チャプター4『渡り鳥のクロノス』
「よし、行くか」
「ああ、行こう」
「この下りを越えたら帝国の門ですね」
丁度月が現れた頃、俺達は今、門が見えるところまで下っていた。帝国まで後少しだ。
「おい……」
今は夜、このまま奇襲を仕掛けて門を突破し、帝国に突っ込むべきだと思うが……。
「おい」
ディメイションに視線を逸らすと、彼は腕を組んでやる気満々の笑みを浮かべていた。どうやら、同意見のようだ。
「おい!」
不意に俺達の後ろから、クロノスの叫び声が響いた。
「おおクロちゃん! いたのか!」
「いたのかじゃねぇ! そこのお前らもワザとかよ、ディメイションみたいに大袈裟なリアクションとるな! 気付けよ馬鹿!」
リョウスケと俺を指差してがなるクロノス。そうだ、クロノスは何で同行していたんだ?
「お前らディメイションのアホに影響されるなよな……ったく。普通、さっきのやりとりはおかしいと思うだろ! 話がかなり飛んでんだろが! だいたい、ディメイション! テメェは俺が何者なのか説明すんじゃなかったのか!」
「あ、思い出したぜ!」
俺も思い出した。確か夕方に現れたクロノスが何者なのかを思っていたらディメイションが『それは次回で俺が説明してやるぜい! 次回、渡り鳥のクロノス! こうご期待だぜ!』などと言っていたような気がする。
「あ、確かにディメイションさんがクロノスさんについて説明するって―――って、何で何事もなかったかのように話が進んでたの!」
「ツッコミおせぇぇ! 気付くのおせぇぇ! お前が一番早く異変に気付くべきだろ普通!」
「す、すみません。何かあまりに普通な始まりだったんで、つられてしまいました」
頭を下げて謝るリョウスケに、クロノスため息混じりに肩を落とした。まあ、確かにリョウスケまでこんなだったら、やり切れない気持ちになるのは判らなくもないかもしれない。
「へへへ、まあクロちゃん。気にするなって」
「お前が原因だろが! あぁもう、早く話せよ!」
肩に手を置いて言うディメイションにクロノスはこめかみに青筋を立てつつも、投げやりな口調で返した。
しかし、夕方から夜までの数時間、何も言わなかったクロノスもどうかと思うのだが……。
「あ?」
睨まれた。
とても威圧的な眼力だった為か、俺の体中から冷や汗がどっと吹き出した。どうやら彼もディメイション同様に心が読めるらしい。感じからして怒らせるとマズそうなので、あまり余計な事は言わないでおこう。
「んじゃ説明するぜ」
などと思う間にディメイションが語りだした。
「クロちゃんは、渡り鳥って言う組織のリーダーでな。渡り鳥ってのは、次元の悪魔を始め、異端って呼ばれている本来はその世界には存在しない“モノ”を相手に、次元を行き来して日々奮闘している掃除屋なのさ」
「ずいぶんアバウトな説明だなオイ。まぁ、間違ってはいねぇがな」
なる程、つまりはクロノスもディメイション同様に、他の世界に行き来して次元の悪魔のような悪を退治しているわけか。
「生憎だが、善悪は関係無い。俺達の場合、相手が異端なら、そいつがどれだけ良いやつだろうと抹消する」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が寒くなった。クロノスから得体の知れない威圧を感じたからだ。
リョウスケも同じだろう、強張った表情でクロノスを凝視している。
善悪は関係ない。それを語る彼はまるで、強い使命感を持つ無感動な暗殺者のようだった。いや、実際そんなものなのだろう。情に流されては達成は出来ない。何よりも、それを言い表すような重さを背負っているのが判る。
「まあ、それはそうとだ。ずっと気になってたんだが……」
「え、あの?」
クロノスは胸の前に腕を組んで、リョウスケを品定めするように眺めると、口を開いた。
「お前、この世界のやつじゃないだろ?」
「えぇ、そうですけど」
それを聞いた後、クロノスは眉間にしわを寄せ、やれやれと訝しげに首を振ると、ディメイションに近寄り胸倉を掴んだ。
「どういうつもりだディメイション。この世界と関わりのねえやつを連れて来やがって」
苛立ちの篭もった声で、クロノスは問い掛けるが。それに対しディメイションは驚いた表情を向けた。しかし威圧されてでの様子ではなく。まるで、信じられないと言った様子だった。
「お、おいクロちゃん……良ちゃん見て何も感じねえの?」
「あ? どういう意味だ?」
「マジかよ……」
クロノスが胸倉から手を話すと、ディメイションは、どうしようかなといった思案顔で右手で口元を隠し俯いた。いつになく真面目な顔付きだ。いったいリョウスケには何があると言うのだろうか?
