チャプター7『受けろ! 必殺のデコピン!』
黄金に煌めく金属の棍棒、ディメイション・バット。
いったいそれは何なんだ?
どういった武器なんだ。
そう棍棒の黒く細い部分を右手で握り締めるディメイションに、ただ眉をしかめていた俺だが。
「へへへ。ま、見てなって。ああ、しゃがんでおけよう。立ったら危ないぜぇ」
ディメイションは一旦俺達に振り返ってから手でそう促せ、不敵な笑みを浮かべて棍棒を試すように軽く振り回すと、こちらに落ちて来るマダンの魔力球に視線を替えて、肩に棍棒を乗せて構える。
そして、次に見た光景に、俺は目を疑った。
『カキィイーン! ディメイション・インパクトォ!』
電撃を帯びた黒い魔力の球体を、ディメイションは直撃寸前のタイミングで、棍棒を大きく振るい打ち返したのだ。魔力球は棍棒に当たると共に、ディメイションの言い放ったような爽快感ある弾き音を出し響かせ、マダンへと向かって行く。
「ハッハァ! 一本足のリズム打法だぜい!」
振り終えたディメイションは、してやったりの笑顔で飛んでいく魔力球を見送る。
「な、何ですって! う、うわわ! うわああああああ!」
恐怖と言う驚愕に染まるマダン。
マダンにとってかなり予想外だっただろう。ディメイションが打ち返した邪悪な漆黒の魔力球は、白く神々しい光の球に変化し、そしてより巨大に、より加速を付けてマダンへと返って来たものだからか。回避が遅れてそのまま光に飲み込まれる。
そしてマダンを飲み込んだ光は、そのまま月の彼方へと飛んで行き。だんだんと小さくなり、目視が出来なくなった頃には大爆発を起こす。
かなり遠くで爆発しているにも関わらず、月を覆う程の紅い発光が。世界を朱色に染め上げた。
「へっへっへ。ホームランだぜぃ!」
俺達が腕や手のひらで目を覆いながら発光の眩しさに背ける中、ディメイションはトントンと棍棒を右肩に載せ、腰に左手を当て、楽しそうな顔で眺めていた。
その後、発光は止み、満月が照らす夜空へと戻る。
「……やったのか?」
静寂の中、俺は月を睨むように眺めて呟く。
すると――。
「うぐぁ!」
静寂を払う呻きが響いた。何事かと、視点を月夜から玉座側に移し替えてみれば、何とマダンがうつ伏せで倒れていた。そのマダンの隣りには、黒い空間の切れ目が出来ている。どうやら、間一髪空間を切り裂いて中に入り込んで、ここへ移動したようだ。
「はぁ――はぁ――うぁぁ……!」
苦痛に顔を歪ませ、荒い息を吐き呻くマダン。
ウールコートは直撃の際に脱ぎ捨てたのか、あるいは光に飲まれた時に消滅したのか羽織ってはいなかった。所々が焦げた白いシャツに、灰色の長ズボンの右足側は太ももまで破れ、白く傷付いた素肌をさらけ出していた。
その痛々しく、胸を押さえて悶える姿は、満身創痍と呼ぶに相応しいだろう。
「ぐ、ぐぅ……く、クソオオオオオオオオ!」
《にゃ、にゃあ!》
だが、仰向けに身を寝かせて、マダンは怒りの咆哮を上げた。先の満身創痍という前言を撤回してしまいそうな。そのとてつもない覇気と怒気が籠められた声にソルデファーは驚き、俺とリョウスケは威圧され、少し怯み後ずさってしまう。
「ふざけやがってぇ! 何がバットだ! ワタシをコケにしやがってええええ!」
目は最大までつり上がり、鋭い牙のような八重歯を剥き出し、荒れ狂う野獣のような表情を見せるマダン。あの余裕と愛嬌に満ちた表情が信じられないくらいに変わり果てていた。
「許さない……許さん。許さんぞディメイショオオオオン!」
ゆらりと身を起こし、猫背でうなだれた状態から、勢いよく空を仰ぎ見て怒り叫んだマダン。次にはその蒼く妖しく光る瞳にディメンションを映し出し、蒼いガスのような息を漏らしながら這いずる蛇のように身を低め疾走する。
対するディメイションは、首をコキコキ鳴らして余裕綽々の笑顔で襲い来るマダンを見やる。
「へっへへ。まあ、落ち着け――よっとぉ!」
マダンが繰り出した飛び膝蹴りをヒラリと回り込むように避ける。
その後でマダンは振り返らずに、手を上に翳し唱えて落雷攻撃を連続で繰り出すも、ディメイションは軽々とリズミカルな動きで巧みにかわす。
「へへ、フェアにゲームで勝負してやるぜマダン」
最後の落雷を側転でかわした後、ディメイションはマダンを指差し告げる。
「ゲームだと!」
コケにされていると思ったのだろうか。鋭かった眼孔を大きく見開いて発するマダン。このまま更に怒り狂ってしまうかと思いきや。
「勝負はジャンケン対決! 負けたヤツは勝ったヤツの攻撃を強制で食らう! どうだ?」
「乗った! やりましょう!」
あっさりと食いついた!
