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シャープペンシルを武器にする
作:Spark



第58話 伝説のパンは無言で食え


「太郎」

唯一の楽しい時間の昼休み、弁当箱を取り出した俺に声をかけてきたのはあかねだった。
足の裏の傷は一時限目が始まる前に自力で保健室に行ってミエリンに消毒をしてもらってからというもの、痛みはウソのように消えていた。ミエリンって、本当は魔女か何かなのかもしれない。

朝、隆志の風邪はもういいのかとあかねに尋ねると、熱も下がって今日から学校に行ったとのこと。俺の洋なしプレゼントが効いたかと思ったけど、

「洋なしおいしかったよ、ありがとね」

あかねが食ってた。どうやら隆志は洋なしじゃなくて梨が好きだったらしい、知らないよ!

声をかけられた俺がふとあかねの方へ視線を移すと、萌も高瀬もいない。購買でも行ったのかなと思った俺は一郎の席に座ったあかねを見る。
あの野郎、休み時間全部を円ちゃんとのメールに費やしてたから俺とはマトモに話をしてない…お友達なのに。そして今はしょうパンを買いに行ってるからいない。ついてきてとも言われなかった……けっ。

弁当箱のフタを開けた俺にあかねが手の平でチョイチョイと手招きをしてきた。それは耳を貸せってことですね?

「萌さ、何か様子おかしくない?」

「うん?…え、それだけ?」

小声で話す意味ないじゃんか、萌いないんだし。それに様子って言われても、そうだなぁ、一郎の彼女の顔を見てからちょっと、おかしいかな。
答えに困っていると、あかねはさっきよりももっと小声で話しかけてきた。

「あんた何か知らない?例えば、昨日の御曹司と一悶着あったとか」

一悶着どころか三悶着くらいありましたよ。でもこれは言わないことに決めていた。きっと萌だって誰にも言って欲しくないと思ってるだろうし。

「いや、御曹司はもう来ないと思うよん。それよりも問題は別にあるのよ奥さん」

「誰が奥さんだ」

あかねは箸を持っていた俺の手を叩いた、落ちた。…ハイ3秒以内に拾ったから大丈夫!

「別の問題ってなに?」

箸についたと思われるホコリをふぅふぅと吹き飛ばしていると、辺りをキョロキョロと見回しながら彼女はそう聞いてきた。頼むからごめんて言って。

「いやね、一郎の彼女の写真を見てからあんな状態なのよ」

「一郎の彼女?あんた夢でも見てんの?」

ヒドイ!悪気もなくキツイことを言うねこの子。でもナイスな発言だ、俺もそう思い込みたい。
俺は箸をくわえて会ったこともない一郎の彼女のマネと称して上目遣いをあかねに見せる、けどスルー。じゃあ普通に話を進めてもいいのね?

「なんでも、昨日からお付き合いをスタートさせたみたいよん」

「マジで?どんな人?」

それを聞いたあかねは心の底から信じられない顔を見せてくれた。そうだよね、信じられるハズないよね。ってか信じたくないよね。
一郎の彼女に興味を持ったあかねは目を輝かせて「どんな?どんな人?」と聞いてくる。言ってもいいけど、落ち込むと思うよ?…俺が。

「伊藤 円って人みたいよぉ。そんで萌がその人のこと知ってるっぽかったけど、なんか口をモゴモゴさせて濁してた」

「伊藤 円?」

その名前を聞いたあかねの顔が一瞬、強ばった。まさか、あかねも円ちゃんを知っているのか?って俺までちゃん付けしなくてもいいよね。
固まったままでいるあかねを横目に、弁当に入っている小さなハンバーグを食べようとした俺は気づいてしまった。

直秀のよか小さい、絶対に小さい。母ちゃんヒドイよ!俺の方が大食漢なのに!覚えておけよ直秀、帰ったらコブラツイストじゃ済まさないからな。…直秀は悪くないけど、でかいハンバーグをアイツがうまそうに食っているところを想像したら腹が立った。

人知れず涙を堪えていた俺は突然あかねに胸ぐらを掴まれた。ハンバーグ食べようとしてなくてよかった、じゃなかったら掴まれた勢いで落としてた。

「え、なに、何なの?」

掴まれた理由がわからない俺は怒ってそうなあかねの顔を見た。なんか悪いこと言った?ハンバーグ食べたかったとか?

