【夜更談 其の二】
夜空に浮かぶ満月の元――幟焉は草原の近くに生える森林の中の、一際大きな木の上に腰掛けていた。
近くに気配を感じ、視点をそちらに移す。
「――鮮音」
小さく、その影の名を呼ぶ。
「まぁーたアンタ、そんなとこで何やってんのよ? バカと何とかは高いところが好きなのよ?」
呆れたような口調で鮮音が返答した。
幟焉は鮮音から目を逸らし、再び満月を見据える。
「……鮮音はさ、どうしてオレについて来たの?」
「アンタほんっと人の話聞いてないわね? さっき言ったでしょー、面白そうだし何より金品があればいいって!」
「うん……。それは嘘じゃないと思う。……でも、なんとなく……。他にもあるんじゃないかなって」
足をぶらぶらさせながら、幟焉が呟いた。
「……ふーん、アンタでも気になるんだ?」
「別にー……。どうでもいいって思ってたし、今もそう……。ただ、不思議に感じてる……。……何でこんなに、オレの周りには人がいるんだろうって……」
「? いちゃ駄目なの?」
「うーうん、どうでもいいよー……」
言って、幟焉は枝から飛び降りた。数メートルもある高さから落下したわけだが、無事着地する。
「でも、じゃあ一つ訊くけど……」
静かに振り返る幟焉。
「オレの目的が済んだら――、鮮音はどうするの?」
これ以上ないほど簡潔な質問に、鮮音は一瞬答えに詰まった。
詰まって、――割とサッパリした笑顔を見せた。
「どーもしないわよ。どうするって、あたしに何させるつもりなのよ、アンタは?」
「いや……でも、どーもしないって、どーゆー事さ?」
「? アンタも分からない男ね。何も変わらないって言ってんの!」
鮮音は声を大にして告げると、どこか疲れ気味に樹幹に体を預けた。
「アンタの目的も、神に逢うだけじゃないんでしょ? 別に、無理に言い訳しなくていいから。あたしの勝手な妄想だしね。それに、神に逢った所で、あたしは別に変わらないでしょ? 因みに、アンタも変わる気配皆無だしね。……だから、どーもしないわよ。いつもと同じ。それとも、アンタは何か変わると思ってんの?」
朝のゴミ出しのオバサンのような気軽さで応えた鮮音に、幟焉はどこか胡乱とした瞳のまま、小さく首を振った。
「鮮音、成長期終わったもんね」
「それどーゆー意味!? あたしはまだまだ大きくなるわよ!」
「そうだね。特に胴の辺りが」
「アンタの成長終わらせたろか!?」
言ってる内に、幟焉が鮮音に近付いて来ていた。
「……でも、鮮音は本当に、どうしてオレに付いて来るのかな。オレと居ても、金目の物なんて手に入らないかも知れないのに」
それは、当然の疑問だった。幟焉自身、自分に金品が転がり込んで来るなんて早々無いと思っているし、現にいつだって金欠状態だ。それに、楽しいと言っても、価値観の違いを考慮しても、殺伐とした旅にしか思えないような過去が連なっているのが現状だ。
そんな旅に、どうして彼女が固執するのか。幟焉にとって、疑問にこそ思えど、然したる興味は湧かない事柄だったが、自然と訊いていた。
鮮音は幟焉のいつに無く真剣そうな表情を見て、小さく嘆息する。
「……アンタは、神に逢いたいのよね?」
「うん?」
「何で疑問系なのよ? 素直に頷きなさいよ!」
「うん?」
「……まあいいわ。後で憶えてなさいよ? ……あたしも、神に逢いたいと思ったりする訳。アンタに付いてけば、もしかしたら逢えるかも、でしょ?」
「それはどうかな?」
「ねえ、アンタ、あたし馬鹿にしてる? してるわよね? 殺されたいわよね!?」
「鮮音。塩素が足りてないよ」
「そういう時はカルシウムなのよ! て、どーでもいいからそんな事! ……アンタは話を脱線させるプロだわ。そ・れ・で! アンタも中々強いみたいだから、もしかしたら逢えるかも、って思って付いて来てんの! 分かった!?」
「うん?」
「仕舞いにゃ殴るぞ!!」
鮮音が怒鳴ると、――そこに幼女が駆けて来た。
「あちゃ、起こしちゃった?」
「ママ、ママっ」
幼女が鮮音に抱き着き、何故か顔を埋める。
「どしたの? 怖い夢でも見たの?」
「違うよ。鮮音が夢に出て来たんだよ」
「それどーゆー意味か説明してもらえる!?」
「お前さん達の……つか、鮮音の声がでか過ぎるって気づけよ!」
後から石動がやって来て、どうにも安眠妨害されたご様子。
鮮音は幼女の頭を撫で撫でして、ちょっと顔を優しく綻ばせる。
「ごめんね、起こしたなら謝りたくないからこれあげる」
「何か今、文法おかしくなかった?」
「いつもの事じゃねえのか?」
二人のツッコミを完全にスルーして、鮮音はポケットから飴玉を取り出した。黄色い、宝石のような輝きを見せる、艶やかな球体。
幼女はそれを両手で受け取り、鮮音を見上げる。
「ママ……?」
「それ、甘くて美味しいわよ? あたしのお気に入りなんだから、出世払いで返してね♪」
「次郎。世間は斯くも厳しいものなんだぞ」
「いや、お嬢が可哀想だと思わねえのか?」
飴玉一つくらいくれてやれよ、と言った石動に、鮮音が背後に巨大な闇を背負って見据える。
「コブシ石動こら、飴玉一つで笑うものは、飴玉一つで死ぬのよ?」
「お前さんの世間って過酷過ぎないか!?」
石動のツッコミを聴いて、鮮音が鼻で笑う。
「アンタには分からないでしょーね。飴玉一つで生死の境を彷徨った者の気持ちなんて」
