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免震オンボロアパート

作者:千賀藤兵衛
 例の震災を題材にしたとても不まじめな小説です。不快に感じる向きもおありでしょうが、ご容赦ください。
 この物語の主人公は人間ではなく、生きものですらなく、一棟のアパートである。名前はスミレ荘という。
 ごくふつうの住宅地に位置するごくふつうの木造二階建て。部屋の数は各階四つ。一部屋あたりの広さは六畳で、それに押し入れ、台所、風呂、トイレがついている。部屋は南向きだが、すぐそばに別のアパートが立っているため日当たりはよくない。日本中どこにでもあるような標準的なアパートである。ただ一点、やたら古いということをのぞけば。
 入居の際に受けた説明によれば、建てたのは一九六九年、つまり今年で築四十二年になる。家賃が月二万円と近所の相場の半額程度なのは、ひとえにその古さのためであろう。ゴキブリは出る、ナメクジは出る、ムカデは出る。台所の床の上を歩けばフローリングが沈み、畳の上を歩けば畳がへこむ。水道ガス電気といった基本的なインフラもすっかりガタがきている。
 いくら家賃が安かろうと、こんな部屋に住みたがる猛者がそうそういるものではなく、全部で八部屋あるうち現在埋まっているのは三部屋にすぎない。おれがこの六年のあいだ住んでいるのは二階の西端、二〇五号室である。

 三月のその日、午後になっておれは目を覚ました。前の晩に飲みすぎたせいで頭は痛いは吐き気はするはのひどい目覚めだった。だがまあ、ふつう四年で通過するはずの大学を六年かかったとはいえとにかく卒業し、そのうえこの就職氷河期のさなかにあってちゃんと仕事も決まっているのだ。ちょっとぐらいはしゃいだってバチはあたるまい。
 目が覚めたあともおれはしばらく布団の中でぐずぐずしていた。引っ越しがほんの一週間先にせまっており、荷造りもぼちぼち始めないといけないのだが、この気分では今日はとてもできそうにない。やがて喉の渇きと空腹が耐えがたくなってきて、おれはどうにか起き上がると這うようにして台所に行った。部屋の電話が鳴ったのは、冷蔵庫の前にすわりこんでヨーグルトをすすっているときだった。
 「はい、佐藤です」
 「大丈夫だったの、健二」
 十秒もかかってようやく受話器をとると、あいさつも抜きに母の声がそう言った。おれはぼんやりと受話器を握ったままだまっていた。
 「ちょっと健二、大丈夫かって聞いてるんだけど。答えなさい。仙台もひどく揺れたんでしょ。けがしてない?」
 「あー、えーと、何の話」
 「なにって、地震の話に決まってるじゃないの。函館もかなり揺れたのよ」
 母の声が高くなった。おれは首をかしげた。
 「へえ。大丈夫だった?」
 「聞いてるのはこっちよ。ほら、震源は三陸沖でマグニチュード八・四だって、いまテレビで言ってる。あっ、津波も来るって言ってるけど、あんた逃げなくていいの」
 「マグニチュード八・四?」
 おれの頭はようやく回りはじめた。三陸沖でそんな大地震があったのなら、ここ仙台もかなり揺れたにちがいない。だがおれにはさっぱりおぼえがなかった。二日酔いのせいかもしれない。頭がくらくらするのはまだ治っておらず、これでは震度三ぐらいの揺れには気がつかないのではないかと思う。
 「あ、ほら、宮城県は震度六強だって」
 「……」
 おれは考えこんだ。いかに二日酔いとはいえ、震度六強に気がつかないとは思えない。これまでの人生でまだ経験したことのない揺れだ。だがもしかしたら、寝ているときなら気がつかないかもしれない。おれは電話口にたずねた。
 「その地震って、あったのいつ」
 「二時、そうねえ、五十分ぐらいだったかしら」
 「いま何時何分」
 「あんた時計ぐらい自分で見なさいよ。三時十分」
 二十分前か。もう起きていたと思う。すくなくとも目は覚めていた。冷蔵庫めざしてかたつむりのごとく這いずっている最中だったか、それとも冷蔵庫をあけて食べられそうなものを物色しているときだったか。いずれにしても揺れに気がつかなかったはずはない。
 「ぜんぜん揺れなかったけどなあ。今日って四月一日だっけ」
 「三月十一日よ。なに言ってるの」
 「いや、むかしそういう話があったなあと思って。ラジオで宇宙人が攻めて来ましたっていうニュースを冗談で流して、信じ込んだ人が大騒ぎして」
 「バカじゃないの。とにかくこっちはちゃんと揺れました」
 「ふうん。それはよかった」
 おれは心の底からそう言った。なぜだろう、揺れなかったことでこれほど不安になるとは。電話の向こうで母があきれたようにためいきをついた。
 「まあ、無事ならいいわ。元気なの? ちゃんと食べてる? 引っ越しの準備はどう? なんかあったら電話しなさい。いいわね?」
 はいはいはいと返事をするうちに電話は切れた。

 とりあえずヨーグルトの残りを食べた。食べながら部屋の中を見た。いつもどおり散らかっているが、あくまでもいつもどおりである。思うに、震度六強ともなれば床に無造作に積み上げてある本の山が崩れたり、棚の上の物が落ちたり、棚そのものが倒れたりといった被害が出るのが当然だろう。まして、自慢ではないがおれは地震対策などひとつもしていない。だから家具も床や壁や天井に固定してあるわけではなく、大地震などが来た日には揺れほうだい倒れほうだいのはずである。
 「運が良かったのかなあ」
 そうつぶやいてみたが、とうてい納得できなかった。やはり母がなにか勘ちがいをしただけなのではないだろうか。そのほうがよほど考えやすい。おれはニュースを見ようとテレビのスイッチに手を伸ばし、引っ込めた。うちのテレビは先月突然故障して、さっぱり映らないのだ。どうせもうじき引っ越すのだし、新しいのを買うのはそのときにしようと思ってそれきりである。七月にはアナログ放送が中止になるので、古いテレビが壊れるにはまあまあのタイミングだったかもしれない。
