チャプター9『予想外の事態』
『はあああ――だあっ!』
紅蓮の輝きを身に纏うディメイション。
空中で弧を描くように身を翻し、加速をつけてマダンの腹部へと突撃する。
右鉄拳が青い楯鱗を打ち砕き、そして内側の赤い皮膚に突き刺さるようにめり込む。
『ぐふぁっ!』
苦痛にマダンの呻き声が響く。
『ぶっ飛べえぇ! ゼロ距離ブリット・フィスト!』
更に、この密着状態からディメイションが轟くと。次の瞬間には轟音と共にマダンの体が、くの字によじれ曲がった体勢で吹き飛んだ。
『ぐおああああああっ!』
激痛に叫喚を上げながら、マダンは空高く打ち上がる。腹部からは燃え盛る炎が爆発的に噴き出しているが、それは多分、あの鉄のグローブから噴出されているのだろう。
『くそぉっ! なめるなぁ!』
苦悶の表情ながらもマダンは怒り叫ぶ。そして体をのけぞるように反らし、ブリット・フィストから抜け出す。
鉄拳は旋回してディメイションへと戻り、拳の無い右手首をディメイションが差し出すと、腕に金属音を立てて嵌る。
その頃にはマダンは上空で浮かび上がったまま、息を大きく吸い込む動きを見せていた。
《あれは多分、高威力の魔弾を口から出そうとしているにゃ》
そのマダンの動作に、ソルデファーは緊迫した口調で語り出した。
「なに! そうだとすれば、その一撃が大地に直撃すれば――」
《そうにゃ……、あのディメイションがフルチャージのイオン・バーストで打ち消すのがやっとだった攻撃にゃ。全力でマダンが繰り出した場合は、この世界は一瞬で消滅するのは確実……》
「そんな……どうにか出来ないのか。このまま撃ち出されたら――」
『大丈夫です』
俺の不安が大きく膨らむなか、不意に祈願を捧げる姿勢のリョウスケが、閉じていた瞳をゆっくりと開眼させて、響きある穏やかな声で語り出す。
『信じて下さい。ディメイションさんを……彼が、全てを護りますから――絶対に』
「リョウスケ……」
そのリョウスケの声には、絶対的な彼への信頼に満ちた思いが感じられた。
《リスク!》
そんな茫然と彼を見ていた俺だが、ソルデファーの声でハッと我に返り、俺はディメイションの方はどうなっているのかと視点を戻す。するとやはり不敵な笑顔を見せるディメイションが映るが、彼は力むように身を縮ませていた。赤い光が彼に集まるように見えることから、まるでエネルギーを溜めているように見られるがいったい……。
《リスクの言うとおり、あれは力を集めてるにゃ》
俺の疑問にソルデファーが答えてくれた。
「つまりディメイションもマダン同様に収束した一撃で対抗するつもりと言う訳か……ハッ―――マズイ!」
空中のマダンが先手の一撃を放つ体勢に入っていた。それを眼にした俺は声を上げたが、既に手遅れだった。
『死ねえ! グラウンド・アウト!』
青白い閃光が、大きく開かれた口から放出され、勢いよく大地に向かってくる。
「ば、万事休すか!」
『へへ、チャージ完了だぜ!』
思わず俺が冷や汗交じりで叫ぶと、それを合図とするかのようにディメイションは高らかに声を上げて、自分に向かってくる青白い閃光を不敵な笑みを浮かべ見据え、ジャケットを開いた。
そして、いつものあの一撃を――。
『いっけええええ! カオシック・ブラスター!』
《んにゃ!》
「えっ!」
イオン・バーストじゃない?
