チャプター10『そして神話となった』
俺としては正直、ディメイションには幻滅したぞ。まさか本当に殴るとは思ってなかったんだから、裏切られた気分だ。
「ははは。ま、細かいことは気にすんなよ」
俺の事だから気にするぞ!
俺が心で訴える中、うつ伏せだったマダンは起き上がる。唇から滴り落ちる鮮血を拭うと、忌々しげにディメイションを鋭く睨んだ。
「ちぃ……。まさか、本当に殴るとは思いませんでしたが――ふふ。やはり、リスクを死なせたくないみたいですねぇ。あまり力が入ってませんでしたよ」
そ、そうなのかディメイション?
俺が心の中でディメイションに問い掛けると、彼は笑顔だが、少し懸念を含んだ様子でこちらを見ていた。
どうやら俺は誤解していたようだ。ふざけてはいたが、内心は迷っているのか。
「ま、リスクは友達だからな。死なせるつもりはねぇさ」
頬を掻きながら言うディメイションを見やり、マダンは不思議そうに眉を顰めたが、すぐに悪意のある笑みを浮かべて訊ねた。
「ほぅ、それじゃあリスクを攻撃しないと言う訳ですか?」
「ああ、こっからはもう反撃はしねえよ」
ディメイションは澄まし顔で両手を軽く上げて告げる。
「ふふふ、そうですか。なら、死ね!」
マダンはそう言うと、ソルデファーを握る手に握力を加えて踏み出す、一気にディメイションにまで間合いを詰めて、剣で薙ぎ払う。
キレのある攻撃だが、速さからしてディメイションなら避けられるはず。
だが――。
「ぐうっ!」
どういう事か、ディメイションは避けなかった。とっさに拳のグローブで防御して斬られはしなかったものの、マダンがそのまま力任せに降るった為に吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
「ディメイションさん!」
「おっと、良ちゃん。巻き添え食らうから来ちゃダメだぜ」
駆け寄ろとするリョウスケを、ディメイションは手を向けて制止させる。マダンは容赦なく壁にもたれ掛かったディメイションに突進して、追い打ちの斬撃を繰り出す。
避ける事が出来ないのか、或いはそうしないのか、ディメイションはマダンの猛攻から逃げずに受け続ける。
「ふふふ、どうやら本当に反撃はしないようですね。まあ、変な行動を起こせば、私はリスクの体で自害しますがね!」
そしてマダンの袈裟斬りがディメイションの腹部を僅かに裂いた。
「ふふははは! リスクを死なせたくないなら、そのまま切り刻まれて死ぬ事です!」
この一撃から、ディメイションは徐々にだが、マダンの斬撃を食らい始める。赤いロングジャケットや黒いズボンに少しずつ切り傷ができていく。
「そらっ!」
そして太刀筋に気を取られた為か、マダンが不意に繰り出した蹴りが脇腹に直撃する。
「ぐっ!」
蹴り飛ばされたディメイションは、脇腹を押さえながらも地面を滑るように踏みとどまり、再度攻め立ててきたマダンの上段斬りを白刃取りで受け止めた。
しかしマダンはそのままソルデファーを握る柄に容赦なく力を入れ、体重を加える。膝を付きつつも必死に受け止めるディメイションの表情から不敵な笑みが消え、次第に険しくなっていく。
このままだと危険だ。そう思い、俺は今度こそ伝えた。
俺の事はいいから、マダンを倒してほしいと。俺のせいでディメイションが傷付くのは嫌だと。するとディメイションはニヤリと笑み浮かべた。
「悪いが、そいつは聞けねえな」
そう口にすると、ディメイションはソルデファーを押し返す。膝を付いていた状態から立ち上がり、マダンへ顔を近付ける。
「ここで俺がお前ごとマダンを倒しても、そいつはマダンに勝ったことにはならねぇ……。それはな、リスク。お前がマダンに完敗したことを意味するんだ!」
いつになく真剣な眼差しで、ディメイションは語り掛けた。そして白刃取りの状態を、刀身を横に振り払ってから抜け出し、一歩後退ると続けて口にする。
「それでいいのかリスク? お前は、この世界を守る剣になるって志していたはずだろ。自分の命すらも守る事が出来ずに、最後までマダンにやられっぱなしでいいのか?」
ディメイション……。
彼の紫に輝く瞳は、しっかり俺を見据えていた。退くことを知らない自信と、純粋な優しさを宿した眼だった。
その眼光が俺の心を強く揺さぶる。熱く沸き立たせてくれた。そう、彼の言う通りだ。ここでマダンと死んでも、結局は最後までマダンに弄ばれた事になる。俺にとって完全な敗北を意味するんだ。
「ふふふ、無駄ですよディメイション。リスクには足掻くことすら出来ませんよ」
嘲笑するマダンは剣を構え、ディメイションに突進する。その胸を剣で突き刺そうと、刀身を前に突き出して――。
「死ね!」
狂的な声を発したマダン。ディメイションは、避ける素振りを全く見せようとしない。このままだと、刀身が彼を貫く。彼を殺してしまう――。
ダメだ!
