【日常通 其の一】
……果てし無く続く空を見る事に飽きて、地上に視線を戻すと、……そこには先程と同じ光景が広がっているだけだった。
「……ねえ、この道ってどこまで続いてんだっけ?」
少年が辟易したように言葉を漏らし、少女が振り返りもせずに串団子を二・三本纏めて振り回す。
「どこまでもじゃーないの?」
「この道に果ては無いの? そりゃ恐ろしいね」
と、少年は少女の串団子を奪い取ろうとして、――少女に足払いされてすっ転ぶ。
いてえ。少年は地面に顔を食い込ませたまま突っ込む。
「あたしの団子を取ろーなんざ五秒早かったねっ」
少女は少年の安否を無視すると、三本の串団子を纏めて口に滑り込ませ、もきゅもきゅとご満悦な顔で足を進ませる。
「五秒か……五秒待てばもらえたんだそれ……ってか、既に喰われてんだけど」
少年は起き上がりながら少女に声を掛けたが、少女がずんずん前に進むので、仕方無く少年は後を追いかける。
快晴の空の下、少年と少女は、樹木と雑草と枯葉と土塊しか無い林道を歩いていた。
空から降り注ぐ陽光は然して熱を帯びておらず、林の中は心地良い暖かさを保っていて、環境は最適と言えた。時折吹く風も、夏が近いと言うのに涼しくて、枝葉がさわさわとざわめく音も気分を鎮めるのに適していた。
少年はそんな涼しげな環境を無視するかのように、服の上に薄汚れた白い外套を羽織っている。髪は深い紅色を湛え、後ろで縛る程に長い。同色の瞳はどこか疲労を感じさせる気配が滲んでいる。背丈は前を歩く少女より少し低いが、十代半ばの年齢を考えれば充分標準的な体型と言える。
前を行く少女は枯葉色の着物一枚で、実に涼しげだ。胸元が少し肌蹴ているが、サラシを巻いているので特に問題は無い。茶色い髪を短く切り揃え、意志が強そうな光を黒瞳に浮かばせている。少年と同じ年齢だが、少年より少しばかり背が高いために年上に見られてしまうのが、彼女にはちょっとした不満だった。
旅人――そう呼べる若者二人は、どこまでも続いていそうな林道を歩き続ける。
「そう言やぁ、オレの団子はどこ行ったんだ? オレ確か、鮮音の分に十個と、オレの分に五個買ったよね?」
「何言ってんのよ幟焉。あたしの分が二十五個だけで、アンタの分は零よ」
あれ、そうだったっけ。少年――幟焉が小首を傾げる。つか、オレ十個しか買った憶えないんだけど。
思って少女――鮮音を見ると、彼女は彼女で不思議そうな顔をしていた。
「アンタまさか! あたしの分食べちゃったの!?」
「どんな過程を踏んだのか全く分かんないけど、オレ一つも喰ってないのに何で十個も加算されてんの?」
「そりゃだって、あたし三十個買ったし」
マジか。
幟焉が財布を確認すると、……やられた、金の「か」の字もない。
……んん? 待て待て。
「三十個買って、鮮音の分が二十五個で、残りの十個はどこに消えたんだ?」
「ちなみに残りは五個だから。だからアンタが食べたんでしょーが!」
「だからオレ一つも喰ってねーってば。何で十個も消えるんだよ?」
「だからアンタが――」
「あーもー、止めろ止めろー。会話が無限回廊に食い込むー」
話を中断させ、幟焉は小首を傾げる。
「何で十個……」
「だから五個だっつってんだろ莫迦! アンタの頭は涌いてんのか!」
「熱は無いよ」
「完全に涌いてるよ」
沸騰してないのにな……と突っ込もうと思ったが、止めとく幟焉。
「あ、鮮音。謎は解かした!」
「解けたって言うんだよ、そういう時は」
「犯人は恐らく多分きっとそこはかとなく、ここに居る気がする……」
「解けてねーし、恐らくも多分もきっともそこはかとなくも何でも無くて、ここに居るんだ莫迦、アンタだよアンタ、礎幟焉、アンタが犯人だ!」
一息に叫んだ鮮音はすごい、と幟焉は思った。
「でもオレ一口も喰ってないし」
「じゃあアンタが犯人だな」
「何が何でもオレを犯人にしたいんだね、鮮音は」
もーどーでも良くなって来た。
「じゃあ犯人を絞り込みましょう。ここに居る人間はあたしと幟焉。つまり幟焉、アンタが犯人だ!」
「絞り込むも何も二人しかいないし。しかも犯人探しが酷過ぎない、それ?」
「文句を言うな! それとも何か? あたしが三十個食べちゃったと!?」