 ヨーグルトを食べおわって、おれはしばらくぼんやりしていた。考えてみると、ほんとうに大地震があったのだとしたら、まずこのアパートが持ちこたえたことが奇跡だった。なにしろ築四十二年である。だいたいこのアパート、何もないときでもしょっちゅうガタピシ言うし、隙間風は入るし、雨漏りはするし、水道や都市ガスや電気もときどき止まるし、しかも調べに来てもらってもさっぱり原因がわからないし、かと思えば修理もしていないのに止まったものが再び出るようになったりする。また、どういうわけか郵便や宅配便も届かないことがある。以前となりの二〇三号室に住んでいたおれの先輩の本田さんという人が、選挙の投票所入場券が送られてこないと言って騒いだことがある。おまえのところはどうだったと聞かれたので、住民票を実家の住所に置きっぱなしなのでここには送られてきません、したがって投票は棄権しますと答えたら、政治に参加する権利と義務がどうこうと説教された。このことにかぎらず本田さんというのは万事マメな男で、たとえば公共料金の領収書などもきちんと整理して保管しており、何月のぶんの電気の検針票がないとか、市の広報が届いていないなどとちょくちょくぼやいていた。
 もっと怖い話もある。これは大家に聞いたのだが、アパートが完成する前、建設作業中に足場が崩れて作業員がけがをし、一一九番に通報した。ところがいつまで待っても救急車が来ない。もういっぺん電話してたしかめたところ、救急車はとっくにけが人を病院に運び終えているという不思議な答えが返ってきた。どうもほかの場所で出たけが人を間違えて運んで行ってしまったらしい。結局けがをした作業員は近所の人の車で病院に担ぎ込んだという。
 要するにこのアパートは立地か何かのせいで郵便屋やメーター検針員や救急車に見落とされやすいということなのだろう。ついでに地震にも見落とされたのかもしれない。だとすれば震度六強の地震でまったく揺れなかったことの説明がつく。などと下らない空想をしているうちに、部屋が暗くなってきた。まだ四時前なのにと窓の外を見ると、雪である。そういえばなんだか寒くなってきたようだ。寒さを意識すると急に腹が減ってきた。学校に行って研究室にちょっと顔を出して、それから学食で晩飯を食おう。そう考えて部屋を出た。
 アパートの前の自転車置場では、ふたりの若い男が立ち話をしていた。このボロアパートに住んでいる剛の者三人のうちおれ以外の二人である。一〇一号室の小林君と一〇五号室の菅原君。菅原君はバイクにまたがっており、どこかに出かけるところらしい。おれがアパートの外階段を下りてゆくと、二人は顔を上げて会釈した。おれは声をかけた。
 「やあ、今からバイトですか」
 「いえ、実家の様子を見に行くところです。石巻の」
 菅原君は固い表情だ。小林君が口をはさんだ。
 「やめろって言ってるんですけどね。暗いし天気わるいし、朝になってからにしたほうがいいって。佐藤さんは部屋にいたんですか」
 「はあ」
 「だいぶ揺れましたか」
 また地震の話らしい。おれが言葉をにごしていると、小林君は一人合点して話を先に進めた。
 「まあ、このアパートも持ちこたえたみたいで何よりでした。ぼくは学校にいたんですけど、この世の終わりかと思うほど揺れましたよ。冗談抜きでションベンちびりそうに……、おい、菅原!」
 菅原君がバイクのエンジンをかけたのである。
 「悪い、おれ、もう行くわ」
 「……わかった。気をつけて行けよ」
 「ああ」
 たちまちのうちにバイクは降る雪の向こうに消えた。小林君はためいきをついた。
 「心配なんでしょう。かなり大きい津波が来たみたいだし」
 「はあ」
 「それはそうと、佐藤さんはこれからどうしますか。どこかに避難とか?」
 「いや、べつに……」
 「そうですか。ぼくはしばらく友達のところに厄介になります。このアパートだとさすがに不安で。いま荷物を取りに来たんです」
 小林君はそう言って、自分の部屋に入って行った。おれは学校に向かって歩きだした。

 歩きだして一分とたたないうちに、おれは異変に気がついた。スーパーとコンビニが並んで立っている場所があるのだが、どちらも店の明かりが消えているのだ。停電である。そして、それにもかかわらずどちらの店にも何十人もの人が行列している。そのすぐそばの交叉点では信号機が青黄色赤どれひとつ点いていない。やはり停電である。あたりを見れば、暗くなってきているというのに明かりのついている建物もまったくない。母や小林君が話していたとおり、今回の地震は相当大きかったものと見える。スーパーとコンビニの行列は、水とか食料品とか電池とかトイレットペーパーを買いだめするためのものだろう。大きな地震の直後には多かれ少なかれ見られる光景だ。
 てくてく歩いてキャンパスの近くまで来ると、ふいにおれの目の前に一台のスクーターが停まり、ドライバーが手を上げて挨拶してきた。
 「佐藤君、無事だった?」
 「あ、大谷さん」
 オープンフェイスのヘルメットの中には見慣れた顔。同じ研究室の女子学生だ。入学したのは同じ年度だが、向こうは留年しなかったのでもうこの春で大学院の前期課程を修了している。
 「もしかしてキャンパスに行くところだった? 無駄だよ、もうみんな帰ってるし、建物の中にもはいれない」
 「学食もやってないのか?」
 大谷さんは軽蔑のまなざしでおれを見た。
 「学食より先に聞くことがあるんじゃないの。けがした人はいなかったかとか、研究室の被害はとか」
 「ああ、そうそう、けがした人はいなかった?」
 「物が落ちてきたり棚が倒れたりして、すり傷とか打ち身をこしらえた人が何人かいるけど、たいしたことはなかったよ。部屋の中はひどいありさまだけどね。ありとあらゆるものが床に落ちて。教授の部屋がいちばんひどかった。ふだんから整頓してないから、倒れたり落ちたりした物で扉がふさがっちゃって、教授、部屋から出られなくなっちゃってさ。なんとか助け出したけど、おかげですっかり遅くなっちゃった。佐藤君はどこにいたの?」
 「自分の部屋」
 「あのボロアパート? だいじょうぶだったの?」
 「うん。なんか揺れもぜんぜん感じなかったしな。二日酔いでぼんやりしてたせいかもしれないけど」