「伊藤 円?マジで一郎のヤツそう言った?」

微妙に首が締め付けられてるよ。ハンバーグを食う前に気絶したくねぇ。

「ぐえっ…う、うん。幸せ率100パーで」

ホントかよ、と非常にマズイ顔を見せたあかねはまだ萌が戻って来ていないかもう一度キョロキョロと辺りを確かめた。

「………だよ」

「いや、聞き取れないよあかね」

慣れないことするからだよ。もっと元気良くいこうよ。って首締め過ぎ!そっちの元気じゃないから!

「伊藤 円って、萌の天敵なんだよ」

「て、点滴?ぐぇ!」

ちょっと場を和ませてやろうとしただけなのにより一層の力を込めないでいいから!話しづらいったらありゃしない。
でも、あかねも萌も円って人を知ってるのに俺は知らない。それに萌の天敵ってくらいなんだから俺は知って当たり前だと思うんだけど、まったく心当たりがないんだよな。

首を絞められながらも可愛く首を傾げた俺はあかねにヘッドバットを喰らった。あかねの美人な顔を間近で見られたのはこの上ない喜びでしたが、ヘッドバットは嬉しくない。むしろやめて。

「中学の時いたろ!一コ上の金持ち女!」

一コ上の?

「自分も社長令嬢だか何だか知らないけどさ。萌はそういうの鼻にかけなかったけどあの女、事あるごとに萌と競おうとしてただろ」

「あっ!いたいた、思い出した!」

そうだそうだ。伊藤なんたらとかいう会社の娘だ。そういや体育祭やら文化祭で萌と勝負したがってたな。でも一郎のケータイに写ってた人、全然違う顔だったけど…化粧で女は変わるのよ。

でもそこで一つの疑問が浮上した。あかねは俺の胸ぐらを掴みながら同じ疑問が浮かんだらしい。

「「なんで一郎?」」

やっぱりあなたもそう思いますか。でもナイスなハモりを披露してもうちのクラスの男女はスルー。自分達のことで精一杯ってか?どれだけ冷めたクラスなんだよ!

「なんかウラがありそうじゃない?」

「えぇそうね。調べてみる価値アリだわね」

「お前は誰だ。女でも『だわね』なんて言わないって」

離れたあかねに軽く頭を叩かれた。俺としたことがミスってしまった。
いてぇと頭をさすっているとあかねが俺の弁当箱にハンバーグが入っているのを発見したのか、「ちょうだい」と言って返事もしてないのにパクッと食いやがった。今日のメインディッシュよ、さようなら。でもあかねはこの前エビフライをくれようとしてたから怒ることなんてできない、腐ってたけど。

ハンバーグをおいしそうに食べるあかねと涙目の俺は、これからの作戦について話し始めた。




一郎がしょうパンを買って戻って来てから、俺は無言で彼の表情を探りつつご飯を頬張っている。目の前にはまたもしょうパンが3個、この前しょっぱいって言ってたクセに。
俺の視線なんて無視の一郎はしょうパン片手にケータイを忙しなく動かしている。隣りを見ると、萌と高瀬とメシを食っているあかねと目が合った。今しかねぇってか?

「ねぇ一郎」

「あん?なんだよ」

「円さん、だっけ?お前の彼女」

「おお!」

うお、円って名前を口にしただけで食いつき良すぎ。でも一郎は俺を見ないでケータイに集中している。

「お前が告ったんだっけ?」

「おお!」

「即オーケーだっけ?」

「おお!」

「人の話聞いてる?」

「おお!」

「てめぇ!」

聞いてねぇだろ!なんだその間抜け面は!ニヤけすぎて口が半開きだし、目はあっち向いてるし。俺が強く坊主頭を殴ってもやっぱりダメージゼロ。殴られた一郎は頭を軽くさするとやっと俺を見てくれた。

「お前、ヒガミ最高潮だろ」

「なん、なんだって?」

「お前より先に彼女が出来たから悔しいんだろ?」

コイツ、突然イヤな野郎に成り下がりやがった。彼女が出来ると偉そうになるヤツなんて初めて見ましたよ。ってかただ偉くなった気がしてるだけでしょ、俺とお前は同等の位にいるんだ、昇格なぞしてねぇ。

