チャプター8『山田良助の謎』
『死ねえ! ディメイション・ザ・カオシック!』
体を僅かに横に動かすマダン。海面が次第に盛り上がり、空高く波立つ水の壁が、帝国へと押し寄せてくる。
『大陸もろとも波に飲まれるがいい!』
夜空をも覆い被さりかねない程の津波は、前進するに連れて勢いを増して来る。
その光景を城の屋上から眺めていた俺達はただ、その迫り来る脅威に畏怖して後退ることしか出来なかったが、ディメイションだけは違った。
「へっへへへ。そうはさせねぇよ!」
「あ、ディメイションさん!」
ディメイションは言い放つと共に屈伸すると、空高く跳躍して城から飛び降りた。そして高い民家の屋根を次々に飛び移り、海岸へと向かう。あまりの移動速度に影しか追えなかったが。確かにそこに向かうのが見えた。
「ディメイションさん………いったい何処へ?」
「多分、海岸に――」
曖昧ながらも俺が居場所を伝えようとしたその時、ソルデファーが口を挟む。
《リスク。ボクを地面に突き刺すにゃ。遠視魔法と光景表示魔法でディメイションを映し出せば、観る事が出来るにゃよ》
なる程、百聞は一見に如かずだ。俺はさっそくソルデファーを地面に突き刺し、言われた通り魔法を唱える。俺を中心に六芒星を象った紋章陣が浮かび上がると紋章は歪み始め、そしてディメイションを映し出す。
彼はやはり海岸の岩場に立ち尽くしていた、しかし何故か顔を隠すように両腕を交差させ、迫り来る津波を見据えていた。
よく見ると、体から紅いオーラが浮き出し、炎のように揺らめいている。
何をする気なんだ? 何かに集中しているように見えるのだがいったい?
訝しげに映像を眺めていた俺達だが。その答えはすぐに出た。
瞳を閉じ、バツの字に交差させたその腕を空に向け、ディメイションは発した。
『みんなを護れ――ディバイン・ウォール!』
神々しい響きある発声に合わせ、ディメイションは両腕を大きく振り広げる。同時にその動作と轟きに呼応するかのように、朱色の煌めきを放つ、鏡のような光の壁が現れた。
その巨大な壁は、津波を海岸前で防ぎ。更には遠くの海にいるマダンへと跳ね返した。
《凄い……凄いにゃあ! あのとんでもない津波を、ディメイションは水一滴も陸地に浸透させずに跳ね返したにゃ!》
ディメイションは帝国だけじゃなく。帝国を囲む山脈付近も含め、陸地に侵入する可能性のある波を全て防いだと言うのか……。
「アニメのヒーローみたいだ……ははっ」
圧巻させる光景にリョウスケも興奮気味だ、嬉しそうな笑みを浮かべている。しかし、ヒーローの意味は解るのだが。アニメとは何だ?
少し気になった俺だが、さすがにそんな事を訊ける状況では無いので、一応保留にしておくことにしようと思う。
「俺がいる限り、この世界を次元の悪魔の好き勝手にはさせねぇぜマダン!」
ディメイションは胸の前で左拳を作り、右手でびっしりと挑発的にマダンを差す。
『ふふふ……』
ディメイションの防壁で戻ってきた津波を受けたマダンだが。全くモノともしない様子であった。あの大陸規模の巨体にとっては、帝国を覆う津波も小波同然と言うことか。
『この程度で粋がりますか。笑わせますねぇ』
余裕綽々の笑みを浮かべ、口にしたマダン。
「へへっ。当たり前さ! 何故なら――」
しかし対するディメイションは言葉を区切ると、何故か踊りだす。逆立ちして両脚を広げ勢いよく旋回したと思えば直ぐに体勢を切り替えし、足腰を地面スレスレで回転させる。
「相変わらず無駄に凄いな。トーマスフレア」
「トーマス……?」
「あ、簡単に言えばブレイクダンスって踊りのパワームーブって言うパフォーマンスの一つです」
つまり円舞の技の一つか。なかなか奥が深そうな踊りだな。あの嵐を想わせる荒々しいダンス。実に俺の興味をそそる。
《リスクはゆったりした感じより、荒々しい演舞が好きだもんね》
まあな……。
などと思ってる間に、ディメイションが逆立ち状態で体を跳ね上がらせて数回体を捻ってから着地すると、マダンを指差し告げる。
「何故なら、ここからが俺の本領だからさ!」
不敵な笑みを浮かべると、ディメイションはすぐさま地を蹴り出し、そして海面を駆ける。どういった魔法なのだろうか、それともただ走っているのだろうか?