 大谷さんはふたたび軽蔑の目でおれを見て、スクーターのエンジンをふかした。
 「ま、無事だったんならいいわ。ちなみに学食はたぶん営業してないから、うろうろしてないで帰ったほうがいいよ。停電のせいで街灯もついてないし、夜になったら真っ暗だよ。じゃあね」
 排気量五十ccは颯爽と走り去り、おれもしかたなくきびすを返した。

 帰るみちみち雪はますます激しくなり、腹はますます減った。困った。
 前にも言ったが、おれは地震に対する備えはまったく何もしていない。したがって食料の備蓄もない。ふだんなら米とかパンとかインスタントラーメンなんかが部屋にいくらかあるのだが、どうしためぐり合わせか今はどれもぴったり切らしてしまっていた。そして学生食堂は閉まっており、ほかの食べもの屋もおそらく営業してはいまい。スーパーかコンビニで買い物しようにも、来るときに見た二軒はすでに店じまいしていた。あれほど長々としていた行列も、いまはすっかり解散している。おそらくはほかの店も似たようなものだろう。出てくる前に食ったヨーグルトがおれの最後の食事になりそうな雲行きである。
 深刻な気分でアパートに帰りつき、二階への外階段を上がろうとしておれはふと立ち止まった。階段の下にピザ屋のバイクが停まっている。誰かがピザの宅配を頼んだらしい。そのときおれの頭は一瞬でじつにいろいろなことを考えた。
 一。そうか、スーパーもコンビニも開いてないけど、出前を取ればいいんだ。
 二。ばかな。こんな状況でピザ屋が営業してるのか。
 三。そういえばおれもおととしの春まではよくピザの出前を取ってたっけな。
 四。このバイクのピザ屋って、まさにあいつがバイトしてたピザ屋じゃないか。
 五。ベーコンポテトピザ、食いたいな。でも、トマトとサラミのも捨てがたい。
 おれはすぐ我に返り、三と四を頭の中から払いのけた。そして一と二と五を真剣に検討した。結論はすぐに出た。現にピザ屋のバイクが来ているのだから、ピザ屋は営業しているにちがいない。そしておれは今たいそう腹が減っており、しかもほかに食べ物を入手するあてがない。だからピザを取るべきである。ベーコンポテトとトマトサラミを一枚のピザに半分ずつ載せてもらうことにしよう。
 そうと決まればすぐに電話しなくてはならない。あいにく携帯電話に登録してあった番号はとっくに消してしまっているが、部屋に戻ればピザ屋のチラシがあったはずだ。おれはゆっくりと階段を上がった。できれば駆け上がりたいところだったが、この階段はかなり老朽化しており、足を乗せるたびにぐらぐら揺れて、怖いといったらないのである。そして、二階にたどりつかないうちに、おれはそれを聞くことになった。
 「本田さーん、ピザお届けに上がりましたー」。ドアを叩く音。「本田さーん」
 おれは二階に着いた。ピザ屋の制服のそいつはニ〇三号室の前で声を張り上げていたが、こちらに気がつくとムスッとした笑顔を見せた。
 「あ、佐藤さん。ひどいじゃないですか、出前たのんでおいて留守にするなんて」
 「阿部……?」
 おれの声はかすれていたと思う。相手は気にせずおれにピザの箱を押しつけようとした。
 「はいこれ。冬季限定怒濤のカニスペシャルと、特製牛タンピザと、ベーコンポテトピザ。全部Mサイズ。クーポンご利用で、締めて六千百円になります」
 「い、いや、おれ頼んでないけど」
 動かない口を動かして、どうにかそれだけ言った。やつはぐいっと眉をひそめた。
 「なに言ってんですか。佐藤さんが注文したんでしょ、本田さんとこに持って来てくれって」
 「本田さんって、おまえ……」
 「なんですか」
 「本田さんは去年の春に引っ越しちゃったぞ。もうここには住んでない」
 「はあ?」
 剣呑な顔になった。これはまずい。怒らせても大して怖くないやつだったのだが、いまおれは怖くてたまらない。
 「ちょっとー、イタズラは勘弁してくださいよ。ていうか、勘弁しませんよ。小学生じゃあるまいし、こんな低レベルなイタズラ」
 そこでふとおれの顔をまじまじと見て、心配そうに言った。
 「だいじょうぶですか佐藤さん。なんか、幽霊でも見たような顔してますよ」
 当たらずといえども遠からず。幽霊を見たような顔ではなく、幽霊を見ている顔そのものだ。そのとき、内心の混乱とは無関係におれの腹が鳴き声をあげて空腹を訴えた。遅まきながらあたりにただようピザの匂いに気づく。とたんにおれの頭の中で常識が白旗を上げた。もうなんでもいいや、このピザを我がものとしてしまおう。そう決めたのである。ポケットから財布を出して聞いた。
 「いくらだって?」
 「六千百円になります。クーポンをお忘れなく」
 「クーポン? あったかな」
 「ちょっとー。困りますよ。クーポンご利用ってご注文ですよ」
 「悪い。いま探すからちょっと待ってて」
 おれは自分のニ〇五号室の鍵を外して駆け込み、電気をつけた。おや、ちゃんとついた。停電はもう復旧したんだな。そんなことを考えつつ部屋のすみに向かう。そこにはダイレクトメールとかチラシとか市の広報とか卒論の資料とかがごちゃごちゃと積んであって、紙の墓場といった様相を呈している。あわただしく墓荒らしをしていると、玄関のところからやつが話しかけてきた。
 「ところでみなさんどこ行っちゃったんですか。本田さんとこで残念会やってるんじゃなかったんですか」
 本田さんのところで残念会。その言葉がおれの記憶をひっかいた。紙の山をかきまわす手は止めずに、やつに聞いてみる。
 「残念会って、何の残念会だったっけ」
 「なに言ってんですか。さっきからおかしいですよ、佐藤さん。風邪でもひきましたか」
 「そうかもしれん。熱が出て幻を見てるのかもな。いいから残念会のことを教えてくれ」
 やつはすっかりあきれたらしく、おとなしく答えてくれた。
 「本田さんが大谷さんにふられたのを慰める会でしょ。ていうか、正しくは、本田さんが大谷さんにふられたっていう話をサカナにして飲む会でしょ」
 「そうだ。そんなこともあったな」
 「え? なんですって」
 「なんでもない。それより、クーポンやっぱりないみたいだ。ふつうの代金でたのむ」