「寧ろ、それ以外の回答を聴いてみたい」
つか、何で財布をスッカラカンにするまで団子を買っちゃうかな、この人は。
ため息吐き吐き、幟焉は鮮音が捨てた串団子の串を拾い上げる。
「てかさ、何でお前が先頭なの? オレの旅に付いて来てんだろ、鮮音」
「そりゃーアンタに前を任せたら、辿り着く場所固定されちゃうし」
どうなってるんだこの世界は。つか、オレが問題なのか? と、突っ込むべきか悩む幟焉。
「ま、どーでもいーや。さっさと行こ」
そう言い残して幟焉は鮮音を背に歩き出す。
「ちょっと、そっちは今来た道でしょ!? 逆走してどうすんのよ!」
「え、だって鮮音がそっちに行くなら、オレはこっちに行く」
「何でよ!? 目的地は一緒なんだから、行く方向も同じでいいのよ!」
「えー、それじゃつまんないし」
「そういう問題じゃないでしょ! 大体、神に逢いに行くっつったのアンタでしょーが!」
――神。この世を統べる最高権力者。現在この世界の頂点に立ち、全ての理を支配する。無論その正体は一人の人間なのだが、新興宗教団体をはじめ、彼に縋る者は全て『神』と崇めている。
「……そうだっけ?」
「もういい! さっさと行くわよ!」
アンタのボケに突っ込んでたら日が暮れちゃうわ!と怒鳴りながら、鮮音は早足で歩こうとするが、
「そっち、今来た道だよ」
幟焉の一言でぴたりと止まる。
「……ふっ、その手には引っ掛からないわよ。バカなアンタと違って、あたしは団子の串を目印として置いてきたんだからね!」
「うわ、自然破壊……」
「煩いわね! そこは突っ込むとこじゃなくて褒めるとこでしょ!」
「あ、でも鮮音が呼吸するだけで、空気汚染だ……」
「どういう意味よ!」
「ところで、落としてきた串って、コレのこと?」
幟焉の掌から数十本の串がばらばらと地へ落下していく。その数、三十一本。
「あれ、何か一本増えてる……」
「じゃなくて! どーしてアンタはわざわざ無駄な事するわけ!!?」
「ボランティア?」
「他所でやれ! ……でも、たぶんこっちで合ってるはず……」
右を向くと、そこには道がどこまでも続いており、周囲を幾種もの木々が覆っている。地平線の果てには、透き通るように蒼い空が広がっているだけだ。
首を曲げて左を向くと、そこには先程見た景色と変わらない風景が視界いっぱいに映った。
「…………」
絶句する鮮音。その隣りで、
「……迷子になっちゃったね」
他人事のように、幟焉が呟いた。
「ばっか―――っ!! どうすんのよハゲェ!」
「……勝手に人を河童にしないでほしい……。でも、いっこ提案があるよ」
「…………何よ」
明らかに聞きたくないと言った表情で、しかしほんの少し期待を込めて尋ねる。
「この串を地面に立てて……」
落とした串の一本を地面に立てると、人差し指でてっぺんを押さえる。
「ふむふむ」
取り敢えず傍観を決め込み、相槌を打つ鮮音。
「こうして……」
幟焉の指が離れると、呆気なく倒れる串。
「串が倒れた方向に進む」
「ってアホか――!!! そんなんで神の処まで行けるわけないでしょー!」
「え……、でも今までこうして旅して来たよ」
「……もういい」
深々と溜め息を吐き、鮮音は落胆する。
(少しでも幟焉に期待したあたしがバカだった……)
鮮音が肩を落としている間にも、堂々と茂みに入っていく幟焉。
「ってちょっと幟焉! 何処行くのよ!?」
「だってこっちの方向示したし……」
何の疑いもなく、さも当然の如く雑草の上を歩く。そしてそのまま、草木に覆われた森の中へと姿を隠して行った。
「ちょっ、待ちなさいよ! 幟焉――!!!」
甲高い鮮音の叫び声が、林道に響き渡った。
その森は、太陽の光が射さないくらい鬱蒼とはしていないし、それなりに程良い気候は保たれていた。辺りには見渡す限り草木が生い茂り、地面は伸びすぎた雑草で埋め尽くされている。所々見える茶色の土は湿っており、木から実が落ちるとグチャリと音がした。森の中では常に緩い風が草木の間を縫うように流れ、葉が静かに揺れる――が、しかし、その静寂は一瞬にして引き裂かれた。
「もーっ、どうしてこんな事になってんのよー!」
