第二章プロローグ『新たな旅』
漆黒が辺りを包み、周りには小さな灯火が所々に煌めく。宇宙に広がる星ぼしと大差なく輝くこれらは異世界への扉。
この空間は、言うなれば次元の狭間。次元を移動するものは、皆この空間を漂い。そして自身のいた世界とは異なる場所へと足を踏み入れる。但し、それを可能とするには、それ相応の力と資格が必要。つまりは、選ばれた者だけの特権である。
私もまた、その中のちっぽけな一人。周りからは時の女神などと呼ばれている、傲慢な存在だ。実際のところ、私は時の女神でもないし、また次元を越える次元の神でもない。ただ、こういった所行が出来るだけの半獣半人の女。それが私、ラミアグレスの実体だ。
元を辿れば、私はアグと言う名の白い雌狼だった。ところが、私はある日を境に命を落とした。薄れ逝く意識の中、ある神が私に時を操る力と、次元を駆ける力を授けてくれたのが始まりだ。
半獣半人としての転生後、私はアグレスと名乗るようになった。そして、異世界を駆け抜ける白狼となり、さまよい続けていた。次元の悪魔の存在を知ったのも、その直後だった。
そして、もう一つの、何者も知らない脅威。全知全能すらも“知る”と言う追従を赦さない“混沌の力”と出逢った事により。私のラミアグレスとしての物語の歯車が、僅かに、そしてゆっくりと軋みを上げて動き始めたのだった。
これから語られるのは、その物語の序章とも呼べる出来事である――
「ようラミちゃん。久しぶりだなっ!」
次元の狭間にて、マダンと言う名のある次元の悪魔を強制転生をした後だ。後ろから不意を突くかのように、緊張感の欠片もなく明るい声が私を呼んだ。
「……久しぶりね。ディメイション。何千年ぶりかしらね」
後ろを振り返ると、彼はいた。私が初めて出会った次元の神、ディメイション・ザ・カオシック。相変わらずの笑顔は今も健在だった。格好から雰囲気まで昔から何一つ少し変わった気配は無いが、一つだけ違うところがある。それは、彼の背中にしがみついている少年だ。
「元気だったかいラミちゃん! へへへ、俺は電気だぜい!」
「無理にふざけるのは止しなさいよね。それに、あんたの背中にいる少年は誰なの?」
私は呆れながらも、左手を空に指差しているディメイションに訊ねた。
黒髪に学生服の少年は、頬を赤く染めながら、私を怪訝そうに見つめていた。心を覗いて見ると、彼はディメイションから私がディメイションの姉貴分だと聞かされたのが理由で、私が彼に似た馬鹿げた者だとイメージしていたようだ。実際、眼にしたら余りにも私の存在は予想と反したらしく、何よりも私が艶めかしい女性として見えるらしいので、こうして上がっているようだ。まあ、私の外見は獣毛に覆われた身体とは言え、彼らの世界で言えば裸同然なのだろう。随分と心拍が乱れているのが判る。
「あ、あの。や、山田良助と言います。ど、どうも……」
彼はディメイションの肩越しからこちらを恥ずかしそうに見て、照れくさそうに自己紹介をしてくれた。どうやら、自分が美しいと感じた女の前では、内向的になってしまう傾向が彼にはあるようだ。
何よりも、彼は私に対して少し恐れを抱いているみたいだ。口調の厳しさや声色から、近寄りがたい者と捉えてしまっているらしい。加えてそれとは別に、多少嫌らしい妄想も立ててはいるが……。そこにはまあ、触れないでおこう。
――心が読めるのも考え物だ。
そう私は思いながら、彼に一声掛けてみた。
「ラミアグレスよ。そう上がらなくていいわ。それと、君が思っている程、私は美しくは無いし、口調が厳しく感じているみたいだけど、私はそんな冷たくは無いから」
冷たく無い――自分で述べるのもなんだなと、そう内心自嘲する私だった。
「え、えぇっ! 嘘!」
ディメイションと共に行動しているだけあり、彼は自分の心を読まれていたことに気付いたようだ。それと同時に、読まれたことに関して酷く困惑していた。
「ぜ、全部読んでいたんですか?」
「そうね。君が私の体を見て、エッチぃ事を考えていたのも全部ね」