 「ちょっとー。七千六百円ですけど」
 おれは玄関に戻ってなけなしの一万円札を出し、ピザと釣りと領収書を受け取った。やつは「毎度ありがとうございましたー」と言って去って行った。おれはその背中に思わず声をかけた。
 「阿部」
 「なんですか」
 「車に気をつけろよ。特に大型トラックには」
 やつは首をかしげたが、すぐに軽くうなずいた。階段を下ってその姿が見えなくなり、足音が聞こえなくなり、バイクのエンジンが掛かってその音が遠ざかって消えてしまうまで、おれはそこに立っていた。腕に抱えたピザの箱があたたかかった。

 今を去ること三年と少し、二〇〇七年十二月。おれはまだ留年を知らない三年生で、所属する研究室には本田さんという四年生がいて阿部という二年生がいた。本田さんはすでに大学院に進むことが決まっていたが人生万事順調とはゆかず、付き合っていた某女子学生から完膚なきまでに振られるというすてきなクリスマスを迎えていた。われわれモテない野郎どもがこんな興味深い事件を見過ごすはずがなく、ただちに研究室有志による飲み会が企画された。本田さんの部屋に押しかけて、破局にいたった顚末を洗いざらいしゃべらせて、みんなで大いに面白がろうというのである。阿部はバイトのため参加できなかったが、酔っぱらった誰かが阿部の顔が見たいと言い出して、バイト先のピザ屋に出前を注文することになった。そんなことがあった。
 おれはいま、ベーコンポテトピザを食べながらそのときのことを克明に思い出していた。どうでもいいが、一人でピザ三枚は多すぎる。二日酔いの直後となればなおさらだ。しかもそのうち一枚は冬季限定怒濤のカニスペシャルとかいうトチ狂った名前のしろもので、聞いただけでもなんだか胸焼けがしてくるようだ。たしかにあのときそういうイカれたしろものも注文したおぼえがある。みんな若かった。
 おれはおぼえている。あのときは注文したピザがなかなか届かず、しまいには店に催促の電話をかけたのだ。ところが店の人が言うには、とっくに配達し代金も受け取っているとのことだった。あらためて注文しなおして届けてもらったが、配達にきた阿部もついさっきそこでおれにピザを渡して代金をもらった、まちがいないと言い張った。あのときは変な言い訳をするものだと思ったが、どうやらやつは嘘をついていなかった。おれはベーコンポテトピザを口に運びながら、さっき阿部からもらった領収書を見る。そこには、二〇〇七年十二月二十四日という日付が入っていた。
 あらためて、おれの知っている確かな歴史的事実を思い返す。わが後輩、気のいい阿部は二〇〇八年四月に交通事故でこの世を去った。享年二十二。

 地震の被害はかなり大きかったらしい。翌日になっても近所は停電がつづいていた。それに加えて、地震直後には使うことができた都市ガスや水道も止まってしまったという話だ。水道ガス電気が使えるのはうちのアパートだけのようだった。いつもは調子が悪いくせにいざというときに頼りになる、不思議なアパートである。
 大きな余震もひんぱんに発生しているらしい。らしいというのは、おれはまったく気がつかなかったからである。おれがよくよく鈍いのか、それともうちのアパートの足元の地盤が並みはずれて頑丈なのか。
 うちの近所は倒壊した家屋などもなく、まずまず落ち着いていたと言っていいだろうが、海沿いのほうは津波にやられてひどいことになっているそうだ。死者は確認されただけで千人を超え、まだまだ増える見込みだという。最初八・四と発表されたマグニチュードはいつのまにか上方修正されて八・八になっていた。
 このような情報を、おれはやっとつながった友人たちや教授との電話で得た。電話も通話制限がかかっていて、何回もかけなおさないとつながらない。だれもが知人の安否を心配し、ライフラインの復旧を待ち望んでいた。おれは自分のアパートでは水道ガス電気どれも止まっていないということをみなに話したが、だれも信じてくれなかった。あのボロアパートにかぎってそんなことがあるわけがないと異口同音に言うのである。スミレ荘の悪名の高さには驚くばかりだ。
 食料の入手も懸案だった。スーパーやコンビニはほとんど営業しておらず、営業していたとしても長い長い行列に並ばなくてはならず、並んでもたいていは自分の番が来るまでに売り切れてしまうし、首尾よく順番が来たとしても買えるのはせいぜいスナック菓子とか見たこともないような種類の変な缶詰とかで、カップラーメンだのレトルトの米飯だのといった結構なものにはまずお目にかかれない。というような愚痴を誰もがこぼすのだった。
 ところがおれの食糧事情は決して悪くなかった。昨夜は結局ベーコンポテトピザを半分食べただけだったので、ピザがまだ二枚半も残っている。そこへさらに今日になって、田舎の祖父母のところから宅配便で食べ物がどっさり届いたのだ。
 今朝十時ごろ、おれは玄関のドアをどんどん叩く音に起こされた。世間一般の基準では朝寝坊もいいところだろうが、ここしばらくのおれの生活からすればこの時間に起きるのは比較的早起きのほうである。寝ぼけまなこをこすりつつドアを開けると、そこに立っているのはクロネコヤマトの配達員であった。
 「お休み中のところ失礼しました。佐藤健二さんでいらっしゃいますか。お届け物です。こちらにサインをお願いします」
 おれは言われるままにサインし、よく冷えた段ボールの箱を受け取った。伝票を見ると、送り主は母方の祖父である。祖父母からの小包は以前はよく来たが、ここしばらくはごぶさただった。祖母の体調がすぐれないせいだろう。祖父の名前になっているが、実際は祖母が万事とりしきって送ってくるということをおれは知っている。
 クロネコが帰って行ったあと、おれは小包をほどきにかかった。梱包のビニール紐を切りガムテープをはがしながら、おれは感謝の気持ちでいっぱいだった。この小包はおそらく昨日の地震のあと大急ぎで発送してくれたものだろう。自分の体の調子も良くないのに、孫の身を案じてくれたのだ。このアパートを引っ越したあと、勤務先の土地にむかう前にいちど顔を見せに行かないといけないな。そんなことを考えていた。後から思えば、おれはまだはげしく寝ぼけていた。