驚愕する俺達を後目に、胸部から放たれた紫色の閃光カオシック・ブラスターがグラウンド・アウトを飲み込み、マダンへと突き進む。
『な、なにいいいい! ぐあああああっ!』
紫の稲妻を帯びた閃光がマダンの腹部へと直撃し、その巨大な体を更に空の彼方へと押し出す。
『よっしゃあ! こいつでト・ド・メ・だ・ぜ!』
そんな中、ディメイションが力を溜める姿勢で紅い光を勢いよく噴き出すように見せたかと思えば、今度は深く屈み、上空へと弾けるように飛び上がる。そして、体から出ている真紅の光が、球体状となりディメイションを包み。次第に加速度を上げていく。
「まさか……」
《マダンに体当たりする気なのかにゃ?》
俺もソルデファーと同じ考えだったが、それは少し違った。押し出され、もはや全ての大地を見渡せる高度にまで達したマダンに、ディメイションは赤い閃光に身を包み、そのまま上昇して間合いを詰めていくのだが。次の瞬間、逆さまに体を返すと、蹴りの姿勢のままカオシック・ブラスターの光の中へ加わりマダンの腹部に追撃を加えた。
『ウオオオッ! ディメンション・クラァァッシュ!』
力強い轟きを載せて、ディメイションはマダンの腹を貫いた。
『う、嘘だ! こ、この最強の器が! リヴァイアサンが――負けるなんてエエエエエ!』
驚愕に顔を歪めるマダン。ぽっかりと腹部の空洞に、赤い粒子が集まる。
『アギャアアアアアアア!』
そして体を大の字に広げ、マダンは断末魔の悲鳴と共に爆砕した。とてつもない発光が溢れかえり、夜空を赤色に染め上げる。
『はっはぁ! 決まったぜ!』
大地に背中を向けてダイブしているディメイションは、してやったりの笑顔で爆発を見やりガッツポーズを取った。
「おおっ!」
《やったにゃあ!》
俺もその様子についつられて同じように拳を前に握りしめてしまっていた。
まさに勝利の瞬間だと、俺は実感して。
しばらくして、ディメイションは落下しながら空を切り裂く素振りをして次元の狭間を開いて入り込む。
俺達のいる城の屋上で次元の狭間が現れると、ディメイションが飛び出し、空中で回転して俺達の手前に着地すると、満面の笑みを浮かべ、親指を立ててこう言った。
「勝ったぜ。みんなのおかげでな!」
俺も彼の笑顔につられて綻んだ。それと同時に、俺はリョウスケの事を思い出す。
「あ、ディメイション。リョウスケなんだが」
「え? 僕がどうかしました?」
俺がリョウスケの様子が変だった事を伝えようと彼を振り向いたのだが、驚くことに彼は元の姿に戻っていて、何事も無かったかのように首を傾げていた。
「リョ……リョウスケ? いったい、いつ元に?」
「え? あの………元って?」
《お、覚えてないのかにゃ!》
「はぁ……何故だか途中から記憶がなくって」
「おいおい良ちゃん! 俺の逆転劇を観てなかったかい?」
頷いたリョウスケに、ディメイションはやれやれとかぶりを振るのだが、それよりも……。
「ディメイション、気付いてなかったのか?」
「んあ、何が?」
「いや、リョウスケの変化に―――ッ!」 な、なんだ!
今、体に何かが入るような感覚が――!
「どしたんだリスク? 良ちゃんが何だって?」
不気味な違和感に戸惑う俺に、ディメイションが話の続きを聞こうと耳を傾ける。
すると――。
「死ねっ!」
俺は何故かそう口走り、ディメイションの脳天を目掛け、ソルデファーを振り下ろしてしまった。
「うおっ! あぶねっ!」
ディメイションは咄嗟に鉄のグローブに包まれた拳で受け止め、押し上げるように刀身を弾き出すと後ろへ一歩後ずさる。
「ど、どうしたんですかリスクさん!」
違う! 俺は何もしてない。体が勝手に!
困惑するリョウスケに訴えた俺だったが、声は出なかった。
これはいったい……。
自分でも訳が解らない。そう俺が心の中でまごつくと、ソルデファーが叫んだ。
《リョ、リョウスケ! リスクは、マダンに取り憑かれてるにゃあ!》
「えっ!」
な、なんだって!