ニヤニヤと笑う一郎に少しずつイライラが募ってきた俺は無言でご飯を駆け込む。しっかりしろ俺、あかねに探りを入れるって言ったじゃんか。ここは冷静に対処しなければ。ウーロン茶をグイと飲んだ俺は息を整え、またケータイに全神経を集中させている一郎に軽くジャブを入れてみた。

「そ、そういや円さんって同じ中学だったよねぇ?」

「え?マジで?」

あっやっぱりわかってなかったんだ。でも俺ですらわからなかったんだし、仕方ないか。ちょっと優越感に浸れそう、ヒヒヒ。

「マジで?マジで同じ中学だっけ?でも俺あんな綺麗な人見たことなかったぜ?」

だから化粧で女性は変わるのよ、できれば俺もしたいくらいに。

「大企業の社長令嬢なのよその人。知ってた?」

「し、知らなかった。そうか、金持ちなのか…」

やっぱそこか。おいおいなんだその気持ち悪い笑顔は。逆玉狙ってんのかこの野郎。ってか昨日今日付き合ったばっかなのにもう結婚とか考えてんだ?女の立場からすると、はっきり言ってあんた重い…俺、男だけどわかるわ。

「俺、社長になるかもしれねぇなぁ。もうしそうなったらギョーザバーガー奢ってやるよ」

お前はぜっっっったいに社長になれねぇから安心しろ!それに奢るならもっと高級な物にしろや!
思いっ切り殴って気絶させてやりたい衝動に駆られている俺はなんとか葛藤しながらもおかずを口に詰め込んでいった。こうでもしなきゃ机をひっくり返しそう。

「そうだなぁ、子どもは多ければ多い方がいいなぁ」

一郎はしょうパンを一口かじるとやっぱりしょっぱい顔をしてそう呟く。聞いてねぇよボケェ、お前も晃と同じで妄想癖があるようだな。
何も聞こえませんと俺は黙々と弁当に食らいつく。時々あかねがチラリと見てくるけど、俺の手には負えないとアイコンタクトを送り返した。それを受けた彼女は(あたしにもムリ)と頷いてくれた。そしてもう放っておこう、という結論が出た。

「あっそうだ。お前のこと円ちゃんに紹介したいから今日は校門まで一緒に帰ろうぜ」

校門までって、どれだけ近いんだよ。それは一緒に帰るとは言わないだろが。でも待て、円さんに会えるのか。一郎と付き合うという偉業を成し遂げた理由が聞けるかもしれない。
俺は一郎に悟られないようにあかねに視線をずらす。そして彼女は一度ゆっくりと頷いた。

(行って真相を確かめろ)

アイアイサー!頼まれました隊長!俺は素早く敬礼を彼女に見せた。と、高瀬の手に持っているパンに目を奪われる。

「高瀬!それ、伝説のキャロットパンじゃねぇか!」

キャロットパン。それは毎日数個、いや2個くらいしか購買で売られていない商品。人気が高くて買えたヤツはその日一日が全てうまくいくとまで噂のパン。俺は弁当派の人間だから別に気にしてなかったけど、いざ目の前にすると興味が沸く。

「あぁうん、購買に行ったら名前も知らない先輩がくれたんだ」

その先輩って男?聞かなくてもわかるか。でも女子って、高瀬みたいな女の子ってラッキーだよね。並ばなくても伝説のパンが手に入るんだから。俺は興味津々で高瀬に近付いた。

「おいしい?」

「え?あぁうん、微妙」

高瀬の前では伝説のパンもただのパンと化す。あんまりおいしそうな顔してないとは思ったけど、茶髪の女王のお口には合いませんか。

「って萌!何でお前もキャロットパン食ってんだよ!」

「食べちゃ悪いか」

さっきも言ったけど、購買では2個くらいしか売られてないんだよ?なんで2個ともうちのクラスが独占してんの?

「あなたも、名前も知らない先輩にもらったの?」

「そう」

羨ましぃぃ!一度でいいから俺も女になって名前も知らない先輩にもらいたいよぉぉ!ってか名無し先輩!高瀬か萌、どちらかに候補を絞りなさいよ!両手に花を狙ってんのか?
俺がパンを物欲しげに見ていると、ケータイしか見ていなかった一郎が口を挟んできた。

「しょうパンの方が伝説化してんだろ」

それはただしょっぱいからだろが!ある意味で伝説だ、売れ残り伝説だよ。
何を言ってんだと振り返った俺はまだケータイをいじっている一郎のおでこに手刀を繰り出した。でもダメージゼロ、わかってるけどやっちゃうんだよ。

「一条、食べかけでよかったら食べる?」

えぇ?いいんですか?伝説のパンをこんな一般庶民が口にしていいんですかぁ!ってか不味いからみたいな顔やめて!これから食べる俺の身になって!