 箱の中には、そうめん三十把、サンマ缶詰三個、レトルトのカレー二袋、水羊羹四個、そして生の枝豆がひとかかえ、保冷剤といっしょに入れてあった。さらに封筒が一枚。開けてみると手紙と五千円札が出てきた。手紙を読んでみて、おれはやっと何か変だと思いはじめた。
 手紙は祖母の手になるもので、これまで毎年夏休みに泊まりに来てくれていた健二ちゃんが今年は来られないと聞いて、じいちゃんもばあちゃんもがっかりしています、などと書いてある。しかし、おれは高校時代までは毎年夏になると祖父母のところに長逗留するのが常だったが、大学に入ってからは一度も足を運んでいない。だいたい、今はまだ三月なのになぜ夏休みの話をするのだ。もしかして祖母はぼけてきたのだろうか。そうではなかった。手紙にはさらに枝豆についての説明があった。健二ちゃんの大好物、うちの畑でとれたばかりの枝豆を送ります、とあって、ゆでかたをこまかく指導してくれている。枝豆というのは三月に収穫できるものではない。少なくとも祖父母のところではそうだ。考えてみると、そうめんや水羊羹も妙に夏らしい。そしておれは決定的なことに気がついた。なにかおいしいものでも食べなさいと同封してくれた五千円札の顔が、樋口一葉ではなく新渡戸稲造だったのだ。
 おれのおぼろげな記憶によれば、千円札と五千円札の図柄が変更されたのは高校三年のころ、つまり二〇〇四年だったと思う。せっかく女がお札になるのならもっとかわいい女の子がよかったという話でクラスの男どもが異様に盛り上がって、女子たちから白い目で見られたのをおぼえている。あれからしばらくは古い札も出回っていたが、二〇一一年現在ではすっかり撲滅されてしまって、新渡戸稲造などどんな顔だったか思い出せないぐらいだ。そのなつかしい顔がいまおれの手の中にある。
 おれはおそるおそる段ボールに貼ってある伝票を見た。宅配便を受け付けた日付は二〇〇五年七月二十八日とあった。六年前の枝豆は箱の中でみずみずしく光っている。

 なにはともあれ枝豆をゆでて食った。うまかった。全部は食べられなかったので残りは冷蔵庫に入れた。ちなみに昨日のピザの残りも冷蔵庫に入っている。あまり日もちしそうにないし、なるべく早く食べなければ。
 それから祖父母のところに電話をかけた。おれが無事でいることを伝え、引っ越しの後でいちど顔を出すつもりだと話したが、枝豆の礼は言わなかった。言っても混乱させるだけだ。その電話が終わると、それを待っていたかのように同じ研究室の友人から電話がかかってきた。友人知人の安否やら地震の被害やらの情報をいろいろ教えてくれ、最後に生きていることをちゃんと教授に知らせておけと忠告してくれた。おれは忠告にしたがって教授にかけ、しかしながら何べんかけてもつながらず、しかたなくほかの友人にかけてみたらあっさりつながり、しばらく話をし、その電話が終わると今度は母親からしつこくおれの無事を確認する電話がかかり、そのあとようやく教授に電話がつながり、べつの友人にもつながり、といった具合にしばらく電話にかじりついているうちにいつのまにか夕方になっていた。おれはなにげなく玄関のドアを見て、おや、と思った。郵便受けに何か紙切れがはさまっている。
 紙切れは大小二種類あった。大は仙台市ガス局のパンフレット、小はガスメーターの検針結果のお知らせで、小のほうは前の月のガス料金の領収書も兼ねている。これはガス局の人が毎月メーターの針を見に来た際に置いていくもので、珍しくもなんともない。が、おれは首をひねった。いちばん上に「柳田敏美様」という聞いたことのない名前が印刷されているのである。この紙切れはおれ宛てではなかったらしい。だがいっしょに印刷されている住所はおれの部屋のものだ。おれは理解にくるしんで紙切れのあちこちを眺め、気づいてしまった。柳田敏美様の名前の下の「ガスご使用量のお知らせ 平成12年11月分」という文字に。
 見れば、パンフレットのほうも同じ年の同じ月のものだった。いっぽう今年は平成二十三年である。つまりこの紙切れは十年以上も昔の世界からやってきたことになる。柳田敏美というのは当時この部屋に住んでいた人だろう。
 どういう原理なのかは見当もつかないが、何が起こっているのかはわかってきた。このアパートを訪れた人は何年か未来に移動してしまうことがあるらしい。タイムスリップというやつだ。
 事例一。二〇〇七年十二月二十四日にピザを届けに来た阿部は二〇一一年三月十一日のここに出現し、おれにピザを渡して金を払わせたあと、元の二〇〇七年十二月二十四日に帰って行った。
 事例二。二〇〇五年の夏にクロネコヤマトの配達員がおれの部屋を目指していてどこかで二〇一一年に迷い込み、二〇一一年のおれに小包を届けることになった。
 事例三。二〇〇〇年のある日、ガス局の職員がメーターの検針に訪れ、二〇一一年のメーターを検針して去って行った。
 阿部にしろクロネコやガス局の人にしろ、自分が未来世界を垣間見たなどとは思いもよらなかっただろう。厳密に言えば、クロネコやガス局はちゃんと元の時代に戻れたのかおれは知らない。だがすくなくとも阿部はあのあと何事もなく二〇〇七年に戻っているわけだし、ほかのケースでもそうだと信じよう。そうでなければ一大事だ。

 事態はあるていどわかってきたが、おれはなんだか疲れてしまった。ぐったりと部屋の中に戻り、停電にもかかわらず電灯をつけて部屋を明るくした。ついでにテレビの電源も入れた。疲れているときにテレビがついているとどことなくほっとしませんか。おれはなぐさめを欲したのである。数秒を経てブラウン管が明るくなってきてから、先月来テレビが故障して画面も音もまったく出なくなっていたことを思い出した。ところがいま、画面は立派に映り、音もちゃんと出ている。故障した原因も直った理由も不明だが、とにかく直ったのなら不満はない。もう夕方だし、どこかの局で地震関連のニュースをやっているだろう。そう思ってチャンネルを変えているうちに、おれは息をのんだ。民放のニュース番組だった。陽気な女性アナウンサーの声がひびく。