「……悪い、真面目に冗談だと思ってた。本当に、済まん」
「別にいいよ。鮮音が悪い訳だし」
「ちょっと!? 何でそこでアンタが応えちゃうかな!? どう考えても今の返答はあたしがすべきだったわよね!? そして何気にあたしが悪くなってる!?」
「鮮音。プルトニウムが足りないね」
「だからカルシウムだっつってんでしょ!? 何をどーしたら放射性物質が出て来るのかな!? あたし何者!?」
「だって、鮮音って核融合で生まれたんでしょ?」
「生まれながらの核物質だって言いたいの!? 死にたい? 死にたいわよね!? アンタにこそ核融合起こすべきよね!?」
幟焉に詰め寄ろうとしたが、幼女にギュッと裾を掴まれて動くに動けない状態の鮮音。
「????」
何だか居た堪れない表情の鮮音を見て、石動が一言。
「何つーか、忙しい奴らだな、まっこと」
夜が明け、空が群青から水色へと移ろう頃。
「…………」
鮮音が一人、遠くの平原を見据えて、呆然としていた。
「早起き、じゃないよね?」
「……アンタもね」
幟焉が横にやって来て、なだらかな草原に座する。
二人して、黎明の空を見据える。
「……アンタが神に固執する理由は聴かない。でも、その旅を続けていく上で、言っておきたい事が在るの」
対する幟焉は、……何の反応も返さなかった。
鮮音はその反応が分かっていたようで、深い追求も無く、白んでいく空に視線を注ぎ続ける。
「アンタが神に逢いに行く途中で、あたしが死ぬような事になっても、助けないでほしいの」
「……」
「見捨てろ、って言ってんの。あたしに構うのは、そこで終わりにして頂戴。あたしは、アンタに付いて来てるけど、アンタのために生きてる訳じゃないし、アンタもあたしのために生きてる訳じゃない。だから、――過程がどう在れ、いつでもあたしの事を見限りなさい。いいわね?」
暫らく沈黙があった。先ほど返事は無かったから、今も返ってくる保障はない。鮮音もあまり期待してなかったため、立ち上がって2人の元へ戻ろうとした。
――しかし、背後から聞こえてきた声に阻まれる。
「…………ムリ」
それは、小さな声だったが、はっきりと鮮音の耳に届いた。
「……は?」
予想外の返答に、鮮音は思わず振り返る。そこには幟焉の後姿があった。
幟焉は空を見上げながら、続ける。
「無理……って言ったんだ」
もう一度、いつもの気の抜けた口調で言う。
「――っ何言ってんのよ!? あたしの生死なんてアンタに関係ないでしょ!」
「そうだよ……。鮮音の人生がどこで終わろうと、オレには無関係……。オレも、自分の死に場所は自分で決めるし……」
「なら、あたしだって同じ。あたしが何処で死んでもあたしの勝手。違う?」
「違わない……。……でも」
わざと、間を空けているようだった。その続きが何なのか、鮮音には予測できない。
そして――、幟焉が言葉を紡ぐ。
「鮮音が途中で死ぬ事なんて、有り得ない。だって、お宝見せ付ければ、地獄の底からでも生き返りそうだもん」
言われて、鮮音は何と返事すればいいのか躊躇った。普段なら、即刻幟焉を殴り飛ばしているか、蹴り飛ばしているか、半殺しにしているか、血祭りにしているか、その他諸々な行動にでているのに。
鮮音は迷いに迷った挙句、最終的に――
「幟焉――ッッ、今日こそあの世へ逝ってもらうわよ――――ッ!!!」
普段通り、踵落としを幟焉の脳天にぶち込ませ、鈍い音を響かせた。
「ちょいと、お前さん?」
幟焉と鮮音が戻って来た時、真っ先に石動が幟焉に話しかけた。
「……何?」
首を傾げる幟焉。いつも通りの対応だ。
「……頭、少し陥没してないか?」
「そう?」
自分の手で頭のてっぺんをさする幟焉。確かに、凹みが触感で伝わってくる。
「……ホントだ。鮮音、カツラ貸して?」
「誤解を招くような言い方止めてくれる!? 持ってないし、しても無意味だから!」
「そういうの……、語弊って言うんだよ」
「無駄な突っ込みはするな!! んな事ぐらい知ってるわよ!! 大体アンタの頭空っぽなんだから、空気入れて膨らませときゃいいのよ!」
「ふーん……。じゃあコブシマン、オレの頭に酸素ボンベ設置してくれる……?」
「ない。それ以前にお前さん、死ぬぞ?」
石動が腕を組んだまま、呆れる。隣りで、
「パパ……殺す?」
「うんうん。殺っちゃいなさい☆ あたしが許すわっ」
屈託のない笑みで恐ろしいことを口走る少女二名。
「許可するなよ。仮にもお前さんが負わせた怪我なんだろう?」
すかさず石動が突っ込む。が、
「なーに、このあたしを侮辱した罪はそう簡単には消えないわよ。寧ろ消さないわよ!」
「鬼だな……。将来お嬢がどんな人間になるのか……、不安で一杯だ」
「……おっさん……」
「そういや石動コブシ、この子と仲良くなれたの?」
「それが……」
鮮音の問いに、石動は言葉を濁す。その横で幼女が石動を見て、また『おっさん』と呟く。
その光景は幟焉にとって――
「いつもと、何にも変わらないね……」
何一つ変化の無い日常のひと時であり――そして、それでいて、とても大切な時間であった。
それを分かっていたから、幟焉は、
――青空の下、一人滅多に浮かべない微笑みを零した。
【つづく】
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