俺の隣でリョウスケも、二人のやり取りに困惑の色を見せていた。
「とにかく、あんまこいつを連れ歩くな。俺の仕事を増やすなよ」
「ん、ああ。判ってるぜクロちゃん」
先程まで考え耽ってるディメイションだったが、直ぐにいつもの笑顔で返した。
「ぜってぇ判ってねえだろ? たくっ。とりあえず、俺はヴァイクントに帰る。テメェはとっととこの世界の次元の悪魔を倒せよ」
頭を掻きながらも言い捨てると、クロノスは手を正面に翳す。そして翳した先に黒い割れ目ができると中へと入って行き、割れ目はゆっくりと塞がった。
「またなクロちゃん!」
クロノスが聞いているかは解らないが、ディメイションは誰もいなくなった空間に手を振った後、こちらを振り向き元気よく言い放った。
「おし、んじゃあマダンのいる帝国へと行くとすっか!」
ディメイションの言葉で気を取り直し、俺達は帝国の門まで歩き出す。
それから、門までたどり着いた俺達だが、ここで予想だにしない出来事が待ち受けていた。
「よっしゃ、門に着いたな」
目の前にそびえ立つ竜の紋章が彫られた大門を、ディメイションは眺めていた。
「デカい。何十メートルあるんだろ?」
リョウスケはその圧倒的な存在感に息を飲む。そんな中、俺は付近を徘徊している門番がいないか周りに警戒を配るが、意外にも門番は愚か、その建物さえ見当たらない。そうなると、どうやってこの門は開かれるのか、疑問が浮かぶ。
「まぁ、押して開けりゃあ、問題ないっしょ」
「無理でしょ。だいたい厚い鉄で出来た門を押して開け―――……」
目の前の光景に唖然とするリョウスケ。開いた口は塞がらないとはこのことだろう。俺も目を疑った。
厚さ三メートルはあろう鉄の門を、ディメイションはデコピンで吹き飛ばしたのだ。いったいどれだけのパワーがその指に含まれているんだ。
パズルのように鉄のピースをバラして飛んで行く門とディメイションを見やり、俺は思った。
「よっしゃ、行くぜい!」
そうディメイションが門を抜けようとするも、一旦足を止めた。後ろから続く俺達も何事かと足を止めたのだが、その奥に目を通した瞬間。血の気が引いた。
「な、何コレ!」
「何でレッドドラゴンがこんな!」
そう、山脈で戦ったレッドドラゴンが、門の前で待ち伏せしていたのだ。ディメイションがデコピンで破壊した門の破片がぶつかったのか、数匹は倒れていたが、それでも数十はいる。
「へへへ。ちょっとデンジャーでビッグな雰囲気プンプンだな」
こんな状況にもかかわらず、ディメイションはヘッドアーマーを軽く親指で上げ、まるでこの状況を楽しんでるかのような不敵な笑みを浮かべる。彼には危機感と言うものが無いのか?