 「バレンタインデーを明日にひかえて、仙台市内の洋菓子店や百貨店はチョコレートを買い求める女性でにぎわっています。ごらんいただいているのは宮城野区にある洋菓子店の様子です。この店では自家製の生チョコやトリュフ、チョコレートケーキなどを販売していますが、今日は開店直後から多くの女性客が訪れ……」
 言うまでもなくバレンタインデーは二月十四日。おれは呆然として一ヵ月前のニュースを見つめた。タイムスリップするのは人間だけではなかった。テレビ電波もだった。

 おれはのんきな性格である。人からもそう言われるし、自分でもそうだと思う。二年も留年したのも、のんきなのが一つの原因であろう。また、口の悪い友人はおれのことを鈍いと言う。おれののんきは鈍さに通じているらしい。のんきな人間がみんなそうなのかはわからないが、おれは何事につけ深く悩むということがないし、ストレスというものもあまり感じたことがない。
 そんなわけで、おれはこの異常な状況にもあっさり慣れてしまった。異常というのはつまり、過去から人が来るとか、先月のテレビ番組が映るとかである。仙台市全域で止まっているはずの水道ガス電気がわがスミレ荘にかぎって使えるというのも異常のひとつである。この水道ガス電気の件についても、一応の説明をつけることができた。これまたタイムスリップなのだ。このアパートでは以前から水道ガス電気がときどき止まることがあったが、それは水やガスや電気が未来に行ってしまっていたためだったのだ。未来とはすなわち今である。
 あくる三月十三日の朝、取ってもいない新聞が配達された。朝起きたら、郵便受けに入っていたのである。第一面に民主党が分裂したとかどうとかいう記事があったので今の新聞かと思ったら、二〇〇二年十二月のものだった。十年一日のごとしとはよく言ったものだ。
 となりの二〇三号室にはもっと珍しいものが配達されていた。壜に入った牛乳である。入口のドアの脇の床に置いてあった。製造年月日の欄には昭和五十九年の日付が入っていた。おれが生まれる前である。なお、二〇三号室は本田さんが出て行って以来ずっと空き部屋になっているので、牛乳はおれがちょうだいした。じつにうまかった。しかし、飲み終えたあとの壜はどうやって返したらいいのだろう?
 部屋にこもりっきりも何なので、おれは昼まえぐらいから少し散歩に出かけた。おとついはすごい雪だったが、昨日と今日はからりと晴れて、汗ばむほどの陽気である。近所のスーパーの前には大行列ができており、おれも並んでみることにした。昨日一日でピザはあらかた食べてしまって、残る食糧はそうめん、枝豆などなどである。そうつごうよく過去から食糧が届くわけではあるまいし、ここらですこし補充しておきたい。
 おれが並んだ時点で行列は長さ百メートルに及ぶと思われたが、そこはおれののんきな性格が物を言った。きのう電話で話した友人たちのなかには、行列に並んでいると退屈でもどかしくて気が狂いそうになると言うやつもいたが、おれにはそれは当てはまらない。こんなもの、ぼんやりしていればすぐである。じわじわと着実に前に進みつづけ、一時間ほどで列の先頭に達した。スーパーは停電のためか店内に客を入れず、店員が店の前に商品を運び出してきて商売している。聞いていたとおり、ろくな品物はない。清涼飲料水、スナック菓子、レトルトのスパゲティーソース、あやしげな缶詰といった品ぞろえだ。このさい文句は言うまい。おれは菓子類を買い込んでスーパーを後にした。昔の人も言ったではないか。パンがなければお菓子を食べよ、と。
 携帯電話に母からの着信があったのは部屋に帰ろうと歩き出してまもなく、スーパーのそばの交叉点で信号を待っていたときのことだった。停電はところどころ復旧しつつあるらしく、この信号機もちゃんと仕事をしていた。
 「はい、健二です。ちゃんと食ってるよ。まったく、心配性なんだから」
 母に何か言われるよりも早く、おれは大丈夫宣言をした。が、母の今回の用件は生存確認ではなかった。
 「それはいいけど、健二、あんた学校には連絡したの。大学じゃなくて、札幌のほう」
 「うっ」
 なにか良くない話題が出るのだろうと予想してはいた。母はめったなことでは携帯電話に掛けてこないのだ。案の定しかられることになったが、これはたしかにおれが悪い。
 「うちのほうに電話が来たわよ。あんたの電話にかけても、自宅も携帯電話も全然つながらないって、すごく心配してた。ちゃんと生きてますって言っておいたけど、あんたからも電話しなさいよ」
 「ハイ」
 四月からおれは札幌のとある私立高校で教師をやることになっている。なんとこのおれが教師をやるのだ。日本の教育は大丈夫なのだろうか。それはさておき、この三日間おれは来月からの職場にみずからの無事を連絡しようという考えがまるで浮かばなかった。今回の地震は相当な被害が出ているのだから、先方は当然心配するだろう。まったくうかつだった。おれは神妙に母に告げた。
 「すぐに電話することにします」
 「そうしなさい。そっちは食べ物とか十分にあるの? なんか送ろうか?」
 「いや、だいじょうぶ」
 送ってもらっても届くとはかぎらないしな、とこれは心の中でつぶやく。地震の影響でまだ物流が麻痺しているから、というのが理由その一。理由その二は、せっかく送ってもらった荷物が未来に行ってしまうかもしれないから、である。その一はともかく、その二はとても人には言えない。頭の健康を疑われる。
 母との電話が終わると、おれはただちに携帯電話の番号簿をひらいて高校の番号をさがした。天気が良くてあたりが明るいので画面がすごく見えにくい。目を細めてなんとか見つけ出し、通話ボタンを押した。どうやら通話制限にはひっかからず、すぐ呼び出し音が聞こえはじめた。おれは緊張しつつ誰かが電話に出るのを待った。なかなか出ない。呼び出し音が十回を超え、後でまた掛けなおすべきかと考えはじめたころになって、ようやくつながった。若い男の声がひとこと、「はい」とだけ言う。おれは話しだした。
 「あの、わたくし四月からそちらの学校に勤めさせていただくことになっている佐藤健二と申す者ですが、ええっと」