「ありがとう高瀬様ぁ!これで心おきなく卒業できる!」

まだ2年近くあるんだけど、ここは大袈裟に言っておこう。
おっしゃっしゃぁと高瀬からパンを受け取った俺はそれを口に運ぼうと大口を開いた…あれ、そういえば高瀬さん、このパン千切って食べてなかったよね?かじりついてたけど、もしかしてこれって、かかかかかか…。

「たか、たかかか」

間接き…だよねこれ。いいのか?ちょ、笑わないで高瀬!まさかお前、確信犯ですね!
食べたいけど食べていいのかどうか悩みに悩んでいる俺はふと一郎と目が合った。なんでそんな怖い顔してんだお前。

「お前、俺を裏切る気か?」

「は?」

ケータイを乱暴に机に置いた一郎が立ち上がる。そしてものすごい形相でキャロットパンを指差した。

「高瀬の食いかけもらっていい気になってんじゃねぇぞ!俺にもよこせ!」

「お前は変態か!俺は純粋に伝説のパンが食いてぇだけなんだよ!お前は俺が食ってるのを横目に黙ってしょうパンかじってろや!」

そう言い終えた俺は不気味な一郎の顔を見ながらゆっくりとパンを口へ運んでいく。欲しいか?欲しいならば謝れ!何かわからんけど、とりあえず謝れ!

一口パクリと頂く、でも高瀬がかじった場所とは反対側の箇所。お味はいかが…これ、不味い。もしかして不味いから伝説になったのか?でもせっかく高瀬がくれたんだし、不味い顔なんてできねぇ。
俺が暗い表情になったのを見たのか、高瀬がニヤつきながら萌へ視線を移す。

「萌、それおいしくない?」

「はっきり言って不味い」

やっぱり萌も不味いと思ったか。でも黙々と食べてるから意外にクセになってるとか?
俺は黙ったままパンを食う萌を見る。う〜ん、本当に不味そうな顔をしてらっしゃる。あれか、先輩がくれたんだから食べなきゃみたいなやつか。

「先輩には悪いけど、本当においしくないよね」

笑顔で言うことじゃないだろ高瀬。でもどうしよ、まだ半分近く残ってる。捨てるわけにもいかないよなぁ、捨てたりしたらもったいない。
ジッとキャロットパンと見つめ合っている俺は一郎がこっちを見ているのに気がついた。その物欲しそうな目をやめろ、見るな。

「それ不味いなら俺がもらってやろうか?」

「食うよ!お前になんてやらん!」

やるか!やるものか!と一気にパンにかじりついた俺を一郎がヘッと鼻で笑った。ヤツの手にはもうケータイは握られていない。円よりも高瀬を取ったか?

「あ〜ヤダヤダ、これだから独り身は」

てめっ。関係ねぇだろ今はそんなこと。大袈裟に首を振るな。オーバーリアクションもいいところだよ。
俺と一郎の低級なケンカを見ていたあかねがアイコンタクトを送ろうとしてきた。ちょっと、今送られても困るよ。一郎も高瀬も萌もこっち見てんだから。

「ぐっ!ば、バンがぁ!」

「アッハハハハ!何やってんの一条?あっねぇ野代。あんたの彼女って今日来るの?」

パンが思い切りノドに突っかかった俺を笑いながら、高瀬が笑顔で一郎へそう質問した。そして悟った、本当に彼女は一郎のことを何とも想っていないと。もし仮に、百万分の一の確率で高瀬が一郎の事が好きならばそんな質問はしないだろうね。
ザンネンだったな一郎!ってその前にウーロン茶くらい差し出してくれてもいいだろ高瀬!