《魔力や神力が感じられなにゃいから、多分ディメイションは素で走っているにゃ》
「そうだとしたら、かなり凄い脚力だ」
そう俺が息を飲んで見据えるなか、ディメイションは既にマダンに眼前にまで距離を詰めていた。
「よっしゃ、先手必勝!」
ディメイションはそう口にすると、屈伸の素振り無しでマダンの頭くらいの高さまで跳んだ。
そして、両手で赤いジャケットを開く。さらけ出した鉄の胸板に埋め込まれている三角形状のルビーに、赤い光が収束されていく。
『イオン・バースト!』
ルビーから赤紫の雷光が放たれる。これは今までで見てきたイオン・バーストの中でも、かなり高威力と広範囲かもしれない。明らかに島一つくらいはあるマダンの頭を、軽々と飲み込んだ。
「おおっ!」
「や、やった?」
マダンの頭を吹き飛ばしたかに見えたが――。
《いや、まだにゃ……》
「えっ?」
ソルデファーだけは、この決定打を否定する。俺とリョウスケはその言葉に思わず一瞬体を震わせ、目を凝らし映像を見た。
すると――。
『……ふふん、その程度ですか?』
顔を覆う煙りの中から赤い眼光が浮かび上がる。
「そっ、そんな!」
悪意に満ちたその眼光が、俺達の背中に戦慄を走らせる。
次第に煙りは晴れ、無傷のマダンが顔を見せた。不敵に裂けた口元を三日月に歪め、ディメイションを見据えていた。
「馬鹿な! あれが効いてないだと!」
愕然とさせる光景。あの必殺の一撃が通用しない。
さすがに落下しているディメイションも剣幕を張ってマダンを見ていた。
「マジか?」
やはり本人としても面食らっただろう。少し険しい顔をしている。しかし、そんなディメイションにマダンは遠慮なく攻撃を仕掛けた。
「やべっ!」
巨大な三本指の手で、ディメイションを引き裂こうと振るってきたマダン。巨体に似合わず機敏な動きだ。
ディメイションは避けられず身を固めるが、左側から迫り来るマダンの一撃により弾かれ、激しく海に打ち付けられた。
何度かバウンドを繰り返し、ディメイションはそのまま海に沈んだ。
《にゃわわわ!》
「ディ、ディメイションさん!」
「ディメイション!」
まさか、やられたのか?
自分の顔が青ざめていくのが判る。このままディメイションがやられたら、誰も対抗出来ずマダンにこの世界は消滅させられる。心の中で不安が膨らんできた。それと同時に、俺は願った。
無事でいてほしいと。しかしあんな風に打ち付けられてしまったら、体はバラバラになってもおかしくない。
絶望に染まりつつあるその時。
『むっ?』
海上が盛り上がり、次の瞬間には水しぶきが上がり、ディメイションが飛び出す。
「おおっ!」
「ディメイションさん!」
《無事だったにゃ!》
だが、それだけじゃない。なんとディメイションは宙に浮いているではないか。
「空を飛べたのか!」
「ええ、飛べますねディメイションさんは」
《飛べたのに何で今まで走ってたのかにゃ?》
もっとな疑問だ。海の上を走るより、明らかに飛んでマダンに向かって行った方がよかったのではないか?
さっきのマダンの攻撃も飛び回ってかわしきれた気がするんだが。
「へへっ。ノリだぜ!」
「ノリかよオイ!」
こちらに顔を向けてアホっぽい笑顔でウインクするディメイション。と言うか、何でこっちが映像で観ているのが解るんだ?
しかもさっきまでの会話を聞いていたのか?