そうか、だから体を動かせないのか。次元の悪魔は、あらゆるモノに取り憑いて意のままに操れる。俺自身も例外ではないんだ。
「くくく、流石は魔剣ですか。持ち主の心を感じ、読み取れるだけあり、すぐに原因が解ったようですね」
《くぅ、でもマダン! お前にボクを使わせるつもりはないよ! ボクの主はリスクだにゃ!》
「残念ですが、言うことを聞いてもらいますよ。私の力で無理やりあなたの力を解きます」
そう口にするや、俺の体から青色のオーラが溢れ出し、それがソルデファーに流れるように伝った。
《ぁうう、うわあああああ!》
「ああ、ソルデファー!」
ソルデファーに電撃が迸り、共に呻くような悲鳴が響いた。俺もリョウスケ同様に叫んだが――。
《う、うああ……い、意識が……ごめん………リスク!》
抵抗虚しく、ソルデファーは振り絞るような弱々しい声で俺にそう伝え――途切れてしまう。そして、その瞬間と同時に、刀身が青い光を妖しく放つ。
「ふははは! これで、リスクとソルデファーは私の操り人形と武器になりました」
ソルデファーを右肩に乗せ、俺は――いや、マダンはディメイションに言い張った。
「ふふふ、ディメイション。あなたには本当にイライラしましたよ。私の器だけじゃなく、タキオン様へのプレゼントのリヴァイアサンまで消滅させるんですからねぇ」
刀身をディメイションに指すように向け、嘲笑気味にそう喋るマダンだが、その言葉の奥には、口で言う以上のどす黒い憎しみの怒りが含まれていた。
俺はマダンに乗っ取られている為か、感情をハッキリ感じる事が出来た。
「さてと、では第三ラウンド。いえ、ファイナルラウンドといきますか――そらっ!」
そう切り出したマダンは、すぐさま波動斬をディメイション目掛けて繰り出した。次元の悪魔の力とソルデファーの力が原因か、俺が放ったとは思えない大きさと威力の青白い波動斬だ。
かわしてくれディメイション!
「うおっと!」
俺の願いが通じたのか。ディメイションはリョウスケを背中から片手で持ち上げて波動斬を飛び越える。しかし、マダンも跳躍して空中にいるディメイションへと接近して、斬撃の嵐を繰り出す。
「ちっ! やべえな!」
「ふははは!」
片方の腕はリョウスケを持ち上げているせいか、ディメイションは片手でマダンの斬撃を受ける。辛うじてだが、一撃一撃を拳で巧みに受け流す。しかし、この状況は永く続かず、僅かに隙が生まれてマダンの蹴りを食らってしまう。
蹴り飛ばされ、地面に叩き付けられる際、ディメイションはリョウスケを護る為に自分から受けるように背を向けて落ち、クッションとなった。
「ディメイションさん!」
「いてて、へへへ。心配すんな良ちゃん。俺は頑丈さ」
後頭部をさすりながらディメイションは立ち上がり、俺の方を、マダンを身構えて見据える。その様子を心配そうにリョウスケは眺めていた。
見下ろしている俺にとって、それは心を苦しく締め付ける。操られてしまっているとはいえ、仲間を傷つけてしまった自責の念が膨らむのだ。
「ふふふ、まだまだいきますよディメイション!」
それでも、マダンは容赦なく斬りつけてくる。ディメイションは反撃は一切行わず、ただただ斬撃をかわし続ける。
「ふははは! やっぱり、仲間を相手だと攻撃出来ませんか? 言っておきますが、リヴァイアサン同様に、私を攻撃したらリスクの体は傷つき死にますよ。何せ、雑魚の次元の悪魔とは違い。深くリンクしてますからねぇ。私のような上級悪魔は」
そう一旦打ち切るとマダンは再度嘲笑う。く、何て汚いやつだ。ディメイションにそんな事が出来るわけ――。
「おあたぁ!」
「ぶへぁ!」
殴った! しかも遠慮なく顔面を!
マダンは情けない声を出し、俺の体は地面を転がった。
「オイイ! あんた何してんのオオオ!」
愕然と叫ぶリョウスケに。胸に殴った左拳を当て、ディメイションは瞳を閉じて呟いた。
「リスクが心の中で言ってたんだ。『俺の事は構わずやれ!』とな」
言ってない! 言ってないぞディメイション!
「嘘つけぇ! てゆーか、少しは躊躇しろよ!」
「いやぁ、本当さ」
怒り叫んだリョウスケに対し、ディメイションはどこか遠目で語る。
一応、そう言おうとは思ってはいたが、言う前に殴るかな普通……。絶対ワザとノリで殴っただろ?
「あ、バレた?」
しかもさっきから俺の心を読んでたのか!
というか、やっぱりノリなのか!
うつ伏せの状態から笑顔で頷くディメイションを見やり、呆れた俺は思わず溜め息づいてしまった。しかし、そんな軽い感じだったディメイションだったが――。
「まあ、冗談もここまでだがな」
そう呟くと表情が何故か険しくなっていった。この時、俺は思いもしなかった。
まさか、ディメイションがあんな行動をとるとは――。 |