「え、あぁ、うん、まぁ」

はっきりと言えない一郎が高瀬の目を見ることも出来ずにそう返答した。このっ、お前はいつまでモテ男を気取ってやがる。いい加減に気づけよ。

「じゃあ陰からコッソリ覗いちゃおうよ萌」

「え?い、いや私は遠慮しとく」

一郎みたいな野郎に彼女が出来たのが不思議でしょうがないんだろうね高瀬は。好奇心が旺盛な子だよまったく。
え〜行こうよ〜としつこく食い下がる高瀬に、見たくないとはっきり言う萌。そう言う表情はどこか挙動不審。

(あたし今日は部活出るからさ。あんたはちゃんと萌と帰るんだよ)

うお、今かよあかね。
一瞬のスキをついたあかねのアイコンタクトは幸い、俺にしか届かなかった。一郎は高瀬を、高瀬は萌を、萌はパンを見つめている。ってかそれは無理。だって萌に一緒に帰らないって言われてるのよ僕は。まぁ萌が「一緒に帰ろ?」って潤んだ瞳で懇願してきたら考えてあげてもいいけど…それは有り得ないし。ってかもう一郎のことはどうでもいいのかよ。
あれ萌さん、思ったよりも食が進んでいないみたいね、いらないなら俺がいただこうか?

「なに?」

無言で手を差し出した俺に疑問を持った萌がそう尋ねてくる。お前のことだ、そのパンを捨てるつもりだろ?仕方がないから俺が食ってやるよ。小さい頃、給食でお前が残したチーズかまぼこ食ってやってるし。

「いらないならちょうだい」

「…変態」

「なぜ?」

もったいないから捨てるならもらってあげようと思っただけなのに、なんで変態呼ばわりされなきゃいけないの?違うよ?あなたの残したパンが欲しいわけじゃないの、パンそのものが欲しいだけ…意味不明。

「どうせ不味いからって捨てるつもりだろ。だからもらって差し上げる」

「あんたにやるくらいなら食べる」

「…」

そこまで俺を嫌う意味がわからん、というか知りたい。知りたい知りたい。ついでに聞いてみるか?

「ねぇ萌さん。あなたはどうしてそこまでワタシを嫌っていらっしゃる?」

「はぁ?」

パンにかじりついた萌がすっげぇ怪訝な顔を見せた。おいおい、口で語らず顔で語るってか?でもここで「ワタシはあなたが大好きなのにぃ!」なんて言ったらパンが飛んでくる。それを口でキャッチできるほど俺は訓練を受けてない。それにこういう言葉はあかねにしか使えない……でもあかねにもそういうことを言うなって怒られたんだった。じゃあ萌にならオーケーなの?

「ワタクシは萌がだい…」

い、言えるわきゃねぇ!なんで?なんでだ?あかねには言えるのにぃ!冗談交じりで言うだけなのに、なんでこんなに焦る必要性があるんだ。萌を怒らせたくないから?あぁそうか、そうだそうなんだ。萌に殴られるのがイヤだから言えないだけなんだ。ホッ。

「こっち見るな。ただでさえ不味いのが余計に不味くなる」

「このっ…」

「なに?」

「いえ…」

俺のバカバカ!なんで言いたいことも言えないんだ!父ちゃの悲しい背中が脳裏をよぎる!くぉぉぉ、俺って不幸者だよ。言われ放題の殴られ放題。見てろよ、俺がキレたらどうなるか…俺にもわからん。一人寂しく枕を濡らしてそう。

「あっ電話だ!」

萌のパンと俺が持っているパンを交互に見つめていると、突然一郎が叫んだ。彼はパンのことなど忘れてしまったかのように笑顔を取り戻し、ルンルンと聞こえてきそうな勢いで電話に出る。ってかさっきまで高瀬命に戻ってたのに。

「もももももしもし?あっ円ちゃん?今?今は友達とメシ、いや昼ご飯を食べてたとこ。円ちゃんは何してたの?あぁご飯食べてたんだ?俺と一緒だね!」

昼なんだから当たり前だろが。それにしても声がデケェよ、そんなんじゃ今ごろ円ちゃんはケータイを耳から遠ざけてるから。
俺は無言で楽しく話をする一郎を見た。すると周りから異様な視線を感じる。

「…野代に彼女が出来たって?ありえないんですけど」

「シッ!聞こえるって!」

「アイツ、絶対に騙されてっから」

「あの幸せそうな顔、一瞬で凍らせたい」

男子女子問わず、みんな好き勝手に言ってるよ。しかも最後の言葉、怖いし。でも当の本人は聞こえていない。バカ丸出しの笑顔が見える。くっそぉ、俺だって一郎みたいに昼飯の時間に彼女と楽しくお喋りしながら弁当を食ってみてぇ。