「ディメイションさん! そんなことより、どうすんの! このままじゃあ帝国に入れないよ」
「そうだ、入ってもレッドドラゴンの餌食になるだけだ」
「リスク、良ちゃん」
不意に彼は呟いて、帝国の中央にそびえる城を指差す。
「俺がこいつら片付けるから、二人は走って行けよ」
「そ、そんな! ディメイションさんたった一人で……あ、待って!」
リョウスケが引き止めようとするが、ディメイションは気にせず左腕を回しながらズカズカと強気な足取りでドラゴンの大群に身を進める。
「心配すんなよ、こんなの問題ないない。マダン戦の前のウォーミングアップだぜ!」
俺達に振り返り言い終わるや、ディメイションはいきなり俺達の視界から消えた。そして次の瞬間には激しい轟音と、空高く宙を舞って遠くで頭から落ちるドラゴンが眼に映った。
ドラゴンがいたと思われる場所には、ディメイションが拳を天に目掛け突き出していた。
「はっはぁ! 久しぶりにハチャメチャに暴れさせてもらうぜい!」
踊るように鉄のブーツをカツカツと鳴らし、相手を挑発的に指差して叫ぶディメイション。ドラゴン達の視線が集まる。
ディメイションの言葉を思い出し、今が頃合いだと見計らった俺は、とっさにリョウスケの手を引いて駆け出した。
「リスクさん!」
「城に行こう! 彼なら問題なさそうだ」
俺の言葉にリョウスケはディメイションを一旦見やると、納得して頷くと。俺の後ろへと続く。
走りながら付近に目を配ると、城下町には建物は在っても人の気配はまるで無かった。もしかしたら、帝国がマダンに支配された時から、住民は消されたのかもしれない。そう思うと、マダンに対する怒りが沸々と湧き上がってくる。
俺の中にある正義感が強く打ちふるえた。
「うわっ! 後ろからドラゴンが!」
リョウスケの悲鳴で後ろを振り返ると、一体だけ俺達を追い掛けているのを確認する。
その頃には、リョウスケを引き裂きそうな距離にまで迫っていた。
「くっ、やらせるかっ!」
俺は踏みとどまって襲い来るドラゴンに魔剣を振るった。
正直、波動斬でどうにか出来るかは解らないが、せめてリョウスケは助けたいと言う一心で魔剣を振るって波動斬を連続で放ち続ける。
しかし、ドラゴンは怯む程度で、大して効いていない。その代わり、リョウスケは何とかドラゴンの牙に掛からずに済んだ。
「リョウスケ! 俺が時間を稼ぐから走れ!」
俺はこちらにまで駆け寄ったリョウスケに叫んだ。
「で、でもリスクさん!」
「いいから! 俺も隙を見て切り抜ける!」
もしかしたら、ディメイションが助けに来るからと付け加えてリョウスケに先を行くよう促せる。
しかしリョウスケが悲痛な表情で噛み締めて頷いた瞬間、ドラゴンが炎を吹いてきた。
「まずい! うおおおお!」
とっさに剣を前に構えて水の防壁魔法で防いだが、長くは続きそうにない。最悪な事に、周りが炎に囲まれ、防壁から少しでも出たりしたら、炎を食らい丸焦げになってしまう。
これでは、リョウスケを逃がすこともできない。
絶望的だ。現状では遠くで戦っているディメイションに期待は出来ない。このままでは……。
「り、リスクさん」
「リョウスケ――!」
いや、弱気になるな。今、力の無いリョウスケを守れるのは俺だけだ。ここで諦めたら、リョウスケも死んでしまう。
もう、誰も死なせない!
無力を味わうのは、もう嫌だ!
力を、もっと守れる力が欲しい!
そう強く願った時だった。
魔剣が真紅の輝きを放ち、俺の中の魔力が一気に膨れ上がり、水の防壁魔法の効力が強まったのだ。
「こ、これはいったい!」
体の疲労も徐々に癒えていき、その後も更に力が膨れ上がった。
そして――。
「はああああっ! 波動斬!」
無意識にも俺は剣を薙払うように振るって、波動斬を繰り出した。その威力はとてつもなく、空から炎を吹いているドラゴンを、炎ごと両断したのだった。
両断され、二つに割れたドラゴンの体は、青いガスを吹き出しながら地面に落ちる。
「こ、これはいったい――」
そんな中、前の波動斬とは段違いの威力になっていた事に、俺は動揺していた。
しかし、更にその動揺を掻き立てるような不意打ちがきた。
《にゃーはっはっは! リスクちゃん上出来だよ! やっとボクの力を引き出せるようになったね!》
「け、剣が喋った!」
「あ、この声!」
驚いた。まさか、魔剣が喋り出すとは、それもディメイションが持って爆発した時の声と同じだ!
《ふっふっふのふ。さぁて、リスク。ボクの力を今こそ見せ付けるにゃあ!》
自信たっぷりに魔剣は言い放った。
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