 何て言えばいいんだ。校長を出せ。じゃなくて、ええと、だめだ、まるでわからん。もういいや、思いつくはしから言っちまえ。
 「ええと、その、地震で、こないだの地震でですね」
 「早く出ろ」
 「え?」
 「アパート。早く、出るんだ」
 それは、出ない声を無理に絞り出しているような、ひしゃげた声だった。おれは大いにとまどって耳を澄ました。電話のむこうの男は苦しそうな息をするばかりで、それきり何も言ってくれない。
 「あの、大丈夫ですか。もしもし。もしもし?」
 返事はない。突然、何かが裂けるメキメキという音が電話から飛び出した。さらに材木の山が崩れるような激しい音がつづく。なにごとかと思うひまもあらばこそ、携帯電話はつかのま静まり返り、つづいてツー、ツーという電子音が聞こえてきた。通話が切れたようだ。
 それにしても何だったのだろう、今のは。おれはあっけにとられて携帯電話を見つめた。今になって気がついたが、そもそもおれは相手が誰なのかたしかめずにしゃべっていた。もしかしたら間違い電話をかけてしまったのかもしれない。携帯電話を操作して発信記録を出し、相変わらず見づらい画面を苦労して読んだ。そしてぽかんと口をあけた。おれがたった今かけた先は札幌市の高校ではなく、おれの部屋の固定電話だった。
 電話をかけまちがえた理由は簡単だ。おれは携帯電話の番号簿から発信先を選んでかけた。番号簿は五十音順に並んでおり、札幌市のくだんの高校の次に佐藤健二、つまりおれの番号が来ている。画面がよく見えなかったせいで、おれは発信先をひとつ選びまちがえたのだ。
 ここまではいい。問題はその先だ。いま現在おれは外出しており、部屋には誰もいない。それなのに誰かが電話に出た。空き巣? いや、電話に出る空き巣がいるものか。最後に聞こえた音のことも気になる。まるで建物が崩れたような音だった。まさかあのオンボロアパート、ついに倒壊したのか。
 おれは飛んで帰った。アパートはちゃんと立っていた。なぜとはなく足音をしのばせて階段をのぼり、二〇五号室のドアの前に立って中に人がいないか気配を感じ取ろうと精神を研ぎ澄ましてみたが、もちろんおれにそんな超能力はなく、なにもわからない。そっとドアノブを回してみる。回らない。鍵はきちんと掛かっている。ポケットから鍵を取り出し、どうぞピッキングしてくださいと言わんばかりの旧式のシリンダー錠に差し込んでひねる。中から何が出てきてもいいように身構えつつドアを開ける。
 部屋は見るからにおれが出たときのままだった。通帳もハンコも無事だし、電話機にも人が触れた形跡はない。おれがさっき間違ってかけた先はほんとうにここだったのだろうか。あいにくこの電話機にはいつどこから電話がかかってきたかを記録する機能がないので、たしかめようがない。もちろん携帯電話のほうの記録ではたしかにここにかけたことになっており、それを疑う理由はなにもないのだが、でもやはり不審である。
 しばらく悩んだすえに、おれは気にしないことにした。三年前のピザだの六年前の枝豆だの二十七年前の牛乳だのをもりもり食っておいて、いまさらこの程度のことを気にするのも変だろう。つけくわえれば、あの男はアパートを早く出ろと言っていたが、おれはあとほんの五日でこのアパートから引っ越すのだから、あの男の希望に添うことになる。どこの誰だか知らないが、それならば文句はあるまい。
 気持ちを切り替えると、おれは忘れないうちに今度こそまちがいなく札幌に電話をかけて無事を伝えた。

 日が暮れるまでに何度か郵便が届いた。ひとつ残らず過去のものである。届いたのは計四通。そのうちおれ宛てのものは一通だけ、去年の九月のNTTの電話料金の領収書だ。ほかの三通は、一九七七年の年賀状、一九九九年のデパートのお中元の案内の葉書、二〇〇三年の国民年金の督促状だった。ちなみに宛名は全部バラバラである。
 郵便ではないが、二〇〇六年十月の電気の検針票と二〇〇七年一月の市の広報誌も届いた。これはたぶん本田さんがないないと言っていたあれであろう。目下空室になっている二〇三号室の郵便受けにも同じものがはさまっていた。二〇三号室にはそのほかに、二〇〇七年七月の参議院選挙の投票所入場券も届いていた。本田さんの現住所に回送してやったら喜ぶだろうか。
 茶番もあった。午後三時すぎ、部屋の戸がノックされたので、どちらさまですかと言いながら開けてみたら、ぱりっとしたスーツ姿の見知らぬ若い男が立っており、おれの顔を見るなり表情をけわしくして問い詰めてきたのである。
 「なんだ、君は。カズヨさんの部屋で何をしている」
 これはまずいと思った。人類の歴史上まれに見るばかばかしい修羅場が幕を明けようとしている。とっさに嘘をついた。
 「あ、もしかして姉さんの恋人のかたですか。はじめまして、弟の健二といいます」
 じつに出来の悪い嘘だった。相手がカズヨさんの家族構成を熟知していたら即アウトではないか。が、おれはツイていた。男はいきなりデレデレと表情を崩して、「いやあ、恋人だなんて、まだそこまでは」などとのたもうたのである。おれはここぞとばかりたたみかけた。
 「ちょうどよかった、姉さんから伝言があります。急用で東京に行くことになったから、もしよければ仙台駅に見送りにきてほしいって。姉さんはもう駅に行ってます。今ならまだ列車の時間にまにあいますから、行ってあげてください」
 相手はおれの出まかせを一も二もなく信じ込み、老朽化した階段を飛ぶように駆け下りて行った。
 そのあとでふと思いついて、先ほど届いた過去の郵便物をたしかめたところ、一九七七年の年賀状の宛名が「庄司和代様」となっていた。断定はできないが、この人があの男の言っていたカズヨさんではないかと思う。だとすれば、うっかり新幹線ホームで待っているなどと言わなくてよかった。一九七七年にはまだ東北新幹線は開通していない。
 なお、弟をかたった謎の男のことがきっかけになってカズヨさんとあの彼氏がそののち仲たがいするようなことがあったら、その責任の一端はおれにある。この場を借りて深くおわび申し上げます。

