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作者は推理小説がよく分かっていないようです

○第一話 地の文に嘘は書いてはいけません

「じゃあさっそくですが、読んでください」

 作家がバッグから原稿用紙の束を取り出した。
 迷いのない動作が自信作だと語っている。
 これは期待できそうだと、ほくそ笑みながら編集はあらすじに目を通す。
 この作家は編集に見せるあらすじでさえ最後のオチやトリックを明かさないというのが何度注意しても治らないダメな癖だ。
 この原稿だってまだ短編だからいいが、長編ならば読む前に無理矢理説明させる。
 それでも口を割らないなら読まずに没だ。

 しかし、今回持ってきたのはあらすじを読む限りはなかなか面白そうだ。
 古き良きミステリーが好きな編集者としては心がくすぐられる。

「ほう、今回はダイイングメッセージに挑んでみたのかい?」
「ええ。新境地に挑んでみようかと。ただミステリーにはあまり詳しくないんでちょっと心配ですが」
「ふむ、まあミステリーはルールにうるさいマニアが多いからね。でも基本的なルールを抑えておけば問題ないよ。ノックスの十戒とかヴァン・ダインの二十則とかまで厳密に守ろうとすると返ってアンバランスでおかしくなるし」

 編集からの言葉に安心したと大きく息を吐く作家。

「だったらいいんですが」
「それじゃあ、見せてもらうよ。おかしな所がないかチェックするのはこっちの仕事だからね」

 原稿をすごい速さで読み進める編集者。
 ものの数分で読了するとトントンと机で原稿を整えている。
 しかしその表情はお世辞にも芳しいものではない。

「うーん、銃で撃たれた被害者の手元の地面にダイイングメッセージがあった。周りには被害者以外の足跡がなく、書けたのは死ぬ直前の被害者しかいないって設定はいいと思うよ。
 でも肝心の謎解きが全然駄目だよ。偶然被害者のそばにやって来たミミズがのたくるとおかしな模様ができて、それがたまたま日本語で川田って読める文になっていた、と。
 しかもちょうどアリバイがなくて動機を持った容疑者で川田って男がいたから、刑事がミミズの痕跡をダイイングメッセージと誤解したってのでは読者は絶対納得しないでしょう。しかも……」

 ミミズがのたくった跡が漢字とひらがなのまじった「犯人は川田」って文章に読めるだけでも奇跡的である。
 しかもそれが被害者の筆跡と一致し、川田という名の容疑者が存在するという全ての事象が殺害現場のすぐそばというピンポイントで起こるなどかなり確率的に無理がある設定だ。
 しかし、それ以上に編集者には納得がいかないことがあるようだった。

「だいたい土に書いたダイイングメッセージ――つまり地面に書いた文――ということは地の文だよね。本文でそこに犯人は川田って書いてあったってあるけれど、これは明らかに嘘だよね。ミミズの跡なんだから。うーん、地の文に嘘があるのはミステリーとして失格だよ」
「え? ミミズがのたくった跡が漢字になったってトンデモ説明より地の文に嘘があったって方がツッコミどころなんですか」
「うん、君もやっぱり無理があるって分かってたんだね。まあ、どっちにしろ没だよ」




 ○第二話 名前はしっかり書きましょう

「ふふふ、今度の作品には前回の失敗を生かしましたよ」 

 作家が渡したタイトルに編集者は期待に目を輝かせる。
 何度もこの作家の大言には騙されているが、タイトルだけで意欲作だと分かったらもうそれだけで許せてしまうのだ。
 編集者もちょろいが、この作家はどれだけ叩いてもへこまずにせっせと新作を持ってくるところだけは偉い。

「ほう、タイトルが『犯人はあなただ! 絶対に騙される叙述トリック』かい。なるほど、一番最初に目に付くタイトルで興味を引ければお客は買ってくれるよ。でも……これだけ叙述トリックを全面に押し出して大丈夫かな?
 タイトルでネタバレしているトリックは凄ければ評判になるけれど、読者にあっさり見破られると逆に評価はがた落ちになるリスキーな賭けだよ。
 だいたいタイトルで叙述トリックがくるぞと分かっていれば、読者の方だって身構えて読むしね。  
 念の為に聞くけれど、前回のように全てが偶然でしたですまそうと思ってないよね。
 例えば犯人の足跡があった場所に偶然ミステリーサークルが出現して消えたとか、被害者の隣にあるスマホの上を猫が歩いたらたまたま犯人の名前になってそれが証拠として採用されたとかいうふざけた謎解きだったら怒るよ?」

 少しだけ心配そうな編集者に作家は胸を張って請け合う。

「ええ、前回の没からもう二度と地の文には嘘は書かずにどうやって読者を騙すか考えてきました。その結果が今度の叙述トリックに結実したんです。まあ騙されたと思って最後まで読んでください。絶対に騙されますから」
「はあ、それじゃあ」

 作家の断言の仕方が若干おかしかったせいか、いささか不安な面持ちで目を通し始める。
 僅か十ページにも満たない短編だ。
 読むことにかけてはプロの編集者なら数分もかからない。
 だが読み終えた編集者の目には強い不満があった。
 原稿を裏返したり、ページの抜けがないかを確認したりしている。

「どうです?」
「いや……これどこにも叙述トリックなかったよな。普通に殺人が行われてそのまま一番容疑が濃かった人間が犯人として捕まっただけだよね? どこか読み落としてるかな……」

 不思議そうな編集者に作者は満面の笑みで応える。

「そう、そこです!」
「は?」
「叙述トリックがあると思っていたでしょ! でも実際にはなかった! どうです騙されたでしょ!」
「……えーと、ミステリーでここまで堂々と嘘を書かれても」
「はあ? 言われた通り地の文に嘘は書いてませんよ、ただタイトルで嘘を書いただけで」
「タイトルは地の文……に含まれてないのか? とにかく没だ」

 なんだか面倒臭そうになってきた編集に対し作家は冷や汗を流して言い募る。

「あ、タイトルで嘘つくのが駄目だったらこういうのはどうですか?
 僕のペンネームを驚愕 真実(きょうがく まさみ)とか仰天 真相(ぎょうてん まさお)とかに改名するんです。
 そしてタイトルの『犯人はあなただ!』のすぐ下にペンネームを大きくデザインして配置すれば嘘にはならない!
 つまり新作は『犯人はあなただ! 驚愕 真相』という表紙になるんです。
 読者が勝手に「へー犯人はあなただって? 驚愕の真相か、いったいどんなトリックが使われているんだろう?」と勘違いするだけです。これなら詐欺にはならないし、売れますよ!」
「ほー、やれるもんならやってみろ。没だ」 

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