させない。これ以上、これ以上マダンの――コイツの好きにはさせない!
俺は気力を振り絞って、マダンの制御を抜け出し、全力でその突進を抑え込んだ。そのおかげか、刀身はディメイションの胸の手前で止まった。
「な、か、体が!」
「へへっ、そうだぜリスク。マダンなんて、お前の中から追い出しちまいな!」
「お、俺の……俺の中から、出ていけマダン!」
俺は驚愕するマダンに言い放ち、ぎこちなくだが後ろへと振り返り、波動斬を繰り出す。
『ああああっ!』
青白いガスのようなものが、波動斬と共に俺の体から出て行く。多分、悲鳴をあげた事から、あれがマダンの本体だ。
マダンの本体は波動斬と交わるように飛んで壁に直撃し、爆発を起こした。
「や、やった……」
息を荒げながらも、俺は呟き、ディメイション達を見やった。
「リスクさん!」
リョウスケが喜びに溢れた様子で、俺に駆け寄る。
「はっははは。やっぱりお前はカッコイイぜリスク」
その後ろでは、ディメイションがウインクしながら、俺に拳を向け親指を立てていた。
《り、リスク!》
「ソルデファー! お前も戻ったのか?」
《うん、リスクがマダンを追い出してくれたから》
そうか、それは良かった。
俺は安堵の息を漏らしてソルデファーに微笑んだ。それと同時に、マダンを乗せた波動斬で破壊した壁から、青白いガスこと、マダンの本体が浮かび上がる。
『ば、馬鹿な……有り得ない! 次元の悪魔に取り憑かれたモノが、無理やり追い出すなんて……』
「へへ。解らねえかなマダン?」
澄ました表情でディメイションが俺達の前に立ち、ガス状のマダンをビシッと指差す。
「本当に強ぇ意志を持つやつは、神や悪魔ですら操ることは不可能なんだぜ!」
してやったりな笑みを浮かべてディメイションが言い張ると、マダンは悔しそうな唸りをあげて少し高度を上げる。
『……悔しいですが、ここは退くとしましょう。ですがディメイション。あなたは以降から確実にタキオン様のターゲットになるでしょう。覚悟なさい』
そして、マダンの隣りに次元の狭間が現れる。多分、そこから逃げるつもりなのだろう。
「へへっ、なら、こっちも言わせてもらうぜ!」
ディメイションは格好付けるようにマダンに拳を向けると、キザな笑みを浮かべてこう返した。
「タキオンに伝えな! “貸した金を返せ!”ってな!」
「イヤイヤイヤイヤ! ちょっと、それ違うでしょ! 普通は“俺は負けない!”とか“おととい来な!”とか、そんな台詞でしょうが! もう台無しだよ! てゆーか、敵に金貸すなっ!」
『ふふふ、良いでしょう。その言葉、タキオン様に伝えましょう』
「伝えるなよっ! てゆーか、明らかに嘘って解るだろ! お前も馬鹿かぁああっ!」
《リョ、リョウスケ。落ち着くにゃあ》
所々に喚き散らすリョウスケをソルデファーが宥めた。流石に疲れたのか、リョウスケはゼエゼエと息を切らす。そんなみんなのやり取りを見ていた俺は、ただ唖然とするだけだった。
『ふふふ、では、去る前に一言……』
ゆったりとした動きで次元の狭間に潜り込んで行く中、最後にマダンは発した。
『覚えてなさい!』
《お決まりの捨て台詞だにゃ!》
「言わなくてもいいでしょうが……」
もう疲れたと言わんばかりに、リョウスケが溜め息混じりに呟く頃には、マダンは次元の狭間の奥へと入り込む。狭間は次第に狭くなり、完全に閉じると消滅した。
「へっへへへ。勝ったな」
僅かな沈黙の後で、ディメイションが嬉しそうに呟いた。
「あぁ、マダンには逃げられてしまったが……」
マダンがまだ存在すると言う事は、再度この世界を攻めて来るに違いない。だから、少し不安があって、素直には喜べなかった。
「安心しなリスク。またマダンがこの世界に現れる事はねえさ」
「えっ?」
俺の肩に手を置いて、ディメイションは言った。
「その前に俺が、必ず倒すからよ」
そう口にすると、ディメイションは親指で自分を指して、穏やかな笑みを見せた。
何故だろう。相変わらず根拠も無いはずの言葉だが、彼の自信に満ち溢れた瞳を見ていると、不思議と心の不安が取り払われ安心できる。そして彼を信じてみたいと思う――そんな気持ちになるんだ。
「ディメイション……判った。俺はお前を信じるよ」