しかもかなり嬉しそうな顔付きと声で。
《ま、マダンって根っからの遊び好きなのかにゃ?》
「子供かいな!」
リョウスケの言う通り子供みたいだ、さっきの怪物地味た表情が嘘みたいに一変して、少女顔に戻り蒼いつぶらな瞳を輝かせている。
「へへへ、んじゃあ逝くぜマダン?」
「ふふふ、私は勝ちますよ」
「ねぇ、ディメイションさんの言葉、少し変に聴こえたの気のせい?」
《さあ?》
何故か和やかな雰囲気に変わっている。リョウスケが訝しげにディメイションを眺めていたが、それには同意見だ。俺にも“いくぜ”の部分が変に聴こえた。
「ジャンケン!」
などと思う間に、勝負が始まってしまった。ディメイションとマダンが掛け声と共に手を隠すように構える。
「ポン!」
そして手をスナップ気味に差し出した。
ディメイションが出した手は、拳を作っていた。対するマダンは、手を開いて出している。
暫し沈黙が漂う。この光景を前に、俺の隣りで眺めるリョウスケの表情は、青ざめて固くなっていた。
俺はジャンケンと言うゲームを知らないのだが、コレはどっちが勝った事になるんだ?
そう思う中、マダンはニヤリと艶笑して、拳を上に突き出して叫んだ。
「ふ、ふふふ。ふはははははは! 勝った。勝ちましたよ! 私の勝ちだぁ!」
高らかに掲げるマダン。何と言うことだ。負けたディメイションは、ヤツの攻撃を強制で食らわないといけないのか!
「さて、約束通り、私の一撃を受け――」
「何勘違いしているんだ」
「え?」
俺がルール何て守らずマダンを倒すんだと言おうとしたら、愉しげに口にしたマダンの言葉をディメイションが凄みのある声で遮る。
「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!」
「え、えぇ! だって私が勝ったんですよ! わ、私が攻撃して良いはずでは?」
困惑するマダンにディメイションは力強く指差し告げた。
「このゲームは、負けるが勝ちのゲームなんだぜぃ!」
「なんだよそれぇぇ!」
驚愕に染まるマダン。同時に抗議の色が窺われるも、ディメイションは無視して天に手を上げる。
「よって、俺のターンだぜぃ! へっへっへ。覚悟しな、マダン」
そして振り下ろし指差したディメイションは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、じりじりと当惑するマダンに歩みよる。
「そ、そんな馬鹿な……う、うわわ」
どうしていいのか解らず、マダンは愁いを帯びた顔で後退るも、すぐに詰め寄られ、ディメイションにより前髪を書き上げられる。
「罰ゲームだぜーい」
そして、ディメイションは満面の笑みで涙目のマダンのデコに右の握り拳を向け。
『ウルトラ・デコピン・タイフーン!』
「がふぁっ!」
響きある叫び声に合わせ、デコピンを喰らわせた。
デコピンをぶち込まれたマダンは勢いよくひっくり返り、地面を何度かバウンドして遠くに飛んでいく。同時に、デコピンによる衝撃波なのだろうか、紅い光の突風が巻き起こり、繰り出したディメイションの前方を軸に、周りの瓦礫から小石まで、更には玉座までもが城の外へと吹き飛ばされた。
そして、地べたに這いつくばるように倒れているマダン以外、玉座側の壁からジュウタンや飾りに玉座、あまつは瓦礫まで綺麗さっぱり全て吹き飛ばされた為、帝国の街並みから山脈まで見晴らしが良くなっていた。
「へへっ。決まったぜい!」
デコピンを繰り出した姿勢のまま、ディメイションは言い放つ。
「……デコピン凄すぎ、てゆーか、マダン何で逃げなかったの? 普通ルール守る?」
《マダンって律儀だけど、馬鹿過ぎだにゃ》
もっともだ。マダン馬鹿だろ?