彼の心の中では雷が落ちていた。恥ずかしさのあまりに、それを早く言ってほしかったと、あたふたと心の中で取り乱し。自分の今まで読まれた迂闊で愚かな思考に対し、頭を抱えて後悔の念を露わにしていた。
「は、恥ずかしい……。ご、ごめんなさい! そういうつもりじゃあ無かったんです! ただ無意識に、見た瞬間にそうイメージしちゃった訳で! えと、その……」
どうにか誤解だと訴えたく解釈の言葉を必死に探す彼を、ディメイションがニヤニヤとしながら口に出す。
「へへへ、良ちゃんはエロチシズムだからな」
「そ、そう。僕は愛欲主義者――ってゴルァ! 何を言わすんだぁ!」
「え? 違うのかい? だって良ちゃんの部屋にはマニアックなエロ――」
「言うなぁーっ! 前に言わないって約束したでしょうが! 何さらりと暴露しようとしてんのっ! こんなあっさり、しかも最悪なタイミングで約束破んな!」
ごめんなさい良助。君が自分で過去を思い出したせいで、私は君のそれを読んじゃいました。本当にマニアックな官能小説を持ってるのね。
などと、思わず軽蔑の溜め息を漏らした私を見た彼は、自己嫌悪で泣き出しそうな顔をしていた。
「えっと、私が言うのも何だけど、そんな気にしないで。とりあえず、君の心はもう読まないようにするから」
流石にこれ以上は話が進まなくなりそうなので、話を打ち止めるために私は告げておく。
「うう、何かすいません……」
私の配慮に、良助は大袈裟に感涙していた。何とか事態の収集を治めた私は、気を取り直してディメイションへと視線を替え、彼に用件を話す。
「ディメイション。早速だけど、あんたの力を借りたいの」
「ん? 俺のか? 次元の悪魔とかかい?」
「話が早いわね。ちょっと数が多いのよ。それも、けっこう手強そうなやつらがいる」
そこまで言うと、ディメイションは待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「へっへへ、ラミちゃんが誘うくらいの厄介者か。腕がなるぜ!」
ディメイションは右手で左の二の腕をがっちり掴み、そう意気込みを入れる。
「んじゃあ、早速行くか。ラミちゃん案内よろしく――」
「待ちなさい。まずは彼を元の世界に戻して。そうじゃないと連れて行けないでしょ」
私が良助を見つめながら告げると、ディメイションはさも不思議そうな顔で首を傾げた。
「……何で?」
「何でじゃない。普通にダメでしょうが」
他の世界の者が、他の世界に干渉してはいけない。これは先も話したように、干渉できるのは特殊な力を得た、選ばれた者の特権なのだ。見る限り、山田良助と言う彼は普通の、何の特殊な力も持たない人間。そんな彼が異世界へ足を踏み入れてしまえば、本来あるべき世界の在りようが大きく変わってしまう。クロノス達渡り鳥はそう言った乱れを防ぐ者達だ。このまま異世界に干渉させ続けようものならば、良助は明らかに渡り鳥の捕縛、或いは抹消対象となるだろう。
「だから、彼を元いた世界へ帰しなさい。さっき彼の心を読んで判ったけど、幾つかの異世界に関わったみたいじゃない。幸い何も変化が起きてないけど、このままだと、あんたも纏めてクロノス達に異端と見なされて狙われるわよ」
「おーいおい。クロちゃんもそうだったけど、ラミちゃんまでそんなこと言うのかよ」
「ハァ?」
やれやれと首を振るディメイションに、私は思わず怪訝の声を出した。すると、いつになく真剣な面立ちでディメイションは言う。
「本当に感じねえのかよラミちゃん? 良ちゃんから、なんつーか。ほら、不思議な感覚ってのかな?」
いったい何を言っているのだろうか? 何とか言葉に出来ないかと頭を捻っていたディメイションだが、取り敢えずと続けて口に出す。
「とにかくさ、良ちゃんは普通の人間なんかじゃねんだって。何かすげぇんだよ。強い次元の悪魔と戦う時、良ちゃんがいると妙に力が漲るんだよ」
「力が漲る?」
どういうことだろう? この見るからに平凡そうな、ただ困惑した様子で成り行きを見守っている少年に、いったいどんな力があると言うのだろうか?
