていた『影』とか『ゴリラマガジン』とかだ。
戦記まんがのスペースは結構大きかった。
『血戦珊瑚海』『日本重巡戦記』『太平洋のきばじょう…牙城が読めなかった』等々…
今の架空戦記とかわらないタイトルが並んでいた。
多くは戦史を多少デフォルメして描いたものだったが、架空戦記もあった。
『鬼軍曹』…南海の孤島…名は無い…圧倒的戦力で上陸する米軍
ジャングルに潜み米軍陣地に忍び寄る日本兵…仕掛けられた集音マイク…
全滅の危機…そこに海空の戦力を立て直した日本軍の逆上陸が!
おそらく史実のガダルカナル戦をモチーフにした立派?な架空戦記。
それなりに面白いものもあったが、全体的には雑誌に載ってるまんがとは
子供の目でもレベルの差を感じたものである。
それに少年は貸本代の5円を払うのがつらい状況だったから
そうたくさん利用した訳ではなかった。
当時少年雑誌は高価だった、月刊で百円。大卒初任給が一万円ほどの時代。
今の感覚だと二千円…か。ちょっといい家の子でも、定期的に買ってもらえるのは
月に一冊。それも『小学…年生』とかの学習雑誌だったりして。
『少年』『冒険王』『少年画報』『日の丸』などのまんが月刊誌
少しあとに出る『マガジン』『サンデー』『キング』などの週刊誌も
勉強ができなくなる悪書あつかいだった。
そのとーりだったかもしれない…
ところで少年は貧困にもかかわらずものすごい量の雑誌を読めた、
前記のほかにも『少年ブック』『まんが王』『痛快ブック』『少年クラブ』
『少女クラブ』や『リボン』などの少女誌まで…
廃品回収業者の父親は仕切り場におろす前の本をしばらく家に
おいてくれた。そのおかげというか、そのせいでというべきか
少年はまんが漬けの日々を送ることになる。
雑誌にはブームがある。西部劇のこともあったし、忍者やスポーツ…のことも
そして三十年代前半、戦記ブームがやってくる。
少年の心に残る作品の一つが特攻隊を描いたものだった。
タイトルは覚えてない。作者はおそらく寺田ヒロオ…
ページのほとんどは出撃前の休暇で帰ったふるさとでの描写。
ラストの数ページ猛烈な対空砲火の中、『おかあさん』と叫ぶ搭乗員をのせ
火だるまになって突入する特攻機。
「てんのうへいかばんざい』とはいわないのか?
誰も聞いていない訳だしなー…その夜はなかなか眠れなかった。
『わんわん航空隊』…作者はおそらく…わちさんぺい
イヌの国…英雄の記念像の前に先生と子供たち…みんなイヌ…
先生は語りだす…かのゴリラとの戦争と救国の英雄の物語。
…って、当時子供はノラクロを知らないので問題なし。
作者は戦時中、陸軍航空隊の整備兵だったという話があり
空戦の描写が実に見事だった。ちゃんと空を飛んでいた。
糸で吊るされた模型やジェット機のような機動をするまんがが
多かった中で、一式戦…隼に似たイヌの戦闘機は軽戦闘機らしく
大空を舞っていた。
どうやって戦争に勝ったのはよくわからない。
回収してくる古本がきちんと毎月分そろっているとは限らない。
中抜けのストーリーは頭の中で想像するしかないのだ。
ラストはプロローグの場面に戻って終わる。
よくある手法なのだろうが、少年にとっては初めて見る構成で興奮した。
その夜はやっぱりよく寝つけなかった。
戦記まんがは少しずつ変質していった。
絵はリアルに、ストーリーは…より妄想度を増していく。
寺田ヒロオ…『背番号ゼロ』『スポーツマン金太郎』など明朗な
児童まんがを描いた。有名な『ときわ荘』では藤子不二雄たちの面倒を見た兄貴分と
されている。四十年代に刺激のみを追う漫画界に絶望して筆を折ったという。故人
わちさんぺい…本来はギャグ漫画家。少年野球を描いた『ナガシマくん』が
代表作。おそらく故人
つづく
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