 夕方になった。おれはあれやこれやで今日もなんだか疲れてしまい、畳の上でごろごろしていた。結局また荷造りをしなかった。まあ、まだ五日も先のことだ。それよりぼちぼち腹が減ってきた。そうめんでもゆでるとしよう。そう思って、よっこらしょと立ち上がった。そのときだった。いきなりだった。
 おれの体がはげしく揺さぶられた。畳の上に尻餅をつく。ものすごい地鳴り。窓ガラスがはじけ飛んだ。何かがへし折れるような音が立てつづけにひびく。と思ったら床が斜めになって、天井がおれの上に覆いかぶさってきた。本棚がまるでバレリーナのようにくるりと半回転してこれもおれの上に倒れてくる。おれはよけようとして畳を踏み抜く。倒れたおれの体を木材が乱打する。
 地震だと思い当たったのは、すべてがおさまった後だった。揺れがいつ止んだのかもわからない。おれは畳と床と本棚と壁と天井と屋根のあいだに複雑にはさまって完全に動けなくなっていた。両足が壊れた床にがっちりくわえこまれていて抜け出せそうにない。はっきりしているのは、アパートが崩れておれは生き埋めになり、誰かに掘り出してもらわないかぎり助からない、ということだった。
 それにしてもすごい揺れだった。おとついの地震の余震なのだろうが、おとついの地震やこれまでの余震がまるで気がつかないほどの揺れだったのにくらべて、さきほどの揺れときたら地球がさかさまになるかと思うほどだった。
 アパートのまわりに人が集まりつつある気配がした。誰かが言った。
 「おーい、小林、早く来いよ。揺れてもいないのにいきなり倒れたぞ、おまえのアパート」
 「ほんとだ。ここんとこの揺れで建物が限界に来てたのかな。なんせボロだからな」
 一〇一号室の住人、小林君の声だった。もう一つの声は記憶にないが、友達かなにかだろう。連れ立ってアパートの様子を見にきたところか。いや待て、それよりもいま気になる発言があった。揺れていないって?
 そのときおれは気がついた。いましがたの揺れは過去の揺れだったのだ。おとついの午後二時五十分ごろの大地震の揺れがタイムスリップしたのだ。道理でおとついは揺れを感じなかったはずだ。
 小林君の声が近づいてきた。
 「菅原はまだ帰ってきてないからいいとして、佐藤さんはどうかな。生き埋めになったりしてないだろうな。佐藤さーん、いますかー」
 「おーう」
 体が圧迫されていて苦しいが、おれはなんとか声を出した。
 「あっ、佐藤さん。大丈夫ですか」
 「あんまり大丈夫じゃない。助けてください」
 「わかりました。いま救急車呼びます。あと、そのへんで瓦礫をどかす人手とか道具とかも集めてきます。すぐ戻ってきますんで、待っててください」
 小林君の足音が遠ざかった。どうやら人知れず息を引き取るはめにはならずにすみそうだ。ほっとしたとき、耳元で電子音が鳴り響いた。目の端で見ると、部屋の固定電話だった。瓦礫になかば埋もれつつ、本体も電話線も無事だったらしい。おれは天井と床にはさまれていた右手をえいやっと引き抜くと電話機めがけて伸ばし、受話器を取った。無理な姿勢になったせいか、体のあちこちがひどく痛んだ。なんとかひとことだけ言った。
 「はい」
 受話器からは若い男の上ずった声が出てきた。それはこう言った。
 「あの、わたくし四月からそちらの学校に勤めさせていただくことになっている佐藤健二と申す者ですが、ええっと」
 おれは笑いだしそうになった。苦しくて笑えなかった。つぎには泣きだしそうになった。苦しくて泣くこともできなかった。
 「ええと、その、地震で、こないだの地震でですね」
 おれは身動きもならずにほんの数時間前の自分のおしゃべりを聞いた。なんだか無性に腹が立ってきた。痛みをねじふせて声を出した。
 「早く出ろ」
 「え?」
 「アパート。早く、出るんだ」
 五日後などではなく、今すぐにだ。そう言葉をつづけようとしたが、苦しくて息がつづかない。
 「あの、大丈夫ですか。もしもし。もしもし?」
 電話のむこうのおれが心配そうに聞いてきた。どうにか息を整えて口をひらきかけたとき、あたりが大きく揺さぶられた。余震だ。もしかしたらまたしてもタイムスリップしてきたやつ。瓦礫がひとたまりもなく崩れ、おれの頭の上に何か重いものが降ってきた。電話が切れるのとおれの意識が切れるのと、ほぼ同時だった。救急車のサイレンが近づいてくるのが、最後にかすかに聞こえた。

 気がつくと病院のベッドの上だった。体じゅう骨折や打撲だらけだったが、とにかく五体満足で生きていた。
 入院は二ヵ月に及んだ。治療費の支払いやら高校の仕事やら、頭の痛くなる問題はいろいろあったが、体は治った。退院すると、おれはその足でスミレ荘に向かった。アパートは何事もなかったかのように立っていた。
 おれは驚きもせずにそれを見た。地震で完全に崩れ落ちたはずのアパートは、見たこともないほどきれいな姿で日の光の下にたたずんでいた。まったくの新築だった。入院中に聞いたところによると、ここでは二ヵ月前に作業用の足場が崩れる事故があってけが人が出たのだが、呼んだはずの救急車がいっこうに到着せず、結局は近所の人が自前の車で病院に担ぎ込んだという。救急車はといえば、ここに向かって出発したはずがどこかほかの場所にたどり着いたらしい。そこではアパートが崩れて人がひとり下敷きになっており、救急隊員たちはその人こそ自分たちが運ぶことになっているけが人だと勘ちがいして病院に搬送した。後になって、消防署や病院の人たちはその崩れたアパートの場所を突き止めようとしたが、ついにわからなかったそうだ。答えを知っているのはおれだけである。おれは真新しいアパートにむかって足を踏み出す。
 うまくタイムスリップして四十二年後の二〇一一年に帰れるかどうか、幸運を祈りながら。
 本文中、大学の被害に関する記述は事実に基づきません。完全に創作です。それ以外の地震被害に関する記述は、資料もしくは経験に拠ったつもりになっています。あまり当てにしないでください。

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