俺達は、このアホらしい光景をただ唖然と眺めていた。
だが……。
「ぐ、ぐうううディメイショオオン……」
マダンはまだ死んでいなかった。あれほど壮絶な一撃を諸に頭から食らったにも関わらず、平然と立ち上がっ――。
《おわぁ! 頭が欠けて脳みそ見えるにゃ》
「うぷっ! はっ、吐き気が……」
全然大丈夫じゃないようだ。ソルデファーの言う通り、頭が抉られたように欠けていて、左側の目の上からは脳みそがさらけ出されていた。リョウスケが吐きそうになるのも無理もない。くっきり中が見えるからかなりグロテスクだ。
と言うか、あれほどのデコピンでこれくらいの損壊と言うのもある意味すごい気がするんだが。
「へへ、まだやるかいマダン?」
ディメイションは右腕を左手で支え、飛び出す鉄拳ブリット・フィストを放つ体勢に入っていた。
立つのがやっとでフラフラなマダン。明らかに勝機は無い。もはやトドメを刺されるのを待つだけのはず――なのだが、マダンは異様に落ち着いていた。真剣な表情でしっかりディメイションを、そしてその後ろで観戦している俺達を、鋭い眼光を凝らして舐め回すように見回した後、今の状況に合わない不可解な笑みを見せた。
「……くくく、まさか。アレを使わないといけなくなる程追い詰められるとは、思いもしませんでしたよ……ふははっ」
薄笑いで軽く肩を揺らしたら、血反吐を地に飛び散らせ、そして唇に垂れた鮮血を拭き取りながらこう口にした。
「タキオン様にプレゼントする器でしたが。ちょうど良いです、あなたで器の力を試してみましょう。ふふふ、ふははははは―――………」
そして、高笑いの途中、マダンの背中から青白いガスが抜け、同時に高笑いが止まり、マダンは糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「し、死んだ?」
リョウスケが恐る恐る問い掛けた。
「いや、肉体を棄てて、どっかに逃げ出したみたいだな」
マダンに近付き、その頭を持ち上げながら、ディメイションが険しい顔で呟いた。
『ふははははは! 逃げてませんよ!』
不意に、マダンの声が頭の中に響いた。リョウスケやディメイションが辺りを見回すところを見ると、彼らにも聞こえているようだ。
『くくく、外をご覧なさい。そして――』
俺達はその言葉に導かれるように玉座の間から出て駆け出し、城で一番見晴らしが良い屋上の広場へと向かい。そして海に目を向けた。
すると、遠くの海からゆっくりと、徐々に黒い影が現れた。
「な、なにあれ……」
「ば、馬鹿な!」
『――そして、絶望しなさい! 私の姿に!』
この海面から現れた存在は。確かにいるだけで俺達を絶望へ突き落とすには十分なものだった。
《にゃ、にゃあああ! あ、あれは! リヴァイアサンだにゃあああ!》
海面から現れた影、輝く水色のウロコに覆われ、三日月のような鋭い牙を口元から刃やす、紅い眼光の一角の水竜、伝説の怪物リヴァイアサン。
そんな、あれは実在したのか。
《当然にゃあ! だって、あれはボクがリスクのご先祖に当たるガウルスと一緒に封印した怪物にゃよ!》
「な、何だって!」
《しかも、あのリヴァイアサン。あの時とは比べものにならない魔力と大きさになっているにゃあ!》
確かに、帝国から遥か先の海から現れているあの怪物は、明らかにこの帝国全体の規模を越える巨体だ。
《あれ、多分マダンが取り憑いたから巨大化したんだにゃ。あれからマダンの邪悪な魔力が感じるにゃ》
『ふふはははは! その通り。さぁ、フィナーレと行きましょうか?』
遠くから俺達を睨むように見据え、口元を歪めるマダン。
この世界を滅ぼさんとする脅威が、絶望の咆哮を上げる。
そんな後退る俺達の前に、仁王立ち口元を吊り上げる者がいた。
「へへへ、確かに、コイツはクライマックスな展開だなぁ」
ディメイションだ。次元の神だけは、やる気満々に奴をしっかり見ていた。まるで恐れを知らないと言わんばかりに、その紫色の眼孔を凝らす。
ディメイションはリヴァイアサン・マダンを指差し、闘志に満ちた声で力強く叫んだ。
「行くぜいマダン! コイツがラストバトルだぜぃ!」
|