「ははは、まあな」
「てゆーか、さっきの攻撃もノリでワザと食らったの?」
「ふふーん、ヒーローにピンチはつきものっしょ?」
「そんな無駄にヒヤヒヤさせる演出はいりません! 真面目にやってよ!」
キレ気味のリョウスケ。何て言うか、二人の会話を聞いていると、やっぱり危機感が無くなる。だがまあ、それはそれで不安が飛んで安心するからいいか。
「怒んない怒んない。ま、実際やべぇんだよなぁこれが……」
「えっ?」
「何!」
「あのイオン・バースト。フルチャージだったんだ。太陽だって一撃でぶっ飛ばせる威力だったんだぜ」
何だと! それほどの一撃が全く手応え無しだったと言うのか!
驚愕する俺達の背筋に再び戦慄が走った。あれがディメイションのとっておきだとすれば、到底勝機はゼロに近い。このままでは、敗北は確実だ。
「どうするんだディメイション! 他に手は無いのか?」
焦る気持ちを露わにしながらも、俺は問い掛けた。するとディメイションは、マダンが口から放つ光弾を再度フルチャージのイオン・バーストで相殺させた後、少し疲れた様子で呟く。
「……一つだけ、あるぜ」
一つだけ……それはいったい何だ?
「祈る。そして思う。それだけだ」
「い、祈る?」
《お、思う?》
がむしゃらに振り回すマダンの腕を、飛び回ってかわし続けながら、ディメイションは深く頷いた。
「ああ、それだけでいいんだ。何でか知らねえけど、良ちゃんがいる時にみんながそうしてくれるだけで、凄いパワーが漲るんだ」
「えっ? ぼ、僕?」
「何!」
思わず驚きの声を漏らした俺は、リョウスケを見やる。本人はよく解らないと言った様子で自分を指差しディメイションと俺を交互に見る。
「ま、詳しい理由は俺もよく解ってねえけど。良ちゃんを連れている理由はそこにあるんだ。――と言うわけだから、頼むぜみんなっ!」
こちらに親指を立て、ディメイションはニカッと笑い、八重歯を閃かした。そして、すぐにマダンへ突撃して蹴りを入れるも、大して効かず。平然としたままマダンは拳を薙払うように振るう。
ディメイションは更に高度を上げ、紙一重でかわした。見る限りまだまだやれそうだが、このまま長期戦になればディメイションはいずれ動きを捉えられ、劣勢に追いやられるだろう。しかし、そんなことを俺が心配しても、何も変わらない。
やはり、彼の言葉を信じ、祈るしかないか。
「リョウスケ! ソルデファー! 祈ろう、ディメイションの勝利を!」
そう、俺達が今やるべきことは、ディメイションの勝利を祈り、思い。そして信じることだ。
《リスク……よしっ!》
「信じましょう!」
意気込んで両手を胸の前で合わせ、リョウスケは祈願し始める。俺も柄を握る両手に力を入れ、マダンに負けるなと思う。ソルデファーもまた、強くディメイションの勝利を願っていた。
すると、不思議な事に、体が暖かい違和感を覚えた。
熱い。何だこれは、力が漲る。次第に、この感じが視界に現れた。俺の体から、赤いオーラが揺らめき、溢れ出てきた。いや、俺だけじゃない。ソルデファーからも力の上昇が感じられる。
《凄いよリスク! みんなの力がぐんぐん上がっていくにゃあ!》
「ああ、みんな上がっていく。リョウスケも――……リョウスケ?」
何だ? リョウスケの姿が少し変わっている。黒髪が真紅に変わり輝きを放ち、背中からも幻のように朧気のある虹色の翼が生えていた。
「リョ、リョウスケ?」
恐る恐る声を掛けるも、リョウスケはただずっと黙止したまま瞑想するように瞳を閉じ、ずっと祈願の姿勢を保ち続ける。
いったい。君は何者なんだリョウスケ?
『ぐあああっ!』
そう思うなか、マダンの呻き声が響いた。慌てて俺は映像に視線を戻す。すると、マダンの顔面を蹴り上げるディメイションの姿が目に映る。
『はーっはっはっはぁ! きたきたきたぜぇ!』
真っ赤な輝きに身を包まれたディメイションが、痛快と言わんばかりに、天を仰ぎ叫んだ。
『な、何故だぁ! 何故ディメイションの攻撃力が上がった!』
『へへっ!』
ディメイションは不敵に笑い、蹴られた顔を押さえて困惑の色に染まるマダンを指差し言い張った。
『覚悟はいいかマダン? みんなの思い、食らってもらうぜっ!』
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