私が彼をまじまじ見据えていたら、彼は顔を強ばらせてディメイションの肩に隠れる。
「あ、あの。い、一応僕自身もよく解らないんですよ。いつもディメイションさんが力が漲るとか言って戦っていた間の記憶だけは飛んでいて……」
「記憶がない……」
「そうみてえなんだ。だからさ、やっぱり良ちゃんはこのまま放ってはおけないだろ? もしかしたら、今度の戦いで解るかも知れねえしさ。な、頼むよ。良ちゃんも同行させてくれ」
彼らの目を見れば解る。この話が嘘ではないことくらい。何よりも、ディメイションは隠し事はしても、嘘はつかない。そう、悪意のある嘘は絶対に。
クロノスすら解らない謎を秘めた彼――山田良助。確かに気になりはするけど、異世界に行くかどうかは彼の意思だ。ディメイションが決めるべきではない。
「良助。君はどうしたいの? 私達と一緒に行く?」
「僕は……」
「へっへへ。良ちゃんはいく――」
「あんたは黙ってなさいよ。良助の意思をはっきりさせたいのよ」
私がきっぱり言い放つとディメイションは『ラジャー!』と敬礼しながら沈黙に入った。相変わらず憤りを煽るようなそのふざけた仕草は、相手の感情を逆撫でさせ兼ねないものだ。私だからスルー出来るけど、他のやつ、特に初対面やクロノスだったら、プチッとキレているだろう。
それはそうと、私は良助の返答を待っていた。少し思い悩むように彼は俯けていたが、やがて決意を秘めた眼差しをこちらに向けて頷いた。
「行かせて下さい。確かに、あのクロノスさんに迷惑を掛けるのは悪いかもしれないですけど。でも、僕もやっぱり気になります。僕には、僕自身にはいったい何があるのかを知りたい」
彼の答えを聞いて、私は瞳を閉じて頷いた。
「……そう、ならこれ以上は何も言わない。一応、君を守りながら戦闘は行う。後、君の謎を探るのも含めて、出来るだけ行動は共にする。いいかしら?」
瞳を開いて私がそう問い掛けると、彼はこちらを見据えて頷く。迷いのない真っ直ぐな黒い瞳には、私が写し出されていた。
「はい。よろしくお願いします」
「うん、よろしい。それじゃあ行きましょうか」
私が笑顔を返すと、彼も照れくさそうに微笑み返してくれた。どうやら、初対面時よりは、良い印象を受けてくれたらしい。私としても、あまり嫌われるのは嫌だからこれはありがたい。
「お、やっと出発だな!」
と、そこで鼻ちょうちんを膨らませて寝ていたディメイションが、鼻ちょうちんが割れると共に目を覚ました。
「――と言うか、ずっと寝てたんですか! しかも立ちながらっ!」
「へへ、良ちゃん。俺はどんな姿勢でも寝れるんだぜ! すげえだろ?」
「そんなくだらない特技自慢してどうする気よ……」
「ふっ。優越感に浸るのさ」
「馬鹿でしょあんた?」
まあ、今更言わなくても解ってはいるが。取り敢えず――
「気を取り直して、まずは目的地に行きましょう。場所は――」
いろんな種族が住み着く世界。
名はインフィニット。
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