「え?萌って、秋月のこと?あぁうん同じクラスだけど。うん、ちょっと待ってて」

俺と同じく無言でキャロットパンを貪っている萌に目を向けた一郎がケータイを彼女に差し出した。しかし萌は無視。チラリと一郎に視線を移すけど無視。ほら見ろ、お前がうるさいから萌様のご機嫌を損ねたじゃんか。

「円ちゃんが代わってくれって」

「イヤだ」

なんで萌に?という質問を飲み込んだ俺(とあかね)は萌の一挙一動を見守る。「円ちゃんの頼みなんだから!」と頼む一郎と無視してパンに食らいつく萌。さぁどちらが折れるだろうか…予想しなくてもわかるけど。

「あっ円ちゃん?秋月のやつ、代わりたいけど代われないって」

お前は絶対に将来、尻に敷かれるタイプですね。男なら「イヤだって言ってる」くらいビシッと言わないと!とか言ってきっと俺も今の一郎と同じことを言いそう。

「え?あっちょっと待って。秋月頼むよ!円ちゃんが泣いてもいいのかよ!」

「勝手に泣けば?」

「ひでぇ!」

円ちゃんではなくて一郎が涙目を見せても萌には効果なし。まぁ男(しかも一郎)の涙目なんて見ても心が動かされるわけないし。
そんな一郎と萌のやりとりを見ていた俺はあることに気がついた。

このキャロットパン。食べ始めは不味いと思ったけど、食べているうちになぜかおいしくなっていく。さすが伝説のパン!しょうパンとは全く違う!萌も同じ意見なのか、無言ながらも黙々とパンを食っている。

「実はこのパン、うまいかもしれないねぇ」

「…うん」

おっ返事が来た!よく見たら結構食べてるね萌さん。無言で不味そうに食べてると思わせて実は意外なうまさに声が出なかっただけか?
よし、きっと卒業するまで食べることはできないと思うからゆっくりと味わおうか…ってもう三口くらいしか残ってねぇ!思わずバカ食いしてた!

「頼む!ご、いや3分でいいから円ちゃんと話をしてあげてくれ!」

「だからイヤだって!なんで何も関係ない私が話さなくちゃいけない」

「そんなの俺だってわかんねぇよ!でも円ちゃんが秋月と話したいって言ってんだから!」

「あぁもうメンドくさい!」

貸せ!と乱暴に一郎の手からケータイを奪った萌は怒り爆発20秒前くらいの顔で電話に出た。俺はパンをちょいちょいと千切って食いながらそれを眺める。もったいないもったいない、あっちょっと大きく千切りすぎた。

「代わりましたけど。はい…はい?何を言ってるかわからないんですけど。…違います…そうです」

違うのかそうなのかどっちなの?円さんの声が聞こえないから展開が読めない!あぁもうパン食っちゃったよ!萌のパンをよこせぇ!

「おぼぉっ!」

ケータイに気を取られているスキにパンを奪おうとした俺に華麗な裏拳がヒットした。庭田先生ばりの技だよそれ、頬骨が痛い。
俺が痛みに苦しんでいると萌は話を終えたのかケータイを一郎に投げた…受け取ることができなかった一郎はそれを落とした。アンテナがビョンと飛び出た。

「何すんだよ秋月!」

円ちゃんとの連絡が途絶えたらどうすんだ!と一郎はケータイを即座に拾うと萌を軽く、本当に軽く睨む。お前も怖いものは怖いんだ。彼女ができたら怖いものなんてなくなると思ってたけど、それはまったくの勘違いだったみたいですね。

「…え、なに?」

ホッペタを押さえている俺は思わず声を出してしまった。萌がジッと睨んでいた、というよりも「メンドイことになった」みたいな顔で見てきたから。円さんは一体お前に何て言ったんだ?

理解できない俺は萌と数秒間見つめ合う。ふと萌の視線が泳ぎ、ケータイのホコリをほろう一郎へと移動した。そして同情の眼差しを彼に向ける。
できることならちゃんと説明をしてほしい。それに思ったんだけど、今回はまったく俺は関係ないよね?ちょっ、頷いてよ萌!













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