自然と口元が綻んだ俺は、ディメイションに握手を求めて手を差し出す。
「へへっ。ああ、任せな!」
そして、鼻の下を擦りながら笑顔を絶やさず、ディメイションはそれに応え、握手を交わしてくれた。握りしめたその大きな手は、まるで全てを包み込むような暖かさを宿していた。
「よし! そんじゃあ行くか良ちゃん」
握手を解いて、ディメイションはリョウスケへと振り返り明るく言うと。右手を上へと翳し、マダンと同じく空間に次元の狭間を開く。
「ええ、行きましょう。マダンを追い掛けに」
頷いたリョウスケはディメイションの隣に駆け寄ってから、こちらを振り向くと――。
「リスクさん。いろいろ助けてくれてありがとうございました」
そう優しく微笑んでから御辞儀する。
「リョウスケ。それはお互い様だ。それに君とディメイションのおかげで、俺はいろいろと大切な事を学んだよ」
「え?」
そう、例えどんな状況でも、友を信じること。そして、一人の力ではなく、みんなの力を合わせることが大事だと言うことをね。
ハノを始めとする仲間達に、ちゃんと謝らねばいけないな……。
それ以外にも、まだまだ沢山ある。俺はこれからも、この学んだことを生かすとしよう。
そんな思いを心に抱き、俺は狭間へと入って行く彼らに手を振った。
「本当にありがとうリョウスケ。ディメイション……また、いつかこの世界に来てくれ。その時は、みんなで君らを歓迎するよ」
《また会おうにゃ》
「はい。また会いましょうリスクさん!」
「へっへへへ。今度来た時は、お前が興味津々だったロボットダンス教えてやるぜ」
覚えていてくれたのか?
「ディメイションさん。リスクさんに変な事を教えない!」
「はははっ。んじゃあなぁ!」
リョウスケは溜め息混じりでディメイションを見やり、やれやれと頭を振るうと、こちらを向いて明るい笑顔で手を振った。
同じくディメイションも手を振る。その間に、次元の狭間は次第に閉じて行き、そして完全に塞がると、狭間は消え去り、後には空間が何事も無かったように残った。
《行っちゃったね》
「ああ、そうだな」
俺は海の方角を眺め、口元に笑みを残したまま呟いた。
水平線からは日出が上がり始めていた。僅かに出てきた朝日が、燃え上がる炎のように、空と海を真紅の色へと輝かせる。
この光景に俺は息を呑んだ。不思議な程に清々しいくて。
マダンを追い払った後だからか、まるで、やっと訪れた世界の平和を、太陽が祝福してくれているように思えたのだ。
ありがとう……。
改めて、俺は心の中で世界を救った彼らに礼を言った。すると彼らの、ディメイションとリョウスケに対する感謝の気持ちが、自然と涙にもなって溢れ出てきた。
《リスク……》
「……行こう。ハノに、みんなに会いに」
《そうだね、行こうリスク》
溢れ出る涙を無造作に腕で拭い、ソルデファーを肩に乗せて、俺は城を後にした。
それから帝国に残っている子供達を連れ、俺達が入った時の門に着いたその時だ。
「リスク様!」
聞き覚えのある声に俺は驚いた、俺の目の前に、ハノが仲間達と共にいるではないか。彼女は俺に駆け寄ると、勢いに身を任せ俺の胸に飛び込んできた。
「ああ、よくぞ御無事で……リスク様……」
彼女の赤く染まりつつある頬から、熱い涙腺が流れ落ちる。
「心配を掛けた……すまないハノ」
胸元から彼女を少し離し、その肩に手を乗せて、俺は思いを込めて謝った。すると彼女は首を横に振り、嬉し涙ながらも笑顔を見せてくれた。
「いいえ……あなたが御無事なら……」
そして、彼女は俺の首に両腕を絡ませ、体を抱き寄せた。俺も彼女を受け入れ、無言で彼女を優しく包み込んだ。
「リスク様。マダンは……マダンは倒したのですか? あの海から現れた怪物は?」
そうか、あれだけデカい怪物なんだ。みんな見ていたのだろうな。
「ああ……話すよ。俺が見た、全てをね――」
伝えよう。みんなに……世界を救った。虹色の翼を持つ天使と、次元の神のことを。
そして、彼らは後に、この世界の神話となった――。
次元の神と、虹色の翼を持つ天使が。世界を救った英雄として、いつまでも語り継がれた――。
完
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