二人分の足音を掻き消すほど、大きな声を吐き出す鮮音。こめかみには怒りマークが幾つか浮かんでいる。
「どうしてって……、鮮音が勝手について来たんじゃん……」
「うっさいわねー! んな事アンタに言われなくても分かってんのよー!」
渾身の力を込めた鮮音の拳が、幟焉の頬を抉るように食い込み、見事に吹っ飛ばされる。幟焉が通過した部分だけ雑草が薙ぎ払われた。幟焉は大木に衝突すると、そのまま力なく地面に崩れ落ち、湿った土の上に転がった。
「……痛い」
立ち上がろうともせず、幟焉は倒れた体勢のままボソリと感想を漏らす。
「ったく、一体これからどうすんのよー」
鮮音がブツクサ垂れつつ足を進めていると、幟焉が飛び起きて木の枝に飛び乗った。
「何!? その行為に何の意味が在るの!? 何でサルみたいな真似してるのッ!?」
「あっちに何か見えないよ」
「見えないのに報告すんな莫迦! 何か見えたら報告しろよ!」
「えっと……葉っぱに、小枝、木とか雲とか空とか」
「見りゃ分かるわヴァカ!」
じゃあ何を報告すれば良かったんだろう、と妙に小首を傾げてしまう幟焉。
取り敢えず遠くまで見つめて、
「……アレって何だろう?」
「説明してよ説明! アレが分からなけりゃ、こっちも何も応えられないでしょーが!」
「ん〜……緑色っぽくて、茶色っぽくて、パサパサしてそうで、揚げたら美味いかも」
「何それ!? アレって何!? 何を見てるのアンタは!? もっと詳しく説明プリーズ!」
「ん〜……緑色っぽくなくて、茶色っぽくなくて、パサパサしてなさそうで、揚げたら不味いかも」
「さっきの説明全否定!? アンタいい加減にしないと殴るわよ!」
「さっき殴られてんだけど」
言いつつ木の枝から飛び降り、――鮮音の頭を踏み潰して着地を決める幟焉。
「あれ? 鮮音が消えた」
「……殺していい? いいよね? いいわよね!?」
幟焉の足許から聴こえて来る声は、直後、拳となって幟焉に襲い掛かるのであった。
「……ホントーに村が見えたの〜?」
雑草が鬱陶しい森の中を歩きつつ、鮮音が不平を漏らす。
幟焉は青痣だらけになった顔のまま、コクコクと頷く。
「てか、アレって村だったのかな?」
「あたしが訊きたいわよ! アンタ、目はそれなりに良い方なんだから、こういう時ぐらい役に立ちなさいよねー」
言ってる側から、幟焉が道を外れていく。
そもそも道など無いが。
「ちょっと! 幟焉! 殺すわよ!」
「鮮音、物騒過ぎ。何故に何もしてないオレが殺されなきゃならないんだよー?」
「あたしの神経を逆撫でするからに決まってるじゃない!」
「どうやったら逆撫でできるの?」
「アンタが息したらよ!」
「オレ、生きてるだけで逆撫でしてんだ……」
まあいいけど。
それでも道を外れようとする幟焉の首に縄を巻き巻き、鮮音が森の中を突き進む。幟焉は徐々に抵抗の動きが少なくなっていく。
「こんな所まで来て、情報の一つも聴けなかったら、あたしゃアンタを絞め殺すよ?」
辺鄙な所では在る。それを、人の気配が皆無の林道にも関わらず歩いてやって来たのには、ちゃんとした理由が在った。
……神に逢いに行くだなんて巫山戯た事吐かして、情報一つも持ってないなんて有り得ないでしょ?
『神に逢いに行く』という幟焉の旅に付き合う事になったはいいが、幟焉が神に関する情報を全く持っていないと言う現状に、鮮音は仕方なく、地道な聴き取り調査から始める事にしたのだ。
……てかこいつ、単純に情報を提示してないだけじゃないでしょーね!?
知ってて黙ってるなんて、別にムカつく事じゃないけど、知ってるなら知ってるで、ちゃんとそこに向かってもらいたいものだが……どう考えてもこの阿呆は、無計画かつ無責任かつ自由奔放かつ……って、言い出したら切りが無いからこの辺で止めとくとして……とにかく、幟焉には『神に逢いに行く』と言う目的以外は何も無い、としか鮮音は受け止めていない。
「――って、聴いてるの幟焉!」
「……」
振り向くと、鮮音の宣言どおり、幟焉はグッタリと絞め殺されていた。
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